魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
アストライアー侯爵領領主邸の裏庭に黄金色の妖精が現れて少しの時間が経っている。私は侯爵邸で庭師として働く者であり、裏庭の畑の管理をご当主さまから任されている。また妖精が朝に穫れた野菜を畑の隅に置いているのかと様子を見に行けば、黄金色の妖精が私の足下に駆け寄ってきた。両手を上げて私の足下をクルクル回りながら、なにかを訴えてくる。
『タネクレ!』
『シゴトクレ!』
黄金色の畑の妖精はちょろちょろと私の足下を走って声を上げているのだが、ご当主さまから彼らに野菜の種を預けるのは禁止と命を受けている。種を渡せば味を占めてまた求めてくるそうだ。
放置しておくのが彼らにとっても一番良いそうで、水や肥料も与えない方が良いらしい。可愛らしい見た目であるが、一晩で野菜を育て上げるのは如何なものだろう。もちろん侯爵邸の庭で過ごしている天馬さま方とグリフォンの方たちは喜んでいるものの、一晩で野菜が育ち切ると知った農家の者たちはやる気を失ってしまうのではと心配になってくる。
「あ、今日も穫れているのか。本当に凄いな」
畑の隅っこには朝穫れの野菜がこんもりと積まれ冬野菜が鎮座している。虫が食んだ形跡もなく、病気に掛かってもいない綺麗な野菜たちだ。形も綺麗に揃っており、侯爵領の店に並ぶ野菜より随分と質が良い。さて、これを一先ず片付けないとと腰に手を当てていれば、足元でまた黄金色の畑の妖精がクルクル回っている。
『タネクレ!』
『シゴトクレ!』
「悪いな。君たちに種は渡せないんだ」
種を渡してみたい気持ちはあるが、ご当主さまの命を破る分けにはいかない。私が侯爵家の庭師になれるなんて全く考えていなかったのだが、採用試験で腕前を買われて採用に至った身である。
首を切られるなんてたまったものではないし、私の好みで庭を造らせて貰っているので今の環境を捨てるような馬鹿な真似はしない。広い庭を管理するために弟子たちも増えているから、いろいろと気張らないといけないのだ。申し訳ないと腰に当てていた手を頭の後ろにあてて髪を掻けば、ぷーと黄金色の畑の妖精が頬を膨らませた。
『ケチ!』
『イケズ!』
「え?」
まさか妖精からそんな言葉が漏れるなんてと私が驚いていると、エルさまとジョセさまが私の横にならぶ。蹄の音が聞こえていたので誰かきていると分かってはいたが、まさかエルさまとジョセさまだとは。
『普通の畑の妖精より賢いようですねえ』
『ナイさんの魔力のお陰なのか、育つ野菜には魔素がたくさん含まれているので有難い限りです』
エルさまとジョセさまは首を下げて黄金色の畑の妖精たちに鼻先を向けている。彼らは天馬さまの登場に驚いたのか、一目散に畑へと戻って行った。天馬さまが妖精に手を出すなんてあり得ないのに、何故身の危険を感じるのか。よく分からないと私はエルさまとジョセさまに身体を向けた。
「エルさま、ジョセさま。おはようございます」
私が頭を下げれば、エルさまとジョセさまも目を伏せて挨拶をくれる。
『おはようございます。今日もたくさん穫れたようですね』
『優先的に我々へと回してくださっておりますので、申し訳ない限りです』
本当に穏やかな方たちであり、こうして会話をできることが凄く不思議……いや、ご当主さまが肩に乗せている竜も喋れるし、スライムも喋るし、グリフォンも喋っているのだから、当然のことかもしれないが。
魔獣や幻獣の方たちと穏やかな雰囲気で会話を交わせるなんて奇跡に近いのではなかろうか。あれ、奇跡といえば女神さま方とも話すことができるし、最近の侯爵家の料理にはディオさまと呼ばれる下級の神さまがお作りした料理が出されることがある。アストライアー侯爵家は本当に貴族家の屋敷なのかと問いたくなるほど、いろいろなことが起こっているが、そもそもご当主さまが規格外な方だ。
黒髪黒目の聖女さまで、たった数年で平民から侯爵位を得た方であり、創星神さまの使者を務めた偉大な人物である。
だというのに私や屋敷の者たちと普通に喋っているし、何故か敬語で対応してくださっている。平民出身の者たちに横柄な態度を取ることもないし、厩番の者を汚いと罵ることもない。
