魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
問い合わせの書簡の返事は凄く早かった。てっきり『調査するから少し待って欲しい』くらいのものだと考えていたのに。食堂で家宰さまが報告してくれたため、一緒に昼食を摂っていたヴァルトルーデさまとジルケさまとヤーバン王の雰囲気がガラリと変わったのはご愛敬である。
一緒に昼食を摂っていたクレイグとサフィールは驚いて肩を揺らしていたのでご愁傷さまとしか言えないけれど。ご飯を食べ終えて、アルバトロス王国王都に向かうための準備を進め……転移陣を利用させていただき王城へと辿り着く。
転移陣の魔力光が収まれば、目の前には出迎えの近衛騎士の方が十名ほど控えていた。アストライアー侯爵家の面子だけではなくヴァルトルーデさまとジルケさまとヤーバン王国ご一行とジャドさんと雌グリフォンさん四頭も一緒にきているため、普段よりお迎えの人数が多くなったようである。
一応、城に赴く面子を伝えておいたのだが、近衛騎士の方たちは凄いメンバーに目を丸く見開いていた。装備が一番豪華な方が半歩前に進み出て、胸に手を当て礼を執る。
「ア、ア、アストライアー侯爵閣下、お待ちしておりました」
少々言い淀んでいる近衛騎士の方に私は苦笑いを浮かべた。怒りを向ける先は彼ではないため私は普通に済ますつもりであるが、ヤーバン王とジルケさまとセレスティアさまからの圧が強い。
ヤーバン王の怒りは理解できる。国獣であるグリフォンを粗末に扱った者がいたと知れば怒るのは当然だろう。ただ他国で起こったことだから、あまり干渉できないと諦めていたところにタイミング良く知らせが入った。
家宰さまの報を聞いた時のヤーバン王の顔は凄くインパクトがあったのだから。ヴァルトルーデさまが末妹さまの怒りを察知して彼女の肩を軽く叩く。私は私でヤーバン王とセレスティアさまに一瞬視線を向けて『今は抑えてください』と視線で訴える。効果があったのか、少し空気は緩くなり私は前を向き軽く頭を下げた。
「お忙しい中、手間を増やしてしまいました。本日はよろしくお願い致します」
「いえ! ではご案内致します」
気合の入った声に苦笑いを浮かべて、地下にある転移陣から一階を目指す。細い階段はジャドさんたちが通れるかと心配していたけれど、どうにか通れるようである。ただ本当に隙間なく詰まっているので、よく移動できるなあと後ろを見ているとジャドさんと目が合った。
『ギリギリですねえ……』
「地下階段ですからね。廊下に出れば普通に歩けるかと。並列は無理でしょうけれど」
『ナイさんに無理についてきたのは我々ですから。お気になさらず』
そんな会話をしつつ、ジャドさんからまた謁見場に向かうのかと問われた。今回の一件は相手の国の陛下が素早く動いてくれたため、外交問題に発展させる気はない。
そのため会議室を借りて話し合いの場、というか……断罪の場を設けることになっている。私はおばあがどういった状況で過ごしていたのか気になるだけだから、正直捕まった方に興味はない。ただ、ジルケさまとヤーバン王とセレスティアさまの溜飲を下げるには相応の罰が必要なのだろう。現にお三方は不敵な顔を浮かべて歩いている。般若の形相と言って良い……怖い。
ジャドさんたちも魔獣や幻獣を拘束できた原因を知りたいため一緒にきている。副団長さまと猫背さんが詳しく調べれば、それ以上の質の物を作れそうというのは秘密である。彼らは友好的な魔獣や幻獣と敵対する気はないし、襲ってきた魔獣や幻獣には容赦がない。拘束系の魔術具を用意する気はなさそうだし、魔術の方に思考がぶっ飛んでいるから興味がないはず。
お城の広くて長い廊下を歩いていると、すれ違う方たちはぎょっと目を見開いて端へ寄り頭を深く下げている。侯爵邸なら『お疲れさまです』と声を掛けるのだが、流石に屋敷の常識を王城に持ち込むわけにはいかない。私たちが通り過ぎれば、端に寄ってくれた方たちはほっと胸を撫でおろしている。
「視線が凄い」
チラリと後ろを見た私の口から声が勝手に漏れていた。声に気付いたジークが小さく片眉を上げる。
