魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
――侍女養成校。
名前の通り、侍女を育てる教育機関である。アルバトロス王国王都にある我が校は、長く続くアルバトロス王国史の初期から存在する由緒ある学び舎だ。私はここで学校長を長年務めている。
主に平民の者を受け入れているのだが、貴族家からもご息女をお預かりすることもある。平民は裕福な家庭か学のある者が入学している。貴族家からは資金に難のある家か、三女や四女の者が多く我が校の門を潜っていた。今年度も二十名弱の者を受け入れることになっており、今日は貴族家からの紹介状で入学を決めた者たちが顔見せのために集まる。
果たして何人が卒業資格を得られるのか。最短で二年という月日が必要となり、留年すれば紹介してくれた家に顔向けできなくなる。将来の給与にも関わることだから、我々教師も気合を入れて挑まねば。
学校長室で窓の外を見ながら、顔見世の時間がくるまで暇を潰している。途中、事務長が困り顔でやってくる。私の近くで立ち止った事務長は少々肝の小さい男だ。今日の顔見世に不安でも抱いているのか、眉尻を下げて私を伺うような表情になっている。事務長として仕事はきちんとこなしているのだから、もう少し態度を改められないものか。長年一緒に働き、私は彼に度々苦言を呈しているものの難しいようであった。
「学校長」
「如何なさいました?」
「アストライアー侯爵の紹介で通うことになった者はどういった子でしょうか……?」
事務長の疑問に私はふむと考える。今年度はアストライアー侯爵閣下の紹介状が学校に届いて教職員一同大騒ぎした。西大陸どころか、全ての大陸に名を響かせている侯爵閣下からの紹介状である。侯爵閣下曰く、女子の人格に問題はなく、屋敷で基礎教育を終えているとのこと。将来、アストライアー侯爵家の侍女を務めさせたいということで、我が校を選んでくださったそうだ。
そして、侯爵閣下が通わせたいという女子を受け入れるか、受け入れないかの職員会議では全員一致で賛成だった。侯爵閣下が嘘を吐く必要はないというのに、事務長はなにを恐れているのだろう。私は彼の肝の小ささに息を軽く吐いてから口を開く。
「特に問題はないかと。侯爵閣下からの書状に生徒に対する注意事項は記されておりませんでした。まあ、屋敷の外へ出る機会が少なかったようで、王都の街に出すのが少々不安であると閣下は心配なさっているそうです」
侯爵閣下はアンファンという子を大事にしているのか、街に出て歓楽街に嵌ってしまえば、殴っても良いから更正させて欲しいとまで書かれていたのだ。
もちろん、そのような事態になる可能性は低いのだが、別の領地から王都に移り歓楽街の遊び場に嵌る者は一定数いる。娯楽が少なく、刺激に強いモノに嵌ってしまうのだろう。
そうなった生徒は家に知らせて引き取って貰うか、我が校で厳しい管理の寄宿舎生活となるかのどちらかだ。飛ぶ鳥を落とす勢いの侯爵閣下が屋敷の者の一人をそこまで気に掛けるとは。少しアストライアー侯爵家で働く者たちが羨ましいと私が目を細めると、事務長が怪訝な顔でまた口を開く。
「侯爵が嘘を吐いている可能性は? アストライアー侯爵家の者です。我々が彼女に手を出せないという場合もあるでしょう?」
「心配し過ぎでしょう。それに侯爵閣下は悪いことをすれば、怒って諭してやって欲しいとも仰っておりました。そのような閣下が紹介なさった者が暴れ馬という可能性は低いでしょうに」
私の言葉に事務長が『それはそうですけれど……』と深く息を吐いた。
「事務長はなにを心配なさっているのです?」
本当になにを心配しているのだと私は彼に片眉を上げる。
「いえね、女神さまがご滞在なされているというアストライアー侯爵家でしょう? 各国にも顔が広い侯爵ですし、亜人連合国からの信も得ておられる方の家にいる者です。威を翳すのは容易なことでございましょう」
確かにアストライアー侯爵の威を翳すのは簡単なことだ。もし行動に移せば、周りの者たちは従うしかなくなるはず。しかし。
「そんなことをすれば、アストライアー侯爵の顔に泥を塗る行為です。初期教育は終えているとのことですから理解しているでしょう」
勝手に貴族家の威光を翳せばどうなるかなど事務長も知っているだろうに。アストライアー侯爵閣下の名声に目が眩み、判断を正しく行えないようだ。
