魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
どうしてこんなことになっているのか。
いや……我が国の商人が原因なのだが、陛下と宰相である私の前に座している面々が凄い。創星神さまの使いを務めたアストライアー侯爵と彼女の左右にアルバトロス王とヤーバン王が神妙な顔をしていた。外務官二名がいなくなったため外務卿が呼ばれアルバトロス王の更に隣に同席している。にこにこしているのだが、先程の侯爵の様子を知らないから笑えるのだろう。
後ろには圧を凄く発している黒髪黒目の小柄な女性と凍えてしまいそうなほどの美人とグリフォンが五頭が並び、赤毛のそっくりな顔をした男女や金糸の女性二人からも凄い雰囲気がある。私より若いだろうに、どれだけの修羅場を彼らは潜ってきたのだろうか。
思えばアストライアー侯爵は亜人連合国に竜の卵を返しに向かい、彼の国の者たちを外へと引っ張り出している。長らく変わっていなかった冒険者ギルドのルールも変えたと聞いているし、創星神さまの使者を務める前に東と北の国との繋がりを持っていた。
そんな人物と彼女を御すアルバトロス王に、懇意にしているというヤーバン王も凄い方たちであろう。その証拠に今回我々は右往左往しながら肝を冷やしているわけで。私の隣に座している我が国の陛下が『一体、なにを言われるのだろう。無理難題を押し付けられたらどうしよう』と困り顔になっていた。一国を預かる陛下だから、身内にしか彼がテンパっていると分からないはず。
「この度のご協力、誠にありがとうございます」
「い、いや。アストライアー侯爵とアルバトロス王からの申し出だ。急いで調べるのは当然と言えよう」
アストライアー侯爵が我が国の陛下に頭を下げた。創星神さまの使いを務めた彼女の価値は我が国の陛下より上であろう。彼女も分かっているはずなのに律儀なものである。敵対する意思はないという表明も含まれているだろうから、私や我が国の陛下に護衛の者たちが安堵の息を吐く。するとまたアストライアー侯爵が口を開いた。
「お願いがあり、皆さまには残って頂きました。此度のような件が再び起こらぬよう、魔獣や幻獣を飼う方は国元に報告するようにと定めては貰えないでしょうか?」
どうでしょうと我々へ問うように侯爵が小さく首を傾げた。彼女の肩の上に乗っている小さき竜も一緒の方向に首を倒している。少し可愛いと思ってしまったけれど、侯爵や竜は凄い力を持つ存在だ。
先程、捕らえた商人に怒ったアストライアー侯爵から漏れ出る魔力を受けた私はもう少しで漏らすところだった。良い年をしてと笑われそうだが本気で怖かった。だというのに今は侯爵から怒気は感じない。本当に不思議な感じだと私はどうするのかと陛下の方を見た。
「いや、魔獣や幻獣を飼ってはいけないと決めた方が良いのではないか?」
普段おっとりしている陛下が彼女の願いに疑問を呈す。確かにアストライアー侯爵であれば『魔獣や幻獣を飼っては駄目』と願い出そうなものなのに。何故、国に報告するという緩い決まりで良しとするのだろう。私たちが不思議な顔をしていることで侯爵は説明が足りないと気付いたようである。
「それだと私の立場がなくなりますので。彼らは私を慕って屋敷に住み着いておりますが、周りの方からすれば飼っているようにしか見えません」
だから大きいことは言えないと彼女が苦笑いを浮かべた。確か竜に天馬にフェンリルとフソウの神獣とグリフォンが屋敷で過ごしているらしい。侯爵曰く、飼っているというより一緒に過ごしているだけ。後ろで我々を見ていたグリフォン五頭がうんうんと頷いていた。どうやら侯爵に飼われているのではなく、自由意志で彼女の下にいると言いたいらしい。
「あとは虐待をしたり、飼えなくなって捨てた場合に罰則があれば少しは抑止となるでしょうから」
まだいろいろと決めて欲しいことがあるそうだが、他国のことに口を出すのはご法度なので細かいことを願い出る気はないそうだ。本当は犬や猫にまで手を入れたいらしい。
確かに貴族向けの犬や猫を繁殖させて商売にしている者がいる。貴族に犬や猫を紹介する時は身綺麗にするが、普段は汚いと聞いたこともある。限界まで妊娠と出産をさせ、産めなくなれば捨てるという話も聞いたことがある。
