魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
朝、自室のベッドの中で目が覚めた。隣にはリンが寝ていて目を閉じている。まつ毛長いなあと笑いながら、私は彼女を起こさないようにベッドから降りようとすれば腕が身体に絡みつく。起こしてしまったかと苦笑いを浮かべれば、リンが半分目を開いて私を見ている。
ゆっくりと優しくベッドに寝転がっている彼女の下に私は導かれた。微かに洗髪剤と石鹸の匂いが彼女から漂ってきて私の鼻腔をくすぐる。リンと一緒に寝た時は大体今日と同じ行動を取っているのは気のせいだろうか。リンの顔に掛かった赤毛を私は手を伸ばして優しく払ってから口を開く。
「おはよう、リン。今日は冷えるね」
「ナイ、おはよう。うん。風邪、引かないようにね、ナイ」
年が明けて一ケ月が経とうとしており、冬の寒さが厳しくなっている。北大陸の気温より全然マシだけれど、アルバトロス王国の気候に慣れている身としては十分に冬は寒いのだ。
二人してベッドから起き上がると、籠の中で寝ていたクロがむくりと身体を起こした。寝ぼけているのか身体がゆらゆら揺れて、尻尾を篭からだらんと垂らしている。目をうっすらと開けたクロが私たちを捉えた。クロと一緒に寝ていたネルも身体を起こして寝起きの声で一鳴きする。喉が渇いているのかいつもより鳴き声は低かった。
『おはよう、ナイ、リン』
「おはよう、クロ。ネルも目が覚めたみだいだね。おはよう」
「おはよう、クロ、ネル」
クロの挨拶に私とリンが言葉を返す。ネルは一鳴きしてそれを返事としたようだ。挨拶できたと満足気にしているネルが可愛らしい。ベッドの側ではヴァナルと雪さんと夜さんと華さんが起き上がり、毛玉ちゃんたちは床に三頭団子になったまま寝ている。
毛玉ちゃんたちは野生を捨て去っているようで、お股パッカーンして心地良さそうである。雪さんたちは彼女たちを見て『もう少しおしとやかになってくれれば良いのですけれど』『番にこのような姿を見せるつもりでしょうか』『受け入れてくれる番であれば……いらっしゃるでしょうか?』とぼやいていた。ヴァナルはくわっと大きな欠伸をしているのだが、口の中にある牙は大きく鋭い。虫歯とかなさそうだし、歯石が溜まって黄色くなってもいないから歯の健康状態は良さそうだ。
リンがベッドの端に腰を掛けた。私も遅れてベッドから降りようとしていると、リンがクロとネルの方を見る。
「ナイ。着替えてくるね。ネルはまだクロと一緒にいる?」
リンの言葉に私は頷き、ネルはリンとクロの間を交互に視線を彷徨わせていた。どうやらネルはリンと一緒に部屋に戻るか、クロと私の部屋でまったりしているか迷っているようである。ネルが何度か視線を動かした末に籠の中で短く一鳴きすれば、リンが目を細めてベッドから立ち上がる。
「分かった。直ぐに戻る」
そう言い残したリンはすたすたと歩いて私の部屋を出て行った。今日のネルはクロと一緒にいたい気分のようである。直ぐに戻るとリンは言ったから、着替えを終えれば私の部屋に戻ってくるようである。
私も着替えをしようと呼び鈴を鳴らせば、エッダさんが直ぐに部屋にきてくれる。ヴァナルと雪さんたちはそそくさといつも通りに移動して、外で私の着替えを待ってくれるようだ。毛玉ちゃんたちは相変わらず寝ているため、両親から放置されていた。
エッダさんと朝の挨拶を交せば、クロの隣にネルがいることに気付いて『今日はジークリンデさんと一緒ではないんですねえ』とネルに声を掛けていた。
