魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0726:ごごごごごごご。

 託児所に預けられている八歳くらいの男の子が、作った家庭菜園の真ん中で私の前に立つ。彼の手の中には庭師の小父さまから預かった種が三つ転がっていた。私を見た男の子はおずおずと言った感じで手を差し出す。どうしたのかと私が首を傾げると彼は意を決したように口を開いた。

 

 「ごとうしゅさま。コレ、僕が植えても良いですか?」

 

 「うん。大丈夫だよ。美味しく育ちますようにって、優しく丁寧に植えてあげてね」

 

 「やった! ありがとうございます!」

 

 男の子に私が答えるととびきりの顔をして私の下から託児所の子たちの下へと駆けていった。彼らの側にはサフィールとクレイグが片眉を上げているので、どうやら男の子は私に許可を取るようにとクレイグとサフィールに言い含められたのだろう。まだ自由気ままに遊びたい盛りだろうに、きちんと礼節を保って接しているのだから親御さんがきちんと躾をしているようだ。託児所の効果もあれば良いのだが、影響はどれほどのものだろう。

 

 畑の側ではエルとジョセ、天馬さま方とジャドさん家族とグリフォンさん四頭とおばあがこちらを見ている。天馬さま方は春と夏に撒く予定の人参が楽しみだとか。

 グリフォンさんたちもいろいろな野菜を食べれる環境ができて嬉しいようである。おばあは良く分かっていないのか、不思議そうな顔でこてんこてんと首を傾げていた。そうして子供たちが落とした種を見つけて首を下げようとしている。私は彼女の下へと歩いて行き、そっと嘴に手を添えた。

 

 「おばあ、種を食べたら駄目だよ」

 

 『ピョエ~?』

 

 私の声におばあがどうしてと言いたげに首を傾げる。すると毛玉ちゃんたちも寄ってきて三頭が並んで地面にチョコンとお尻を付けた。彼女たち三頭も良く分かっていないのか『にゃんで?』『たべもにょたべりゅ、とうじぇん!』『おにゃかすいたら、たべりゅ!』と口にしている。

 

 まあ。確かに平時であれば種を食べても問題ないかもしれない。天候不順による飢饉に陥り食料が足りない場合、種を食べてしまい次の年に撒くものがないという事態に陥った話がゴロゴロ転がっている。

 次代のためにと己は種籾に手を付けず死んだものの、村の人間は彼の崇高な行為により助かったなんていう逸話もあるのだ。一人の犠牲で多くを救う話は美談に聞こえるものの、みんなが少しづつ我慢していればその人が亡くなることはなかったかもしれない。なんて考えてしまうと世知辛くなってしまう。

 

 「おばあも、毛玉ちゃんたちもお腹が空いたら困るよね」

 

 『ピョエー……』

 

 おばあが情けない声を上げてしょぼんと首を下げる。どうやらクロの通訳によれば、今日はご飯ナシと勘違いしたようだ。すぐにジャドさんたちがおばあに補足の説明をして顔を上げていた。

 

 『やじゃ!』

 

 『らめ!』

 

 『いやら!』

 

 毛玉ちゃんたちは私の言葉の意味を一応理解してくれているようで、尻尾を縦に動かして地面に打ち付けている。

 

 「種は食べ物を生み出すためのものだから食べちゃ駄目だよ。もちろん、食用のものもあるから全てがってわけじゃないけれど」

 

 ひまわりの種とか海外では食べる習慣があると聞いている。アルバトロス王国では聞いたことがないけれど、違う国では食用として量産されていてもおかしくはないだろう。毛玉ちゃんたちは私の話を分かってくれたのか、いないのか……地面に付けていたお尻を上げて、ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんの下へと走って行った。

 

 『毛玉ちゃんたちは自由だねえ』

 

 「だね」

 

 私がクロと笑っていれば、子供たちとクレイグとサフィールがジークとリンを呼んでいる。どうやら種蒔きを手伝えということらしい。私は当主として畑の中で現場監督を務めるだけだ。

