魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0715:心は不思議。

 ――ナイが変。

 

 変なのはいつものことだけれど、いつにも増して変さが高くなっている。数日前から頻繁に机の脚に自分の足をぶつけるようになったし、いつも一緒にいるはずのジークフリードとジークリンデから距離を取っている。食べる量は変わらないけれど、時折他所事を考えているようでご飯に集中できていない。いつも美味しそうに、幸せそうにご飯を摂っているナイが珍しい姿を披露していた。

 

 末妹にナイが変だと聞いてみれば『暫く放置しとけ、姉御』と呆れているような、面白そうにしているような反応をくれた。ソフィーアとセレスティアに聞いても、クレイグとサフィールに問うても、エルとジョセとヴァナルとユキとヨルとハナに話しても答えをはぐらかされた気がする。毛玉はまだ幼いから分からないだろうし、エッダに聞けば『今は見守ってあげてください』となにか意味ありげな笑みをふふふと浮かべていた。

 

 でも何度も机の脚に自分の足をぶつけるのは痛いし、クロが焦りながら『大丈夫、ナイ?』と慌てている姿を見るのは正直見たくない。

 

 ここまでくればジークフリードとジークリンデに聞いてみるのが正解だろう。けれどナイの前で聞いちゃいけないことは私でも分かる。だからあのそっくりな双子とナイが離れている間に聞かなきゃいけない。最近、夕方の時間はナイは東屋でボーっとしていることが多い。時折机に頭を突っ伏して髪を掻き毟っていることもあるから、早く解決しないとナイの黒髪が禿げそうだ。

 

 私は図書室にいる妖精たちにジークフリードとジークリンデの居場所を聞けば、庭の片隅にある騎士たちの訓練場にいると教えてくれる。ナイはジークフリードとジークリンデが鍛錬に出ている間は一緒に過ごしていない。

 

 私は今が丁度良い機会だと図書室を出て足早に廊下を歩く。窓から見える庭の景色には少し前に飛来した天馬たちがのんびりと陽向ぼっこをしていた。

 人間が住む屋敷に天馬が住み着くなんて信じられないけれど、エルとジョセが居着いた経緯を知れば納得するしかない。彼らは強くはないので、こうして安全地帯があるなら自慢の翼を広げて敵から逃げることができるはず。アストライアー侯爵領の領主邸は天馬の良い避難場所になるのかもと、窓から視線を外して私は訓練場を目指す。

 

 随分と広い侯爵邸。誰かとすれ違えば、そそくさと隅に寄って深々と私に向かって頭を下げてくれる。女神だからと仰々しい態度を取られるのは少し変な感じだ。

 ナイのように『お疲れさま』と告げれば一応『お疲れさまです!』と声が返ってくるけれど。屋敷のみんなと日常について語ったりしたいのに、私に気軽に声を掛けてくれる人は少ない。それこそナイと幻獣と魔獣たちくらいで、他の人たちは遠慮している。そのナイが数日前からおかしい。私とすれ違っても気付いてくれず、声を掛ければ『あれ?』と変な顔をする。いつもであれば先にナイが気付いて、へらりと笑みを浮かべて声を掛けてくれていたのに。

 

 むーと私が顔を顰めていると側にいた妖精たちが『女神さま、不機嫌?』『顔、怖い~』『怒っているの?』と問いかけてくる。怒っているというよりは、ナイがおかしいことが気になっているだけである。

 それを妖精たちに告げれば『確かに、最近おかしい!』『ヘルメスも静かで、変!』『どうしたんだろう?』と首を傾げていた。確かにいつも煩い錫杖のヘルメスがこの数日黙ったままだ。主従共に変になっていることに気付いた私は、余計にナイがおかしいことが気になり始めた。早くそっくりな双子に話を聞かなければと、歩いている速度を上げる。

 

 「え、速っ? 今の女神さま!?」

 

