魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
お昼ご飯が終わればエーリヒさまはジークを連れて別室へと移って行った。クレイグとサフィールとソフィーアさまとセレスティアさまは仕事に戻るといって食堂から持ち場に移った。ヴァルトルーデさまはジルケさまに首根っこを持たれて『行くぞー姉御』と言われて、屋敷のどこかにいるはずだ。
フィーネさまはふんすと鼻息荒く来賓室で席に腰を下ろし私を見ている。彼女の後ろには聖王国の護衛の方が数名いて、私の後ろにはリンが控えていた。側にはヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと、お昼ご飯の時間に放置されて不貞腐れている毛玉ちゃんたち三頭が尻尾を縦に床へとばったんばったんさせている。
侍女の方に淹れて貰ったお茶の匂いが来賓室を満たし始めたころ、によによという顔のフィーネさまが口を開く。
「さて、ナイさま」
「はい?」
フィーネさまの声に私が返事を返すと、彼女はによによ顔から真面目なものに変わった。
「ジークフリードさんから告白を受けたとお聞きしました。あとヴァルトルーデさまがここ数日のナイさまは『変だ』と仰って気になされておられましたよ」
一体なにを言われるのかと思いきや、ジークが私に告白したことが気になるようだ。しかし何故バレているのだろう……あ、いや。特段、隠すことはないだろうと屋敷の方に『様子がおかしい』と問われれば、私がジークから告白を受けたことを伝えていたのだった。
それならば、屋敷の誰かから報告が届き、アルバトロス王国経由でフィーネさまが知っていてもおかしくはない。でも何故、ヴァルトルーデさまが話に登場するのかと思いきや、ここ数日考え込んでいる私を見たヴァルトルーデさまが心配してフィーネさまの下へと向かったようだ。
「聖王国の皆さまは大慌てだったのでは……」
流石にヴァルトルーデさまがくるとなれば、フィーネさまは教皇猊下方に連絡を入れないはずはない。急に女神さまが訪れる場合もあるが、一応知り合いの下へ向かう際は『一報を入れた方が無難です』と女神さま方には伝えている。
「ですね。ヴァルトルーデさまを迎え入れるために信頼できる方たちが各所の掃除を担いましたから。凄くピカピカです」
フィーネさまが苦笑いを浮かべながら肩を竦めた。どうやら本当に聖王国は上を下への大騒ぎとなっていたようで、教皇猊下さえ掃除道具を持っていたそうである。女神さまの来訪を知らされていない方は驚いたのではと、私がフィーネさまに問えば『時折、慈善活動として猊下は掃除道具を持つことがありますから』と教えてくれた。
そして教皇猊下は『今日は掃除がしたい気分なのだ』と仰って誤魔化していたそうである。先々々代の教皇猊下も箒を持って掃き掃除をしていたから、他の方たちも真似をしたようである。結果、聖王国の官舎と庭と大聖堂は、普段よりもピカピカになっているとか。ちょっと見てみたい気分に駆られていると、フィーネさまがはっとした顔になっていた。
「ヴァルトルーデさまのお話をしにきたわけではないのです! ナイさまジークフリードさんにどう返事をするのですか?」
大きく口を開いたフィーネさまが私を真っ直ぐに射抜く。どうやらジークからの告白を受け、返事をしていないこともバレバレのようだ。まあ私の様子は変だったようなので、こうして聖王国から飛んできてくれた方を悪く言えない。ただ、恥ずかしいという気持ちと、もう少しゆっくり考えさせて欲しいという気持ちがある。
「…………」
そもそも、どうしてジークは今のタイミングだったのだろう。そりゃ機会を逃せば私にはボルドー男爵さまやヴァイセンベルク辺境伯さまやアルバトロスの陛下や他の面々から釣書がたくさん送られてくるはず。
今、止まっているのは陛下方になにかしらの考えがあるからで。ジークも決して意地悪をするために告白したわけじゃないことは分かっている。
長年、心の中で私への気持ちを秘めていたそうだ。聖女であるから処女性が求められるところもある。結婚している聖女さまもいるけれど、世間一般では純血の聖女さまの方が求められていた。私は聖女という仕事からお貴族さまの仕事へと比重を置いたために、ジークは丁度良い機会と考えたのだろう。でなければ私が聖女を続ける限り、彼は自分の気持ちを押し込めていそうである。