彼女の問いにネルは首を傾げ、クロが『今日はそんな気分なんだって~』と通訳していた。ネルが短く一鳴きして、クロとエッダさんがえへへと笑っている。微笑ましい光景だなあと私が感心していると、エッダさんがはっとした顔になって視線をこちらへ向けた。
「申し訳ありません、ご当主さま。着替えをお手伝い致します」
「いえ、気になさらないでください。お願いします」
頭を下げるエッダさんに私は苦笑いになる。アストライアー侯爵邸は気を取られることが多いそうである。調理場から香る料理の匂いにお腹を刺激され、妖精さんたちがぱっと光って驚いたり、毛玉ちゃんたちがびゅっと廊下を走り去って目を見開いたり。
庭に出れば天馬さまたちが穏やかに声を掛けてくれ、挨拶を交わし日常のことを話しているとか。偶に時間を取られてしまい自分たちの上司から苦言を呈されるそうである。仕事が少し遅れた理由を伝えれば『仕方ない』となるそうだけれど。
エッダさんが私の着替えを手伝ってくれつつ、机の上にあるモノに目を取られていた。
「……本当に凄い光景ですね。部屋にグリフォンの卵がずらりと並んでいるなんて」
彼女の声に釣られた私も机の上を見みた。そこには丸く黄色い宝石のようなものが、綿を詰めた布の上に鎮座している。昨日、ジャドさんがヤーバン王国から戻ってきた。戻ってきたジャドさんは道すがら雌のグリフォンさんを引き連れて侯爵邸を目指したそうだ。
噂を聞きつけた雌グリフォンの方たちがヤーバン王国に向かい、ジャドさんと托卵先を話し合ったそうである。創星神さまの使いを務めたアストライアー侯爵に卵を預けたならば、強い仔が孵るのではないかと。
ジャドさんは強い仔が孵った証明だとイルとイヴを雌グリフォンさん方に紹介したそうだ。彼らの体格、毛並み、嘴や爪が立派であることを確認した雌グリフォンさん方は確信したそうである。
アストライアー侯爵に卵を託そうと。そしてヤーバン王国で済ませるべきことを済ませて、アストライアー侯爵領領主邸にやってきたわけだ。
目の前にある机の上には四つの卵が並んでいる。それぞれの雌グリフォンさんが私に卵を預けるために気合で、道すがら産み落としたのだとか。そのためかジャドさんから預かった卵さんよりも一回り小さい。
「グリフォンさんたちからの要望ですから。いつ孵るか分からないというのが最大の難点ですね」
預かるのは構わない。温めなくとも卵は勝手に孵るのだから。ただ、いつになるか分からないというのが厄介なことだろう。直ぐに卵に皹がはいるかもしれないし、何年も先のことになるかもしれないのだ。前回のように卵が一個から二個に増え、卵が孵れば更に二頭増えるなんてこともあるかもしれない。まあ、ジャドさんたち雌グリフォンさんたちは育児に目覚めたようで、卵が孵り次第幼いグリフォンさんたちは親元で育てるそうである。
ソコだけは有難い。私がグリフォンのお世話を担うとなれば大変なことになりそうだ。亜人連合国にはグリフォンの卵さんを預かったと連絡を入れているので、竜のお方が私の下に卵を預けにくることはないはず。
エッダさんと喋りながら着替えをしていれば終わり、卵さんたちが無事に孵るようにと祈ってくれている。そして私と視線を合わせるとエッダさんは苦笑いを浮かべていた。
「ヤーバン王国の陛下が凄く嬉しそうな顔をしていそうです」
あははと乾いた笑いを浮かべたエッダさんを私は見上げる。
「お知らせすれば直ぐに返事が届きましたよ。めでたいと。あと侯爵邸に遊びに行っても良いかとも」
流石にヤーバン王国に黙っているわけにはいかないと、ヤーバン王には直ぐ知らせている。もちろんアルバトロス王国にも、亜人連合国にもだ。