 すれ違った誰かが驚きながら声を上げているけれど、声を掛けている暇はない。驚かせてごめんと心の中で謝りながら、庭の端っこにある訓練場に辿り着く。

 この場所は侯爵家の騎士たちが時間を割いて身体を鍛えており、騎士見習いのテオや剣技大会で優勝した人も訓練に励んでいる。時折、檄が飛んでいるのだが声の主はフソウのお爺ちゃんたちだ。背の高い双子の兄妹はどこだろうと私は訓練場を見渡す。すると先に妹の方を見つけた。どうやら走り込みをしていたのか、立ち止まって汗を布で拭き取っている。私は邪魔にならないようにと訓練場を移動して、ジークリンデの側に近づく。

 

 「ジークリンデ」

 

 「はい?」

 

 私が声を掛ければジークリンデが短く声を返してくれた。ナイと同じく彼女は私を女神として過剰に扱うことはない。ナイの近くに私が寄れば警戒しているので、面白い反応を見せる子だ。彼女からナイを取り上げたりはしないのに、どうして警戒するのか不思議だけれど。ジークリンデは汗を拭いていた手を止めて私と相対する。

 

 「この数日、ナイが変」

 

 私が訓練場に訪れた目的を果たすため、さっそく聞いてみた。ジークリンデは私の声に驚いているのか、意味を考えているのか。表情が動かない子だし、意味が通じなかったのかと私は言葉を付け足した。

 

 「なにか知ってる?」

 

 「知ってはいます。けれど女神さまに教えても意味はない、はず」

 

 ジークリンデが私の疑問に答えてくれるけれど、さらりと流されてしまった。意地悪をして教えてくれないのではなく、私が状況を理解しても意味はないと言いたいようだ。

 表情を全く変えず、彼女は紫色の瞳で私を射抜いている。嘘を吐いている雰囲気はないし、これ以上なにかを聞き出そうと試みても教えてくれそうにない。駄目かと私が小さく息を吐けば、彼女もまた小さく息を吐いてから言葉を紡ぐ。

 

 「どうしてもというなら、兄さんかナイに聞いてください」

 

 「わかった。邪魔してごめん」

 

 ジークリンデが言葉を長く続けるのは珍しいし、向こうから助言をくれるのも滅多にないのに。ジークリンデと喋る機会はほとんどないから、今回初めてマトモに会話を交わした気がする。

 彼女はいつもナイの側でナイのことを見守っている。それは家族としてのように見え、親友のように捉えているように見え、忠誠心の高い犬が飼い主に向けている感情の様にも見えた。

 

 なににせよ、ジークリンデにとってナイは特別な存在なのだということは理解できる。そんな彼女が私に向けた最後の言葉は、ナイを慮って口にしたのだろう。私はジークリンデから踵を返し、ジークフリードはどこにいるとまた訓練場を見渡した。

 

 「どこだろう?」

 

 ジークフリードの姿が確認できない。ジークリンデがいるから一緒に訓練場にいるはずなのに。私が首を傾げれば、一緒にきていた妖精が『あっち!』と彼の居場所を教えてくれる。

 ジークリンデがいた場所とは正反対の建物の陰になっているところで、ジークフリードは見習い騎士のテオと剣技大会で優勝していた青年に手解きしていた。

 テオと青年二人同時に相手をしても、ジークフリードは余裕な姿で木剣を捌いている。時折、手や足も出ていた。それに苦しんでいるのは青年の方で、テオは『やっぱりきた!』と言いたげな顔をしてジークフリードの長い手や足をどうにか避けている。終わるまで待った方が良さそうだから私は隅っこで見守ることにした。訓練をしている他の騎士が私の顔を見てぎょっとしているけれど、頭を下げて続行していた。誰も話しかけてくれないなあと目を細めていれば、フソウのお爺ちゃん二人が軽い足取りで私の前に立つ。

 

 「女神さま、珍しいですな」

 

 「ええ、訓練場で貴女さまの姿を見るとは。如何なされました?」

 