本当に出来たお方であり、優しいお方だ。ただご当主さまが起こす事件は驚くことばかりであった。貴族の屋敷の庭に天馬が居着くなんてあり得ない上に、グリフォンと共存している。時折、妖精――畑の妖精ではない――が現れて、庭に咲いている花を愛でていることもある。亜人連合国から竜のお方が飛来して『ナイさんはいらっしゃいますか?』と問われたこともある。
国内の大物貴族が屋敷にくることもあれば、聖王国から大聖女さま方が遊びにくることもあるし、王族の方がやってくることもある。本当にアストライアー侯爵邸はなにが起こっても不思議ではないと、私はエルさまとジョセさまに口を開いた。
「めでたいことですから、気になされる必要はないのかなと。こうして毎朝、妖精の皆さまが野菜をたくさん収穫してくれておりますしね」
本当に野菜に関してはたくさん穫れている。集まった天馬さま方とグリフォンの方たちによって消費され、それでも余った場合は屋敷の者たちの口に入っている。無駄なく処理できているから問題ないし、腹に仔を宿している天馬さま方には妖精が作った野菜というのは元気で強い仔を産むために必要なのだとか。
『ありがとうございます。ジョセのお腹の仔も喜んでいるようなので』
『はい。良く腹を蹴っておりますし、元気な仔の誕生が楽しみです』
エルさまとジョセさまが嬉しそうな声を上げた。ジョセさまのお腹はパンパンに膨れている。張り裂けそうな状況なのに、こうして庭をウロウロできるのは雌の凄いところだろう。
「そろそろでしょうか?」
私がジョセさまのお腹を見つめながら呟けば、エルさまとジョセさまは尻尾を嬉しそうに横に振っていた。
『おそらく』
『そろそろでしょうねえ』
子を宿している他の天馬さま方のお腹も限界まで大きくなっている。もう少し温かくなれば、忙しくなりそうだと目を細めて畑の野菜を回収しようとエルさまと協力して荷を運ぶのだった。
◇
アストライアー侯爵邸で昼飯を食ったあたしは庭に出て芝生の上に寝転がっていると、グリフォンのおばあが顔を覗き込んできた。二月末となって外は少し春めいている。少し肌寒いものの陽の光がポカポカと身体を温めてくれて気持ちが良い。
「おーおばあ、どうした?」
あたしが声を上げると、おばあは不思議そうな顔をして首を傾げる。言葉の意味を理解しているのか、していないのか分からないが、まあ適当に意思疎通できているので問題ない。
『ピョエ~』
「なんだ。おばあも昼寝してーのか。ほらあたしの横にこいよ」
おばあのなんとも言えない鳴き声を聞いてあたしは芝生の上をポンと叩く。少し離れたところでジャドたちが心配そうにあたしらを見ているから、彼女たちもこっちにくるようにと手招きしておく。
すると嬉しそうにジャドとイルとイヴと雌グリフォンが四頭こっちに集まって団子になる。あたしはジャドの背に乗り寝転がれば、くわっと集まったみんなが欠伸をした。おばあはみんなの真似をしたのか、遅れてくわっと嘴を開けて寝る態勢に入っている。ジャドの背中に寝転がったあたしの横におばあが顎を乗せてくる。どうやらおばあはあたしに構って欲しいようだ。仕方ねえと手を伸ばしておばあの頭を撫でていれば、寝息が直ぐに聞こえてくる。
すぴすぴ寝息を立てているおばあを見たあたしにジャドが声を抑えて問うてきた。
『ジルケさま、ヴァルトルーデさまは?』
「んー? 西の姉御はいつも通り図書室に入り浸ってんな。妖精が本を持ち込んでくれるから面白いらしい」
姉御はいつも通り図書室で本を読んでいる。あたしは文字だらけの本を読むのは苦手だが姉御は苦としておらず、むしろ好んでいる。良く飽きないなと感心するが、妖精たちが毎度姉御の好きそうな本を持ち込んでくれるので楽しいらしい。持ち込んだ本をそのままにすれば、ナイが頭を抱えて悩むので姉御もあたしも妖精に『元の場所に戻せ』と伝えている。
『なるほど。ジルケさまはこうして外で過ごされることが多いですねえ』
「そうだなーこうして陽の下にいると気持ち良いからなあ。姉御も堅苦しいことばかりしてないで、偶にゃあこうして昼寝でもすりゃ良いのによー」
ジャドの疑問に答えていれば、だんだん眠気が襲ってくる。イルとイブも寝ているようだし、雌のグリフォンも目を閉じて気持ち良さそうに陽を浴びている。姉御は真面目なのかあたしのように昼寝をすることはない。