「ナイさま?」
ジークのことは好きだし、男性として見れるはず。しかし仮に私が彼の告白を受け入れたとして、ジークは嬉しいのだろうか。側にいる、都合の良い相手だから気軽に返事をしたと思われそうである。それはそれでジークに対して不誠実だろうし、そう思われてしまったら私は悲しい。クロが私の肩の上でなにか呟いているけれど、今はそれどころではない気がする。フィーネさまにどう答えれば良いものか。
「ナイさま!」
フィーネさまが私の名を呼んで前を見据えている。怒っているのか呆れているのか分からないが、聖王国の護衛の方は目をぱちくりと開いて、フィーネさまの方を見ていた。一先ず、フィーネさまの疑問に答えなければと私は纏まらない考えを口に出す。
「私がイケメンに告白されたことが信じられないんです……現実だと分かってはいますが、こう……私が受けても良いものかと」
私は言葉を口にしつつフィーネさまから視線を逸らした。
「うわあ……拗らしてる」
私の答えを聞いたフィーネさまが凄く妙な顔を浮かべながら引いている。引く要素はないはずなのに何故、彼女は呆れているのか。だって、イケメンなら美女を選び放題である。本人の気持ち次第だろうと突っ込みが入りそうだが、一緒に生活する上で顔も大事な要素である。見たくもない顔を毎日拝まなければならないのはしんどい。
「ごほん! とにかくジークフリードさんは本気です。お付き合いするかどうかはナイさま次第ですが、きちんと答えてあげてくださいね」
フィーネさまがうんうんと頷いている。言いたいことを言ったようで、納得した様子を見せている……気がする。私はふとフィーネさまは何故エーリヒさまと付き合い始めたのだろうと口を開いた。
「フィーネさまは何故、エーリヒさまが良かったのですか?」
意味合い的には変わらないはず。フィーネさまは可愛い系の美人だし、聖王国にもイケメンはたくさんいる。言い寄られる機会が多くありそうだし、エーリヒさまはイケメンの中に入れば埋もれてしまう口だ。失礼かもしれないが、フィーネさまは面食いっぽい雰囲気がある。
「はえ?」
フィーネさまがきょとんとした顔をしながら少し考える雰囲気を醸し出した。
「そ、そりゃ……カッコ良いですし、優しいですし、一緒にいて楽しいですし、美味しいご飯を作ってくれますし、手紙もマメにくれて、出掛けた先のお土産も届けてくれるんですよ? くすんだ金色の髪が風に靡いて彼が目を細めるところとか、エスコートを受けた時のごつごつした男の人らしい手とか……あと他には、凄く落ち着いた柔らかい声で喋ってくださいますし、歩く速度も私に合わせてくれるんです」
こんな人、何処にもいませんよとフィーネさまが顔を赤くしながら惚気ていた。息継ぎがほぼないまま語り切ったので、エーリヒさまに対して持つ彼女の気持ちは凄く強いのだろう。そういえば恋愛話はあまりしていなかったなあと私が目を細めれば、肩の上のクロがこてんと首を傾げながら口を開く。
『フィーネはエーリヒのこと大好きなんだねえ』
クロは尻尾で私の背を叩きながら呑気な台詞を吐き、フィーネさまは幸せそうに『大好きですよ』と答えている。私も彼女のようにジークのことで惚気る日がくるのだろうかと、窓の外の晴れた空を見るのだった。
◇
昼ご飯のあとフィーネさまとナイさまたちと別れた俺とジークフリードはアストライアー侯爵邸の来賓室を一室借りていた。男同士の気軽な場であるが、俺に付いている護衛の方が一緒である。
ジークフリードは自分の身を守れる実力を持っているため一人で行動できる。少し羨ましくあるものの、幼い頃から騎士として鍛えてきた彼と貴族の三男としてのほほんと生きていた俺とでは扱いが違うのは当然である。ジークフリードがナイさまに告白したとアルバトロス上層部から報が入り、告白を受けたナイさまの様子が変だということも耳にしている。
今日、久方振りに顔を合わせたジークフリードは案外落ち着いているものの、ナイさまは少し落ち着かない様子である。いつも通りに見えるけれど彼女はジークフリードのことを確実に意識していた。
そしてナイさまは一人、頭の中で悩みまくっていることも。彼女はここ数日珍しく悩んでいる様子を見せたり、ご飯を零したりしているそうだが、確実にジークフリードを見る視線は変わっていた。