「近衛騎士を率いたナイが先頭を歩いて、女神さま方とヤーバン王とジャドたちが歩いていれば、否応なく注目を浴びるさ」
確かに凄い方たちを私が率いているのだが、こうなったのはただの偶然である。私が皆さまを尻に敷いて扱き使っているわけではない。そこのところを勘違いされたくないなあと笑えば、ジークが目を細めて笑った。なんとなく気恥しくなって私はジークから視線を外す。どうにも彼から告白を受けて以来、ジークと普通に話せるものの気恥しさが唐突に湧いてくる。
「そうなんだけれどね」
視線を外した先にはリンがいた。リンはジークと同じ顔なので変な声が漏れそうになる。リンは私の気持ちを知っているのか知らないのか。ジークと同じように笑ったあと真面目な顔になる。
「堂々としていれば良い。やましいことしてない」
「そう、なんだけれどねえ」
リンの声に私は先程と同じ台詞を吐くものの、なんだか気持ちが入らない。肩の上のクロまで小さく笑って口を開いた。
『大丈夫だよ。みんなジャドたちが珍しいだけだから』
「まあ、グリフォンを五頭引き連れていれば目立つか」
クロの言葉に私は気にしないようにしようと決める。注目を浴びるのは今更だし、リンの言った通りやましいことはしていない。侯爵家当主として胸を張って堂々と歩かなければ、仕えている方たちに『お前のところの当主はヘタレだな』と嫌味を言われるかもしれないのだ。
そう考えると、ちゃんと前を向いて歩かなければと思えるのは不思議である。私たちの会話を聞いていたヤーバン王が面白そうな顔をして、少し歩みを速めて私の近くに寄る。
「雌のグリフォンを五頭引き連れて歩けるということが奇跡なのだがなあ、侯爵」
「でも、ヤーバンにも雄グリフォンが住んでいるじゃないですか。再現できますよね?」
「彼らは森や草原で自由に暮らしているから、人前に出てくるのは珍しい。アシュとアスターは我らに懐いてくれて隻眼のグリフォン殿と城で良く過ごしているがな。そもそも珍しさで言えば雌の方たちだ」
私とヤーバン王の会話にジャドさんと雌グリフォンさん四頭が『ドヤ』と胸を張りながら歩いている。どうやら雄より雌の方が強いという声に反応したらしい。こてんこてんと顔だけ動かしているため、一列に並んだグリフォンさんの身体五つは一つに見え顔だけ増えたように見える。なんとかトレインみたいになっているので、なにをしているのやらと私は苦笑いになり前を向いて目的の部屋を目指す。
アシュとアスターはヤーバン王国で元気に過ごしているようだ。城の隻眼のグリフォンさんにも懐いているし、他の雄グリフォンさんとも馴染んでいる。
時々、荷を運ぶのを手伝ったり、誰かを乗せて目的地まで連れて行ってくれるとか。人間が喋る言葉を彼らは理解しているので意思疎通は問題ないそうである。
ヤーバン王と話していれば、目的の場所である会議室に辿り着いていた。案内役を務めてくれている近衛騎士の方が扉の前で止まり私を見下ろす。
「閣下、皆さま方、中へどうぞ。陛下もこられます故、少しお待ちください」
どうぞと目の前の彼が手で扉を開いて中へ入るように促してくれた。
「はい。よろしくお願いします」
私は頷き会議室の中へと入れば、エーリヒさまとユルゲンさまと副団長さまと猫背さんの姿があった。侯爵邸でおばあの件を聞いていた面子のため呼び出されたのだろう。部屋に居る方と挨拶を交わした私たちは、陛下と件の人物を待つため椅子に腰を下ろすのだった。
◇
――うわあ……。
グリフォンを拘束していた馬鹿な商人を捕らえた我々は、普段おっとりしている我が国の陛下を連れてアルバトロス城に赴いている。流石に陛下も自国の城の中のようにゆったりと歩くわけにはいかないと、アルバトロス城の長い廊下を足早に歩いていた。
既に今回の一件に関わっている方たちは揃っているようである。私も陛下の家臣として、それも宰相としてアルバトロスの地に足を踏み入れた。なにかあれば陛下の代わりに私の首を差し出す所存ではあるが……果たしてアストライアー侯爵とアルバトロス王はどう出るのか。
「ううっ……どうして私がっ!」
