魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
昨日、大聖女フィーネと兄さんの友人二人が帰り、私たちは王都の侯爵邸からアストライアー侯爵領の領主邸に戻っていた。またいつも通りの穏やかだけれど騒がしい日々に戻るはずが、ナイがなにか考え込んでいる。
ナイは時々、深く考え込むことがあることは知っているから放っておいても自分で解決している。でも、兄さんから受けた告白の件はいろいろと後を引き摺っているようだ。昨日、大聖女フィーネのおせっかいでナイは兄さんのことについて話すことになったから、周りのことも考えて早く答えをださなきゃいけない、とでも考えているのだろう。
夕食前。ナイの自室でボケーと椅子に座っている姿を見た私は、彼女に声を掛けるために近づく。いつもであれば部屋に入った瞬間にナイは私の存在に気付くというのに、ぼーと前を向いたままだ。
ナイの側にいるクロとヴァナルとユキとヨルとハナと毛玉は私の存在に気付いたけれど、私だと分かり騒ぎ立てようとはしない。小さく溜息を吐いた私は、ソレさえ気付かないナイに苦笑いを浮かべたあと口を開いた。
「ナイ、大丈夫?」
「え、リン。なにが?」
私がナイに声を掛ければ顔を上げてこちらを見た。いたのかと言いたげな顔をしており、笑みを無理矢理作っている。兄さんのことで思い詰めているから、私に相談するのは憚れるとでも考えていたのだろうか。少し寂しい気もするけれど、ナイだから仕方ないと納得できているところもある。私はナイの正面に立って床にしゃがみ込む。机を挟んでいるから、机の上に両腕と顔を乗せてナイを見上げる形になった。
「ずっと考え込んでる」
「大丈夫だよ。それよりジークを待たせちゃってるから早く答えを出さなきゃね」
片眉を上げて笑うナイに私は伝えておくべきことを言わなきゃと言葉を紡ぐ。
「兄さんはどれだけ待たせても問題ない。ナイがちゃんと結論を出せるまで待たせれば良い」
兄さんはきっとナイが悩むことを分かっているし、他の男より兄さんが一歩前に出ていることも承知している。でなければナイは兄さんに対して顔を赤く染めたり、視線を逸らすことはない。
それが分かっているからナイの返事はいくらでも待っていられるのだ。例え歳を経てお爺ちゃんとお婆ちゃんになっていても文句は言わないはず。でもナイは私たちのことを見ているようで、大事なところは見えていないから判断を誤るのだろう。
「リン。流石にそれはできないよ。ジークにちゃんと答えなきゃ」
「じゃあ、ナイは中途半端に出した答えを兄さんに伝えるの?」
「……それは」
ナイが珍しく言い淀む。真面目な話にナイが狼狽えることは殆どない。でも多分、兄さんのことをちゃんと考えてくれている証拠でもある。ナイが私に相談してくれなかったことは少し寂しい気持ちがあるけれど、ずっとナイの妹の立ち位置にいた私だから仕方ないのだろう。
聖王国の大聖女に相談役を取られてしまったが、ナイが胸の大きさを気にしていることや、生理がきていないことを問題にしていることを知れた。私と相談していたら聞き出せなかったかもしれない。でも、ナイ。ナイが男の子に生まれていたら、大きい胸の女の子が良いんだとは言えないけれど。
私から視線を逸らしたナイは気まずそうな表情を浮かべている。クロが彼女の肩の上で心配そうに伺っていた。ネルもナイのことを気にしてくれているのか、小さく鳴き声を漏らしている。
「ナイ。周りに振り回されないで」
周りの人たちも酷いのではないかと言いたい。兄さんがナイに告白したことを喜んでくれるのは有難いけれど、ナイに期待の視線を向けているのだから。
ナイがそういうものに鈍ければ良かったのだが、周りの人の思いには割と敏感なところがある。変に鈍い時があるけれど、ナイは大体気付いているのだ。アルバトロスの王さまやボルドー男爵さまの期待も分かっているのだろう。ヤーバン王の妊娠報告もナイに圧を掛けている気がしてならない。
「振り回されてはいないけど……でも、今ジークに返事をするのはちょっと難しいね。なんだか周りの人たちのためにジークの気持ちを利用しているみたいに見えるから」
「兄さんは気にしないし、ナイがそう考えていることも分かってる」
やっぱりナイはいろいろと考えすぎだ。そうやって考え込んで動けなくなったら意味がないのに。でも、ナイらしいとも言える。貧民街で私たちの手を引っ張って生かしてくれたこと。