「そうです。そうですがね? まだ若い者です。後先を考えず行動することもあるはずでは……」
「ふう。本当に貴方は心配性ですねえ。そろそろ時間です。講堂へ行きますよ」
私は大袈裟に息を吐いて、部屋にある大きな時計を見ると時間になっていた。事務長は『あ、そろそろ時間だと呼びにきたのでした』と声を漏らすのだが、早く告げてくれれば良いのに。
まあ、時間には間に合うから構わないかと私たちは部屋を出て、校内にある講堂を目指して歩いて行く。途中、職員とも合流して行動に辿り着き中に入れば、並べられた椅子に数名の女子が腰掛けている。
私はそのままステージ前に置かれた演台に辿り着き、春から入学する貴族家の者や貴族家からの紹介を受けた者へと視線を向ける。すると『学校長に礼!』という声が上がった。私は頭を下げずに前を向いたままである。これから彼女たちは二年間、侍女になるための勉学に励むことになろう。無事に卒業できるようにと願うばかりだ。
「皆さま、ようこそ侍女養成校へ。春から入学なさる皆さまとの顔合わせを楽しみにしておりました。二年間、確りと学んで卒業なされることを願います」
私は短く挨拶を終える。あとは若い者同士で交流を深めれば良いと、私はそそくさと講堂から撤収するのだった。不安顔のままの事務長も一緒に。
◇
侍女養成校に顔見世のため訪れている。
ミナーヴァ子爵邸からは馬車で送って貰った。凄く贅沢な気だけれど、御者の方は暇だから丁度良い仕事ができたと笑っていたから少しだけ気が楽だ。校門を抜けて係の人に講堂へ向かうようにと指示された私は、こじんまりとした建物の中で椅子に腰を下ろしている。
先程、学校長の挨拶が終わり、これから集まった子たちとお茶会を行う予定である。お茶会に参加することもあるだろうと、侍女長さまから作法を教わっている。
時々、アストライアー侯爵邸の侍女の人たちのお茶会にも誘って貰って、一緒に嗜んでいたから初めてのことではない。ないけれど、知らない人たちとお茶を飲むという行為に、私はどうすれば良いのだろう。エッダさんから『アンファンは平民だから末席に座すのが普通。もし主催者に席を指定されたらソコに。上座に腰を下ろしている人がお茶を飲むまで、手を付けちゃ駄目だよー』とも教えて貰っているので、これを守れば問題ないはず。
講堂に集まった人たちは私と歳の頃は同じだ。私以外に五人の女の子がいて、身形の凄く良い子が二人、私くらいの身形の子が三人いる。華美な衣装は纏わない方が良いと、ミナーヴァ子爵邸の侍女の方に教えて貰ったのでこれで良かったのだろう。養成校の先生に導かれて、今度は中庭にある東屋に案内され席を指定される。
お茶を淹れてくれるのは在校生のようだ。私たちと年齢が近い。案内役の先生は東屋の端でこちらを見守っている。お茶が目の前に差し出され、湯気が白く上がっていた。目の前にはお菓子が用意されているけれど、侯爵家ほどの量ではない。
「では、わたくしからご挨拶を」
上座の位置で腰掛けている子がふっと笑う。子爵家の四女で、婚約者もおらず身軽なため侍女養成校に入ったとのこと。卒業後は縁のある家の侍女になるそうだ。
もう一方は男爵位の三女の生まれで、本当は王立学院に通いたかったけれどお金がなく侍女養成校に入ってどこかに就職できればという望みを持っているとか。他の三人は平民でご両親が貴族家に勤めており、仕事を継ぐために当主の紹介で侍女養成校に入ったそうである。そうして最後に私の番となって、席から立ち上がり頭を下げる。
「ラウ男爵閣下の紹介で参りました。アンファンと申します。不慣れなことがたくさんあり、ご迷惑をお掛けすることもありますが、よろしくお願い致します」
私がアストライアー侯爵の紹介できたとなれば騒ぎになると考え、ジークフリードさんとジークリンデさんがお世話になっていたラウ男爵さまの紹介で養成校に入ったということになっている。
ラウ男爵さまも快諾してくれて、一度顔合わせをしていた。お優しい老夫婦の人たちで、平民である私に普通に接してくれている。養成校にも事情は説明済みと聞いているけれど、これってご当主さまの発案だろうか。
ご当主さまはしっかりしてそうでいて、抜けているところがあるため、私がアストライアー侯爵閣下の紹介できたと言っても気にしなさそうだ。そもそも事実だし。もしかすれば、侍女長さまか家宰さまがご当主さまに説明してくれたのかもしれない。
私が家名を名乗らなかったことで、みんなが目を細めているけれど直ぐに流してくれている。