 目を細めたハットリのお爺ちゃんとフウマのお爺ちゃんが私を見ながら笑っている。確かに訓練場に足を向ける機会は少ないので、お爺ちゃんたちが驚くのも仕方ないことだろう。特に隠すことでもないし、お爺ちゃんたちには私がこの場にいる理由を告げておこう。

 

 「ジークフリードに聞きたいことがあって」

 

 「そうでしたか」

 

 「おや。彼を呼んできましょうか?」

 

 私が答えれば、お爺ちゃん二人はジークフリードの方に視線を向ける。訓練の最中のようだし中断してまで切羽詰まってはいないはず。私が邪魔しちゃ悪いからキリの良さそうなところで声を掛けると伝えれば、ハットリのお爺ちゃんが姿をふっと消した。

 残ったフウマのお爺ちゃんは私の話し相手を務めてくれるようで、事情だけジークフリード殿に伝えておいた方が良いでしょうとハットリのお爺ちゃんが姿を消した理由を教えてくれた。

 

 「凄いね」

 

 「我々は忍びの者ですからなあ。あれくらい朝飯前ですぞ」

 

 はははと笑うフウマのお爺ちゃんはアストライアー侯爵家について語り始める。歳を経てからフソウからアルバトロス王国に移住したから、困ることがたくさんあるかと思いきや、直ぐに馴染めたので驚いたそうだ。

 一番の理由はフソウのご飯が用意されていることらしい。タタミがないのは寂しいけれど、ナイに申し出ればフソウにお願いしてタタミを寄越してくれたそうだ。ついでに敷布団と掛け布団も用意してくれ、心配事はなくなったらしい。フウマのお爺ちゃんと二言三言交わし終えると、ハットリのお爺ちゃんがすっと姿を現した。にっと子供のように笑い、突然戻ってきたことに驚いたかと言いたげだった。

 

 「ジークフリード殿に伝えれば、あと五分ほどお待ちいただきたいと申しておりました」

 

 「ありがとう」

 

 「いえいえ。爺の喋り相手を務めてくださり、こちらこそ感謝致しますぞ」

 

 そう言ったハットリのお爺ちゃんはフウマのお爺ちゃんの隣に並ぶ。彼もまたフソウからアルバトロス王国に移住して、こちらの生活も楽しいと笑っている。

 強かなお爺ちゃんたちだなあと暫く会話を続けていると、ジークフリードがこちらにやってきた。ハットリのお爺ちゃんから話を聞いても直ぐにこないあたり、彼が急いでこちらにくれば私が気を遣うと察知してくれていたようだ。

 ハットリのお爺ちゃんとフウマのお爺ちゃんがジークフリードがくれば『女神さま、また爺の話し相手をお願い致します』『茶飲み友達になれると良いのですが』と言って去って行く。ジークフリードはお爺ちゃんたちに小さく頭を下げて私の方に向き直った。

 

 「お待たせして申しわけありません」

 

 「ううん。私が勝手にきただけだから」

 

 礼を執るジークフリードに私は気にしないでと告げる。彼は私が訓練場にきたことを不思議に感じているようで、妹と同じ紫色の瞳を私に向けていた。

 

 「ナイが変だよね」

 

 「…………」

 

 私が問えばジークフリードが視線を逸らした。ナイとナイの幼馴染である彼らはきちんと相手の目を見て話してくれる。そんな彼らは私が女神だと言って視線を外すことはしないのに、何故私の一言目でジークフリードは視線を外したのか。

 

 「椅子に足をぶつけて痛がっているし、二、三日前から夕方は東屋で一人で変な顔をしてる」

 

 私が視線を逸らしたジークフリードに言葉を続けると、彼は視線を再度私に合わせてくれる。少し目を細めて不安気にしているのは何故だろう。

 

 「……自惚れかもしれませんが、ナイに俺の気持ちを打ち明けました」

 

 「気持ち?」

 

 ジークフリードがナイに打ち明けるような気持ちってなんだろう。特に思い当たることがないと考えていると、ジークフリードが顔を赤くしながら答えてくれる。

 

