魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
――ナイ、好きだ。
何故かリンが私の部屋から用事があるからと出て行き、ジークが残って珍しく二人になった時だった。私の名を呼んだジークがじっとこちらを見つめながら不意に放った。ジークが告げた言葉の意味が分からずに暫く呆けていたのだが、聞き逃せなかったモノを理解できない頭を私は持っていなかった。
どんどん顔が赤くなっているのが分かると同時に、何故滅茶苦茶に顔が良いジークに告白されるのかと目がくるくるしてくる。ジークは私が困惑していることを察知したのか『返事はゆっくりで良いから、いつか聞かせて欲しい』と告げて部屋を出て行った。
それが昨日の夜ご飯を済ませたあとのことで、お風呂に入ってベッドへと潜り込んだのだがあまり眠れていない。身体を起こし、エッダさんを呼んで介添えを受けながら着替えをし、今から朝ご飯を食べに食堂へと向かうところである。あまり眠れていなくともお腹は減るようでぐうと腹の虫が鳴る。私はジークとどんな顔をして会えば良いのかと考えながら椅子から立ち上がった。
「痛っ」
椅子を引いて立ち上がりくるりと身体を翻せば、椅子の脚に自分の足を『ご!』とぶつけてしまう。小指がモロぶつかった痛みに耐えきれず、私は床にしゃがみ込んでしまった。クロが慌てた様子で肩から降り、真ん前から私の顔を覗き込んでいた。
『だ、大丈夫、ナイ?』
「どうにか……でも痛いものは痛い……」
首を右側に傾げながら様子を伺うクロに私は涙目になりながら大丈夫だと告げる。痛いけれど耐えられないことはない。うーと唸りながらただひたすら耐えるのみ。こういう時は自分自身に治癒魔術を付与できる聖女さまや魔術師の方が羨ましい。
痛みに耐えていればヴァナルも私の様子を伺いながら横にちょこんと座る。ちなみに私が痛みに耐えていることに対して一番煩そうなヘルメスさんは黙ったままである。
腰元にちょこんといるのだが『ご当主さまの魔力制御が昨夜から大変で。ヘルメス、本気を出すために少々黙ります』と言っていた。ヘルメスさんのお陰か魔力が体内で暴れている感覚はない。だが昨日のアレから私の魔力は派手に乱れているようだった。
『主、痛そう』
ヴァナルと私の視線が合えば、クロと同様に『大丈夫?』と気に掛けてくれる。痛みに耐えていることが億劫になって、狼サイズのヴァナルに私は体重を預けた。
ヴァナルはビクともせずに目を細めながら、私の肩に顎を置いてぐりぐりと擦り付けてくる。痛みが引いてきたのか、ヴァナルのぐりぐり攻撃の方に意識が向いた。雪さんと夜さんと華さんも私に気付いて、ヴァナルの反対側に腰を下ろして私を挟み込む形で床にお尻をペタンと付けている。
『器用なことをしましたねえ』
『他所事を考えているからではないでしょうか』
『ジークフリードさんの告白からナイさんの様子が変です』
雪さんたちも昨夜の一件を見ているので、私が椅子に足をぶつけてしまった理由に気付いているようだ。まあ、ベッドの上で私はずっともぞもぞ動いていたし、告白を受けたあとは頭を抱えて悩んでいた。
面白そうな雰囲気を醸し出している雪さんたちと、痛みに耐える私を心配しているヴァナルとクロは対照的だ。毛玉ちゃんたちは私が椅子の脚に足をぶつけたことを『にゃにしちぇんの?』『いちゃい?』『にゃめてあげる!』と私の周りをウロウロしている。
「食堂に行こう。お腹空いたし、ご飯を食べなきゃ一日が始まらない」
私は床から立ち上がって部屋の外へ出れば、何故かエッダさんと扉の前で鉢合わせになる。いつも朝食に向かう際は彼女と会うことはなく、廊下の途中でそっくり兄妹とクレイグとサフィールと合流して一緒に赴くだけなのに。
「エッダさん?」
どうしてこの場にという声は私の口からでないけれど、鉢合せをした彼女は目を丸く見開いて驚いていた。
「お、お時間通りに行動を起こしているご当主さまが、部屋から出てこられず心配になりまして。丁度様子を伺いに行こうとしたところに、ご当主さまが部屋からでてこられました」
いつもより少しだけ声が高くなっているエッダさんが一気に捲し立てる。なんだか変に感じるものの、私を心配してくれていたのだから彼女の妙な行動を問い詰められない。
「あ、すみません。クロたちと話し込んでいたら少し遅れてしまいました」
「いえ! なにごともなければ良いのです」
私が遅れた理由を告げれば、エッダさんはびしりと背を伸ばして回れ右をして廊下を歩いて行く。他の廊下と交わる丁字路のところでエッダさんが姿を消す。彼女が消えた先は倉庫のような部屋があるだけなのだが、朝から一体なにをしに行くのだろうと私は首を傾げて、朝食を摂るために食堂へと向かうのだった。
◇
ご当主さまにようやく、ようやく、ようやくっ、春が訪れました!
