魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0737:ちょっと進んでる?。

 ジョセの言葉に私は数日間振り回されてた。

 

 そしてジークの気持ちを改めて知った私であるが、どうにも恋愛というものに身体と心が慣れないようである。急に舞い込んだイケメンからの告白に耐性がないため、いろいろとやらかしている。

 やらかさないようにと気を付けていても、ジークのことを考え始めると駄目になる。いっそ簡単にお付き合いしようと言えたら良いけれど、お貴族さま同士で気持ちが冷めてしまうとどうなるかなんて……仮面夫婦一直線だ。お互いに愛人を囲っているという家もあると聞くが、冷めた仲になんてなりたくない。なりたくないけれど、愛を愛を一生抱き続けるって大分しんどい気がする。

 

 アストライアー侯爵領の領主邸の自室。私はベッドの上で大の字になって寝転がりながら天蓋を見つめていた。

 

 「どうすりゃ良いんだろ」

 

 ベッドの上で寝転がったまま声を口に出せば、お腹の上に乗って身体を丸くして寝ていたクロがむくりと首を上げた。

 

 『なにが?』

 

 クロの声に私は枕を引き寄せて頭を置き、お腹の上のクロと目線を合わせる。

 

 「一生、同じ人を愛することってできるのかなーって」

 

 ジークの気持ちを知った私だけれど、ずっと誰かを思い続けるのは大変なことだ。どこかで気持ちを整理して他の人に目を向けることだってできただろうに。そんなジークに軽い気持ちで返事はできないし、そこから先、彼を愛し……思い続けることができるのかと悩んでしまう。クロは尻尾を縦に揺らし、ぺしぺしとお腹に打ち付けている。

 

 『難しい質問だねえ』

 

 そう告げたクロは首を私のお腹にぺったりと付けて、片眉――ないけれど、目の上の筋肉が動いていた――を上げながら鼻から長く息を吐く。

 そうして何故か雪さんと夜さんと華さんがベッドの端に顎を乗せ私に視線を向けている。どうしたのかと身体を横にすると、クロがゆっくりお腹の上から滑り落ちた。コロンとベッドに転がったクロはなにも言わぬまま、私の胸元にきて撫でてとアピールしている。私は雪さんたちに視線を向けながら、クロの背に手を置いてゆっくりと撫で始めた。

 

 『ナイさんは難しく考え過ぎでは?』

 

 『駄目なら、三行半を突き付ければ良いだけです』

 

 『ええ。番同士で結ばれない方々の権利でしょうからね』

 

 ベッドの端に顎を置いたフソウの神獣さまは尻尾をゆらゆら動かしながら目を細めている。確かに駄目男であれば離婚届を提出すれば良いだけなのだが、ジークは働いているので私が掲げる結婚の条件のひとつはクリアしていた。

 あとは一般常識を持っていて、優しいこと、通り過ぎていく人たちがぎょっと驚く顔でなければ……と前世で伴侶になる方の条件を朧気に考えていた。ジークの顔は真逆の意味で、通行人がぎょっとしているけれど。まさかソコに私は気を取られているのだろうか。でもまあ、ジークのイケメンっぷりは私の容姿と釣り合わないと悩んでいるけれど。せめてあと十センチくらい背が伸びてくれれば良いのに。

 

 しかし貴族の婚姻や離婚は家と家同士の契約だから、三行半を突き付けるには難易度が高くないだろうか。もちろん相手が離婚したい場合もだ。

 

 「貴族が簡単に離縁できるか微妙だよね……って、私は安易に離婚する気とかないよ!」

 

 仮に私が婚姻したなら安易に離婚する気はない。侯爵位を賜っているからできそうにないという気持ちもある。しかし雪さんたちは何故かベッドから顎を放して、再びヴァナルの横に並んで床に寝転がる。

 

 「どうしてニヤニヤしながら、なにも話してくれなくなるの!?」

 

 私はクロの背から手を放し、起き上がって雪さんたちの方を見た。

 

 『答えを聞いたからのような?』

 