ヤーバン王は侯爵家が知らせを送った十分後に返事をくれている。ヤーバン王国の皆さまは『また卵が産み落とされた!』『グリフォンがまた増える!』『めでたい、めでたい!』『雄のグリフォンさまにも知らせねば!』と大騒ぎになっているそうだ。
「行動力のあるお方ですから直ぐにこられそう、というかこられるんでしたよね?」
「あはは。侯爵邸に向かう準備をしているそうですよ。一国を担う王さまの足の軽さではない気がします」
エッダさんが遠い目になり私は肩を竦める。二、三日中にはヤーバン王国の準備が整い、アルバトロス王国側も受け入れ態勢を築けるそうだ。本当に転移陣の有難さが身に染みる。
ヤーバン王は侯爵邸に向かう準備を進めつつ、卵が誕生したお祝いも開催しているそうだ。卵さんたちが不在で祝っても良いのだろうか。事の次第ではヤーバン王国に私たちが卵さんを抱えて向かうことになりそうである。はははとエッダさんと二人で笑っていると、リンが部屋から戻ってきたようだ。長い赤髪を纏めてラフな格好をしているので、今日は訓練はお休みのようである。
「ナイ。エッダ、おはよう」
「ジークリンデさん、おはようございます。ご当主さま、朝食の準備は整っているとのことです」
リンとエッダさんが朝の挨拶を交わすと、籠の中からネルが飛んできてリンの肩の上に乗る。
「あ、はい。では食堂に行きますね」
「承知致しました」
私がエッダさんに返事をすれば、彼女は礼を執って部屋から出て行く。その間にリンが私の横に立って顔を覗き込んでいる。
「エッダとなにを話していたの? 楽しそうだった」
リンは私たちが笑っていたことが気になったようである。
「グリフォンさんの卵の話だよ」
「ああ。私も驚いた」
グリフォンさんの卵の話だと伝えると、リンは机の上に視線を向ける。リンは驚いたと言っていたが、戻ってきたジャドさんたちグリフォン連合に対して警戒もなにもしていなかった気がする。
卵を預かった時も黙ってみているだけだったし、リンと同じくジークも特に驚いてはいなかった。クレイグは相変わらず『はあ? なんでそんなことになるんだよ!』と突っ込んでくれ、サフィールは『まあ、ナイのお屋敷だしなにが起こっても不思議じゃないよ』と苦笑いを浮かべていたけれど。
私は四つの卵さんを手に取って、肩から下げるタイプの鞄の中に卵を詰めていく。話を知った侍女の方たちが急遽、卵さん四つを私が持ち運べるようにと繕ってくれたのだ。首から下げるのは重かろうとポシェットのようなものをチョイスしてくれている。私はゆっくり丁寧に鞄の中に卵さんを移しヘルメスさんも腰に掲げて、待ってくれていたリンを見上げた。
「朝ご飯食べに行こう」
「うん」
リンが返事をくれれば寝ていた毛玉ちゃんたち三頭ががばりと起き上がる。現金だなあと私が笑えば『ごひゃん!』『たのちみ!』『おにゃかすいた!』とそれぞれ声を上げていた。
部屋を出て二階から一階に降りたあと、長い廊下を歩いていれば窓からジャドさんと母グリフォンさん四頭が顔を出している。私は窓を開けて『おはようございます』と彼女たちに声を掛けた。
『ナイさん、おはようございます』
ジャドさんが代表して声を上げる。クロとネルとヴァナルと雪さんたちと毛玉ちゃんたちもそれぞれ声を上げた。母グリフォンさん四頭は『ピョエ!』と声を抑えて挨拶をくれる。
『ナイさんが卵を確り持ち歩いてくれて嬉しいです』
「預かると言った手前、緊急時以外は一緒にいるつもりですよ」
目を細めるジャドさんを私は見上げた。預かると言ったのだから育児放棄はよろしくない。なのでちゃんと鞄に卵さんを入れて持ち歩いているわけだ。