平民の人も通う養成校だから、気にしても仕方ないのかもしれない。私が席に着けば小さく拍手が起こった。少し照れ臭いけれど、ちゃんと自己紹介をできて良かったと安堵する。
そうして子爵家の四女の人が最初に喋り始めて貴族の人が追随しつつ、私たち平民組にも声を掛けてくれていた。なんだか気を使って貰っているけれど、貴族の人と平民とは壁があるのでみだりに喋ってはいけないそうだ。
エッダさんたち侍女の人から『アストライアー侯爵家が特殊だから、養成校で普通の貴族の人たちの生活を学んできて』と真面目な顔で告げられ『貴族の人が平民の使用人に声を掛ける時は用事があるときだけ』なのだそうである。ご当主さまは私とすれ違うと、体調の心配や勉強の進み具合やご飯は食べたかとか、美味しいかとかいろいろと話しかけてくれる。どうやらそれは普通ではなく、使用人は壁際に下がって当主の人が過ぎ去るのを待つだけらしい。
ユーリの部屋に遊びにきている西の女神さまも私に普通に喋り掛けてくれるし、南の女神さまも言葉使いは乱暴だけれど気軽に語り掛けてくれる。乳母の皆さまは女神さま方に凄く恐縮していて、二柱さまは『緊張しなくて良い』と言っているけれど慣れる気配がない。
それが原因なのか、ユーリの遊び相手を務めている私にいろいろと女神さまから質問が飛んでくる。時々、西の女神さまの質問が難しくて、私が困っていると南の女神さまが助けてくれる。そんな中で、ご当主さまがユーリの下に遊びにくる。毛玉たちも参加するし、ユーリの部屋は凄く騒がしくなる。
「……」
なんだか凄く遠い昔のことのようで、懐かしくもある。騒がしくて楽しい時間を過ごすのを二年間は我慢しなければならないと私は黙り込む。
「どういたしました、アンファンさん?」
私の様子がおかしいと子爵家の四女の人が心配そうな顔をして声を掛けてくれた。人の話を上の空で聞かないのは失礼だと、私は小さく頭を振って前を向く。
「いえ、なんでもありません! 失礼しました」
お茶とお菓子美味しいですねと声を上げるものの、アストライアー侯爵邸で出される紅茶の味には程遠いのだった。
◇
アンファンとテオが無事に王都に辿り着き、顔見世の挨拶やらもろもろを済ませ入学式を控えるだけになった。そんな三月末。
私はジークとお出掛けしようと伝えたものの、どこに行っても騒ぎになるし誰が聞き耳を立てているか分からないと結局アストライアー侯爵領の東屋でジークと話す約束を取り付けた。
春までに答えを出すと意気込んでいたが、答えは良く分からないまま日が過ぎている。ただずっと私の返事を待つだけなのはジークにとって辛いことだから、私の胸の内をきちんと伝えておくべきだろう。どうなるか分からないが、待たせている間にジークの気持ちが変わることがあるかもしれない。もしその時、私の気持ちが彼へと傾いていたならば、諦めなければいけないな……なんて考えてもいるけれど。
午前の執務を終え昼食を摂り、約束の時間に東屋へと私は向かう。
既に東屋にはジークが待ってくれていた。クロとヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたちとアズはリンと一緒に私の部屋で遊んでいるとのこと。侍女の方もお茶を淹れ終えれば、いつもの待機位置より距離を取って貰う。屋敷の中だから護衛の方はいないし、落ち着いて話せる状況が整っていた。下手に出掛けるより良かったかと私は笑みを浮かべて、ジークの下へと歩いて行く。
「ジーク、ごめん。お待たせ」
私の声にジークがこちらに振り返り椅子から立ち上がる。
「いや、俺も今きたところだ。気にするな」
声を上げたジークはすたすたと長い脚を動かして、私の前で止まり手を差し出す。ジークはいつも通りに振舞うつもりはないようで、私を席までエスコートしてくれるようだ。こういうのも良いのかと彼の大きな手に私の手を重ねれば少し気恥しい。照れる相手ではないというのに、相手の所作が少し変わるだけで照れてしまうとは。まだまだ精進が足りないのかと私はジークに導かれて椅子まで辿り着く。
なんとなく背の高いジークの顔を見上げるのだが、彼はいつもどおりの澄ました顔をしている。私だけ照れているのはなんだか不公平だと言いたくなるものの、こんな気持ちを抱くのは子供だと笑われてしまいそうで何も言えずにいた。
「どうした、ナイ?」
「なんでもないよ」