 『ええ。ほとんど答えがでているようなものではないですか』

 

 『あとはナイさん次第ということですねえ』

 

 ふふふと笑う雪さんたちだが、どういうことだろうか。私の答えなんてまだ出ていないのに、彼女たちはしたり顔をするなんて。

 

 「ヴァナル! 雪さんと夜さんと華さんがなにか言ってるよ!」

 

 私は矛先を雪さんたちからヴァナルに変えれば、ヴァナルの耳がピクリと動いて顔を起こす。尻尾をぱしぱし床に打ち付けながら、じっと私を見つめるヴァナルが口を開いた。

 

 『主は難しく考えすぎ』

 

 「そんなことないはず……!」

 

 難しく考えているつもりはなく、単にどうすべきか迷っているだけなのだ。無責任な答えはジークに失礼だろう。屋敷の皆さまが盛り上がっているけれど、私の答えはまだ出せそうにない。はあと私は息を吐いて、またベッドの上で大の字に寝転がる。付き合っても良いんじゃないかという私と、慎重に考えて答えを出せと命ずる私に、どちらが正解なのだと大声を上げたくなるのだった。

 

 ◇

 

 ナイが俺のことで凄く悩んでいた。

 

 キチンと気持ちを伝えたはずなのに、答えをまだ導き出せないらしい。俺の気持ちを伝えた以降、ナイはよく独りになりたがる。俺も妹のリンも状況を知っているから、ナイの気持ちを優先してなるべく独りにさせているのだが逆効果ではないだろうかと最近思い始めていた。

 ナイの相談相手になっているのは屋敷に住み着いている幻獣や魔獣のようだから、彼らの言葉が参考になるのか微妙なところだ。とはいえ俺の告白を切っ掛けに、俺のことで悩んでくれているのは嬉しい。嬉しいのだが、そろそろ壁に身体をぶつけたり、頭を抱え込んでいる姿を見るのは忍びなくなってきた。

 

 告白のことは屋敷の皆とアルバトロス王国や他国にも知れ渡って――アガレス帝国の皇帝陛下から俺に直接『ナイさまを不幸に陥れれば、どうなるか分かっていますわよね?』という手紙も届いている――いるから、もう少し大胆な行動に出ても良いのかもしれない。

 エーリヒに貰った情報から推測するに、ナイが元居た場所では男が女性にアピールするのは普通のことで、告白のあとに食事に誘ったり、遊びに出掛けたりして自分の気持ちを相手にアピールするそうである。

 

 俺は少し協力して貰おうとクレイグとサフィールを自室に呼んで席に腰掛けて貰っている。侍女に茶を用意して貰い部屋から退出する姿を見届けて、俺は二人に視線を向けた。

 

 「クレイグ、サフィール、呼びつけてすまん」

 

 今回、急に彼らに話を聞いて貰いたくなったため時間を見繕って貰った。

 

 「気にすんなよ。けどジークが俺たちを呼ぶのって珍しいな」

 

 「ね。一体、どうしたの?」

 

 肩を竦めたクレイグとサフィールは俺の珍しい行動に苦笑いを浮かべている。確かに急に彼らを呼びつけるなんて初めてのことかもしれない。

 貧民街では一緒に過ごしていたから離れることはなかったし、騎士に就いてからは適度な距離を保っていた。そして同じ屋敷で暮らすようになっても、仕事上、二人とは一定の距離を保っている。とはいえ一緒の屋敷で過ごしているため、顔を合わせる頻度は格段に上がった。十年以上、付き合いがある関係も珍しいのではないだろうか。だからこそ彼らには込み入った話もできるし、なんでもないことだって相談できる。

 

 「いや、どこか美味い飯が食える店をしらないか聞きたくてな」

 

 「無理難題だな。飯なら屋敷が一番美味いぞ」

 

 「だね。口が肥えた気がするよ」

 

 俺の疑問に二人が苦笑いを浮かべた。確かに侯爵家の料理は美味い。それはミナーヴァ子爵邸で過ごしてきた時もである。

 