「ジークフリード、大丈夫なのか」
来賓室の椅子に腰を掛けて早々に俺はジークフリードに声を掛ける。赤毛のすこぶる顔が整った目の前の男も椅子に座る。ジークフリードは羨ましいを通り越して、嫉妬なんて湧かない顔の良さを持っているのだが、自分の顔の良さを鼻にかけることはない。領地運営の勉強も順調らしく地頭も良いときている。そんなイケメンが小さく首を傾げて俺を見ていた。
「なにがだ?」
「いろいろだ、いろいろ」
なにかとは口にせず俺はジークフリードに再度問う。すると彼は小さく笑って『特に問題はない』と答えてくれた。ずっと思いを寄せていた相手に告白したというのに随分と落ち着いているようである。ナイさまの方が挙動不審なのは如何なものか。極上なイケメンからの告白を受けたならば凄く喜びそうだが……ナイさまだからなあという思いが胸に湧く。
「少しくらい俺のことで悩んでくれても良いんじゃないかという気持ちがある。ずっと抱えていた気持ちを打ち明けたんだ。ナイの返事が遅くても問題ないさ」
ジークフリードがふふと肩を竦めながら笑えば、アズが彼の肩から飛んで机の上に降りる。どうやらいきなり肩が動いたことに驚いたようで、アズはジークフリードに抗議の声を上げていた。
すまないとまた笑ったジークフリードは手を差し出して、元の位置に戻るようにとアズを促した。嬉しそうに一鳴きしたアズはジークフリードの手に何度か顔を擦り付けて、元の位置である彼の肩の上に乗って満足そうにしている。
「……何気に重いんだな、ジークフリードの気持ちは。俺なら早く返事が欲しいって思ってしまいそうだ」
俺が小さく笑えばジークフリードは不思議そうな顔をした。どうやら自覚がないようである。確かに幼い頃から抱えていたものを告白したとなればスッキリするかもしれない。その後にフラれる可能性だってあるのに、ジークフリードは泰然として凄く落ち着いている。
「そうか? 他の人間と比べたことがないから分からないが……ナイが導き出した答えなら、どちらでも受け止めるつもりだ」
なんだろう。目の前のイケメンは心もカッコ良いようである。ナイさまと同様にジークフリードもソワソワしているのかと心配していたのに、俺の気持ちは無駄に終わったようだと肩を竦めるのだった。
◇
年末が即過ぎて、新年を迎えている。
アストライアー侯爵邸では屋敷で働く方々と新年を祝うパーティーを開いて、今年もよろしくお願いしますと私は当主として頭を下げた。幻獣と魔獣の皆さまともよろしくねと言葉を交わしていた。
ユーリを始めとした未成年組の子たちには『お年玉』を渡している――かなり少額――ので、お菓子でも買って楽しんで貰えば幸いである。少し変わったことといえば、アンファンに打診をしていた侍女養成校に通うかの返事が舞い込んでいる。
侯爵邸の皆さまからの助言により、ユーリと離れてしまうのは寂しいけれど、訓練校を卒業して資格を持っていた方が良いと判断したようである。
アンファンを保護した当時、逆毛を立てていた猫のような子が本当に大きくなったものだ。成長期に入っているのか背が伸びる速さが半端ないし、いろいろと出るべきところが出始めている。羨ましいと私がアンファンを見ていると、彼女は不思議そうな顔をしている。何故、私が意味ありげな視線を向けているのかまでは分からないようだった。
とにもかくにも四月からアンファンが侍女養成校に通うこと、そしてテオも王都の騎士訓練校に通うことになるので屋敷が少し寂しくなる。
奨学金制度ではないけれど、似たようなものを彼らに利用して貰うので栄えある第一号と二号だ。有用に活用して欲しいし、王都のミナーヴァ子爵邸から彼らは学び舎に通うため生活費は抑えられるだろう。
みんな順調に年齢を重ねていくなあと私はユーリの部屋で玩具で遊ぶ彼女を見守っている。毛玉ちゃんたちはユーリに遊んで欲しいのか、玩具に夢中になっている彼女の側で尻尾を床にぺしぺし叩きつけていた。
ユーリがアンファンくらいの年齢になれば、王立学院に通うことを見据えている頃だろう。黒髪黒目のユーリだから、ジルケさまくらいにしか成長しない可能性がある。低身長だと馬鹿にされれば怒り散らすのかなあと、ユーリに視線を向ければ玩具と玩具をくっつけて何故かきゃっきゃと楽しんでいた。
「ユーリも大きくなったら、王立学院に通うことになるだろうね」