彼らの商売に口を出す気はないが……アストライアー侯爵のような者が増えれば、規制を敷くことになりそうだ。ただ今は幻獣や魔獣を対象としたものを考えているそうである。私は陛下にどうなさいますかという視線を向ければ、おっとりしている彼が一つ咳払いをする。
「国への連絡と飼い主として逸脱した行為があれば罰が下るようにすれば良いのだな。それくらいであれば構わない」
うんうんと頷いている陛下に簡単に承知して大丈夫だろうかという不安があった。だがなにも対策を取らずにまた同じことが起これば、アストライアー侯爵とアルバトロス王とヤーバン王は許してくれないかもしれない。侯爵の後ろに控えている面々も目を厳しくさせて『必ず実行しろ』と言いたげである。
失態を犯した我々に処罰はないのかと問えば『早急に対応してくれましたし、私刑は良くないので』と侯爵が言った。どうやらルールに決まっていなかったことなので、裁けないと言いたいらしい。
ということは商人の男も無罪放免となるのだろうか。仮に侯爵が許してもアルバトロスやヤーバンが手を伸ばしてきそうであるが、果たしてどうなるのやら。ふうと我々が息を吐けば、ヤーバン王が片手を挙げる。
「少し良いか? 我々ヤーバンがグリフォンを国獣と定めていることを知っているはずだ。この先、グリフォンが貴国で見つかったのであれば、ヤーバンに一報を願いたい」
「連絡だけで良いならば承知した。捕縛しろと請われても無理だからな?」
陛下が困り顔になってヤーバン王に言い放つ。確かにグリフォンを捕まえるとなれば、精鋭の冒険者パーティーを雇い、騎士団を向かわせて捕まえることになるだろう。被害が計り知れないし、優秀な冒険者を雇えば金が飛んでいく。ヤーバン王は陛下になんと返事をすると身構えていると、ふっと鼻を鳴らした。
「それは承知しているし、捕縛なんてしてみろ。ヤーバンの戦士たちが怒り貴国を襲うことになるだろうな!」
グリフォンを捕らえるためか、貴国を滅ぼすためかは知らんがとヤーバン王が言葉を付け足した。どうしてこんなに攻撃的なのだろうと頭を抱えていれば、最後にアルバトロス王が今回の件に尽力してくれたことを感謝すると我々に伝えて会議を終える。
さて、商人の男はどうなるのだろうか。我々的にはどうなっても構わない者である。我が国の寿命が縮みそうなことを仕出かしてくれたのだから、きっちり反省しろと少し前に男が出て行った扉を私は見つめるのだった。
◇
芋虫男はアルバトロス城の地下にある牢に放り込まれております。外務官である僕ユルゲンと、同僚であるエーリヒはアストライアー侯爵の願いを聞き届けるため、地下に降りていました。少し湿気の多い地下は窓もなく寂しい感じが漂っています。女性のように恐怖心はありませんが、空気の流れが滞留しているためか少し気落ちしてしまいそうでした。
一先ず放り込まれた芋虫男を取調室へと移送して貰い近衛騎士の方と一緒に中へと入れば、男はグルグルにまかれていた縄を解かれ両手に拘束具を嵌め椅子にぐったりと座しております。エーリヒが目の前に、僕が彼の隣に腰を掛けます。相手との間には机があり、芋虫男の両隣には騎士の方が変なことをしないようにと見張っていました。
「さて、話し合いをしましょう。気楽にお願いします」
エーリヒが声を上げたのに芋虫男は無反応です。気絶したのかと近衛騎士の方が『おい!』と声を掛け男の肩を叩くものの、項垂れたままでした。
「?」
僕が何故一言も発しないのかと疑問符を浮かべていれば、エーリヒが再度声を上げます。
「うーん。グリフォンを森に捨てたのは事情があるかもしれないし、きちんと話を聞きたいのですが。アストライアー侯爵閣下からもその辺りを詳しく聞いて欲しいってお願いされているから。なあ?」
彼が僕に視線を向けて肩を小さく竦めました。どうやら話を合わせろということらしいです。
「ええ。アストライアー侯爵閣下は怒りに任せてしまったことを反省しておられました。経緯をきちんと知ったなら、状況が変わるかもしれませんね」