そういや、ナイも昼寝をしているところを見ていない。惰眠を貪るのは気持ち良いというのに、短い人間の一生を無駄に過ごしているのではないだろうか。でもまあ、人間には人間の考えや都合があるから好きにすりゃ良いけど。
『お誘いすれば、一緒に寝てくださるのでは?』
「えー……あたしが姉御を誘うのかよ。似合わねえからやらねーな」
ジャドの声にあたしが姉御と一緒に昼寝をしているところを夢想する。姉御が昼寝している姿なんて全く想像できねえし、寝たら寝たで落ち着かない気がする。ジャドたちは姉御と一緒に寝れたら嬉しいかもしれないが、あたしは別に一緒に寝た所でなんの感情も湧かない。むしろ変な感じがするし、あとで北と東の姉御に揶揄われそうだ。
「そういや、アイツ。料理人として短い期間で随分腕を上げたなあ」
神の島の屋敷で料理人を務めているアイツはアストライアー侯爵邸で料理を学んでいる。北と東の姉御の小食っぷりを直したいらしい。
元々、食の細い姉御たちなので今更改善なんて求めても難しいのではという気持ちはあるが、学ぶ意志は大事だし、親父殿も認めていることだ。
あたしが口を出すことではないが、短期間でめきめきを腕を上げているアイツの習得っぷりは目を見張るものがある。ナイの屋敷で出された品のように神の島の屋敷で提供できるなら、実家に戻る回数を増やしても良いかもしれない。実家の料理の味は何故か味気ないというか、いつもなにか足りないと感じていたのだ。ま、アイツはキチンと結果を出したのだから、あとは姉御二人が認めてくれれば良いだけだろう。
『ディオさまですか? 皆さまのお話を聞くと、凄く美味しいと仰っていましたねえ。私も興味がありますが、流石に人のご飯を食べるわけにはいかないです』
ジャドが続けてナイの作ったジャーキーが美味しいと目を細めている。そういや毛玉たちが凄く興奮しながら食べているし、ジャドたちも認める味である。本当に美味いのか、今度ナイにジャーキーを貰ってみようとあたしは目を閉じて惰眠を貪るのだった。
◇
黄金の畑の妖精さんの効果はとても抜群らしい。
畑で獲れるお野菜さんの量は通常の倍以上だし成長も凄く早い。時折、怪しげなお野菜さんも穫れるらしいが、省いてしまえば問題なかった。エルとジョセたち天馬さま方にも有難られているし、ジャドさんたちグリフォンの皆さまも喜んでくれている。
屋敷の方たちも余ったお野菜を持って帰って家で食べている方もいれば、屋敷で提供されて美味しいと評してくださる方もいる。黄金の畑の妖精さんは生真面目に働き続けているようなので、休まなくて良いのか心配になるものの、そこは妖精さんということで魔素がある限り疲れないとヴァルトルーデさまが教えてくれた。
私は午前の執務を終わらせて、ジークとリンと一緒に裏庭の畑の様子を見にきていた。するとお婆さまがふっと登場して私の頭の上にちょこんと乗る。久しぶりに現れたお婆さまは目の前の畑でせっせと働く黄金色の畑の妖精さんを目に入れれば、私のアホ毛を握りしめた。
『こんな妖精が存在しているなんて。貴女の欲望が反映され過ぎじゃないかしら』
「お婆さま、いきなり現れたと思いきや説教から始まるなんて」
お婆さまは私の頭の上で驚いているようである。アホ毛をにぎにぎしているお婆さまは呆れた声を再度出す。
『まあ偶には良いでしょ。屋敷に施されている結界のお陰で魔素が高いから、あたしたち妖精は過ごしやすいもの』
妖精の長と言われているお婆さまにも知らないことがあるようだが、長年生きているお陰なのか驚いている時間は短かった。直ぐに平静を取り戻して黄金色の畑の妖精さんたちを受け入れている。
お婆さまは黄金色の畑の妖精さんの見解は女神さま方の考えと一緒で、魔素が薄くなれば消えてしまう存在だとか。畑で育つお野菜さんは土から養分を取るより、空気中の魔素を取り込むことに優れているらしい。だから天馬さま方やグリフォンさんたちが喜んで食べるし、人間にもある程度魔力を上げる効果があると教えてくれた。
「それだと畑の妖精さんが黄金色になった原因は私の魔素……?」
通常の畑の妖精さんとの違いは一体なんだろうと、私は頭の上のお婆さまを見ようとするものの視界には入らなかった。
『おそらくね~今、言ったけれど貴女の欲望も反映されているはずよ。庭に天馬が増えているし、グリフォンも増えているじゃない! 一体、どうしてこうなったのかしら?』