ナイが聖女に選ばれて、学と伝手のない私たちも仕事を得ることができた。今、私たちが手にしているモノは全部ナイがくれたもの。私たちがこのことを口にすれば、ナイは妙な顔をしながら『それは違うよ。リンが自分で頑張ったから手に入れられたものだ』と告げるだろう。確かに頑張って手に入れたものもあるけれど、切っ掛けをくれたのはナイだから。
机に置いていた右腕を伸ばしてナイの頬に触れる。細い彼女だけれど、ムニムニしてて柔らかい。いつものことだからナイは私の右手を受け入れてくれていた。
「リン?」
でも長く頬を撫でていれば、どうしたとナイの表情が変わっていく。
「兄さんは答えを急いでいないってナイに伝えたかっただけ。あと周りの視線は気にしちゃ駄目。難しいかもしれないけれど」
「ありがとう、リン」
ナイが私の右手に左手を添えた。体格に差があるためか、ナイの手は私の手より一回り小さい。ナイは随分と大きなものを背負ってしまった。潰れないだけの強さを持っているからこそだけれど……無理はしないで欲しい。
周りの期待もあるから、答えようと頑張っている節もある。偶には放り出して楽な方へ向かっても良いのに。でもまあ、そんなナイだから私たちもナイの側にいようと思えるのだろう。別に兄さんの告白を断ったとしても、なにか変わるわけじゃない。
「クレイグとサフィールもきっと分かってる。それに兄さんの気持ちを受け入れなくても良いんだよ」
「え?」
「えって。もしかして断ること、考えていなかったの?」
私はアレと首を傾げる。ナイは兄さんの告白を断るという選択を意識していなかったようだ。いつもであれば、いろいろと選び取った結果を考えて、進む方向を決めているのに。
これは兄さんには良いことかなと私は笑えば、ナイが口を曲げて何故笑っているんだと無言の抗議を上げていた。でも可愛いから怖くないし、本気で怒っているなら魔力をまき散らしてヘルメスが悲鳴を上げている。
「……そんなことない」
「そっか。ふふ」
これは本当に兄さんの告白を断ることを思考に入れてなかったようだ。私がまた笑えばナイが居心地悪そうに視線を逸らす。
「ご飯、食べに行こう」
ナイが声を上げながら私の右手を軽く取り席から立ち上がって、一人ですたすた部屋を歩いて出て行く。私も後を追いかけなければと床から立ち上がった。
ナイの妹の立ち位置はそろそろ卒業かもしれない。仕方ないけれど、あの女神にでも譲れば良いだろう。でもナイの専属護衛の役目は誰にも預けない。預けられない。そこだけは兄さんと私の特権なのだから。
◇
確かにジークの告白をどう受け入れようかと私は悩んでいて、断ることを視野に入れていなかった気がする。リンに改めて言われて気付いたけれど、私はジークのことを男性と見ていたようだ。
本当におかしな話だし、まさかリンに気付かされようとは。美味しい晩御飯を食べながら、ジークの告白を受けてから今までのことを思い返せば考えすぎだったのかもしれない。晩御飯のスープをスプーンで掬い、口に運んで嚥下する。味付けの具合も抜群で相変わらず美味しいしと目を細めれば、不思議そうに私を見ている人がいた。
「ナイの奴、機嫌が良いな」
「そうだね。なにかあったのかな?」
クレイグが呆れ顔を浮かべ、サフィールは片眉を上げながら声を上げる。ジークとリンは私たちに一瞬視線を向け問題はないと判断して食事を続けて、ヴァルトルーデさまとジルケさまはご飯の美味しさに気を取られていて、こちらを全く気にしていない。
「いつも通りだけれど」
「まあ、なんでも良い。ナイが美味そうに飯食ってるの、久しぶりに見た気がするしな」
「だね。その方が落ち着くよ」
私が声を上げると、二人は肩を竦めながら食事を再開させている。私は食事の手を止めてクレイグとサフィールの声に答えたというのに、割と酷い仕打ちではなかろうか。
「まあ、良いか」
でもまあご飯が冷めると美味しくないのは事実だし、作ってくれた方に申し訳ない。部屋の扉の影からディオさんがこちらを覗いているので、彼はなにか一品作ってくれたようである。
彼の腕前は十分に育っていると料理長さまが教えてくれたので卒業は近いかもしれない。侯爵家が持つレシピを手に入れて、嬉しそうな顔をしながら『これで北と東のお嬢さま方が口にしてくだされば!』と気合を入れていた。大丈夫かなと心配はあるものの、グイーさま向けに酒の肴になるレシピも渡しているので職を奪われることはないはずだ。
