魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0724:再来。

 アルバトロス王国を通してアストライアー侯爵閣下に謝罪の手紙を送って数日が経ち、今日無事に返事が戻ってきた。自由連合国上層部の主だった面子が首都の城にある会議室に集まり、議長席に私、フォレンティーナが座し、周りにみんなが机に置かれた手紙を凝視している。

 まだ中身を開封しておらず、確認をみんなの前でしようとしているところだ。私の後ろに控えているダルと生きていた乳母がごくりと息を呑んでいる。私も息を呑んで、手紙からみんなの方へと視線を向けた。

 

 「では、今から開封したいと思います。侯爵閣下の返事次第で国の明暗が分かれると言っても過言ではありません。どうかみなさまお気を確かに」

 

 私が言い終えると『ごくり』という音が会議室に響く。私も息を呑んで机の上の手紙に手を伸ばす。随分と力強い字であることから男性の代筆だろうか。

 直筆を頂けなかったことに悔やんでしまいそうになるが、前代表がやってしまったことを考えれば当然だと私の心に言い聞かせる。持ってきて貰ったペーパーナイフで封を開き、中の手紙に目を通す。

 

 定型の挨拶が一枚の用紙に半分ほど書き込まれ、そこから半分は本題だ。

 

 定型の挨拶部分は言葉の選び方が豪快なので、やはり男性の代筆のようである。そして本題を記している言葉の内容も同じように強い言葉が多く使われていた。しかし内容は自由連合国が悲観すべきようなことは全く記されていない。私は隣に座していた大陸会議でリバティーに殴られた男性に手紙を渡す。読んでも問題ないのかと目線で問うたので、私は首を縦に振る。

 

 「良かった。本当に良かった。フォレンティーナさまを失わずに済む」

 

 手に取った手紙を見た男性はポロポロと涙を零しながら次の人へ手紙を回す。彼の言葉は凄く大袈裟だ。私でなくとも国は回るし、私より優れている方や能力が上の方を探せばどこかにいるはず。

 ただタイミングが良かっただけというか、聖王国の大聖女フィーネさまと知り合えたことが大きな起点だったのだろう。彼の言葉にほっと息を撫で下ろす方が大勢いて、私も自由連合国がこれから先、生きていけると安堵せずにはいられない。

 

 城の一番豪華な部屋に安置した創星神さまの石は、騎士団の精鋭が守りを固めている。ダルがバラバラになっていた騎士団の生き残りを探し当て再雇用した形だから、腕は保証されている。前よりお給金が安くなっているものの、ほとんどの方が途方に暮れていたから助かると言っていた。貴族の嫡男になれない方たちが辿り着く道なので、前王が倒れてから食うに困っていたそうな。

 

 それ故、ダルは騎士団長として新たな任を得ている。しかも人望があるのか騎士団の方はダルを慕っているのだ。

 

 訓練を行っている場所へ赴いて物陰から観察していれば、みんな楽しそうな顔をして稽古に励んでいた。ダルも悪戯っ子のような顔になりながら、みんなと木剣を振っていた。

 ダルの意外な一面を見られて嬉しかった半面、私が城から追い出されたことで彼には寂しい思いをさせていたのかもしれない。申し訳ないことをしたけれど……幼い頃から私の護衛を務めてくれていたダルのいない世界なんて考えられない。大陸会議や首都で自分の身を差し出そうとしていた私が口に出してはいけないから、伝えていないけれど。

 

 考え込んでいた私はみんなの『良かった』という安堵の声にハッとする。どうやら回し読みは終わったようで、アストライアー侯爵閣下から届いた手紙は私の下に戻ってきていた。

 

 「皆さま、アストライアー侯爵閣下からの返事に目を通しましたね。お預かりした石の扱いに関して、現状のままでいこうと思います。如何でしょうか?」

 

 私がみんなに問えば『異議なし!』と声が上がる。仮に『異議あり!』と声が上がれば、どうして異議を呈したのか理由を聞き納得できるものであれば、決め事の内容を更に練るようになっていた。

 私一人で決断するには荷が重いし、みんなの意見を取り入れて国を運営していくのも悪くない。本来ならもっと多くの声、例えば首都の皆さまの意見も拾うべきだけれど、叶えようとすれば多大な労力が必要となる。