 「その……ナイを好きだと俺が伝えました」

 

 ジークフリードが更に顔を真っ赤にした。人間は好きな人同士が結ばれて子を成して次へと繋いでいくそうだ。貴族はその限りではないとエッダに教えて貰っていた。ジークフリードとナイが夫婦になるのはなにもおかしいことではないし、ナイがジークフリードを選んだなら良いことだろう。しかし。

 

 「そっか。でもなんでナイは悩むんだろう」

 

 ナイはジークフリードのことを嫌っている様子は感じない。むしろナイが一番自然体でいられる相手ではないだろうか。ナイは凄く周りのことに気を張っている。ジークフリードとジークリンデが側にいる時は穏やかに笑っているのだ。だからお似合いだと私は思うのだけれど、どうしてジークフリードの打ち明けた気持ちを汲み取らないのか。私はナイの気持ちや考えていることが良く分からない。

 

 「おそらく、俺たちの関係が変わってしまうと悩んでいるのではないでしょうか」

 

 顔から赤みが少し引いたジークフリードが俺の予想ですがと片眉を上げている。

 

 「ジークフリードはそれで良いの? 変わるものじゃない気がするけど」

 

 ナイたちの絆は簡単に変わるようなものではないのに。ナイが一番分かっていそうだというのに、何故、ナイは悩んでいるのか不思議だ。ジークフリードはナイの気持ちの整理がつくまで待っているとのこと。でも早くナイがジークフリードに答えてあげなければと気になってしまう。だって人間の命は儚く短いものだから。

 

 「はい。今はまだ。ただナイには俺の気持ちに対して答えを出して欲しいと願っています」

 

 小さく笑うジークフリードに私は『そっか』と言葉を返して彼と別れるのだった。ナイが変になった原因は分かったけれど、何故ジークフリードの気持ちに答えないのだろうという疑問が残るのだった。

 

 ……お似合いなのに。

 

 ◇

 

 ――ただ今聖王国は上を下への大忙しになっている。

 

 当事者である私、フィーネは落ち着いているけれど、教皇猊下にシュヴァインシュタイガー卿や、信頼に足る聖王国の聖職者の方たちは『本当か!?』『隅々まで掃除を!』『特上の茶と菓子を用意しなければ!』と騒いでいた。

 事の発端は数時間前に届いた手紙からである。差出人はソフィーアさまで私宛に記されたものだ。そして聖王国宛てのものも一緒に送られてきた。私宛の手紙は私に向けたものなので遠慮なく確認をさせて頂いた。ナイさまではなく、ソフィーアさまから手紙が届くのは珍しい。どうしたのだろうと私は整った綺麗に記された文字を読む。

 

 ――ヴァルトルーデさまがフィーネ嬢に会いに行く。個人的に。

 

 手紙の内容を簡潔に表したものだけれど。どうしてヴァルトルーデさまが聖王国にいる私の下を目指すのか。相談事があるらしいのだが、私に女神さまの悩みを解決できるのか分からないし、そもそも女神さまに悩みがあるのか。

 女神さまが訪れる直前の知らせになってしまい申し訳ないとも記されており、どうやらヴァルトルーデさまが突発的に言い出したようだ。来訪までに少し間が空くのは、ソフィーアさまがヴァルトルーデさまに『突然訪れれば、相手が驚きます』とでも言い含めてくれたのかもしれない。

 

 個人的に会うとのことなので、ヴァルトルーデさまの個人的な相談であろうか。まさか大聖堂のステンドグラスに描かれている女神さまのお姿の改変を、ついにお望みになったのかと私が目を細めていれば、一緒に手紙の内容を確認していた教皇猊下が椅子から転がり落ちた。それはもう綺麗に。大丈夫ですか!? と慌てて近寄る側近の方たちや神職者の方に支えられた教皇猊下が口をわなわな震わせながら開く。

 

 『め、女神さまが……に、西の女神さまが大聖女フィーネに個人的に会いにくる、と!!』

 