数年前まで私たちが身に纏っていた学院の制服をユーリも着用することになる。なんだかイメージが湧かないけれど、きっと美人さんに成長しているに違いない。
身長は低いままでいて欲しい。だってお姉ちゃんとしてのプライドが粉々になりそうである。だが、周りの人たちに『背が低い』『子供じゃねえか』と蔑まれることになるだろうから、平均身長くらいは伸びて欲しい気持ちもある。
ということは現在私の身長は百五十センチちょい。ユーリが平均身長まで伸びれば百七十センチになる……少しくらい小柄でも良いかなあと勝手な気持ちを抱いていれば、肩の上のクロがこてんと首を傾げた。
『そうなの?』
「お貴族さまの子女は基本通うようになっているから。お金持ちの平民の子も通うし、顔を広める場でもあるね」
クロの疑問に私が答える。低位のお貴族さまには商家に婿入りや嫁入りすることも選択としてあるそうだ。あとは資金繰りに困っているお貴族さまもか。
いろいろと支援して貰い、商家の方には貴族の方々との付き合いが広がるという利益があるそうである。王都で有名なお菓子屋さんに嫁入りすれば、お菓子を食べ放題できるだろうか。いや、毎日甘い良い匂いを嗅がなければならないのは地獄の責め苦かもしれない。だって美味しいものを食べられないのはキツイ。やはり貴族としてお菓子を買いに行く立場の方が気楽だと私はクロを見る。
『ナイは学院で一気に有名になったよねえ』
確かに私は学院生活三年間の間に成り上がり過ぎた。なんでこんなに立場が上がって行くのと頭を抱えていたけれど、慣れてしまえばなんとかなるものである。変な人にエンカウントすることも多いけれど、良い方と巡り合える機会も多くあった。きっと心の在りよう次第で今の状況を受け入れられるか、られないかが決まりそうだ。
「そうだねえ。世界中に私の名前が広まったから、もう広まる先がないね。これからは落ち着いて暮らせそう」
グイーさまの使者を務めた件で私の名前は東西南北の大陸中に名前が知れ渡っている。今以上に私のことを知る人たちは増えないだろうし、二十代となるからこれからのんびりとした生活を贈りたい。
貴族の仕事があるけれど、皆さまの協力によりなんとか素人の私でも所領の運営を黒字にできている。本当にこの先平和でありますようにと願っていれば、クロが私の肩の上で脚を何度か動かして声を上げた。
『そうだと良いねえ』
「なにか起こりそうだから、そういうのは止めよう、クロ」
クロの呑気な声に私は肩を竦める。お貴族さまにつきものである婚姻話は先延ばしにしており、ジークの告白にも答えていない。ジークは私を急かすこともなく、他の人たちの方がやきもきしているように見える。リンも普段と変わらず生活している。一緒にユーリの部屋にきていたそっくり兄妹がユーリを見て小さく笑っていた。
「ユーリが学院に通う姿はまだ想像し辛いな」
「通うには十年以上先だから。その頃には大きくなっているだろうね。髪、伸ばすかな?」
ジークとリンがユーリの十年先の姿を想像しているようだ。私は私でそっくり兄妹が十年経た姿を想像する。私もジークもリンも三十歳を迎えた時には『十代の頃の若さは失った!』と口を揃えて言いそうである。
でもまあ、まだまだ現役でお貴族さまを務めているのだろう。ジークも領地運営をしつつ私の護衛を務めてくれるだろうし、返事次第で、は、は、伴侶になっているかもしれない。リンも結婚して子を成しているだろうか。彼女のお相手が全く想像付かないけれど、幸せになってもらいたい。
「ユーリはその前にお貴族さま教育が始まるね。礼儀作法を小さい時から学ぶって。お貴族さまの子供って大変だ……」
ユーリに物心が付けば周りの人たちから教育を受けるようである。五歳頃には家庭教師が就いて勉強を始めるのだとか。私の前世の幼い頃なんて施設で遊び回っていた記憶しかない。
職員の方たちは文字の読み書きを教えてくれたり、簡単な引き算足し算を学ばせようとしていたけれど……やんちゃ盛りの子供が職員さんたちの仰ることを聞くはずもなく。ユーリは勉強から脱走したりするのだろうか。庭にはエルとジョセたちがいて、もしかしたらジャドさんたちもいるかもしれないので、直ぐ見つかりそうである。
現在の侯爵領の領主邸に家庭菜園はないけれど、十年後には畑の妖精さんが誕生しているかもしれない。