 だから今は自由連合国の上層部の方たちと一緒に悩んで、この国の未来を決めようと自然になった。王政のように王さまが絶対の権限を持つことはないが、私の権限は他の方より大きいものとなっている。でも使い方次第だろう。こうして会議を開いてみんなと意見を持ち寄って話し合うのは楽しいし勉強にもなる。

 

 私はみんなを見渡して一つ頷けば、しんと会議場が静まった。

 

 「聖王国の第五陣の派遣団の皆さまは一旦母国へ戻っておられます。支援物資を残して頂いているので、我々で適切な配給を行わなければなりませんが……今少し頑張りましょう!」

 

 私はみんなの方を見ながら、手をぐっと握り込んだ。するとみんなが良い顔になって口を開く。

 

 「はい!」

 

 同意の声がみんなの口から出てきていた。通常の仕事と配給の仕事が重なるため、みんなに無茶をさせていることは分かっている。でも首都の方たちをまた途方に暮れさせるわけにはいかない。

 止まっていた商人の方たちも首都入りするようになり物価が以前より下がっている。首都の外縁部で亡くなっていた方は埋葬を終えていた。隣国の陛下の側近に疫病対策を専門に学んでいる方が直接指揮を執りにきてくれて、私たち自由連合国が従った形となる。

 なんとなく遺体を放置するのは駄目だと知っていたけれど、彼から詳しい話を聞いて血の気が引いた。本当に疫病が広がり切る前に埋葬できて良かった。前代表のお陰で自由連合国は本当に滅びの道を歩んでいたのだなと実感した事柄でもある。

 

 また首都を前の状態に戻らないようにするために、私たちは全力で駆け抜けないと。私の後ろでダルと乳母がアストライアー侯爵閣下からの手紙になにが記されていたのか気になるようなので、二人にも読んでもらう。

 

 「姫、無茶をしないようにと閣下から申されているではありませんか」

 

 「ええ。わたくしは姫が無茶をするのは知っているので、少しは休まれては? 侯爵閣下も手紙に追い込み過ぎないようにと記してくださっておりますよ?」

 

 「うっ、確かにそうだけれど……でも、今は休んでいる時じゃないから! みんなに無茶をお願いしているのは分かっているし、私が真っ先にサボるわけにはいかないよ」

 

 ダルと乳母が私にジトーとした視線を向けた。幼い頃から付き合いがあるためか私に対して手厳しい。私も言葉使いが軽くなっているので、二人は身内としているのだろう。私たちの会話を聞いたみんなが『二、三時間でも良いので、代表は休んでください』という声が上がる。みんなの意見を貰えたとダルと乳母が私の背に手を回して、城にある一室へと連行された。

 そうしてベッドに導かれて『少し眠られては?』『仮眠を取るだけでも、少しはマシになりましょう』という二人の声が上がる。私は苦笑いを浮かべつつ、ここまできたなら諦めようとベッドに入り込んで目を閉じれば直ぐに意識が落ちるのだった。

 

 ◇

 

 自由連合国に向けた手紙を出して数日。季節は二月となり冬の厳しさが更に増していた。アストライアー侯爵邸は通常運行……と言いたいところだが、神さまの島からやってくる料理番の神さまの受け入れ態勢が整った。

 グイーさまに話を通して今日がその日となっており、調理部の皆さま全員が集まって庭の東屋に出てきている。というか、屋敷で働く方や住み込みの家族や子供たちも一緒であり、庭で過ごしている天馬さまとグリフォンさんたちも一緒だ。当然その中にはジルケさまとヴァルトルーデさまが混じっている。二柱さまは庭に集まった面々に視線を向けたあと微妙な顔になった。

 

 「あたしらの時より人数が多いな」

 

 「確かに。なんだか複雑」

 

 肩を竦めているけれど、二柱さまがやってきた時の方が屋敷の方たちの緊張が高かった気がする。今は調理部の皆さまは緊張しながら、身嗜みチェックをお互いにしているくらいだ。

 他の方たちは『そろそろ神さまがやってこられるのか』『下位の神さまと聞いているが、二柱さまより圧が弱いのだろうか』とかいろいろと気になるようである。

 神さま方は時間間隔が薄いため、用意が整えば誰か教えてくれというグイーさまからの指示が出ていた。今回はヴァルトルーデさまが珍しく担ってくれる。私がヴァルトルーデさまにお願いすれば小さく頷く。

 

 「じゃあ、呼ぶ」

 