 フラフラと教皇猊下は立ち上がり、かっと目を見開く。え……教皇猊下ってこんな方だったかと驚くけれど、信仰の対象であるヴァルトルーデさまが聖王国にこられるとなれば変なテンションになってしまうのかもしれない。

 現に一緒にいたウルスラは嬉しそうな顔をしている。他の方々は『ええっ!?』と驚いたり『本当に!?』と教皇猊下の言葉を信じられなかったり『……はへえ』と意識を失う方までいた。とりあえず私は意識を失った方には、現実から逃げるなと気付けの魔術を施しておいたのだけれど……まあ、結果は言わずもがな。現在、聖王国上層部は上を下への大忙し状態だ。

 

 慌てふためいている聖王国上層部の皆さまを私とアリサとウルスラは少し複雑な気分で眺めていた。

 

 「凄いことになっているわね」

 

 「女神さまがこられますからね」

 

 「個人的なご訪問ですけれど……女神さまですからね」

 

 私たちはヴァルトルーデさま方に何度かお会いしているし会話を交わしたこともある。確かに女神さま特有の圧に気圧されそうになるけれど、ヴァルトルーデさま方は至って普通のお方たちだ。

 創星神であるグイーさまは豪快で愉快な方といった印象だし、地球の創星神であるテラさまも日本でオタク生活を満喫しているという俗な方。ヴァルトルーデさまは過剰な接待を望んでいないので、聖王国はヴァルトルーデさまの来訪に口を出す気はないけれど、塵一つ落としてはならないという勢いで掃除に励んでいる。

 

 「フィーネお姉さま、西の女神さまはどちらにこられるのですか?」

 

 「転移でくるそうよ。ナイさまのお屋敷でお昼ご飯を食べたあと、私の気配を見つけるみたい」

 

 アリサの疑問に私は答える。ヴァルトルーデさまは私の気配を追って近くに転移するとのこと。妙なところで転移されると騒ぎになるだろうから、官舎にある庭で待っていようと決めている。教皇猊下にお願いをして、お昼から夜の時間までは立ち入り禁止にして貰ったから関係者以外は入れなくなる。アリサとウルスラがいても問題ないそうなので、二人も同席することになっていた。

 

 あとは私たちの護衛の方が控える。お茶とお菓子を用意したけれど、ナイさまの屋敷で出される品と比べると数段劣るかもしれない。美味しくないと言われたらどうしようという心配があるのだが、ヴァルトルーデさまだから怒ったりはしないはず。

 

 アリサに続いてウルスラが私の顔を覗き込んだ。嬉しそうな顔を浮かべており、ヴァルトルーデさまの来訪が待ち遠しいようである。

 

 「では、お昼の時間を過ぎれば女神さまがこられるのですね」

 

 「そうね。お昼ご飯を済ませたら、庭に出ておきましょう」

 

 なので今日のお昼ご飯は普段より少し早めである。一応、アストライアー侯爵家のお昼の時間を聞いているので、妙なタイミングで女神さまがこられることはないはず。食堂や官舎の廊下にヴァルトルーデさまが現れれば騒ぎになるのは確実なので、この辺りは気を付けておかないと。

 

 「はい」

 

 「はい!」

 

 アリサとウルスラが元気に答えてくれる。さて、ご飯を済ませてヴァルトルーデさまを庭で待とうと私たちは食堂を目指すのだった。

 

 ――そうしてお昼過ぎの時間となる。

 

 時間を潰すため、三人でヴァルトルーデさまの相談事は一体なにかと話していればそれぞれの意見が出てくる。ステンドグラスの一件が真っ先に上がったことが面白い。ただヴァルトルーデさまは西大陸を見て回りたいそうなので、お姿をご本神さまと寄せて、その姿が世間に知れ渡れば直ぐにヴァルトルーデさまだと分かってしまうはず。