大陸各国から贈り物がご当主さまの下に届いて、アストライアー侯爵邸の宝物庫に入りきらなくなった品を一時保管している仮倉庫となっている部屋の前。ご当主さまの侍女を務めている不肖エッダは握り拳を作って喜びます。
なにせ、アストライアー侯爵邸で働く女性陣によって発足している『ご当主さまとジークフリードさんを推し隊』の一人なのだから。ご当主さまの朝の介添えの時間、嬉しくてにやけそうになるのを必死に我慢していたのだ。
ご当主さまはいつも通りの様子を見せておられたけれど、いつもよりほんの少し動きが鈍く、他のことを考えているご様子だった。昨夜の就寝前もご様子がおかしかったので、なにかあったか体調が優れないのかと私は心配をし、注意を払おうとしていた矢先のことである。
物憂げなご当主さまの今朝の姿が気になって、介添えを終えたあと再度当主部屋を目指した私は驚くべき言葉を聞く。ユキさまとヨルさまとハナさまがご当主さまと交わしていた言葉から、ジークフリードさまがご当主さまに告白されたことを先程知ったのだ。
「み、みんなに知らせなきゃ……いや、でも……ご当主さまのことだから、告白に応じていない可能性も……先ずは侍女長に報告ですね……!」
誰もいない部屋の前の廊下で私は唸る。告白されたことは確定しているけれど、ご当主さまが応じたとは聞いていない。間違った情報を吹聴するわけにはいかないので侍女長さまに限定しておくのが一番良い策だろう。偶然、話を聞いた内容を報告しないのも問題があるのだから。私はご当主さまが食堂へ向かったことを確認して、丁字路の廊下を歩いて侍女たちが集まる部屋に向かう。
「慌ててどうしたのです、エッダ。貴女にしては珍しい」
侍女長さまがぴっちりと纏めた髪から出ている後れ毛を直しながら、自席から私へ視線を向ける。相変わらずお堅そうな方であるが、有能な人であり侍女たちからの信頼も厚い。女性を纏め上げるのは非常に面倒くさいのだが、いろいろと気を配ってアストライアー侯爵家侍女部門を統括している。私はそんな侍女長さまの下へと歩いて行く。
「侍女長、折り入って話があります」
「……隣の部屋で話しましょう」
私の声が重かったことに侍女長は席から立ち上がり、私を隣の部屋へと案内してくれた。侍女部屋には待機している侍女が数人いたので有難い配慮だ。もちろん情報を共有してしまいたい気持ちがあるのだが、変な方向に話が盛り上がってしまえば大変なことになる。やはり侍女長さまに先に知らせるべき案件だと数分前に私が下した判断を褒めたくなる。
「ジークフリードさまがご当主さまに告白されたようです」
私が報告をすれば、珍しく目を見開いて驚く侍女長さまの顔が目に入る。次の瞬間に侍女長さまが口元をバッと押さえて声を上げることをどうにか堪えた。
実のところ、侍女長さまも『ご当主さまとジークフリードさんを推し隊』の一員である。入会しているとはっきり告げたことはないけれど、ご当主さまとジークフリードさまが並んでいる姿を見て『お似合いですけれど……進展がありません』と侍女長さまはボヤいていたのだ。ふうと息を吐いた侍女長さまが私を見据えた。
「エッダ、その話は事実でございましょうか」
「偶然、神獣さまがご当主さまとお話されているところを耳にしました」
侍女長さまの質問に私ははっきりと答える。ここで臆すれば侍女長さまが『エッダの話は嘘かもしれない』と判断することもあるだろう。彼女の目を確りと見据えて私は言い切った。私の返事になるほどと頷いた侍女長さまが、少し考える仕草を見せた。どうやら、これから侍女部門はどう動くのかを考えているようである。
「エッダ。告白したとはいえ、恋愛より食事のご当主さまです。告白を無為にすることもありましょう。今は見守るべきかと。一先ずわたくしは家宰殿に報告しておきます。まあジークフリードさんから報告を受けているかもしれませんが」
口外しないようにと侍女長さまが最後に私に言い含めました。私はもちろんですと頷き、侍女長さまと一緒に部屋を出ます。侍女部屋にいた数名の同僚がなにがあったと心配した顔を浮かべているのですが、なんでもないと私は首を振るしかない。侍女長さまが告げた通り、恋愛よりご飯のご当主さまがこれからどうなるのか……ジークフリードさんの気持ちに答えてくれますようにと私は願うのだった。