侯爵は怒りに任せて壁に皹を入れたことを後悔されておりましたが、芋虫男に向けたものではありません。ただ詳しい経緯を知りたいと仰られていたのは事実です。芋虫男の身はアルバトロスの陛下と相手国の王に委ねられているので、僕たちに裁く権限はないのです。淡々と与えられた仕事をこなしていくのが、僕たち外務官の役目。
項垂れていた男が僕たちの会話を聞いて顔をばっと上げました。目から涙が滴り落ち鼻水も垂らしているのですが、話が聞こえていたならば最初から答えて欲しいものです。僕とエーリヒはようやく話を聞くことができると、目の前の蓑虫男の機嫌を損なわないようにと言葉を続けました。
「グリフォンを何故、飼っていたのですか?」
「あのグリフォンは爺さんが歳若い頃に偶然拾ってきたらしい。そして卵が孵り、爺さんに懐いたと聞いている。私が物心つく頃には爺さんから親父にグリフォンが譲られていた」
蓑虫男の父親にはあまり懐いておらず、魔術師に頼んで拘束する魔術具を作ってもらったそうです。命令を聞かなければ雷撃が放たれるというおまけも付けて。拘束具が完成した頃、祖父が亡くなり父親はグリフォンを利用しようと考えたとか。
商人として働いていた父親はグリフォンが周りの方たちの目を惹いていることで、得意先に自慢したり、新規に客を取りたい時など披露して話のタネにしていたとか。
そうして順調に業績を伸ばしていき父親から彼へと家業を引き継いだ頃、グリフォンは年老いていたそうな。最近になって更に手が掛かるようになり、家の者たちからグリフォンが疎まれ始めたそうな。随分とみすぼらしくなり、自慢するにも恥ずかしくなっていたから森に捨てたそうです。家のために働いてくれたグリフォンを老いて役に立たないと森に捨てるなんて……本当に身勝手な。
蓑虫男の声が止まれば、エーリヒが懐疑な顔をしながら口を開きます。
「グリフォンが飛べないのは何故ですか?」
そういえば、侯爵閣下から保護したグリフォンは飛べないと聞いていましたね。確かに気になることではありますが……。
「分からない。私の記憶にある限り、グリフォンが飛んでいる姿を見たことがない。だから飛び方を知らないんだろう」
やはり蓑虫男の答えは碌なものではありません。侯爵閣下がこの場にいれば、また怒っていたのではないでしょうか。だからこそ僕たちに、蓑虫男がグリフォンを飼うようになった経緯を捨てた理由を問うて欲しいと任せてくれたのでしょうけれど。むっとエーリヒが顔を強張らせながら言いたいことを我慢したあと、はあと大きく息を吐きます。
「君たちも私と同じことになれば捨てるしかなくなるさ。ただの金食い虫に価値はないし、人の手を煩わせるだけ……だから捨てたんだ。なにが悪い」
「あんた……開き直っているけど、自分が同じ目にあったらどう思う? 年老いて役に立たないから介護もしないと、自分の子供に言われたらどうするんだ?」
エーリヒが珍しく怒りの感情を露わにして蓑虫男に言葉を投げつけます。そして蓑虫男はふんと鼻で笑いました。
「私の子が私を捨てるわけないじゃないか! 手塩にかけて育てたんだぞ! それに年老いても不自由なく暮らせる金は稼いでいるんだ!」
なにか文句あるのかと言いたげに蓑虫男がエーリヒに食って掛かりました。でも側にいる近衛騎士の方に止められ、触れることすらできません。
「今回の一件でそれも失うだろうな。商売はできないだろうし、子供にも恨まれることになりそうだけど……分かっているのか?」
「商売はできないかもしれないが、我が子が私を捨てることなどない! なにを言うんだ君は!!」
エーリヒの言葉に蓑虫男が精一杯反論していますが、彼の言い分はかなり説得力に欠けるものでしょう。きっと家ではどうしようと家族や使用人の方が頭を抱えているでしょうし、蓑虫男に向けた罰は子に捨てられるのが一番効くかもしれないと僕の頭の中に刻み込むのでした。
◇
珍しくポカポカ陽気の一月下旬の昼下がり。アストライアー侯爵領領主邸の庭でジークとリンと二柱さまといつもの面子でお茶を嗜んでいれば、おばあとジャドさんと雌グリフォンさん四頭にイルとイヴが顔を出し、エルとジョセとルカとジアと天馬さま方たちも寄ってきている。