 西の女神さまだから西大陸を通すことになるので、神さまの島へと声が安易に届くそうだ。耳に水が入るような感じを受けたのだが、きっとヴァルトルーデさまの神力が解放されて神さまの島へと向かった影響だろう。

 凄いなあと感心していると腰元のヘルメスさんが『ご当主さまの方が凄いです』とぼやく。クロやロゼさんとヴァナルと雪さんと夜さんと華さんが『ね』と頷いているので、ヘルメスさんのぼやきは彼らに届いていたようだ。

 なんとなく神さまの島に自分の声を届けることができるので実感が薄い。誰か他の方もできるのではと考えていれば、庭の芝生の上に幾何学模様が浮かぶ。その場所は以前、料理担当の神さまが現れたところと同じである。幾何学模様から光が消えれば神さまの姿があった。柔和な顔をした男性の神さまで、以前と同じ方がやってきている。私は皆さまの前から一歩踏み出し男神さまの前に立つ。

 

 「アストライアー侯爵家へようこそ。お待ちしておりました」

 

 「以前は急に赴いて申し訳ありませんでした。本日からよろしくお願い致します」

 

 真ん中分けのおかっぱ頭の男神さまが頭を下げた。いやいや、そんなに腰を低くしなくともと私が口にすれば彼は苦笑いを浮かべる。

 

 「我が主より北と東のお嬢さまの偏食を直せるかもしれない、という期待を一身に背負っておりますので、侯爵家の皆さまに私が丁寧に接するのは当然でしょう。お気になさらず」

 

 「え?」

 

 私の口から疑問の声が漏れ、調理部の皆さまの顔が引き攣っている。私はナターリエさまとエーリカさまに偏食家であるとは到底思えない。確かに小食ではあるが、美味しいのかといろいろな品を食していた。

 今の話は事実かとヴァルトルーデさまとジルケさまに視線を向けると『家だと野菜ばかり』『北と東の姉御は肉食べねえよな。あとは偏ってる』という声を聞くことになった。あれ、変だなと疑うもののお出掛けして気分が高揚していたのだろうか。家では食べないけれど、外では食べるという口の方が時々いたし。

 

 調理部の皆さまはおかっぱ頭の男神さまが大きな使命を背負っているとプレッシャーを感じているようである。確かに女神さま方の偏食を直すという使命を背負っていたならば、それは大変なこと。グイーさまも凄いことを彼にお願いしたなと私は肩を竦めて、少し男神さまにお願いしたいことがあると視線を合わせた。

 

 「どうなさいましたか、アストライアー侯爵閣下」

 

 「あ、申し訳ありません。私のことは呼び捨てでお願いできますか?」

 

 小さく首を傾げた彼に私は言いたいことを告げる。神さまに『アストライアー侯爵閣下』と呼ばれ続けるのは如何なものだろうと、呼び捨てでお願いしたいとお願いしてみる。すると男神さまは少し驚いた顔になりつつも、直ぐに表情を変えて言葉を紡ぐ。

 

 「では、ナイさんと呼ばせて頂きますね」

 

 私は男神さまにお礼を伝えて、屋敷の中へと案内する。物腰穏やかな方だし、調理部の方の緊張は最初だけだろうと笑みを浮かべ、北と東の女神さまの偏食が治りますようにと祈るのだった。

 

 ◇

 

 屋敷の一室に荷物を置いて――といっても男神さまは手ぶら――貰い屋敷の中を案内している最中だ。彼の目に映る光景は、神さまの島のグイーさまのお屋敷とは少し変わった赴きがあるようである。

 ウキウキとした様子の彼はまるで子供のようだ。一緒に付いてきているヴァルトルーデさまとジルケさまは『彼が変なことをしないように』『神の島と人間の屋敷じゃ常識が違うからな。変なことをしねえように見てるだけだ』と仰っていた。男神さまがヤバい行動をするわけではないので監視は必要ないはずであるが、身内のような方が他人の家で恥を掻かないようにするためかもしれない。

 

 屋敷の廊下を歩きながら、飾っている調度品の一点に男神さまの目が留まる。腰を屈めてフソウの鎧をじっくり見ている男神さまに、鎧の肩の部分に乗っている妖精さんが手を振ってふっと消えた。

 

 「ナイさん、こちらの調度品はどういったものですか?」

 

 「フソウ国の武士の方が身に着ける鎧と刀ですね」

 