 だから、違う相談事かもしれないのだが……あまり思いつかない。ナイさまのお屋敷のご飯の質が落ちることはないだろうし、飽きることもないだろう。ナイさまは巻き込まれ型のトラブルメーカーだから、女神さまが暇になることはなさそうである。

 

 「あ、全く別の話になるんだけれど……――」

 

 私はアリサとウルスラを見て、伝えておくべきことを話しておく。その内容は、ナイさまがジークフリードさんから告白を受けたこと。告白によりナイさまが前後不覚に陥っていること。アルバトロス王から私に向けて、ナイさまから恋愛相談を受ければ答えてやって欲しいとお願いされていること。そのうちナイさまも聖王国を訪ねてくるかもしれないと、冗談めかして私が笑えばアリサとウルスラも笑っている。

 

 「やっとですか。ジークフリードさんの気持ちに気付けないナイさまもナイさまですけれど」

 

 「あはははは。でも、少し憧れますね。男性から告白されるなんて」

 

 少し呆れた様子のアリサと苦笑いでウルスラが笑ったあと少し照れた顔になった。確かに私たちは聖女の身だから、男性から告白を受ける機会は滅多にない。それになんとも思っていない方から告白を受けても困るだけである。

 ナイさまが前後不覚に陥っているのはジークフリードさんを男性として見ているからではないだろうか。でなければ、ナイさまなら『ごめん、ジークのこと男性としてみれない』とはっきりと伝えて期待なんて持たせないはず。そんなことを考えていれば、キンと高い音が聞こえた。私がきょろきょろと周りを見れば、アリサとウルスラも不思議そうな顔を浮かべていた。

 

 「?」

 

 「魔力が流れました?」

 

 アリサは首を傾げ、ウルスラは魔力を感じた気がすると妙な顔になっている。なんだったのかと視線を前に戻せば、ふと聞いたことのある声が聞こえた。

 

 ――フィーネ、今から行っても大丈夫?

 

 「め、女神さま!?」

 

 どこからともなくヴァルトルーデさまの声が聞こえてきた。アリサとウルスラにも聞こえているようだけれども、西の女神さまは私を名指ししたから会話に加わる気はないようだ。

 

 ――あ、驚かせた?

 

 「驚きましたが大丈夫です。って、聞こえているのですか、今の私の声」

 

 声しか聞こえないけれど、ヴァルトルーデさまが無表情なまま声を掛けているのだろうと想像できた。ヴァルトルーデさまが聖王国にこられることをナイさまは知らないとのことだから、女神さまの側にナイさまはいないのだろう。しかしヴァルトルーデさまであれば時間を過ぎればぱっと現れそうなのに、くる前に声を掛けてくれるとは。ジルケさまからの助言かなと笑っていれば声が続く。

 

 ――聞こえてる。ソフィーアが向かう前に一言あった方が良いだろうって。

 

 どうやらヴァルトルーデさまが声を掛けてくれたのは、ソフィーアさまからの助言のようだ。流石、生真面目な公爵令嬢さまだと笑っていれば、ヴァルトルーデさまが『直ぐ行くね』と声を上げる。

 すると芝生が生えている地面に幾何学模様が浮かび始める。グイーさまが登場した時よりも随分控えめなもので、陽の光と同化しているのか幾何学模様から発する光は目立たない。

 幾何学模様の上に人影が形成される。神影かもしれないが……まあ、なんでもいいか。形成された影がはっきりとし始めれば、ヴァルトルーデさまともう一方、ジルケさまの姿も見えた。幾何学模様が地面から消えれば、ヴァルトルーデさまとジルケさまの姿がはっきりと視界に映る。

 

 「おまたせ」

 

 「おう。邪魔するぞー」

 

 声を上げたヴァルトルーデさまとジルケさま。しかし末妹さまがいらっしゃるとは聞いていなかったのだが。アリサは『あれ?』と首を傾げ、ウルスラは驚いて目を丸くひん剥いていた。

 

 「ジルケさまも!?」

 