◇
俺がナイに告白をして一夜明けた。家宰殿には報告しているし、公認のため俺が彼女に告白したことは問題視されないのだが……恋愛に全く興味を持っていないナイが、どう接してくるかと俺は朝から思案している。食堂で先に合流したクレイグとサフィールに昨夜俺がナイに告白したことを伝えておく。俺の気持ちはみんなが知っていることなので驚いた様子はない。
「ようやくかよ、ジーク」
「長かったね」
俺と食堂で顔を合わせたクレイグとサフィールが苦笑いを浮かべていた。貧民街を卒業して、俺が教会騎士になる頃にはナイに向けている気持ちを彼らは知っていた。せっつかれていたこともあるので、二人にとっては本当にようやくなのだろう。
「まだ返事を貰っていない。雰囲気が変になっていたらスマン」
ただ俺はナイに気持ちを伝えただけで返事を貰っていない。昨夜、珍しく顔を赤くしているナイに俺の胸の中が妙にざわついて仕方なかったが……一夜明けて落ち着きを取り戻している。俺の気持ちが実るのか、砕けてしまうのかはナイ次第だ。ただ砕けてしまっても後悔することはないだろう。ずっと抱えていた気持ちを彼女に伝えることがようやくできたのだから。
「気にすんなよ、ジーク。でもナイだからなあ。どう出てくるか想像つかねえ」
「そうだよね。ご飯を幸せそうに食べている姿が印象に残るから」
二人は苦笑いを浮かべ、ナイがくるのが遅いと迎えに行ったリンが出て行った扉を見つめている。流石に昨夜のことを意識させるわけにはいかないかと、俺は長い息を吐いて気持ちを整えてナイがくるのを待つのだった。
◇
ジークから私への告白が速攻で屋敷の皆さまに知れ渡っているようだ。
視線を凄く感じるし、私の後ろに控えているジークに意味ありげな顔を浮かべている。なにを期待しているのやらと言いたいけれど、二十歳になるのに婚約者のいない当主に不安を抱えているのだろう。
貴族は世襲で、その下に就く配下の皆さまも親の仕事を引き継いでいる。一代でアストライアー侯爵家が潰えれば、彼らもまた路頭に迷うことになる。そりゃジークが私に告白したとなれば、騒ぎたくもなるかと私は大きな息を吐くのだった。
しかしイケメンのジークが私を好きになる要素ってなにかあっただろうか。
長年、一緒にいることで女として見られていないとずっと思っていたのに。クレイグは私に対して素直に『ナイのことを女として見るのは無理』と言っているし、サフィールも私を姉妹のように感じているはず。リンは『私が男だったらナイと結婚する』と真顔で言い切っているので、双子という共感性を持つであろうジークもそう考えていたのかもしれない。でもやはり、惚れる要素ってなんだ? と首を傾げたくなる。
「はあ」
先程、朝ご飯を済ませて執務室にきているのだが仕事の手が進まない。家宰さまは笑顔を浮かべたまま机に視線を向けて書類を捌いている。ソフィーアさまとセレスティアさまも黙々と作業を続けている。
ジークとリンはいつも通り壁際で護衛を務めてくれているし、ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたち三頭は床の上にゴロンと寝転がり、惰眠を貪ったり、ワンプロを始めたりと、こちらもまたいつも通りだ。
クロは部屋から出たあとは『大丈夫かなあ』と良くぼやいている。多分、私が一人で廊下を歩いている時にズッコケそうになっていたので、心配が尽きないらしい。
恋愛に関して相談できる相手が私にはいないし、ジークの気持ちをどう受け止めれば良いのかと悩んでしまう。ジークから好意を向けられることに対して嫌な気持ちは抱いていない。だだやはり、どうして私を選んだのかという疑問が心に渦巻いている。本人に直接聞けば一番手っ取り早いけれど聞いて良いものなのか。
あまり回っていない頭でアルバトロス王国上層部に向けた、近々の報告書を仕上げると家宰さまが『本日のご当主さまの仕事は終わりです』と告げるのだった。
◇
昼過ぎ。
王城の執務室で仕事をしていると、叔父上が私の下にやってきた。ボルドー男爵位を名乗り始めた彼は軍の総帥を務めることもなくなったので、時間を持て余しているようである。まあ、時折私の仕事を手伝って貰っているので、執務室に顔を出すことに文句も言えぬまま日々が過ぎていっていた。