捕らえた商人は恨み節を吐いているが、森に老グリフォンを捨てる愚行さえ犯さなければ良かっただろうに。先々代が偶然に鳥の巣から黄色に光る石を見つけ、持って帰ったところグリフォンの卵であったそうだ。
そして無事に孵った卵は先々代に懐いたそうである。そこから先代にグリフォンの管理を任され、捕らえた男へとグリフォンの世話を引き継いだのだが……老いてみすぼらしくなったグリフォンに価値を見出せなくなった。だから森に捨ててきたという。偶々、森の上空を通りかかった仲間のグリフォンが老グリフォンを見つけてアストライアー侯爵領まで運ばれたとか。
我が国の騎士に囲まれて捕縛縄に縛られた商人に陛下が冷たい視線を向けた。
「人の下で育った幻獣をいらないからと森に放つからだろうに」
おっとりしている陛下の口から出た声だと信じられない程に冷え切っていた。私も商人の男に厳しい視線を向けているし、騎士たちも同様の視線を向けている。陛下ははあと深い溜息を吐く。私は死刑宣告を受ける囚人のような気持ちで廊下を歩いて会場に辿り着く。アルバトロス王国の近衛騎士が『どうぞ、中へ。皆さま、お待ちになっておられます』と声を上げた。
陛下は『分かった』と声にして息を呑み中へと足を踏み入れ、私も陛下の直ぐ後ろを歩いて中へと入る。目の前には大きな長い机が鎮座しており、そこにはアルバトロス王とアストライアー侯爵とヤーバン王が椅子に腰を下ろしていた。
アルバトロス王は我々が部屋に姿を現したことに一つ頷き、アストライアー侯爵とヤーバン王は捕縛している商人に視線を向けている。ヤーバン王は『こいつか』という視線を向けているのだが、アストライアー侯爵は黒目のためかなにを考えているのかさっぱり分からなかった。けれど。
「うわあ……」
なにも感情を灯していないように見えることが逆に怖く、つい私の口から声が漏れてしまう。我が国の陛下もごくりと息をまた呑んで重い雰囲気を耐えているようだ。
アストライアー侯爵の後ろにいる赤毛の男女の護衛と金髪の貴族令嬢二人と底冷えしそうな美人と侯爵と同じ黒髪黒目の少女も異様な雰囲気である。にこにこ顔の銀髪の男と猫背の男は魔術師だろう。警備は近衛騎士に任せれば良いというのに同席しているのは何故なのか。そしてなにより、グリフォンが五頭並んで会議室にいて、今の状況を正しく理解できない。
「アルバトロス王、アストライアー侯爵、そしてヤーバン王、此度は我が国の者が本当に申し訳ないことをした」
我が国の陛下が開口一番、彼らに頭を下げた。するとアルバトロス王と侯爵が席から立ち上がり、少し遅れてヤーバン王もゆっくりと立ち上がった。
「いや、貴国の素早い対応に感謝している。まさか直ぐに魔術具の持ち主を特定できるとは思っていなかったからな」
「陛下。ご対応、感謝申し上げます」
アルバトロス王が声を上げ、アストライアー侯爵が頭を下げる。ヤーバン王が侯爵に『腰が低い!』と言いたげな顔になっているが、話に割って入るつもりはないらしい。
「い、いや。礼を言われるほどのことはしていない。アルバトロス王とアストライアー侯爵の願いであれば、何処の国の者でも聞き届けよう」
陛下の声に目の前の二人が微妙な顔になる。え、今の陛下の発言に気に入らないところがあったのだろうか。陛下も目の前の二人の反応が微妙だったため少し驚いている。創星神の使いを務めたアストライアー侯爵に歯向かえる者などそういまい。いるなら、自由連合国の代表を務めていたリバティーという男のような馬鹿だけだろう。
書簡を受けた私たちは凄い速さで解決すべく事に当たったのだ。下手をすれば国が滅ぶかもしれないと。飛ぶ鳥を落とす勢いの彼女と彼女を家臣にしているアルバトロス王が妙な反応を見せているのが不思議でならない。言葉が続かないことに痺れを切らしたのか、ヤーバン王が腕を組んで我が陛下を見た。
「して、グリフォンを森に捨てた男はどこかな?」
冷めた視線を向けたヤーバン王に我が国の陛下が答えて、後ろに視線を向ける。
「ここだ」
陛下の声と同時、捕らえた商人の男が騎士の手によりアルバトロス王とアストライアー侯爵とヤーバン王の前に差し出された。縄で雁字搦めにしているから逃げられはしまい。芋虫のように床を這う男は『どうして! どうして! どうしてぇ!』と自問自答を繰り返すだけだ。男の命がアルバトロス王国とヤーバン王に委ねられた瞬間だった。