暫く続くことになるけれど、ちょっとした手間が増えるというだけなので大きな問題はないし、首から卵さんを下げるよりも勘違いされない。母グリフォンさんたちも嬉しそうに目を細めれば、ジャドさんが口を開く。
『ふふふ。ナイさんの律儀なところは好ましいです。彼女たちに代わりお礼を申し上げます』
律儀かどうかは分からないけれど、約束したことは守らないといけないはず。私が手を伸ばしてジャドさんの顔を撫でていると、他の四頭の母グリフォンさんが羨ましそうにこちらを見ている。仕方ないと私は笑って暫しの間彼女たちの顔を撫で、ジルケさまのベッドが増えたと明後日のことを考えるのだった。
◇
グリフォンさんたちの顔を撫で、朝ご飯を摂り、執務を終えて昼ご飯を済ませたあとは自由時間となっていた。
ユーリとたくさん遊んだあと、屋敷のサンルームでお茶を嗜んでいる。今日はフソウの緑茶を選ばせて貰い茶請けも和菓子だ。懐紙の上にちょこんと乗っている。ちょうどグリフォンさんの卵さんの色と同じで『水仙』を形どったものだった。中はたっぷりと餡子が詰まっており、口の中に広がった甘みをお茶で中和するのが凄く楽しい。
ジークとリンと午後の時間を過ごしていれば、ジャドさんたちがまたサンルームの窓から顔を出しこちらを興味深そうにみている。ジャドさんは私たちのことを知っているけれど、他のグリフォンさんたちは人間の生活が珍しく面白いらしい。
「大きいから、こっちにこれないみたいだね」
私はジャドさんたちに向けていた視線を戻してジークとリンを見ながら笑う。以前、ジャドさんは庭へと繋がるサンルームの入り口に身体を詰まらせていた。彼女が目を丸くして驚いていたあと、私たちと一緒にお茶ができないことにしょぼくれていた。
ジャドさんより他の雌グリフォンさんは体格が小さいのだが、彼女たちも入り口に身体を通すことがギリギリできず少し前に諦めていた。そこから彼女たちはサンルームの外でこちらをじっと見つめていたわけである。
「みたいだな」
「仕方ない」
そっくり兄妹が肩を竦める。ジークとリンもグリフォンさんたちが通れない現場を見ていたので苦笑いになっていた。私の肩の上に乗っているクロが首を動かして、サンルームの外を見る。
『構って欲しそうにしているねえ。外に行く?』
「行きたいのは山々だけれど、今日は寒いから。それに"おばあ"は入り口を通れたから良いかなって」
クロの声に私は足元へと視線を向ける。そこには背中を丸めて昼寝をしているヴァナルと彼のお腹の所でぽよんぽよんしているロゼさんと、雪さんと夜さんと華さんが毛玉ちゃんたち三頭を見守り、毛玉ちゃんたちは『おばあ』と呼ばれるグリフォンさんと一緒に戯れている。
桜ちゃんはおばあの脚に頭を押さえつけられ、どうにか抜け出そうともぞもぞと動いていた。どちらも牙や爪を剥いているわけではなく遊びの範疇に留まっている。酷くなれば雪さんたちが割ってはいるつもりなのだろう。
『おばあは他の仔より細いみたいだねえ』
おばあという名前はジャドさんがそう呼んでいるので私たちも倣っている。おばあ的には私の屋敷にこられたことが嬉しくて、名前はなんと呼ばれても良いのだとか。
『ピョエ!』
『えー? ボクはそんなつもりで言ってないよ~怒らないでー』
クロとおばあが会話をしているのだが、クロがデリカシーのないことを言ってしまったらしい。おばあは抗議の声を上げて、桜ちゃんの頭を押さえたままクロを見つめていた。おばあの目の周りの肉は加齢により落ちていて、タレ目になっているのが特徴的だ。他にも毛並みはボロボロだし、脚の爪は欠けているところもある。