私は大陸の西の端にあるヤーバン王国と大陸の中央南にあるアルバトロス王国を直線で結んだ真ん中あたりの国で起こった出来事を彼らに説明している。うんうんと頷いている面子だけれど、おばあとイルとイヴだけはあまり理解していないようである。
『ピョエ~』
おばあが不思議そうな顔をして首を傾げている。頭の上には疑問符を浮かべていて、今度は反対側に顔を倒した。
『おばあは良く分からないって』
『短い言葉は理解できているようですが、長くなると途端に駄目なようですねえ。ですのでおばあには沢山語り掛けて頂ければと』
クロとジャドさんがふふふと可笑しそうな声を上げれば、おばあがまた首を反対側に傾げている。天馬さま方もおばあを見て微笑ましそうに見ているから、いろいろとおばあを助けてくれるだろう。
芋虫男は自国に戻り特に罪を与えられることもなく放置されることになった。私が事後法で裁いても仕方ないと相手国の陛下方に伝えておいたので、主張が通る形となったようだ。多分、商人として窮地に立たされるだろうから、生きることが彼の罰となりそうである。命を断てないように監視を付けるとのことだから、安易に天上へは旅立てまい。
私が王城の壁に皹を入れた件についても、申し訳ございませんという謝罪の手紙と修理費を私財から出すことになったため頑張って働かないといけない。いや、私財も恐ろしいほどの額があるため、修繕費はポンと出せるけれど……お金が消えると落ち着かない。
だからせめて元の金額に戻るように、できることなら上回るように立ち回りたいのだ。なにかお金を稼ぐ方法があれば良いのだが、思い浮かぶことがマルチ商法だったりするので私の頭は芳しくない。しかもマルチ商法が成功しそうな環境なため、迂闊に手を出せないということもある。
私が笑っただけでクロとジャドさんへの答えとすれば、おばあが東屋の中の席に近づいて私の頭の上に顎を置く。気に入っているのか、ぐりぐりと顎を乗せて、おばあはにへらとなんとも言えない顔をしているとか。おばあに私はなされるがままになっていれば、腰元のヘルメスさんがペかぺかと魔石を光らせた。最近、言葉数が元に戻ってきているので、一部の方から残念だという声も上がっている。
『ご当主さまの頭の上はどうなっているのでしょうか。私、ヘルメスも乗せて欲しいところです』
「錫杖を頭の上に乗せるのはちょっと……ヘルメスさんの要望と言い訳できますが、それでも変人と見られてしまいそうですから」
不思議そうな声を上げたヘルメスさんに私は勘弁してくださいと目を細めた。少し冷めた紅茶を啜れば、目の前でお茶を飲んでいたヴァルトルーデさまとジルケさまが眉間に皺を寄せる。
「もう遅い」
「変な奴って自覚ねえのかよ」
二柱さまが容赦ない言葉を放つ。もう遅いということは私は前から変人であるということだし、変人であることに自覚がない方がおかしいと言われてしまっている。
「なにか仰りましたか、ヴァルトルーデさま、ジルケさま」
聞こえていないフリをするも、酷くないかと私がヴァルトルーデさまとジルケさまに出されている茶菓子を見つめれば、長姉さまと末妹さまはさっとお皿をご自身の手元に寄せる。お菓子を没収しようという私の目論見はバレているようで、二柱さまの側で堅守された。
むうと私が片眉を上げると、おばあが顎を頭の上から離して顔を擦り付けてくる。おばあの力で私の視界がぐわんぐわんと揺れているけれど、毛玉ちゃんたちのすりすり攻撃よりマシだ。ヴァルトルーデさまは残っていたお皿の上のお菓子を平らげ、ジルケさまが苦笑いを浮かべながら口を開いた。
「いや、なんでもねえ。茶菓子が上手いんだけどよ、ちと足りねえ感じがするな」
そんなことを言いながらジルケさまがお皿の上のお菓子をひょいと手で摘まんで口に運ぶ。ヴァルトルーデさまが凄く羨ましそうにしているが、ジルケさまは『やらねえぞ』と言いたげな顔になっていた。どちらが姉か妹なのか分からないと私は苦笑になりながら言葉を紡いだ。
「おやつを食べ過ぎると夜ご飯を食べられなくなりますよ」
三時のおやつを食べ過ぎてしまえば、晩御飯を食べられなくなってしまうのは当然だ。私がジルケさまに視線を向ければ、彼女はふっと肩を竦めた。