◇
涙と鼻水を流しながら良い年した男性が会議室の床を芋虫のように転がっている。捕縛縄で雁字搦めにされ足だけが唯一動かせる場所なのだが、立ち上がって逃げたり、何故飼っていたおばあを森に捨てたかを説明する気はないようだ。
アストライアー侯爵家としては当主である私に男の処分を一任されている。アルバトロス王国も私とジャドさんと女神さま方の方針に従ってくれるとのこと。ヤーバン王は席から立ち上がって蓑虫男の側で腰に佩いた長剣の鞘を持ち見下ろしていた。蓑虫男から話を聞きたいと私が彼女に伝えているので剣を抜くことはないだろうけれど、殺気を向けられている人物は歯をカタカタ鳴らして恐怖に打ち震えている。
「なんだ目の前の情けない男は。これでグリフォンを飼っていたとは信じられん」
『おそらく、卵から孵り人間の下で育てられたおばあには普通のことだったのではないでしょうか』
ふんと鼻を鳴らしたヤーバン王の隣にジャドさんが並んだ。雌グリフォンさんたちも四頭一緒に動いたので、蓑虫男の恐怖は増したに違いない。
「しかしジャドさま。長く生きるグリフォンが人間の下から逃げ出そうともしないとは」
『その辺り良く分からないんですよねえ。おばあも詳しく話してくれませんし。人間は人間におばあを自慢げに紹介していたと。そして歳を重ねて身体が弱くなってしまった今、森の中に連れていかれて放置されたとしか教えてくれないのです』
ヤーバン王がジャドさんを見ながら問えば、おばあについて話してくれる。私は耳にしていたのだが、初めて聞いたヤーバン王は複雑な顔になっていた。
蓑虫男をおばあが庇っているかもしれないと頭に過ったようである。酷い環境で暮らしていたならば文句の一つでもおばあの口から出そうなものだが、ジャドさんたちもクロもヴァナルたちも彼女から聞くことはなかったそうである。彼女を保護して一週間ほどしか経っていないので、本当に短い間のことであるが……多分、おばあはこの先蓑虫男への文句は口にはしない。
ヤーバン王とジャドさんの声を聞いていた蓑虫男が上体を上げて、一人と一頭を見上げ口を開いた。
「価値なんてないじゃないか! 毛並みも悪くなって、昼も夜も寝てばかりだ! 店の名を売るため、客寄せのために飼っていたのに仕事をしない者を切り捨ててなにが悪い!」
蓑虫男が上げた声にヤーバン王とジャドさんの瞳から光が消えた。某辺境伯令嬢さまも『は?』とドスの利いた低い声が口から漏れていた。某公爵令嬢さまがびくりと肩を動かして驚いているけれど、お二人は放置で大丈夫だ。ヴァルトルーデさまとジルケさまも神圧を出しているものの、会議室の調度品が震えていないので影響は薄いはず。慣れていない面々が顔を青くしているけれど、少しの間我慢して欲しい。
「随分と身勝手だなあ……人の手で飼われたグリフォンは森の中で狩りの仕方も知らぬまま放り出されたのだぞ? それでも生きたいと飛べぬ身体を動かして果物や虫を食べていたそうだ」
ヤーバン王が腰の剣の柄に手を掛けた。おばあは年を重ねたことと、人間の下で育ったことにより飛ぶことができない。ジャドさんたちが森の中からおばあをどうにかアルバトロス王国まで飛んできてくれたのだ。痩せて体重が軽かったこともあり交代で飛んでいたそうな。
ジャドさんが『まあまあ』とヤーバン王の隣で嘴を使って彼女を宥める。むっと口を尖らせたヤーバン王は剣から手を放して息を吐いた。蓑虫男の命を奪ってもスッキリしないし、ヤーバン王の剣が鈍るだけである。
私はふうと息を吐き、どういう経緯でおばあを拾ったのか聞きたいとアルバトロスの陛下に許可を得て席を立った。なんだか蓑虫男の国の陛下方がカチカチ歯を鳴らしながら震えているけれど、彼らに手を出す気はない。少々お願いがあるだけだから、あとで話を聞いて欲しいと横目で彼らを通り過ぎると芋虫男が凝りもせず口を開く。
「死んでくれていれば、私が捕まることはなかったはずなのにぃ!」
涙と鼻水を流しながら物体がなにか喚いていた。
――は?