 「あ、すまん。気まぐれで、姉御についてきただけだ。過剰な敬意なんて必要ねえからな。そもそもあたしは南だし」

 

 ジルケさまが手を頭の後ろに回してボリボリと搔いている。確かに南の女神さまなので信仰には関係ないかもしれないが……あとで教皇猊下方が知れば腰を抜かしそうだ。報告しないと問題になるだろうし、猊下方が腰を抜かすのは決定だなあと遠い目をしているとヴァルトルーデさまが半歩前に出る。

 

 「フィーネ、アリサ、ウルスラ。時間を取って貰ってありがとう」

 

 「いえ。しかし相談というのは一体? 私たちで答えられると良いのですが」

 

 微かに笑ったヴァルトルーデさまにお礼を言われるとは。ちっぽけな人間が女神さまの悩みに答えられるようにと願うしかない。とりあえず、二柱さまを庭にある小さな東屋に案内して席に就いて貰った。

 係の方にお茶とお菓子の用意をお願いして持ってきて貰ったら、係の人は場から去るようにと告げた。これで護衛の方たちと私たちしかいない状況になり、ようやく本題に入れる。するとヴァルトルーデさまは機を察したようで口を開いた。

 

 「ナイが変。変な原因は分かったけれど……どうして答えないんだろう」

 

 片眉を上げたヴァルトルーデさまは、この数日ナイさまの様子がおかしいと感じているようである。しかし話が先に進み過ぎていてはっきりと内容が把握できない。ジルケさまが小さく溜息を吐いて『姉御がすまねえなあ』と私たちを見てから言葉を紡ぐ。

 

 「姉御、話がぶっ飛んでるぞ。もちっと経緯を詳しく話してやれ」

 

 「そうかな? そうかも?」

 

 ジルケさまの助言にヴァルトルーデさまは首を傾げながらもナイさまが変な理由を私たちに教えてくれる。どうやらナイさまはジークフリードさんから告白を受けたことに対して悩んでいるらしい。

 食べる量は変わっていないけれど、猫舌のナイさまが熱い料理をふーふせずに食べて『あつっ!』と言って、舌を火傷していたとか。いつもであれば提供された料理を美味しく食べれるようにと、熱い料理には細心の注意を払うナイさまが、である。

 

 確かに珍しい行動だし、歩いている途中で柱に身体をぶつけたりしているそうだ。屋敷の皆さまは何故、ナイさまが変な状況に陥ってしまったのか知っているそうである。

 皆さま、見守っていようというスタンスを取っているようで、ナイさまを見て見ぬ振りをしているとか。家宰や侍女長に侯爵家の主だったメンバーは『ジークフリードさん、よくやった!』と喜んでおり、あとはナイさま次第である。アルバトロス王国の陛下も認めているようだし、問題は少ないようだが……女神さまは周りに気付いていないようで、ナイさまが変なことに対して違和感を受けるようだ。

 

 「ナイさまなら、そのうちご自身で答えを出すかなあと」

 

 「だよなあ。姉御、姉御が気にしても、どうにもならねえもんだぞ」

 

 私の声にジルケさまが『だよなあ』と言いたげである。そしてジルケさまはヴァルトルーデさまに向かって肩を竦めた。

 

 「うん。でもナイは自分の気持ちを誰かに打ち明けるのは苦手だから。ちょっと心配。煩いヘルメスも静か」

 

 ヴァルトルーデさまが東屋の席から晴れた空を見上げる。

 

 「確かにヘルメスが大人しいのは気になるけどよ」

 

 釣られてジルケさまも空を見上げる。確かにナイさまはご自身の心情を誰かに語ることをしない。自分のことより周りの人のことを気にしている。私がなんとなく啜った紅茶は少し冷えていて、ジークフリードさんの告白がナイさまに齎す影響はどれほどのものだろうと私は目を細めた。ジークフリードさんから話を聞いているかもしれないけれど、エーリヒさまにも相談してみようかな。

 

 転生者同士なら、恋愛観について気軽に語り合えるかもしれないのだから。

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