ジークが私の視線に気付いて声を掛けてくれるものの、照れているのが露見するわけにはいかないと誤魔化しておく。ジークはなにも言わず椅子を引いてくれて、私はゆっくりと腰を下ろす。
そうしてジークが先程まで腰を掛けていた椅子に戻るのだが、本当にどうして私なんかに惚れたのか。身体はちんちくりんだし、性格は男性寄りで女っぽくはない。
なにかが原因で追い詰められて、誰かに助けて欲しいなんて口が裂けても言わないはず。というより周りの人たちが先に音を上げていることが多いから、私は手を差し伸べる方になっている。やはり可愛くない人間だよなと改めていると、侍女の方がお茶を淹れ終えて東屋から随分と距離を取ってくれた。
春の温かな陽射しが降り注ぐ東屋でジークと二人、さて、きちんと私の気持ちを伝えられるだろうかと彼と視線を合わせた。
「急に付き合ってもらってごめん。話しておきたいことがあるから、どこかに行きたかったんだけれど……結局、屋敷になっちゃった」
「いや、構わない。話なら出先よりも屋敷の方が落ち着いて話せるからな」
私が片眉を上げながら笑えば、ジークは小さく首を左右に振る。出掛け先が変更になったことに特に異論はないようだ。ジークはティーカップを手に取って、紅茶を一口嚥下する。まだ熱いはずなのに良く飲めるなと私は感心しつつ、どう踏み込んだ話を切り出そうかと考えるため、ティーカップに両手を添えて暖を取る。
「熱い」
ティーカップに手を添えられていたのは一瞬だった。パタパタと手を振って、熱を冷ましていると視界の端で遠くの侍女の方が私の様子にあわあわしている。ただ、呼ばれないため侍女の方はぐっとこちらにくるのを堪えている。
「そりゃ、淹れ立ては熱いさ」
ジークがなにをやっているんだと言いたげに肩を竦めながら笑っている。分かっていたものの、どう話を切り出したものかと考えていたのだから仕方ない。とはいえ、まだ話せる空気ではないと私は今の話題を続けることにした。
「なんで飲めるの?」
「慣れだな。ナイは猫舌だ。無理して飲まなくても良いだろ」
私がジークに問いかければ、真面目な顔で答えてくれる。確かに友人同士で飲むなら猫舌を理由にすれば咎められることはない。
「そうだけれど、お茶会の時とか飲まないのかって急かされることもあるだろうから、なるべく飲めるようにしたい」
私は貴族だから、これから先、親しくない方とお茶を共にすることもあるはずだ。多分、紅茶通の方には冷まして飲むのは邪道とか言われてしまいそうである。美味しく飲めれば一番良いのに制約があるのは面倒だが、慣れていかなければならないだろう。私がジークの顔を見るとまた真面目な顔で言葉を紡ぐ。
「周りと合わせるべきことと、合わせなくて良いことがある。気にし過ぎだ、ナイ」
ジークは私がお茶を熱いうちに飲めなくても問題ないと言いたいようだ。でも私の容姿がアレなので、子供っぽい仕草をすれば余計に揶揄われるというか。妙な人に絡まれるのも面倒だという理由もあるため克服しておきたい。
「子供だって言われるから……」
本当、身形のお陰で揶揄われることがある。ジルケさまが神罰を盛大に下す気持ちを私は理解できるはず。
「放っておけば良い。ムカつくなら殴れ」
ジークがふっと笑って、どこかの誰かさんのような言葉を紡いだ。私はアレっと首を傾げる。
「リンみたいな台詞になってるよ、ジーク」
まあ私が殴っても威力はないので魔術の行使となる。今はヘルメスさんがいるので手加減できるだろう……凄く不安であるが。リンはリンで私の代わりに殴ることもできるよと言ってくれている。本当にそっくり兄妹はなにを言い出すのやらと私は肩を竦めた。
「俺の妹だからな。台詞を先に取られていただけだ」
どうやらジークはリンと同じことを考えていたようである。最近はめっきり減ったけれど、チビと馬鹿にされたり、子供になにができると不満を口にされてきた。
だから私は男性にとって恋愛対象になることはないと、ある種の諦めのようなものを抱えている。まあ、ジークの告白で私の考えは外れていたことが証明されたけれど。私は丁度良いかと、背を伸ばして口を開いた。
「ジークはさ」
「ん?」
私の声にジークが右に顔を少し傾げる。
「私の背の低さとか子供っぽいところ、気にしてないの?」
「ナイはナイだ。気にならない。それに子供っぽいところはほとんどない」