蓑虫男はなにを言った。きっと人間の下で飼われていたから自由はなくて狭いところでずっと過ごしてきて、見世物にされて周りの人たちからいろいろな感情が混ざった視線を向けられていただろう。
そんなおばあが……おばあは目の前の物体のことを一切悪く言っていないのに。先々代のことも、先代のことも、物体のことも『ごはんをくれる人がいた』くらいにしか思っていないのに。頭が沸騰してなにも考えられない。ただ目の前の蓑虫男が人の形を成していないように見えてしまう。
「――……ふざけるな」
いつもより低い声が口から洩れ、怒りに任せて手を握り込めば、勝手に魔力が身体の中から放出されていた。肩の上のクロが『うわ』と声を上げてジークとリンの方へと飛んでいく。他の方もなにごとかと慌てているのか、椅子を引く音や移動する足音が聞こえた。
『あ、あ、あーーーーーー! ご当主さまぁ!?』
聞き慣れた声が腰元から発せられているが今はどうでも良い。身に纏う服と髪がバサバサと揺れて鬱陶しい。目の前の物体って人間だったっけ。人間でないならばどうなっても問題ないか。そもそも誰かの命を粗末に扱うような奴なんてどうでも良いだろう。
『ナイ、ナイ~駄目だよぉ! 落ち着いて!』
クロの声が聞こえるけれど、流れ出る魔力の音が邪魔をして聞こえにくい。
「ナイ!」
「ナイ!!」
ジークとリンの声が聞こえて、私の肩の上に二人の手が乗った。私ははっとして後ろに立っている二人を見上げる。ほっと息を吐いたそっくり兄妹が口を開いた。
「落ち着け。目の前の男をどうこうしても意味がないとナイが言っていただろう?」
「おばあがこれから楽しく過ごすことの方が大事って」
はい。真にごめんなさい。自分で言ったことを忘れて、魔力を暴走させるなんてカッコ悪いったりゃありゃしない。ヘルメスさんにも迷惑を掛けてしまった。ヘルメスさんにもごめんなさいと謝れば『ご、ご当主さまの魔力制御が私の使命ですから。しかし今回は死ぬかとおもいました』と答えてくれた。
本当に申し訳ないともう一度私が謝ると腰元のヘルメスさんの側にあるポシェットが目に入った。あ……卵さんたち影響受けていないよねと『やべえ』という顔になればジャドさんたちがニヤニヤしている。
どうやら問題なさそうで良かったが、また卵が分裂したり二卵性に生ったりする可能性が高くなったのか。今回ばかりは私が悪いので、卵さんに起こる結果は全て受け入れよう。はあと私が息を吐けば会議室の皆さまも盛大に息を吐いている。本当に申し訳ありませんと皆さまに謝れば『男が悪い』と言ってくれた。クロがジークとリンの側から私の肩の上に飛んでくる。
『良かった。落ち着いてくれて。大丈夫?』
「うん。ごめん」
クロが私の肩の上に乗ってぐりぐりぐしぐしと顔を擦り付けてきた。クロにも助けられたなあとお礼を伝えれば、陛下と近衛騎士の方たちが窓の方を見ている。私がやらかしたから黄昏ているのかと思いきや、窓の外ではなく壁に視線を向けていた。
「壁に皹が……入っているな」
陛下がぽつりと零した言葉に私は壁を凝視する。確かに壁紙が縦に割れて亀裂が入っている。私は陛下の方へと身体を向けて頭を下げた。相手国の陛下と宰相閣下がぎょっとしているのは何故だろう。まあ良いかと私は謝るなら早い方が無難に終わると口を開く。
「陛下、申し訳ございません。修繕費用は私が出します」
私財で……賄えるはず。とりあえず人的被害はなかったので良かったけれど、怒りに任せるのは止めなければ。
「気にしなくて良い、アストライアー侯爵。して、気絶している男はどうする?」
アルバトロスの陛下が私に問いかけてくれば、相手国の陛下と宰相閣下が『アルバトロス王、凄い!』『ええ。恐れず侯爵殿に意見を申し出るとは!』とキラキラ顔を輝かせていた。