「陛下、少々宜しいですかな?」
ニッと笑みを浮かべた叔父上は私に声をかけるのだが、どうしても彼の顔を見ると警戒してしまう。もちろん彼が味方に付けば絶大な安心感を得られるのだが、いろいろと面白おかしい方向に事態が動き事後処理が大変になることが多い。
アルバトロス王を務める私は彼が後ろ盾を務めるアストライアー侯爵のトラブル処理にどれだけ奔走してきたことか。アストライアー侯爵の活躍によってアルバトロス王国の名も比例して上がっていくのだが、事務処理がどどんと増えた。
各国からの連絡や問い合わせが三年前より随分と増えているし、西大陸に留まらず東、北、南大陸からも問い合わせがきている。少々、叔父上に苦言を呈しても誰も怒らないのではなかろうか。私は執務机の前に立った叔父上と視線を合わせて片眉を少し上げる。
「構わないが……面白そうな顔を浮かべて部屋に顔を出した卿に不安を感じずにはいられない。なあ、宰相」
片眉を更に上げて横で作業をしていた宰相に私が視線を向けると、彼も苦笑いを浮かべている。目の前の叔父上は私の言葉に『お?』と少しおどけた顔になっている。とはいえ叔父上のことである。私や宰相がなにを言い出すのかと期待しているに違いない。
「ですね。なにかトラブルでも起こったのかと警戒してしまいます」
宰相が小さく肩を竦めれば、叔父上は髭を撫でながらふっと笑う。
「ワシが公爵位を退いて、お二人は言うようになりましたなあ」
確かに叔父上が公爵位を次代へ譲ったことで、私と宰相はこうして軽口を叩けるのかもしれないが。三人で笑っていると、他の者が執務室へ顔を出し私の前に立った。彼が持っていた手紙を私の前に差し出して宛先人を告げる。
「陛下、アストライアー侯爵から定時連絡が届いております」
どうやらアストライアー侯爵から報告書という名の定時連絡が届いたようである。なにもない日々であるがアストライアー侯爵領領主邸では思いがけない事件が起こる。
先日も天馬さま方が二十頭近く飛来されたと聞き腰を抜かしそうになった。どうやらその中の数頭が腹に仔を宿しているそうで、侯爵邸で出産を試みるとのこと。あれ、また増えるのと驚きを隠せないながらも、数を減らした天馬さまが増えるのは良いことだと私は私に言い聞かせていた。
どこか国が滅んだりしていないので構わないのだが、一つの出来事が規格外過ぎて侯爵にはいつも驚かされてしまう。次はグリフォンが仲間を連れてアストライアー侯爵邸に戻ってくるのだろうか。まさかと私は頭を振って平静を装い、定時連絡を届けてくれた者と視線を合わせる。
「分かった。置いていってくれ」
私の声を聞いた目の前の彼は『はい』と言って、手紙を机の上に置いて二歩、三歩と下がって身体を翻し執務室から出て行った。さて、なにが記されているのかと視線を向けるものの、叔父上の話の方が先だろう。
「陛下。引退したワシのことより、あのじゃじゃ馬の連絡を優先させられよ」
侯爵のことをじゃじゃ馬と評せるのは、あとにも先にも叔父上だけだろうと私は笑い、告げられた通りに手紙の中を確認する。いつも通りの定時連絡で特に変わったところはない。平穏無事に侯爵は女神さまと共に過ごしているようだと安堵の息を私は吐いて、定時連絡の手紙を宰相へと渡す。渡された手紙を受け取った宰相も速読で内容を把握し、ふうと深い息を吐いていた。
「では陛下、宜しいですかな?」
ふふと短く笑いながら叔父上は生やした髭を手で撫でている。アストライアー侯爵からの連絡を読み終えた私は気を抜いていたのかもしれない。
「ああ。構わんよ、ボルドー男爵」
「ジークフリードがナイに気持ちを打ち明けたようですぞ。孫娘の報告故、事実でございましょう」
安堵のためか椅子の背に凭れた私は叔父上の言葉に即、身を離すことになる。ジークフリード……ジークフリード。ああ、侯爵の護衛を務める赤毛の双子の兄のことか。ナイって誰だ……ああ、アストライアー侯爵のことだな。うん? 背が高く顔の整った彼が侯爵に告白した!? あの鈍足過ぎて呆れ果てていたあの赤毛の双子の兄がようやく決意したのか!?