 一緒に植えたいのはやまやまだけれど、子供たちの楽しみを取るわけにもいかない。小さな畑だと然程時間も掛からず、全ての場所に種を植えることができるだろう。種を植えたら水を撒いて、元気に根を張り芽が息吹ますようにと願わなければ。私が目を細めながら畑を見ていると、ヴァルトルーデさまとジルケさまが畝から立ち上がってこちらへきた。

 

 「ナイが魔力を放出したけれど、畑の妖精きてくれるかな?」

 

 「さあな。気まぐれな連中だからこねえかもしれねえし、くるかもしれねえ。けどよ、いきなり明日現れる、なんてことはねえさ、姉御」

 

 私を見下ろすヴァルトルーデさまにジルケさまが答えた。どうやら畑の妖精さん、というより妖精さん全般は気まぐれなため出現率は良く分からないそうである。ただ私が放出した魔力が魔素になり、畑に影響を齎したなら現れるかもしれないそうだ。

 魔力の魔素化は一日二日ではできないそうで一週間ほどは掛かるとか。ジルケさまの声にヴァルトルーデさまが『残念』と声を零す。どうやら子爵邸の畑の世話をする妖精さんたちの姿を見守るのが楽しかったようで、引っ越しにより見れなくなって少し寂しかったそうだ。ヴァルトルーデさまが願えば妖精さんたちが大量に寄ってくれそうだけれども、流石に呼び寄せるような無粋なことはしないらしい。自然が一番だとヴァルトルーデさまが零していれば、子供たちが全ての種を撒き終えて私の前に集まった。

 

 「ご当主さま。ぜんぶ、まけました!」

 

 「ちゃんと元気に大きくそだってねって、おねがいしながら植えました!」

 

 「たのしかったです! ご当主さま、さそってくれてありがとう!」

 

 わらわらと集まった子供たちが思い思いに私へ報告をしてくれる。泥だらけになっているけれど偶には良いだろう。今日のことは保護者の方には通達済みだし。子供たちを褒めているのかルカが嘶きを上げ、ジアに煩いとヒップアタックを貰っている。天馬さま方は収穫した野菜を食べられる日を楽しみにしているとのこと。

 二柱さまも自分で植えた野菜を食べるのは初めてのことだから、収穫の時と調理されて提供されることが待ち遠しいとか。私は子供たちと視線を合わせ――年長組の子たちと背がそう変わらない。というかアンファンには抜かれてる――て口を開いた。

 

 「みんな、お疲れさまでした。きちんとお仕事を終えたみんなには料理長さま方が用意してくれたお菓子があるよ。託児所に戻ったら、きちんと手を綺麗に洗って食べてね」

 

 本来は私の仕事なので託児所の子たちには報酬として料理部の方にお菓子を作って貰うようにお願いしていた。流石にショートケーキとまではいかないが、パウンドケーキ等の焼き菓子をお願いしますと伝えてある。

 私も食べたいところだが、私がお願いするとお皿に凄いデコレーションを施してくれる。普通に手に取ってパクつきたいのに、ナイフとフォークで切り分けて食べることが多い。ちょっと託児所にお邪魔したい気持ちを抑えていれば、サフィールとクレイグが無言で『そろそろ』『俺たち戻るわ』と訴える。そうしてサフィールとクレイグは子供たちの方へと歩く。

 

 「さあ、戻ろうか」

 

 「ご当主さま、失礼します」

 

 そうして子供たちとクレイグとサフィールが託児所へと戻って行った。私は水撒きを忘れていたと残った面々で畑に水を撒いていく。何故かヴァルトルーデさまとジルケさまに『ナイはじっとしてる』『当主なんだ、動かなくて良いだろ。小さい畑だし、庭師のおっちゃんと撒けば直ぐ終わる』と言って、ジョウロを奪っていった。

 私も水をあげたかったのにという愚痴は飲み込んで、楽しそうに水を撒くヴァルトルーデさまとジルケさまと凄く緊張している庭師の小父さまの姿に苦笑いを浮かべるのだった。

 

 ――翌日。朝。

 