「あたしにそんな心配を向けるな。綺麗に平らげてやる。ナイの屋敷の飯は美味えからな。あ。あたしらがナイの屋敷の料理は美味え、美味えって実家で言ってるからかもしれねえが、屋敷の飯づくり担当が興味を示してんだよ」
確かにジルケさまとヴァルトルーデさまであればお菓子を大量に食べても、晩御飯もきっちり平らげそうである。というか食べる。確かに愚問だったと私も肩を竦めていると、ジルケさまがとんでもないことを言い出した。
「え?」
私が目を丸くしていると、ジルケさまが経緯を教えてくれる。ヴァルトルーデさまとジルケさまはアストライアー侯爵家の料理を気に入り下界で暮らしている。北と東の女神であるナターリエさまとエーリカさまも食事に興味を持っていないのに、私の屋敷の料理の話を実家でしているそうだ。
テラさまも神さまの島で『ナイの屋敷の料理は美味しい!』と自慢しているとか。グイーさまもグイーさまで『酒と美味い肴が出るから、ナイの屋敷は羨ましいのう』とか宣っているそうである。小食なナターリエさまとエーリカさまと、地球の料理で口が肥えているテラさまと、自身の上司であるグイーさまがご機嫌なため、神の島で料理番を務めている方たちが私の屋敷の料理に興味を持ったとか。
「そのうち親父殿から打診があるか、勝手にくるか、どっちかだと思うぞ」
そう言ったあとジルケさまがタイヘンダナーナイはと心にも思っていないことを付け加える。いや、勝手にこられても調理部の方たちが困惑するだけだし、急に受け入れろと言われても困るだけだ。
受け入れ態勢が整っていないとジルケさまに伝えれば『その辺りのことは鈍いからなー』と他人事のように言い放つ。そしてヴァルトルーデさまが顔を左に向けて目を細めた。その方角は遥か彼方先に神の島がある方角だった。
「きそうだね」
「今くるとか言わないでくださいね」
ヴァルトルーデさまがぽつりと呟いて、私は反射的に言葉を返してしまう。
「どうだろうな?」
ジルケさまは肩を竦めながらヴァルトルーデさまと同じ方角を見て、私もジークとリンとみんなも神の島の方へと視線を向けた。そうしてヴァルトルーデさまがはっとした顔になる。
「あ、そんなことを言うから」
次の瞬間、東屋近くの芝生の上に幾何学模様が浮かび始めた。時間が経つにつれ模様が凄くはっきりしてくる。女神さま方やグイーさまテラさまが登場する時ほどの圧はないけれど、それでも幾何学模様から感じる圧は凄いものである。
おばあはなにが起こっているのか分からず『ピョエーピョエーピョエー』と鳴いており、毛玉ちゃんたちとイルとイヴが大丈夫と言いたげに彼女に寄り添っている。ジャドさんたちとエルたちも驚いているものの『まあナイさんの屋敷ですからね』と落ち着きを直ぐに取り戻し、ジークとリンも話の内容からなにが起こっているのか把握しているため静かに状況を見守っているだけ。
暫く待っていると幾何学模様の上に人影が現れ、発していた光が消えた。そこには物腰柔らかそうな背の高い男性が立っている。男性はきょろきょろと周りを見渡して、ヴァルトルーデさまとジルケさまがいる場所で視線を止めた。
「ああ、お嬢さま方。こちらにいらっしゃったのですね。アストライアー侯爵閣下、申し訳ありませんが暫く料理の修行をさせて頂けないでしょうか?」
礼を執った男性にヴァルトルーデさまが小さく笑う。どうやら顔見知りのようだ。でなければヴァルトルーデさまは柔らかい顔なんてしない。
「君がきたんだ」
「はい。主神殿が言うには私が適任だろうと」
ヴァルトルーデさまに男神さまが苦笑いで答える。どうやらグイーさまの命で動いているようだけれど、創星神であるグイーさまは適当にお願いをしたのではないだろうかという疑問が湧いてくる。
というか目の前の男神さまが適任ならば、他の方はどうなってしまうのだろうか。ヒャッハーな神さまがいてもおかしくないし、この星の神さまであればグイーさまが関係しているはず。大丈夫かという不安が私の心の中にどんどん湧いてくると、ジルケさまが腕を組んで片眉を上げる。
「確かに一番良識があるのか……?」
いや、ジルケさま。疑問形で言わないでください。受け入れなければならない私や調理部の方が不安になってしまう。