 どうやら男神さまはフソウの鎧と刀が気になるようだ。神の島のお屋敷は西洋建築である。詳しいことはさっぱりだが、テレビで見ていた欧州の古い町並みにある豪華で超広い屋敷という感じ。

 まあアルバトロス王国や西大陸のほとんどの地域は西洋建築が主である。東と北と南大陸に向かえばちょっと赴きが違い、異国情緒を少しばかり感じる。フソウは更に独特の文化を育んでいるから、男神さまがはしゃぐのは仕方ないのだろう。

 

 「このような美しい品が地上にあるのですね。神の島で長き時間を過ごし地上に無関心だったので、いろいろと見られて嬉しいです。庭にはグリフォンや天馬が住み着き、時々、妖精の姿も見受けられます。本当に環境が良いお屋敷です。私に驚いて妖精が逃げてしまったのは残念ですが」

 

 男神さまが感心しながら主神殿の命を受けて本当に良かったと小さく笑えば、案内の邪魔をしてしまい申し訳ありませんと小さく頭を下げた。私は大袈裟ですよと彼に言葉を返して、ふと気付いたことがある。

 

 「今更ですが、男神さまのお名前は?」

 

 ふいに浮かんだ疑問をそのまま口に出せば、男神さまが小さく顔を横にする。うん。嫌な予感しかしないけれど、名前を知っておかなければ調理部の皆さまが困るだろう。男神さまから聞き出せなさそうだし、私が今のタイミングで聞いておいた方が無難そうだ。

 

 「主神殿からは台所番と呼ばれております」

 

 男神さまはグイーさまからそう呼ばれているそうだ。そして周囲の神さま方も倣ってそう呼ぶとか。ヴァルトルーデさまが『父さんだから』と片眉を上げ、ジルケさまが『頓着してねえからなあ』と肩を竦めていた。確かにグイーさまは四人の娘さまにも名前を贈ってなかったから、料理番である彼にも名を贈っていないのはさもありなんな状況だけれど。

 

 「……名前というか役職名ですよね」

 

 私が肩を落とせば、男神さまがぽんと手を叩く。

 

 「ああ、言われてみれば確かに! ナイさんは鋭いですね」

 

 ふふふと笑う男神さまに、私はこの世界の神さまたちが全く名前に頓着していないと息を吐く。

 

 「流石に地上で生活するなら名前がないと周りの者が不便なので、名乗りたい名前はありませんか?」

 

 「私の神生において名が必要だと感じたことはないので……それはとても難しい問題ですね」

 

 眉尻を下げる男神さまに一緒に移動していた二柱さまが視線を合わせる。

 

 「ナイに考えて貰えば?」

 

 「あたしらの名前はナイに考えて貰ったし、てきとーに貰えば良いんじゃね?」

 

 やはりそうなるかと私はヴァルトルーデさまとジルケさまを見る。すると二柱さまは『なにか問題ある?』と言いたげな顔をするのだった。そして何故か男神さまは私に期待の視線を向けている。

 ウキウキしている彼の姿に本当に子供だなという感想を抱くものの、こういうこともあろうかと受け入れ準備の最中、念のために考えてはいたのだ。私が神さま方に名を贈ることが恒例行事になっているのは何故でしょう。本当に不思議と目を細めながら私は口を開く。

 

 「ディオさまは如何ですか?」

 

 私が男神さまを見上げて考えていた名を告げる。確かギリシャ神話にヘスティアという名の台所の火を司る女神さまがいたのだが、流石に女神さま由来の名を贈るわけにはいかない。

 乏しい知識と記憶から同じギリシャ神話に宴会や祝宴を司る神さまがいた気がすると、必死になって記憶を探って思い出したのが『ディオニュソス』という神さまの名である。

 彼の主であるグイーさまは宴会や祝宴はお酒を飲める席と喜ぶだろうから、彼に丁度良いかもしれない。ただフルネームで贈るのはギリシャ神話の因果を引っ張ってきそうだから、少し短縮させて貰った。まあ、屋敷で料理を学びグイーさまとナターリエさまとエーリカさまが食事を楽しめるようになれば御の字である。

 

 「なんだかカッコ良い響きです。ディオ。はい、とても気に入りました」

 

 と男神さま改めディオさまが笑う。すると『さま付けは不要です』と困り顔になり、私はどうしたものかと迷った末に。

 

 「ディオさん、で良いですか?」

 