 目が覚める。エッダさんがくるまでまだ時間があるため二度寝をするのもアリかもしれないと、私がベッドの中でごろりと寝返りを打てば足下と背中になにかがぶつかる。

 背中は一緒に寝ていたリンと分かったものの、足元の毛むくじゃらはなんだろう。ヴァナルと雪さんたちと毛玉ちゃんたちはベッドの中に侵入することはない。一瞬、クロに毛でも生えたのかと考えるものの、頭の上にある籠の上でネルと一緒に寝息を立てている。もう一度足を動かして感触を頼りに探っていれば、毛むくじゃらが声を上げた。

 

 『寝相が悪い……なんじゃ、この足は妾を何度も蹴りよって』

 

 姿は見えないけれど、潜ったトリグエルさんの声が聞こえてきた。どうやら寒さに耐えられず私の部屋のベッドで暖を取っていたようだ。私がもう一度足を動かせば、私とリンの頭の方までトリグエルさんが移動してくる。リンはベッドの中でもぞもぞしている私たちに気付いて目を開いた。

 

 「おはよう、リン」

 

 「……ナイ、おはよう。トリグエルがいる」

 

 私はまだ寝ぼけ眼のリンと視線を合わせて声を上げれば、彼女が返事をくれる。トリグエルさんにも気付いたようで、リンの紫色の瞳が黒い塊を映していた。

 

 『悪いか?』

 

 「悪くないけれど……まあ、いいか。起きるの、ナイ?」

 

 トリグエルさんのことはどうでもよくなったリンが私を視界に入れ直す。起きようにも少し早いし、ベッドの温かさを貪るのも悪くない。

 

 「エッダさんがくるまで時間があるから、二度寝しても良いかなって」

 

 「そういえば、起きるには少し早いね」

 

 「うん。って」

 

 リンが私の方へと腕を伸ばし、片手は腰に、片手は真っ直ぐ伸ばして私を引き寄せる。リンの腕に私の頭が乗り、彼女との顔の距離が更に近くなった。私とリンの間にいたトリグエルさんは、狭まった間に挟まれまいとベッドから逃げ出す。シーツから出たトリグエルさんは枕の横で抗議の声を上げる。

 

 『寒いぞ!』

 

 「毛がある。マシ」

 

 リンの容赦ない返事にトリグエルさんが目を見開いた。

 

 『毛があっても寒いのじゃ! だから中に入り込んだのに!』

 

 入らせろと言いたげにトリグエルさんは私とリンの間に顔を突っ込んでくる。リンが私の背から手を放して、トリグエルさんの前脚の後ろに手を入れてぽいとシーツの中に放り込めば、黒い塊はするすると中に入った。そうして『蹴るんじゃないぞ!!』と言い残して、トリグエルさんは私たちのお腹の辺りで身体を丸める。

 

 「トリグエルは贅沢」

 

 「本当に。目が冴えちゃった。このまま、クロたちが起きない声でおしゃべりしてようか」

 

 リンが私の腰に手を戻せばトリグエルさんに少し文句があるようだ。私はリンと顔を近付けてエッダさんがくるまでお喋りをしようと提案する。リンは問題ないようで、他愛のない私の最近の話や未来の話、昔の話にご飯の話を聞いてくれる。そろそろ起きる時間かという頃に廊下がバタバタし始める。なんだとリンと私は見つめ合って身体を起こした。

 

 『なんじゃ! 眠れそうだったのに!!』

 

 トリグエルさんの文句が上がれば、エッダさんが部屋にきてくれて四度のノックを鳴らす。私がどうぞと声をあげれば慌てた様子で入ってきた。なんだかデジャブと私が感じていれば、エッダさんが口を開く。

 

 「ご、ごごごごごごご、ご当主さまっ!? 裏庭の畑に黄金の妖精が現れたそうです!!」

 

 凄く慌てふためいている顔のエッダさんが告げる。リンはしれっと背に回って私を抱き留めて顎を肩に乗せていた。トリグエルさんはシーツの中から捩り出て『黄金の妖精? なんじゃそりゃ?』と首を傾げる。そしてクロとネルが顔を上げて『朝からどうしたの~?』と声を上げた。一先ず着替えて畑の様子を見ようとリンと話し、エッダさんには家宰さまや他の面々にも話を伝えるようにと私はお願いするのだった。