私は命じるだけなので良いけれど、調理部の皆さまはいきなり男神さまを受け入れられるだろうか。いや、普段ヴァルトルーデさまとジルケさまが調理場に赴いているから耐性はあるかもしれない。うーんと私は悩むものの、男神さまが私に視線を向けて『可能でしょうか?』と言いたげな顔になっていた。
「アストライアー侯爵家で料理の修行をしたいとのことですが……今し方、女神さま方から話を聞いたところなので受け入れ態勢が整っておりません」
「おかしいですね。主神殿の話では『ナイなら直ぐ受け入れてくれるし、馴染みやすい環境だ』と仰っていたのですが……困りました。主神殿の命に逆らう訳にはいけませんが……アストライアー侯爵閣下に迷惑を掛けるつもりもないというのに」
むむむと男神さまは顎に手を当てて悩んでいる。ジルケさまとヴァルトルーデさまははあと息を吐いてから口を開いた。
「まーた、親父殿は適当に言ったんだな」
「父さんの悪い癖」
どうやら今回の件はグイーさまが勝手に決めたようである。私はふむと頷いて腰元を見た。
「ヘルメスさん、ヘルメスさん」
ヘルメスさんの近くにはグリフォンさんの卵が入ったポシェットが私の肩から下がっている。
『はいはい、ご当主さま如何なさいました? 錫杖ヘルメス、ご当主さまに名を呼ばれるのはこの上なく嬉しいです。そしてそして、どうされたのですか?』
「北の方角に向かって、私の魔力を遠くに飛ばすことってできるでしょうか? 具体的には神さまの島に向けてです。グイーさまに届けば良いなと」
ご機嫌そうなヘルメスさんが流暢に言葉を紡ぎ、私はグイーさまに念が届くようにヘルメスさんに助力して欲しいとお願いした。特に問題ないようだけれど、ヘルメスさんの声が止まらない。
『ふむ。ご当主さまの現在の魔力量であれば問題ないかと。それに最近はジークフリードさんへの気持ちを固めて――」
「――あーあー!! できるんですね? できますよね? じゃあグイーさまに向けて魔力を飛ばしましょう!! せーの!!」
『え? ちょ?』
――グイーさま!!!!
私はヘルメスさんと一緒に魔力を神の島の方に流してみる。なんとなくだけれど、魔力を空中に勢い良く放り出す感じだ。魔獣や幻獣の皆さまが『無茶苦茶だ』と言っている気もするし、ヴァルトルーデさまとジルケさまも引いているように見える。男神さまはぽかんと口を開けて動かなくなってしまったけれど、直ぐにはっとした顔になる。
――どわ!? なんだ、吃驚した。ナイか。どうしたんだ、急に。
とりあえず、グイーさまと繋がったので魔力を流す必要がなくなった。今の出来事を創星神さまに告げれば『え、だってナイなら受け入れてくれるだろう?』と至極当たり前のように声が聞こえてくる。
受け入れるのは良いけれど、受け入れ準備もあるし事前連絡をくださいとグイーさまに伝える。するとじゃあ今回は無理なのかと問われたので、時間を置いてきて欲しいとお願いした。仕方ないなあと悪びれていなさそうなグイーさまに男神さまが『申し訳ない』と代わりに頭を下げてくれた。一先ず男神さまにも一度戻って頂くことにして、きちんとご連絡をいたしますと伝えて神さまの島へと戻って貰うのだった。
「ごめん、ナイ」
「親父殿に悪気はねえんだけどよ……まさかこうなるとは」
「あ、いえ。せっかくきてくださったのに、直ぐ戻ることになって申し訳ありませんと彼にお伝え頂ければ嬉しいです」
ヴァルトルーデさまとジルケさまが少しバツが悪そうな顔になって謝ってくれた。まあ男神さまは悪くないし、謝ってくれたので構わない。あとは調理部の皆さまに彼を受け入れてくれる覚悟があるかどうかである。とりあえず今回の件を報告書に上げようと、みんなと一緒に部屋に戻るのだった。
◇
少し前、執務が終わり私は一人執務室で黄昏ている。
――アストライアー侯爵から報告書が届いていた。
いや、うん。我々の心配はありがたいのだが、下級の神とはいえ、いらっしゃった方を追い返さないで欲しい。創星神さまの許可を得られたから良かったものの。スンと今日の仕事を終えた気持ちが冷めていく。普通は現れた神さまと交渉なんてあり得ないのだが、アストライアー侯爵だからなあ……私はアルバトロス王国の王として一人執務室で窓の外を見上げる。雲一つない夜空に浮かぶ双子星に向かい、愚痴を吐くのだった。