「ごちそうさまでした」
私が手を合わせると、他の面々も手を合わせて感謝を捧げている。ヴァルトルーデさまとジルケさまは黄金の妖精さんが作ったお野菜さんが食卓に並ぶようになってから、更に食欲が増している気がする。
どうやらお野菜さんに含まれている魔素量が多いので、美味しいご飯が更に美味しくなっているとか。それは良かったと安堵しつつも、エンゲル係数が高いからと裏庭に畑を作ったのに意味があるのだろうかと首を傾げたくなる。まあ、天馬さま方とグリフォンさんたちも喜んでいるから、深くは考えまいと席を立ちあがって食堂を出る。
ユーリがご飯を済ませ身を清めたことを確認して彼女が寝入るまで部屋で過ごし、自分もお風呂に入って就寝すれば、またいつもの日々が過ぎていく。その間にディオさんが神の島に戻り、北と東の女神であるナターリエさまとエーリカさまの食事量が増えたと喜びの報を聞いたり、飛来した天馬さまに第一号の仔が誕生したりと忙しいものの楽しく過ぎている。
三月中旬。アンファンとテオが侍女養成校と騎士訓練校に入学するため、アストライアー侯爵領を馬車で出発して王都を目指すことになる。二人は私たちの見送りに照れ臭そうにしていたが、遠慮なく馬車が見えなくなるまで見守る。
親がいない二人だからこそ、屋敷のみんなは彼らのことを自身の子供と同じ目線で見てくれている。私たちは親というよりは妹と弟として捉えているけれど、なににしても彼らが大人になるために一歩踏み出した。
「少し寂しくなるかな」
私は後ろを振り返りジークとリンを見上げた。ユーリはアンファンに懐いているので、少しの間機嫌が悪くなるかもしれない。乳母さんが困らなければ良いけれどと私が悩んでいれば、そっくり兄妹が口を開く。
「だな」
「だね」
ふっと笑った二人ははるか先を行く馬車を見つめていた。春は出会いと別れの季節というから、アンファンとテオに良い出会いがありますようにと願うばかりである。そうしてまた数日が過ぎた頃。
――ジーク、お出掛けしませんか?
と私が彼に問うた。ジークの返事は『分かった。どこに行くんだ?』というありきたりなもの。とはいえ、なんとなくだけれど前より嬉しそう、というか……どこかホッとしているような気もする。
告白の返事をするためというよりは、なんとなく彼との距離を縮められないかなという私の身勝手な考えである。ジークは私との距離を既に詰めているけれど、私はまだジークとの距離が少し空いていた。だから、なにか告白の返事をできるような切っ掛けが掴めますようにと願っただけ。まだ行先も決めていないけれど、今度は二人できちんと考えてどこかに出掛けようと、背の高いジークを私は見上げるのだった。
◇
夜。自室の窓際に椅子を置き、ナイに貰った天然石に星光を浴びせながら、俺はぼんやりと考え込んでいた。いつも一緒にいるアズは寝床の篭の中で寝息を立てている。
――ジーク、お出掛けしませんか?
ナイがどこかに出掛けようと俺を誘ってくれたのだが、緊張して敬語になってしまったようだ。告白を切っ掛けに俺のことを異性として認識してくれたという気持ちが湧くと同時に、彼女の心を乱していることに罪悪感と嬉しさが混ぜこぜになっている。
俺が告白をしなければ、彼女は彼女のままでいられたはずである。ただ、あまりにものんびりしていれば国から釣書を大量に送られることになるのは目に見えている。だから、俺はナイに気持ちを告げたのだ。自分以外の男に奪われてしまわないように。彼女の黒い瞳の中に映り込む男が俺だけであるようにと願いながら。
長年、彼女を思い続け川底のヘドロのように育った気持ちを必死に抑えている俺は、みっともない男なのだろう。
聖王国の大聖女フィーネとエーリヒの姿を見ていると、彼らの存在は俺にとって眩しいものである。もしナイと俺の出会いが遅ければ、彼らのような微笑ましい関係になれたのだろうか。嗚呼、でも……きっと。真っ当な関係では物足りないと感じてしまうのだろう。聖女として教会にナイが拾い上げられ、騎士として彼女と共に進むと決め死線を潜り抜けてきた俺には。
ナイはどうだろうか。
彼女もまた死線を潜り抜けてきたからか、日常を、平穏を望んでいる。体質的になにかに巻き込まれることが多々あるものの、穏やかな時間を見つけ慈しんでいる。ユーリとの時間もだし、庭の東屋やサンルームで茶を楽しむ時間もそうだろう。そして俺たち幼馴染との時間も。