愉快なことになっていそうだと私が笑みを深めると、そっくり兄妹もクロも笑っている。本当にユーリの成長が楽しみだと部屋をあとにするのだった。
◇
――まだ返事をしていないそうである。
邪竜殺しの英雄の兄がアストライアー侯爵に告白をしたという報を受けて一ケ月ほど経っていた。私はアルバトロス城の執務室で夜空を見上げながら、宰相に『侯爵は答えをまだ出していないのか』と愚痴を零したところである。
「陛下。アストライアー侯爵のことですから、いろいろと頭の中で悩んでおられるのかと」
宰相が片眉を上げながら笑う。宰相も結果がどうなるか気にしているというのに、私の様子を見て落ち着いたようだ。アルバトロス城内はアストライアー侯爵が告白を受けたという話で持ち切りである。
彼女が婚姻して子を成せば、上手く縁を繋ごうと考えているのだろう。今だってアストライアー侯爵との縁をどうにか繋ぎたいと強かに狙っているのだから。
女神さま方も彼女の屋敷に滞在されたままなので、その辺りのことも勘定に入っているようである。叔父上、ボルドー男爵は侯爵と彼女の周囲から送られてくる報告書を楽しみにしているそうだ。面白いことが大好きな叔父上のことだ。侯爵家で起こることに一喜一憂……いや叔父上だから憂いなどなく、喜んでいるのだろう。私は窓から宰相へと視線を移す。
「悩むのは結構なんだが、西の女神さまが侯爵を心配して聖王国に出掛けたり、他の国の王や貴族たちから『侯爵が婚姻するのか!?』と問い合わせを受けているからな。早く答えを出して欲しい。ジークフリードも気が気ではないのではなかろうか」
私が宰相に向けている目を細めると、彼は苦笑いになった。アルバトロス上層部は国外に漏らしたつもりはなかったのだが、侯爵が亜人連合国を始めとした仲の良い国へ知らせたのかもしれない。そこから噂が漏れ出て各大陸の王たちがざわめいているとも考えられる。ふうと私が息を吐けば、宰相は顔色を変えずに声を紡ぐ。
「庶民の者であれば、恋愛結婚する場合もありますからな。侯爵たちは元平民です。我らが無理強いや強制をすれば、意固地になって独身を貫かれても困りましょう」
「だから見守るしかないのがな……王命で婚姻させることもできるのに、流石に彼女たちには使えない権限だ」
本当に王命を下せるならば楽なことはない。だが、私が王命を下して侯爵の意に反していたなら、亜人連合国、ヤーバン王国、フソウ国とアガレス帝国は確実に怒るはず。アルバトロス王国が滅ぶ未来しか見えないと愚痴を宰相に伝えれば『ですから我々は見守るしかないのでしょうねえ』と肩を竦める。功績が偉大過ぎて配下の扱いに困っている王ってなんだろうか。
いや、侯爵はアルバトロスに対して忠実だから迷惑を被っていることはないのだが……周りの者たちに過激な者が多いと私は順繰りに顔を思い浮かべた。はははと乾いた笑いしか出てこない面子に私は肩を落とす。
侯爵がジークフリードの告白を受け、ある程度の時間が経てば籍入りするはず。もし侯爵が挙式をするなら、彼らも参加することになるのか。それ以外の国の王も参加したいと願い出るだろうし、侯爵のことだからリーム王や聖王国の教皇にと招待しそうである。そして……――。
「侯爵の婚姻式には創星神さまもご出席なさるのだろうか……」
「……となれば創星神さまのご伴侶も?」
私が創星神さまも参加するのかとぼやけば、宰相が更なる追い打ちをかけた。確かに創星神さまがこられるならば、伴侶である女神さまもご一緒に参加なされるはずである。
「そうなったら、東西南北の女神さまもだな」
夫婦が揃っているならば、各大陸を司っている女神さま方も当然参加なさるのだろう。
「神の島には創星神さまの部下である神さま方がいらっしゃると聞いておりますが、まさか……?」
宰相の言葉に今以上に神さま方が現れてたまるかと言いたくなるが、神の島に他の神さま方がいるのは事実である。堕ちてしまった神がいるのだから、他の存在がいらっしゃってもなんらおかしくないのだから。ジークフリードが侯爵に男を見せたと我々が喜んでいたのも束の間、これから先のことを考えると胃の腑が痛くなりそうだと私は宰相と視線を合わせる。
「宰相、これ以上考えるのは止めよう! 一杯付き合ってくれ」
「承知致しました」
よし、飲もうと私は席から立ち上がり、ワインセラーから年代物の一本を開封するのだった。