「!」
驚きで私は椅子から滑り落ちそうになる。宰相が私の肩に手を置いて難を逃れることができたが。
「陛下、大丈夫ですか? いえ、私も驚きましたが。ようやく彼が行動に移したのですね! して男爵。侯爵は彼の気持ちを受け入れたのですか?」
宰相が嬉しそうな顔を浮かべて叔父上に問うた。確かに二人の関係が進展したことは喜ばしいこと。あまりにも進まない関係に我々は手をこまねいており、あと数年で進展がなければ、私の権限で誰か宛がうしかないと暗澹たる思いを抱えていたのだ。叔父上は私たちに面白そうな視線を向けている。また髭を撫でながら叔父上は窓の外に視線を向け言葉を紡ぐ。
「ナイは色恋に奥手のようでしてなあ。昨日から百面相をしていると孫から聞き出しました」
アレにも女らしいところがあるのですなあと感心している叔父上に私は呆れそうになる。面白がっている場合ではないのですがと私は叔父上に対して口を開いた。
「……周囲への影響は?」
侯爵の魔力量は王城の魔術陣に一瞬で補填を終えてしまえるほどに多大である。気持ちが揺れ動けば身体の中に巡る魔力も揺れるだろうと、私は叔父上に真面目な視線を向ける。
「特にないそうです。どうやら陛下が下賜した錫杖が役に立っているようですぞ」
叔父上も軽く済ませてはならない疑問だと受け取ってくれたようで、真面目な顔をして答えてくれた。しかし私が侯爵に贈った錫杖が役に立っているとは。
一応、たくさんの者に協力してもらい唯一無二の錫杖になった。なったのだが侯爵の魔力の影響を受けて、意思を持ち喋るようになったと聞いた時は腰を抜かしそうになった。侯爵の下に魔石を預けておけば、国宝級の代物に変化しそうだし、質の低い魔石であれば直ぐ壊れそうだ。一先ず、周りへの影響がないと知った私は百面相をしている侯爵の姿を思い浮かべる。
前世では日々を送ることに精一杯で仕事に明け暮れていたと聞く。アルバトロス王国に生まれ落ちてからも貧民街で幼少期を過ごし、教会の保護を得て聖女になり宿舎生活の身であった。
叔父上の提案で侯爵が学院に通い始めてからも、波乱ばかりで色恋にときめくことはなかったようだ。叔父上も先程、侯爵のことを『恋愛は奥手』と評している。
誰か侯爵の話を聞いてくれる身近な者はいないだろうかと私は思案する。亜人連合国の者たちは特殊過ぎるだろうし、アガレスの女帝は頼りになりそうもない。
我が妃も一国の王女だったのだから、色恋には疎いはず。我が国の王太子妃もミズガルズの第一皇女も微妙なところだし、近隣国の女性陣も頼りになりそうにない。
貴族や王族という縛りがあるので、侯爵の悩みに親身になれそうな者が思い浮かばなかった。いっそのこと平民に聞いて貰った方が侯爵の話を理解できるのではないだろうかと、私は窓の外に視線を向ける。ふと、アルバトロス王国の教会の屋根が目に入り、ああと私は口を開いた。
「侯爵に色恋事を相談できそうな相手は……聖王国の大聖女がいるな。しかし大聖女に相談して妙な方向に状況が転がってしまわないか少々心配だな……」
私の声に宰相が『ああ』と言い、叔父上は『まだマシな相手でございましょうな』と告げる。私は窓から視線を戻して、侯爵の近況を大聖女に伝えてみるかと紙と筆を執るのだった。
◇
陽が沈む頃。私は一人で東屋に出て昨夜のことを思い出していた。どうしてジークが私に告白をと一日中考えていたのだが、ふと大事なことを思い出した気がする。
何気にジークは私に対して気持ちをアピールしていたところがあったのではと。アガレス帝国に赴いた際にお土産だと言って貰ったネックレスとか、どこか二人で出掛けよう――堕ちた神さまの一件で途中で終わってしまったけれど――と言ってくれたこと。
他にも学院でジークは女の子から受けた告白を断り続けていたし、勿体ないと言った私に妙な視線を向けていた。あの頃からジークの中には私のことを好きという感情を持っていたのか……それとももっと前からなのか。
「あれ……私ってジークに最低なことをしてた?」
思い返す限り、ジークは私に気持ちのアピールをしてくれていた。気付かなくてごめんという気持ちと、今からジークとどう接すれば良いのかと東屋に設置された机に両手を置いて頭を抱えて髪を掻き毟る。
しかし彼にごめんと謝っても嬉しくないだろうし、それなら気持ちを聞かせてくれと言われそうだ。もう少し気持ちの整理がつけられるまで待っていて欲しいと、陽が沈むのを見ながら独りで悩むのだった。