おそらくナイは俺たち幼馴染との関係を大きく崩れることを恐れているだろう。クレイグとサフィールとリンと俺がナイに抱いている気持ちは変わらないというのに、ナイは彼女の下から俺たちが離れていくことを随分前から恐れているようだった。ナイが爵位を手に入れ直接俺たちを雇うことになって少し不安は晴れたようだが……俺の告白で彼女の心はまた揺れているのだろうか。
どうにもいけないな。
一人で考え込んでいると、悪い方へ物事を捉えてしまいがちだ。せっかくナイと出掛ける機会を得たのだから、楽しいものになるようになにか案を出さなければ。ナイが喜ぶことはなんだろう。
一般的な女性が男に贈って貰って嬉しいものはナイには通じない。宝石類はキラキラして目が痛くなるらしいし、花の類いは贈って貰って嬉しいけれど枯れる姿を見るのが忍びないという。ドレスを贈っても同じようなことを言うだろうし、それなら向かう先の美味い店でも見つけて入る方が絶対に喜ぶ。
「ナイらしい」
店で美味そうに食事を摂るナイの姿が手に取るように描けてしまい、俺は夜空に浮かぶ双子星を見上げる。もしナイと出会っていなければ。リンが貧民街で命を落としていれば、あの女とねんごろな関係になっていたかもしれない。
あり得なかったことは考えたくないと左右に首を振り、妙なことを思い描いてしまったと小さく息を吐く。物思いに耽るのは良いが、変なことまで考えてしまうのは良くないと俺は椅子から立ち上がりベッドを目指す。もちろん星光を浴びせていた天然石も忘れず自身の首に掛けて。
ナイはまだどこに行くか迷っているようだ。どこへ向かったとしても騒ぎになりそうではあるが、俺から提案しても良さそうだなとベッドに身体を投げ出して目を閉じるのだった。
◇
朝、いつもより早く目覚めた私はベッドの中で悶々としている。
ジークにどこかへ出掛けようと言い出したものの、落ち着いて話せる場所というのが限りなく少ない。
そもそも異性が二人で密室にという場面は避けなければならならず、出掛ける先が凄く限定されてしまうというか。こうなると言語の違う国に行って、雑踏の中で喋るのが一番無難かと思いきやグイーさまの世界は単一言語である。キツイ方言のようなものはあるが、耳を澄ませて聞き取ろうと努力すれば分かるのだ。
ジークが抱えている私に対しての気持ちを聞き出し易い場所が一番良いけれど、果たしてどこが適切か。侯爵領の領主邸でも良いけれど、それだと使用人の皆さまが聞き耳を立てていることだろう。アルバトロス国内であれば外務部の方や諜報部の方が出張っていそうである。となるとアルバトロス王国外となるのだが、他の国もアルバトロス王国と似たりよったりな行動をしそうだ。
西大陸以外の場所とも考えてみたけれど、アガレスはウーノさまがはっちゃけそうだし、共和国もいろいろと問題がある。北のミズガルズも場所を提供してくれそうではあるものの、凄く個人的な理由で訪れるのは如何なものか。南大陸もいろいろな国の伝手はあるのだが、いきなりお出掛けするから行っても良いか? なんて問い合わせは迷惑だろう。他に良さそうな場所はないかなあと、いろいろな場所を思い浮かべる。
「あ」
そういえば神さまの島を間借りするのはどうだろう。あそこであればアルバトロス王国の関係者も入りづらい。グイーさまの許可を得てからではあるが、確実に落ち着いて話ができそうな場所である。
グイーさまとナターリエさまとエーリカさまが覗き見しそうだが、神さまなので止めて欲しいと伝えておけば我慢してくれるかもしれない。ベッドから勢い良く私が身体を起こすと、籠の中で寝ていたクロが目を開けた。
『どうしたの、ナイ。いきなり起きあがるから吃驚したよ~?』
寝ぼけ眼のままクロが私に問いかける。
「起こしてごめん。ちょっとジークとお出掛けする場所の候補が思い浮かんだから」
『どこか良いところがあったの?』
こてんと首を傾げていたクロが私の声を聞いて、おやと尻尾をぺしぺし振っている。
「うん。神さまの島なら邪魔されそうにないなって」
『ナイは大胆だねえ』
確かに邪魔は入らないけれど、そこを選ぶのはナイらしいねとクロが感心していた。そこまで驚かれるほどのものではないし、グイーさまにお願いすればどうにかしてくれるはず。
なんならお酒を貢げば凄く喜んで開放してくれることだろう。侯爵邸に良いお酒があるか家宰さまに見繕って貰えるようにお願いしようと私はベッドから降りる。あ、その前にジークに行先を告げて許可を取らなきゃいけない。