 

 ◇

 

 慌てふためいたエッダさんの報告で私は着替えて、リンとクロとヴァナル一家と一緒に裏庭に出た。途中で騒ぎを聞きつけたジークやソフィーアさまとセレスティアさまとも合流しているので、結構な大所帯となってしまっている。

 少しだけ遅れてヴァルトルーデさまとジルケさまも庭にやってきた。ヴァルトルーデさまは不思議そうな顔をしているのだが、ジルケさまは状況を咀嚼できていくほど怪訝な顔になっていく。裏庭の十二畳ほどの小さな畑で黄金色の妖精さん五人が私たち姿を見たあと、てててと駆けて集まってくる。そうして彼らは短い腕を両方掲げて口を開いた。

 

 『タネクレ!』

 

 『シゴトクレ!』

 

 彼らの言葉に私は嗚呼、畑の妖精さんが誕生したとはっきり理解できた。しかし時間が掛かるだろうと聞いていたのに、一晩で畑の妖精さんが生まれるとは驚きである。畑の妖精さんたちは私たちが無視を決め込んでいることに気付いて、舌打ちをしそうな顔をして畑へと戻って行く。そうしてお世話をしているのか、何処からともなく取り出したジョウロで水を撒いていた。

 

 「えっと……畑の妖精さんで良いんですよね?」

 

 私は後ろに控えているみんなの方へと顔を向け問いかけるのだが、聞いてくれるなという顔になっている。答えてくれないので私は仕方ないと次の質問を投げた。

 

 「どうして彼らは黄金色なのでしょう?」

 

 ジークとリンとソフィーアさまとセレスティアさまは『分からない』と左右に首を振り、肩の上のクロと雪さんと夜さんと華さんは少し呆れ、ヴァナルと毛玉ちゃんたち三頭は不思議そうに畑の端で伏せをして黄金色の畑の妖精さんを観察していた。

 

 「魔力を多く蓄えているからだと思う」

 

 「昨日の今日で妖精が現れるとは予想外だけどよ……ナイは本当になにやってんだ」

 

 ヴァルトルーデさまが真面目な顔で答え、ジルケさまが呆れた顔になったあと両手を頭の後ろに回した。

 

 「ま、美味い野菜が食えるから問題ねえだろ。マンドラゴラもどきもそのうち生えるさ。害はないんだし、魔素が薄くなりゃいなくなるだけだからな」

 

 末妹さまは美味しいお野菜さんが頂けるのであれば問題ないようである。彼女の横で長姉さまも頷いているから、女神さま的に妖精さんが現れたことは気にしなくて良いようだ。

 

 「ん。でも本当にナイは面白いことを起こす」

 

 「私をトラブル製造機みたいに言わないでください。あ、でも今回は私が起こしたことか……なんでもないです」

 

 ふふとヴァルトルーデさまが小さく笑うものの、まさか新種? の妖精さんが現れるとは。畑の妖精さんがわんさか現れるかもしれないと腹を括っていたのに、別方向の現れ方をしてくれた。

 

 「末妹が言ったとおり害はない。放っておけば良い。あとは私たちが美味しく頂くだけ」

 

 ヴァルトルーデさま曰く畑の妖精さんの特殊個体なのだとか。通常の妖精さんより魔力が多いため、獲れる野菜が増えるか、味が上がっているかのどちらかだろうと。

 嬉しいような、目的以外の方たちが現れて驚くべきなのか。よく分からないけれど、今回は私が魔力をドパーしようと決めて起こしたことである。各方面への連絡と畑の妖精さんたちによろしくお願いしますと挨拶しなければならないだろう。

 

 「あ、芽が出たぞ。ホントに育つのが早いんだな」

 

 「凄いね。初めて見た」

 

 ヴァルトルーデさまとジルケさまが少し驚いた顔になりながら畑を見ている。昨日、子供たちが植えてくれた種から芽が出ており、茶色だった地面に緑が映えていた。

 確か以前、ヴァルトルーデさまが畑の妖精さんを生み出したと聞いた気がするのに、こうしてちゃんと育つ場面を見るのは初めてのようである。女神さまが見たことない光景を私たち人間が先に経験済みというのは如何なものか。そう言うこともあるかもしれないと私はヴァナルと毛玉ちゃんたち三頭の横にしゃがみ込む。