 神さまを『さん付け』で呼ぶのは如何なものかとは思うのだが、きっと『さま付け』で呼び続ければ彼が不貞腐れそうである。面倒事に発展して欲しくないし、ここは素直に呼ばせて頂こう。

 

 「はい。結構です。なんだか新鮮ですね」

 

 またふふふと笑うディオさんにヴァルトルーデさまが微妙な表情になっている。私はどうしたのかとジルケさまに視線を向けると『気にすんな』という顔になっていた。

 とりあえずディオさんに屋敷の案内を続けなければと私は先を促し、二時間ほど時間をかけて案内を終わらせる。本当に侯爵領の侯爵邸は広いなと感心しつつ、彼の職場となる調理場へと向かう。一応、ヴァルトルーデさまとジルケさまが頻繁に顔を出す場所なので、調理場の方たちには神さま耐性が身に付いているはずだ。我慢できない方には異動を認めると伝えているから逃げ道はあると信じたい。

 

 「失礼しますね。男神さまをお連れしました。皆さま、今日から彼に料理の手解きをお願い致します」

 

 「先度、ナイさんから名を頂きました。どうかディオと呼んでください。神の身ではありますが、私は皆さまの弟子となります。どうか遠慮なく厳しい指導をお願い致します」

 

 私が調理部の皆さまに集まって貰いディオさんに挨拶をお願いすれば、彼は凄く常識的な言葉を並べている。グイーさまの部下だというのに、マトモな方もいるのだなあと驚いていれば調理部の面々が名乗りを上げる。各自の紹介を終え料理長さまがきょろきょろとディオさんの身に視線を向けていた。どうしたのだろうとディオさんと私が首を傾げたあとに、料理長さまがおずおずと口を開いた。

 

 「ディオさま。ご自身の道具はお持ちではなく……?」

 

 どうやら料理人の方は自分の使いやすい道具があれば、修行の際は持ち込むそうである。ディオさんは特に拘りがないとのことで、道具を持ち歩くことはないとのこと。料理長さまが困ったなあという顔で、どうしたものかと悩んでいる。

 

 「じゃあ、蔵に眠っている調理道具を引っ張り出してきますね。それでディオさまが使いやすい品があればお譲り致します」

 

 私の声に調理部の面々が『え』と驚いたような顔になるものの、神さまが使用するなら問題ないと直ぐに考えを改めたようである。蔵にはドワーフさんたちに鍛えて貰った竜の鱗や牙を材料にした調理道具が使わないまま置いてある。丁度良い機会だし、神さまが使ってくれるならドワーフさんたちも自慢話のひとつになるはず。

 

 「いえ、しかし。それはナイさんに悪いです。貴女の物でしょう?」

 

 「死蔵しているので、使ってくれる方がいるなら道具はそちらの方が幸せではないでしょうか」

 

 ディオさんが少し困ったような顔をしているが遠慮をしないで欲しい。包丁類は切れ味が良過ぎて『ナイが使うと手を切り落としそうで危なっかしい』と周りの方から言われてしまう。

 フライパンやらお玉は少々重いので、私が振るには適していないのだ。調理部の皆さまはドワーフの職人さんが鍛えた超最高級のレア素材を使用したものなんて使えませんと固辞されている。だから侯爵家の調理人の方が使っているのはドワーフさんが鍛えた鉄製の品が殆どを占めていた。それでも調理部の皆さまが有難いと喜んでくれているので、贈る身としては渡した甲斐があるものである。

 

 「素敵な考えですね。確かに使われないより、誰かに使われる方が幸せなのでしょう」

 

 どうやらディオさんは受け取ってくれそうである。仕舞い込んでいるより、道具は使われてナンボである。兵器となれば使われないまま朽ちていくのが幸せだろうけれど、調理道具は日用品だ。超最高級品なので武器になりそうだけれど、目的外利用なのでそれとこれとは別のはず。私は人を呼んで蔵に眠っている調理道具を引っ張ってきて欲しいとお願いすれば、直ぐに取りに行ってくれた。

 

 暫く待っていれば箱をいくつか抱えた男性が戻ってくる。中に入っている調理道具を取り出せば、埃一つ被っていない。やはり鉄製よりも竜の鱗や牙で鍛えたものの方が見栄えが良い。

 品により赤や緑や青という色になっているのは、魔力の多い方の鱗や牙を使っているからだろう。帆布の布にくるまれていた包丁や果物ナイフが並べられ、みんなが道具を取り囲む。使うことに遠慮が湧いても、綺麗な品は皆さまの目を引きつけて離さないようだ。