お婆さまはこてんと身体を傾けたのか、私のアホ毛が動くのが分かった。私もどうしてこうなったと心から言いたいところであるが、食費を抑えるという点からいえば黄金色の畑の妖精さんの存在は凄く助かっている。
天馬さま方もグリフォンさんたちもお野菜さんが大量に収穫できることで遠慮なく食を進めているし、種代くらいしか掛からないためお財布にも優しかった。私の欲望が反映されているとお婆さまに言わているが、確かにある意味『欲』が畑の妖精さんを黄金化させた最大の原因かもしれない。腑に落ちないけれど。
お婆さまと話ながら天馬さま方とグリフォンさんたちのことを考えていると、彼らはお婆さまの気配を察知したのか裏庭に姿を現した。ルカとジアが駆け寄ってお婆さまと挨拶をして、森にお出掛けしていない居残り組の天馬さまとも言葉を交わしている。
グリフォンさんたちとも顔を突き合わせ、おばあもお婆さまを見てテンションを上げている。ぴょんこぴょんこと跳ねているおばあにお婆さまが『歳を取っているのに、行動が幼いわねえ』とぼやけば、クロがおばあの事情を説明してくれた。おばあはお婆さまに顔を近付けてこてんと首を思いっきり傾げる。お婆さまはおばあの姿を見て苦笑いを浮かべながら、距離が近いと手でおばあの嘴を押して離れろと無言で伝えていた。
『なるほどねえ。まあ、そういうこともあるのかしら。でもまあ、助けて貰って良かったわね。今、おばあは楽しそうだし。それにしたって本当に貴女の下には魔獣や幻獣が集まるわねえ』
手を伸ばしたままのお婆さまと意味を分かっていないおばあがまた首を傾げる。お婆さまは意味が分からないのかと『離れなさいな。顔が近すぎよ』とおばあに告げれば『ピョエ~』と凄く情けない声を出す。
『悪いことはしていないのに凄く罪悪感が湧くわね……ああ、ほら、顔が近いのよ! 離れなさいな!!』
『ピョエ』
お婆さまがプリプリしながらおばあに語り掛けるものの、首を傾げるだけで離れてくれない。私はおばあの胸元を見つめて、保護した頃より毛並みが綺麗になったなあと感動を覚えていた。
「貴女がおばあの行動を許しているから、おばあがあたしの言葉の意味を理解していないじゃない!!』
「え、私の所為ですか? というか顔が近くても問題ないですし、可愛いですよ」
私の頭の上でお婆さまが苦言を呈すものの、私的には距離が近くても問題ない。そもそもお婆さまは妖精で三十センチくらいの身長しかないため、おばあの顔面ドアップが苦手なだけではなかろうか。
おばあの顔面ドアップは迫力はあるけれど、目元の筋肉が弱くなってタレ目になっている。おやつを毛玉ちゃんたちと一緒に食べている時はゆっくりと咀嚼して食べるのが遅い。
口におやつを含んでいるおばあを見た毛玉ちゃんたちが『ちょーらい!』と言いたげにしているところに、『おいしいよ』と言いたげにおばあが顔を近付けることもある。そういうところもおばあの魅力のひとつなのだが、お婆さまには刺さらないようだ。
『……そう。貴女はそう捉えているのね。怒ったあたしが間違っていたわ』
がくんと項垂れるような気配を感じた私はお婆さまに再度声を掛ける。
「というかお婆さまは妖精だから、おばあの顔が大きく見えて圧迫感があるだけでは」
私が呆れながら伝えれば、おばあがにへりと笑って再度お婆さまに顔を近付けた。
『そうよ! だから近いってばーーー!!』
裏庭にお婆さまの悲鳴が木霊して、黄金色の畑の妖精さんがぴくりと肩を揺らす。集まった天馬さま方やグリフォンさんたちは微笑ましそうな顔をして様子を見ていた。
ジークとリンはいつものことだと静観し、毛玉ちゃんたちは暇になったのか遊ぼうと言いたげに私の周りをウロウロし始めた。肩の上に乗っているクロはお婆さまの悲鳴に目を丸くしつつも、ふうと息を吐く。
『お婆が騒ぐのは珍しいねえ』
「本当にねえ」
『ちょっと! 一頭と一人で黄昏ていないで、おばあをあたしから離してよ、もぉーー!』
私のアホ毛を握ったまま抗議の声を上げるお婆さまに苦笑いを浮かべていると、おばあと天馬さま方とグリフォンさんたちが一斉に視線を移動させた。なにごとかと私たちも視線を動かせば、そこにはジルケさまが歩いてこちらを目指している。どうしたのかと私たちは女神さまがこちらにくるのを待っていれば、立ち止まったジルケさまは口を開いた。
「ナイ。ジャーキーくれ」