 

 「畑の妖精さんたち、これからよろしくお願いします」

 

 私が頭を下げると、妖精さんたちが持っていたジョウロを掲げる。どうやらソレが彼ら流の挨拶のようで、掲げたジョウロが元に戻って作業を再開させていた。

 予想以上に誕生が早くて驚いたし、特殊個体ということにも驚いたけれど、扱いは子爵邸にいる畑の妖精さんと同じで良いだろう。基本、放置だなと私が膝に手を置いて立ち上がろうとすると、私の側に魔力陣が現れて光を放っている。ジークとリンが臨戦態勢に入って私を庇ってくれた。侯爵邸にはダリア姉さんとアイリス姉さんと副団長さまと猫背さんが考えてくれた防御術を施しているので、外からの侵入とは考え辛い。ならば、一体誰だろう。

 

 「あ……ヘルメスさん!」

 

 私は声を上げて腰元に手を当ててみるのだが、いつもの感触がない。そういえば着替えて早く外に行かなければと随分と急いでいた。寝ていたから私室の壁にヘルメスさんを掲げていたのだが、どうやらそのまま置いてきたようだ。

 いつもであれば『私を置いていかないでください!』と声が掛かるのに、今日は無言だったのは意識が落ちていたのだろうか。錫杖なのにという気持ちが湧くものの、ヘルメスさんだし『効率化を図るため、睡眠してみました』とか言いそうである。

 

 みんなが警戒態勢を取るものの、私は気配がヘルメスさんだとなんとなく分かるので落ち着いたものだった。二柱さまとクロたちとヴァナル一家も分かっているようで、それに気づいたジークとリンが力を抜く。少しあとにソフィーアさまとセレスティアさまも息を吐いたので、なんとなく察しがついたようだ。そうして浮かび上がった魔術陣の光が消えれば、ヘルメスさんの影が見える。

 

 『ご当主さま、酷いです! こんな素敵な錫杖を置いていくなんてっ!! 魔石から水が流れ落ちてしまいますよ!?』

 

 魔術陣の上に現れたヘルメスさんが凄い勢いで抗議の声を上げた。確かに置いていった私が悪いから謝るしかないと、ヘルメスさんを両手で掲げて地面から持ち上げる。

 

 「ヘルメスさん、ごめんなさい。いつもなら声が掛かるから……」

 

 いや、本当に。ヘルメスさんを机の上に置き忘れた時は直ぐに声が掛かるし、良く喋るヘルメスさんだから出掛ける際に置いていくことはない。今日に限ってどうしたのだろう。本当に寝ていたのかと私が首を傾げるとヘルメスさんが言葉を紡ぐ。

 

 『ううっ、意識を亜空間へと飛ばし魔術をぶっ放して気持ち良いと戻ってみれば、いつも可愛らしい寝顔をベッドの上で浮かべているご当主さまがいらっしゃらないなんて!』

 

 しくしくしくと魔石を点滅させながらヘルメスさんが泣いている。しかし亜空間に意識を飛ばしていたとは一体。そして私の寝顔を観察していたようである。今夜はヘルメスさんの反対を向いて寝ようと私が心に決めていると、ジルケさまとヴァルトルーデさまが呆けながら口を開いた。

 

 「なんかすげーこと言ってんぞ、おい」

 

 「錫杖って凄い」

 

 確かに凄いことを言っているけれど、錫杖は凄いと済ませるのも如何なものか。二柱さまの声を聞いたソフィーアさまとセレスティアさまが口の端を引き攣らせながら言葉を紡ぐ。

 

 「いえ、錫杖の概念を超えているかと」

 

 「ヘルメスが標準だと思われない方が……」

 

 確かに普通の錫杖は術者が魔術を行使する際の補助が目的であり、例えば魔石に術式を施しておけば三節の魔術を一節で施せたり、魔力の威力を上乗せするための外部装置であったりする。