私に向けられたものではないので気にしないけれど、普通に会話をしているだけなのに相手国の陛下と宰相閣下はなにを考えているのやら。彼らのことよりアルバトロスの陛下に答えなければと私は慌てて口を開く。もちろん平静に務めて。
「また男が変なことを口走れば、私は怒りに任せてなにを仕出かすか分かりません」
非力そうな芋虫男を殴っても蹴ってもスッキリしないだろうし、目の前で自決して貰っても後味が悪いだけである。とはいえ、私が怒っていることは表明しておかなければと陛下の顔を見る。
「そ、そうか」
「ですので申し訳ないのですが、ベナンター卿とジータスさまに男からの聞き取りをお願いして宜しいでしょうか?」
とばっちりだし仕事を増やして申し訳ないのだが、王城内で死人を出すわけにもいかないと私はエーリヒさまとユルゲンさまに視線を向ける。少し驚いているお二人だけれど先程の惨状を鑑みて、その方が無事に終わると判断してくれたようである。
「ふむ。二人とも構わぬか?」
「もちろん構いません」
「はい」
陛下の問いにエーリヒさまとユルゲンさまが答えれば、ヤーバン王が小さく手を挙げた。
「話に割ってすまない。私も同席して良いだろうか?」
「構わないが……」
ヤーバン王の願いにアルバトロスの陛下がエーリヒさまとユルゲンさまに大丈夫かと視線を向ける。
「陛下がお認めならば、問題ないかと」
「はい。仕事ですから問題ありません」
キリっとした顔で返事をしたお二人にヤーバン王がにっと笑う。
「我が儘を申してすまないな。同席させて貰うぞ」
『あ、では私たちも宜しいでしょうか?』
何故かジャドさんと雌グリフォンさん四頭の参加も決まって取り調べが行われるようだ。相手国の陛下と宰相さまは『どーぞどーぞ!』と苦笑いを浮かべて、芋虫男に視線を向けている。
とりあえず近衛騎士の方が芋虫男を場内の地下牢に連れて行ってくれるそうだ。あとで聞いて欲しい内容をエーリヒさまとユルゲンさまに渡さなければいけないのだが、私が強く握り込んだ拳に爪が食い込んでいて血が滲み出ていた。
「むう。痛い」
自覚をすると手に痛みが走る。ジークとリンが私の後ろから覗き込み、ズボンのポケットに手を突っ込んだ。
「ほら、手を出せ、ナイ」
「じゃあ、反対の手を出して、ナイ」
ハンカチを取り出したそっくり兄妹に私は『ごめん』と苦笑いを浮かべて素直に両手を差し出した。会議室にいた副団長さまと猫背さんが『おやおや』『痛そう』とこちらを見ている。
「治癒を施せる者を呼んできますね」
「僕たちそっち方面はさっぱり」
どうやら魔術師団から人を呼んでくれるようだ。ソフィーアさまが私の傷を見て卒倒しそうになっているし、魔術師の方にお願いして素直に治して貰おう。お願いしますと口にしようとしたその時だった。
「あ。ハインツ、ヴォルフガング、私がやる。呼ばなくて良いよ」
面倒でしょ、と言いたげにヴァルトルーデさまが声を上げる。というかヴァルトルーデさま、私がうろ覚えのお二人のファーストネームをきっちり覚えているなんて凄い。
いつも副団長さまと猫背さんと呼んでいるから私はなかなか覚えられないのだ。ヴァルトルーデさまが私の前に立ち神力を使って、手のひらの傷を綺麗さっぱり治してくれる。ジルケさまは居心地が悪そうな顔をしてこちらを見ていた。
「ありがとうございます」
「ううん。いつもお世話になっているから。でもナイが怒るの珍しい」
ヴァルトルーデさまが不思議そうな顔をしているけれど、私も感情を持っているので泣くこともあれば怒ることもある。とはいえ人前ではなるべくフラットな感情でいようとは心掛けているので、女神さまがそう思っても仕方ない。
まだまだ未熟者だなあと反省しつつ、相手国の陛下と宰相さまに視線を向けて私はにっこりと笑みを作るのだった。お願い、聞いて貰えるかな?