勝手に決めてしまうのは私の悪い癖だろう。親しき中にも礼儀ありと言われているのだから気を付けないと。着替えの介添えでエッダさんがくる前に、忘れてしまわないようにとメモを取っておく。籠の中で完全に目を覚ましているクロに私は視線を向けて口を開いた。
「ヴァルトルーデさまかジルケさまにお願いするのもアリだけれど、グイーさまに直接お願いした方が良いかな?」
『うえ、ボクにそんな大事なこと聞かないでよ~。でも神さまの島の持ち主はグイーさまだから、グイーさまで良いのかも? 迷うなら女神さま方に聞けば良いんじゃない?』
クロの助言にそうだなと納得して、机の上でメモを取る。あとなにかお酒以外に必要なものはあるかなと思い浮かべるものの、グイーさまの喜びそうなものが見つからない。クロが籠の中から飛び立って、私の肩の上に乗った。
『ねえ、ナイ』
「ん?」
クロは私の顔を見つめながら尻尾をペシンペシンと振っている。私はどうしたのかと視線を合わせると、クロはこてんと首を傾げた。
『お出掛け先、みんなに相談した方が良いんじゃないかなあ?』
「そうなの?」
一応、ジークと出掛けるとは伝えている。出先はどこか近場で済ませるか、はたまた飛竜便で大陸を超えるかもしれないとは言っているが。果たして家宰さまとソフィーアさまとセレスティアさまは、私が神さまの島を選んだとなればどういう反応をするだろう。
『だって神さまの島に行くって言えば、みんな驚くでしょう?』
「そうかも?」
私が首を捻るとクロが『相談しておいた方が良いよ~』と呑気な声を上げた。確かに相談はしておいた方が良いだろうか。とはいえ誰にも邪魔されずにジークとゆっくり喋る場所となれば、やはり凄く限られてしまう。
クロと話し込んでいればいつもの時間がやってきて、エッダさんが部屋に顔を出した。着替えを手伝って貰いながら彼女から朝ご飯のメニューを聞き、私は今日の予定を彼女に伝える。ありがとうございますといつものようにお礼を告げて、私とクロとヴァナルとユキさんと夜さんと華さんは食堂を目指すのだった。
◇
先程、ご当主さまの着替えの介添えに向かえば、既に目を覚まされていたのかぱっちりとした瞳でご当主さまは私、エッダを迎え入れてくれた。ご当主さまは大体、というかほぼ朝の介添えの時間に目を覚まされているが、ベッドの中で私を迎え入れてくれることが多い。
だというのに今日は既にベッドから起き上がり、クロさまとお話をされていたようである。いつもと違う光景が気にはなるものの、いち侍女がご当主さまに突っ込んでも仕方のないことだ。私は私の仕事を成すだけと着替えを手伝い終えて、ご当主さまと別れたところである。廊下を歩いて、廊下の行き止まりに辿り着いた私は首を捻る。
「なんとなく重かった雰囲気がなくなったような?」
そう。なんとなくご当主さまの雰囲気が少し前より柔らかくなっていた気がする。行き止まりにある物置部屋の前ならば独り言を呟いても誰も聞いていない。屋敷に住み着いている妖精が聞き耳を立てているかもしれないが、意味をなさない言葉であれば彼らも誰彼に吹聴できまい。仮に誰かに伝えたとしても、訳が分からないままで終わってしまうだろう。
ジークフリードさんがご当主さまに告白してから、ご当主さまは思い悩まれていたようである。お似合いの二人だとほとんどの屋敷の者は認めているから悩む必要はないというのに、ご当主さまはいろいろと考えていることがあるようだった。
一部の方たちはジークフリードさんに幼女趣味があるのではと随分失礼なことを言っていたので、私たち侍女組が『長年一緒に過ごしていたのだから、そんなわけありません!!』と説教をしておいた。
また一部にはご当主さまに別の思い人がいるのではと仰る方がいたのだけれど、ご当主さまにそんな気配は一切ない。恋愛に現を抜かすような方ではないと分かっているから、侍女組はこの噂を掻き消そうと躍起になっている。
そして男っ気がないためか、ご当主さまは男性でも女性でもイケる性質なのではという噂も流れている。ジークフリードさんが立候補したからか、他にも立候補する猛者はいないのかと盛り上がっている方もいるし……本当に救えないというか。
人って噂を面白おかしく盛り立てたがる。そんな中、ご当主さまの雰囲気が軽くなったとなれば、ジークフリードさんとの一件になにか進展があったと考えるのが筋だろう。
どうかご当主さまとジークフリードさんに幸せな春が訪れますようにと、私は祈るしかないのだった。