 ヘルメスさんはもちろんそれらをできるし、魔力制御や持ち主の魔力を用いて自身で判断して術を行使できる。そしてまた新たに分かった新事実。亜空間に意識だけを持っていき、魔術の練習を行っていたようである。

 ロゼさんが影の中からぴょーんと飛び出て『どうしてそんなことができる! 杖の癖に!!』と叫んだ。ヘルメスさんは愉快そうにロゼさんに『最高の材料で作られた私です。そのくらいできて当然でしょう!』と言い切った。自慢するところが違うのではという突っ込みは敢えて入れずにいれば、ロゼさんがスライムボディーをべちょっとさせて私の影の中へと戻って行く。

 

 「ロ、ロゼさん?」

 

 『拗ねちゃったかなあ?』

 

 私が地面にできた影を見つめていると、肩の上のクロが苦笑いになっていた。そして手元のヘルメスさんはえっへんと魔石を光らせる。

 

 『スライムごときに負けません!』

 

 いや、そう言うならスライムと競ってどうするのと言いたくなるが、突っ込めばヘルメスさんまで拗ねそうなので止めておく。一先ず裏庭の確認は終わったし、畑の妖精さんが畑から出ることはない。

 芽が出たお野菜さんたちを美味しく育ててくれますようにと願いながら、私は集まった方に朝食を摂ろうと告げる。するとそれぞれ踵を返し、屋敷の裏口を目指して歩いて行く。私は手元のヘルメスさんに視線を向けて、どうして転移で庭に出たのかと聞いてみた。ヘルメスさんは以前『置いていかれたら飛んで行く』と言っていたのに、今回転移で現れたから少し不思議に感じたためだ。

 

 『あ、それは……窓を割っても良かったのですが、ご当主さまにご迷惑が掛かると転移を選択させて頂いた次第です』

 

 「そ、そっか。ありがとう」

 

 どうやらヘルメスさんは気を使ってくれたようである。確かに部屋から庭に飛んで出るには窓を開けるか割るかという判断をしなくてはならない。ただヘルメスさんは錫杖であり、窓を開けるという行為はできなかった。割れば私に迷惑が掛かると考え、転移を選んで移動したようだ。ロゼさんと同じく私の知らないうちに魔術を覚えているなあと遠い目をしながら、私たちの一日が始まった。

 

 最初こそ、いきなり黄金色の畑の妖精さんが現れたと驚いていたが、午前の執務に昼食、お昼のおやつを順調に終える。ユーリと遊んだり、庭に出て天馬さま方とおばあとグリフォンさんたちとも戯れていれば、直ぐに夕方となり、夕飯の時間が迫ってくる。そろそろ晩御飯かなと茜色の夕陽を自室から眺めていれば、エッダさんが顔を引き攣らせながら部屋を訪れた。

 

 「ご、ご当主さま。昨日植えた野菜が収穫できたとのことです」

 

 顔をヒクヒクさせながらエッダさんが報告してくれる。私は一瞬驚くけれど、黄金色の畑の妖精さんたちだし一日で収穫できてもおかしくはないのだろう。とはいえ驚かないのもアレかと口を開く。

 

 「……芽吹いたのが朝だったのに」

 

 「す、凄いですね。黄金色の畑の妖精たちは」

 

 本当に芽吹いたのが朝だったというのに、陽が落ちる頃には収穫できるとは。植えたお野菜さんは全て畑の妖精さんの手によって収穫されて、畑の横にうず高く積まれているそうな。そして間引きされたお野菜さんたちもたくさんあるとか。

 

 「本当に……あ、間引かれたほうれん草はおばあやジャドさんたちに。天馬さま方には止めておいた方が良いのかなと。他の間引かれた品も適材適所で処分をしないとですね」

 

 私が口に出せばエッダさんが渇いた笑いを上げる。確かに凄くて驚くけれど、今回は私が決めたことだから慌てない急がないと心と頭に言い聞かせる。庭師の小父さまが、次の種を植え終わっているので明日も収穫できるかもしれないとのこと。本当に規格外だなと遠い目になりながら、晩御飯の前に裏庭の畑の様子を伺うのだった。

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