ジルケさまの声に毛玉ちゃんたちとヴァナルの耳がぴくりと動く。私は一瞬、カルパスのようなものを想像するが、多分ジルケさまが望んでいるのは毛玉ちゃんたちがおやつとして食べているジャーキーのことだろう。毛玉ちゃんたちが気に入っているのでストックは十分ある。あるけれど。
「あれは毛玉ちゃんたちやジャドさんたち用で、女神さまや私たちの口に入れるなら味が薄いかと……」
人間用として作っていないから塩気が足りないはずである。それなら干し肉を食べた方が美味しい――堅いけれど――と思うのだが……いきなりどうしたのか。
「毒じゃねえからな。ジャドたちが美味いつってたから食べてみたいんだ」
「構いませんが、美味しくないかもしれませんよ?」
何故か食い下がるジルケさまに、私がジャドさんたちの方を見るとぷいっと視線を逸らした。おそらく軽い気持ちで『美味しいですよ』とジルケさまにジャーキーの感想を伝えてようである。ジャーキーと聞いた毛玉ちゃんたちとおばあが目を輝かせているし、ジルケさまが仰った通り食べられないわけではない。私は仕方ないと息を吐き、場所を変えようとサンルームを指定した。
「じゃあ、一度解散かな。ジャーキーを貰ってくるので、ジルケさまは先に行っててください」
「おう。待ってるな」
私の声にジルケさまがにししと笑う。どうやら女神さまはジャーキーを食べることを本当に楽しみにしているようである。私は裏庭から移動して調理場に寄って保管していたジャーキーを受け取り、サンルームへと足を向ける。
途中、誰とも会わなかったのはみんながトラブルの気配を察知したからだろうか。いや、まさかと苦笑いを浮かべながら廊下を移動して、私はサンルームに入る。するとジルケさまがおばあと毛玉ちゃんたちと一緒に私を待ってくれていたようだ。
「お待たせしました。不味くてもしりませんよ?」
私は持ってきた袋を掲げると、ジルケさまがぱっと顔を綻ばせる。毛玉ちゃんたちとおばあも尻尾をぶんぶん振って楽しみにしているようだ。
「そんときゃそん時だろ。毛玉たちとおばあは目え、輝かせているしなー」
ジルケさまは気軽に言うけれど、きっと美味しいものではないはずと私は袋に視線を向けて開けた口を彼女の方へと向けた。するとジルケさまの右手が伸びてきて、薄く切って乾燥させたジャーキーを一枚取った。
毛玉ちゃんたちとおばあも『ちょーだい!』と目を輝かせているので、私が袋の中に入っているジャーキーを四枚取って彼女たちの方へと差し出す。パコっと口を開けた桜ちゃんが真っ先に齧りつき、楓ちゃんと椿ちゃんは少し控えめにジャーキーを口にした。おばあは嘴を『あ』と開けて、口の中に持ってきて貰えるように待っていた。
「はい。慌てて食べないでね。喉、詰まらせるよー」
『ピョエ!』
私の声におばあが分かったと言いたげに返事をして、ジャーキーを嘴に咥えた。毛玉ちゃんたちは一瞬にして食べ終えて『おいちい』と満足気な顔になっていた。おばあは嘴でゆっくりとジャーキーを食んで味を楽しんでいる。毛玉ちゃんたちが床にペタンとお尻を付けておばあを見上げているのだが、視線を向けられているおばあは気にしていないようだ。
『凄いわね。おばあの根性は』
「多分、あんまり分かっていないのかなと」
黙って様子を見ていたお婆さまが声を上げて、私も彼女たちを見ながら肩を竦める。ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんも『頂戴』と言ってきたので、彼らにもジャーキーを分ける。そしてジルケさまは微妙な顔をしてジャーキーを齧っていた。無理して食べなくてもと言いたくなるが、言い出しっぺは彼女だし無粋なことは口にしない方が賢明か。
「味、しねえのな」
「そりゃそうです」
渋い顔でジャーキーを齧っているジルケさまに私が言葉を返せば、食べ終わった毛玉ちゃんたちがジルケさまの前に並ぶ。
『おいちいのに!』
『ちゃんとちゃべる!』
『おにょこし、らめ!!』
こんなに美味しい物を微妙な顔をして食べるなんてと言いたげな毛玉ちゃんたちに叱られたジルケさまは少し引いていた。
「お、おう」
ジルケさまはジャーキーを齧りながら目を細めて最後まで食べ切り、肩を落とす。私はお茶にしましょうと笑って、侍女の方を呼び準備をお願いするのだった。もちろん口直しも用意して貰って。