『しかし、おばあの匂いをどうにかいたしませんと』
『ジャドたちに見つけて貰って良かったですねえ』
『ええ。生きる気力があるのであれば、命を全うしなければ』
雪さんたちが目を細める。少々、過酷な環境で過ごしていたためかおばあから漂う匂いは独特だ。桜ちゃんがおばあに頭を脚で押さえられていた原因も『くちゃい!』という一言から始まった。どうやらおばあに桜ちゃんの言葉の刃が胸に刺さり、彼女の頭を押さえるに至ったようである。
「お風呂入ろうね。庭の水場にぬるま湯がでるように魔石を用意して貰っているから」
本当は昨日、ジャドさんたちが屋敷に降り立った直ぐ一緒にきていた、というかグリフォンさんたちに助けられたおばあを洗いたかったのだが、流石に真冬の時期に外で身体を洗うのは酷なことだと一日待って貰っている。
水場で安易にお湯が使えるのは有難いし、おばあもお湯で洗って貰った方が気持ちが良いはず。私の声におばあが『ピョエ!』と一鳴きして、桜ちゃんの頭から脚を放す。
桜ちゃんは解放されたことで身体をブルブルし、おばあはテーブルに顎を乗せてきょろきょろとお菓子とお茶を眺めている。美味しそうとテーブルの上を眺めているけれど、流石にグリフォンさんに和菓子を渡すのは如何なものだろう。あとでジャドさんに食べても良い物なのか確認しようと決めていれば、雪さんたちが声を上げる。
『水で良いのでは?』
『我らは水でも良いですが、おばあの身体は堪えましょう』
『アルバトロスはフソウより暖かいので妙な感じですねえ』
三頭が顔を傾げながらおばあを見上げている。おばあはどうしたのと言いたげに雪さんたちに視線を移して、こてんと首を傾げた。なんとなくだけれどおばあの仕草は毛玉ちゃんたちのように幼い気がする。
おばあがどんな環境で暮らしていたのかジャドさんから教えて貰っていない、というかジャドさんもあまり分からないそうで、おばあのみ知るという状況である。酷い環境に身を置いていたならば、これから今までを取り戻すように楽しく過ごせば良いだけ。おばあの過去より今からだ大事だろう。
「じゃあ、お風呂入ろうか。きっと気持ち良いよ」
私がおばあに声を掛けると、雪さんたちから視線を外してぐっと顔を近付けてくる。撫でてと言っているのか、タレ目で確りと私を見ていた。
「はいはい」
『ピョエ~』
私がおばあの顔を撫でると目を細めながら情けない声を出している。気持ち良いのだろうけれど、おばあから漂う匂いが気になると撫でている手を止めれば、もっとと身体を寄せてくる。おばあの力に押されて私の身体が椅子から落ちそうになった。ジークとリンが席から立ち上がったのか椅子の引く音が直ぐに聞こえる。
「ナイ!」
「ナイ!?」
そっくり兄妹が慌てた声を上げて私の背を支えてくれた。私は椅子から落ちることはなくほっと息を吐く。おばあは驚いているのか、不思議そうな顔をして首を傾げた。
『ごめんねって。人間が自分より弱くて驚いたみたいだよ』
クロがおばあの気持ちを代弁してくれる。おばあはクロの声を聞いたあとサンルームの床に身体と首をべったりと付けた。
『ピョエ~ピョエ~』
何度も悲しそうな声で鳴くおばあはどうしたのだろう。クロが私の肩から飛んでおばあの顔の前に行き『どうしたの~? 怒ってなんていないよ?』とこてんこてんと首を動かす。アズとネルもおばあの行動になにかを感じ取りクロと並んで、小さい声で何度も鳴いている。私はおばあの顔の下に行きしゃがみ込んで手を差し出す。
「そんなことしなくて良いから。今度こそお風呂に行こう。ね?」