 

 「凄い品々ですねえ。私が使ってしまっても良いのかと迷うくらいに美しいです」

 

 ディオさんが手に取っても良いですかと問い私はどうぞと答えれば、長い手を伸ばして一本の包丁を手に取った。窓から入る陽光を反射して刃紋がキラリと光る。

 

 「手に馴染みそうな品をいくつか選んで貰えれば嬉しいです」

 

 「ありがとうございます、ナイさん」

 

 私とディオさんがいえいえどもどもと頭を下げていると、ヴァルトルーデさまも興味を引いたのか並べられた調理道具の前に立った。彼女は凄いなあと感心しながら、刃渡りが短い果物ナイフを手に取る。

 

 「あ」

 

 ヴァルトルーデさまがつい刃先を触ってしまい、指先からつーと血が流れ落ちる。

 

 「あっ」

 

 「なにやってんだよ、姉御」

 

 私とジルケさまが声を上げ、他の面々は顔を真っ青にしていた。手を切ってしまったご本神さまは気にする様子もなく、へらりと笑う。

 

 「切った。痛いね」

 

 「ヴァルトルーデさま、ナイフを置いて手を貸してください」

 

 私はなにをしているのやらと足早にヴァルトルーデさまの下へと向かい、彼女の手を若干無理矢理に取る。ヴァルトルーデさまは不思議そうな顔になっているけれど、問答無用で傷を塞ぐ魔術を施させて貰った。

 人間相手ではなく女神さま相手なので魔力を遠慮なく注ぎ込んで。どうやら腰元のヘルメスさんも協力してくれたようで『やぶさかではない』というような雰囲気を醸し出しながら、魔石をぺかぺかと光らせていた。ヴァルトルーデさまの指先から流れていた血が止まり、傷口も綺麗に塞がっていた。切った跡が少し残っているけれど、これなら時間経過で綺麗に分からなくなると私は安堵の息を吐く。

 

 「ありがとう、ナイ。でも勝手に治ると思う」

 

 へらりとまた笑ったヴァルトルーデさまがお礼を伝えてくれるのだが、どうやら傷はほっとけば勝手に塞がったようである。慌ててしまった私の気持ちを返してと伝えるべきか、それとも女神さまって凄いと褒め称えるべきか。少し迷って片眉を上げた私にヴァルトルーデさまが両手を伸ばしてきた。

 

 「でもナイが慌てて傷を治してくれたことは嬉しい」

 

 へへへと笑うヴァルトルーデさまの両腕に導かれ、彼女の身体に私はすっぽりと納まった。この体格差どうにかならないかと私が苦笑いを浮かべていると、床に落ちているヴァルトルーデさまの血を見つける。私はヴァルトルーデさまから抜け出してポケットからハンカチを取り出し、床に付いた血を拭き取ってなんとなくハンカチを見つめる。

 

 「これ。聖王国に売れば国家を破産させそうな値段を払ってくれそうだね」

 

 私の声に調理部の皆さまがぎょっとした顔を浮かべ、ヴァルトルーデさまは『そんな価値ない』と言いたげである。ジルケさまとディオさまは肩を竦めて、私の後ろに控えていたジークとリンも少し呆れた様子で答えてくれる。

 

 「本当に払いそうだな」

 

 「ぶんどっても良いと思う」

 

 確かに本当に払ってくれそうだし、ぶんどろうと法外な値段を吹っかけても大丈夫そうである。フィーネさまは涙目になりそうだけれど、きっと西の女神さまの血が付いたハンカチと銘打って、ご本神さまが保証や証明してくれれば本物となる。肩の上のクロが脚をふみふみしながら『神力で酔う人がいそうだねえ』と呑気に教えてくれ言葉を続けた。

 

 『捨てるわけにもいかなさそうだねえ』

 

 確かに捨てて『なんてことをしてくれるのだ!』と怒る方がいそうである。ハンカチを洗濯したり、捨てるのも駄目か。

 

 「ロゼさんに預かって貰おう。一生、出せないや」

 

 クロの声に納得した私はロゼさんを呼びハンカチを預ける。ディオさんが『スライムが喋った??』と訝しい顔をしていると、ジルケさまに腕をぽんぽんと叩かれている。地上には喋るスライムが存在すると知って欲しいなあと私は目を細めるのだった。

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