私が伺うようにジークの顔を覗き込めば、真剣な瞳で答えてくれていた。リンは私が小さくて可愛いと口にすることはあるが、ジークは今まで私の背の低さに言及したことはない。多分、私が気にしているからこそ彼は口にしなかったはずである。ただ子供っぽいことは全否定してくれていない。でもまあ、身内であれば騒ぐ時は騒ぐ口だから、その辺りのことをジークは示しているはず。真面目な顔で言ってのけていたので本心なのだろう。
「俺はずっと一緒に過ごしてきて、ナイに惹かれた。クレイグは良くナイを異性として見れないと言っているが、俺はナイのことを……そう見ている。ただナイが俺の気持ちに戸惑っているのは分かっている。だから急ぐ必要はない。俺の気持ちはきっとずっと変わらないから」
ジークが珍しく長く喋って、私は驚いてなにも言えずにいれば彼は続けて声を上げる。八歳の頃、貧民街で出会い一緒に過ごして、教会騎士になる頃には自分の中に芽生えた淡い気持ちに気付いていたと。
なにが起きても落ち着いて対処する姿に、治癒院で患者さんに対する心構えとか、目上の人とも会話を交わせることとか……いろいろとジークが私の良いところを上げてくれるのだが、凄く恥ずかしい。私は単にジークより長く生きて社会での生き方を知っていただけ。私が眉間に皺を寄せていると、ジークは気付いたのかふっと笑う。
「ナイに前世の記憶があることを俺は気にしていないからな。じゃなければエーリヒと仲良くなんてできない」
ジークに私が考えていたことを見透かされていたと思うと同時、私のいろいろなことを受け入れてくれる人は限りなく少ないだろうと考えが過る。それに、私が上手く言えないことを汲み取ってくれて、こうして先を読んで語ってくれるのだ。
「ナイは俺のことを子供のようだと思っているのか?」
彼の疑問に私は首を横に振る。ジークのことを子供だと思ってはいない。そりゃ出会った頃の彼は子供だったけれど、年が経つにつれ精神的に凄く成長している。だから私は今のジークを子供と評することはない。なんだか照れ臭いと彼から視線を逸らせば、ふっとまた笑ったジークが手を伸ばしてきて私の手の上に重ねた。
「そうか、良かった。なら……」
そう言ったジークがもう一度と消え入るような声を呟く。
「好きだ。俺のことを幼馴染じゃなくて、男と意識してくれたら嬉しい」
柔らかい声色が私の耳に届く。私はジークの顔を直視できないままでいると、彼は重ねた手を放して席から立ち上がってまたあとでと告げて東屋を去って行く。私は席に腰を下ろしたままジークの声を頭の中で反芻していた。また好きだと言われてしまった。以前は困惑してばかりだったけれど、今は凄く恥ずかしい気持ちと嬉しい気持ちが湧いてくる。なんだこれ、と頭を抱えて東屋に置かれているテーブルに視線を向けた。
もしかして、もしかしなくとも。
私はジークのことを男性として意識しているのだろうか。そして付き合ってみても良いのかもしれないと考え始めているのだろうか。
◇
――ご当主さま、落ち着いてくださいませーー!!
というヘルメスさまの悲鳴が庭に響く。私はどうしたものかと東屋の方を見て、独り残されたご当主さまを目に捉えた。ジークフリードさんは今し方、私の目の前を通り過ぎたところである。
素知らぬ顔で茶淹れ係の侍女である私の前を横切っていたが、彼の耳が赤く染まっていたことを確りと見届けている。そして東屋で頭を抱えているご当主さまの姿に、どうやら二人の関係に進展があったようだとにやりとしてしまう。
ご当主さまがジークフリードさんから告白を受けたと知って暫く。いつも通りのお二人に屋敷の者たちは進展はないのかと、やきもきしていた。
それがまた今日、お二人で屋敷の東屋でお茶を飲むと聞き『お?』と侍女組は期待に胸を膨らませていた。どうやらヘルメスさまの声が聞こえた通り、ご当主さまは混乱の真っ最中のようである。
恋愛経験が乏しいようなので、侍女長さまから下衆な勘繰りはするなと言われていたものの、それはそれ。やはり恋愛話は気になるものである。ただご当主さまに呼ばれてもいないので私は東屋に近寄れず、先程までお二人が話していたところを想像するのみだ。
ただ、ジークフリードさんがご当主さまの手に触れてアピールしていたところは確りと見届けさせて頂いた。なにやら考え込んでいたご当主さまが椅子から立ち上がり、ふらふらとこちらに歩いてくる。
「片付け、よろしくお願いします」
ご当主さまが私の前で一瞬だけ立ち止まり命を残していく。そのご当主さまの顔は真っ赤に染まっており、初めてそんな顔を見たと私は驚くのだった。