私はおばあの顔を撫で、腕に力を精一杯込めて首を起こさせ立ち上がるのを促す。ジークとリンも手伝ってくれ、おばあが床から立ち上がった。おばあは不思議そうな顔をしているものの、私たちの機嫌を凄く気にしているようだ。
侯爵邸での生活でおばあの嫌な記憶が薄くなれば良いのだが……これは屋敷の皆さまとエルたちにおばあの様子を話していろいろと手伝って貰った方が良いのだろう。
私はおばあに『外に出よう』と促せば『ピョエ』と短く一鳴きする。そしてサンルームの外へ繋がる扉を私が先に抜け、おばあが後に続いた。更に後ろにはジークとリンと目覚めたヴァナルたちも一緒である。外に出て直ぐ、ジャドさんが雌グリフォンさんを四頭後ろに引き連れて私に声を掛けた。
『ナイさん、ナイさん。少しばかり宜しいでしょうか?』
ジャドさんの声に雌グリフォンさん四頭がうんうんと頷いている。同調している動きが可愛いけれど、真面目な話をしたいようだ。
「ジャドさん、どうしたの?」
私がジャドさんの顔を見上げると、彼女が嘴を開く。
『気になることを思い出したので、おばあと出会った森に行って参ります。直ぐに戻る予定ですが、おばあと卵をよろしくお願い致します』
ジャドさんたちの行動を特に止める理由はない。おばあと出会った森になにかあるのか、とんぼ返りをするようである。卵を産み落としたあとだというのに四頭の雌グリフォンさんも一緒にジャドさんと森に向かうようだった。
「分かった。ジャドさん、気を付けてね。他の方たちも」
『はい。お気遣い感謝致します』
ジャドさんたちはおばあに一鳴きしたあと大きな翼を広げ、侯爵邸の庭を飛び立って行く。竜のお方が飛び立つ姿は雄大だけれど、グリフォンさんたちが飛び立つ姿も力強い。おばあは不思議そうな顔をしており、飛び立った彼女たちの姿を見上げている。するとエルとジョセが私たちの下へと歩み寄ってきた。昨日、戻ってきたジャドさんたちが侯爵邸を飛び立つ姿を見てなにがあったのかと気になったようである。
「おばあを見つけた森に戻ってみるって。気になることがあるみたい」
『そうでしたか。直ぐに戻ってこられるのですね。安心しました』
『私たち天馬が多くいて邪魔なのかと……』
私の声にエルとジョセが息を吐いている。確かに天馬さま方が多くいるので、以前より侯爵邸の庭は狭くなっているかもしれない。時折、侯爵領内をお散歩しているけれど、天馬さま方は陽が暮れる前に戻ってきている。
そこに大きな雌グリフォンさんがいれば、広い侯爵邸の庭といえど狭くなってしまうのだ。これから共存しなければならないし、どうなることやら。でもまあエルとジョセとジャドさんが上手く取り計らってくれると、私は隣にいるおばあの首を撫でる。
「卵を預かっているからちゃんと戻ってくるはずだよ。じゃあ私たちはおばあと水場に行くね」
エルとジョセが心配しているようなことにはならないだろう。ジャドさんたちは言葉通り直ぐに戻ってきて、ジルケさまのベッド役を果たさなければ。私たちはエルとジョセと別れて、水場へと足を進める。
『ピョエ?』
タレ目のおばあが私の顔を覗き込みながら一鳴きした。どうしたのかと思えばクロが『水場でなにをするの?』と問うていると教えてくれた。
「おばあの身体の汚れを落としてスッキリするんだよ」
そうしておばあの中にある嫌な記憶も一緒にスッキリできたなら私は嬉しい。冬場に外で汚れを落とすのは少々キツイかもしれないけれど、屋敷の方たちと交流するなら身綺麗にしなければ。良く分かっていなさそうなおばあに私は苦笑いを浮かべ、水場に辿り着いた私たちは泡の立たないおばあの身体に何度も汚れを落として、四度目でようやく泡が立つのだった。