 「確かにそうだが、出先で飯を食うのは楽しいだろう」

 

 出掛け先で、知らない店に入って飯を食べるのは楽しいとナイが言っていた。

 

 「ははーん」

 

 「ああ、そういうこと」

 

 「二人とも、ニヤニヤするな」

 

 クレイグとサフィールが肩を竦めて俺を面白そうに見ている。というよりニヤ付いた顔をしている。ふうと俺が息を吐けば、二人は真面目な顔に戻って姿勢を正した。

 

 「侯爵領か王都ってところか」

 

 確かに他の領地の情報なんて持っていないだろう。流石に他の領地まで出掛けて店に入る気はないから、王都と侯爵領の情報で十分だとクレイグの声に頷く。

 

 「だね。美味しいお店なら料理人の人たちに聞いた方が早そうかな。僕はあまり外に出ないからね」

 

 サフィールが肩を竦めながら、他に情報を持っていそうな人物を教えてくれる。料理人は美味しい品がないかと、店巡りをすることがあるそうだ。そして美味い品を見つければ屋敷で料理を再現するらしい。ナイが初めて提供する料理を楽しみにしているから、料理人たちは彼女の姿を見るのが嬉しいそうである。餌付けされていないだろうかと俺が片眉を上げればクレイグが腕を組む。

 

 「俺は家宰殿の使いの終わりに領都の飯屋に入ることがあるんだが、平民が利用する店が多いしなあ。参考になんねーだろ」

 

 クレイグが俺を真っ直ぐ見つめて声を上げた。確かに貴族であれば参考にならないが、店に向かうのは俺とナイだ。

 

 「一応、教えてくれ。ナイなら気にしないからな」

 

 「ナイが気にしなくても店の連中が腰抜かすぞ、ジーク」

 

 俺の声にクレイグが肩を竦めるものの、そっちも考慮していると再度彼と視線を合わせた。

 

 「分かっているが、念のためだ。店で買ってどこかで食べても良いからな」

 

 「あー……そういうことなら」

 

 クレイグが数件、お勧めの店を教えてくれた。どこの店も平民が手ごろな値段で食べれるようだ。クレイグも貴族籍に入っているから、もう少し良い場所でも良いのではと問うてみれば『気取ったところは苦手だ』と片眉を上げる。

 サフィールも高級店は苦手なようで、気軽に入れる店の方が落ち着くらしい。俺は腹を満たせればどこでも気にしないのだが、ナイはどう考えているのだろうか。一般の店でも高級店でも美味い品を見つければ喜んで食べていそうだ。

 

 「二人とも、教えてくれてありがとう」

 

 俺が礼を告げると、肩の上に乗っていたアズが一鳴きする。どうやら俺の行動を真似したようで、二人に感謝を告げたことが面白かったようだ。

 

 「参考になるか分かんねーけどな。ま、ナイならなんでも喜ぶだろ」

 

 「美味しければって条件が付くけれどね。次はナイをお出掛けに誘わないとね、ジーク」

 

 クレイグとサフィールは笑みを浮かべつつ、アズの行動に目を見張っていた。見られて恥ずかしかったのか、アズがまた一鳴きするも少し声のトーンが小さくなっている。席を立ちあがった二人は俺にまたあとでと告げ部屋から出て行った。俺は俺で、ナイに出掛けの誘いをいつ声を掛けようかと椅子に腰かけたまま考え込むのだった。

 

 ◇

 

 空の真上に浮かんだ陽の光を浴びながら、私はジークの背を眺めつつアストライアー侯爵領領都近くにある小高い丘の天辺を目指して歩いている。彼の手には大きなバスケットが握られており、なにが入っているのか少し楽しみである。今日はジークと出掛けてみようと予定を合わせていたのだが、行先はジークに任せて欲しいと言われていた。護衛の方は最小限に留めているから、警備部部長を随分と説得したのだろう。

 おばあと毛玉ちゃんたちが一緒に付いてきたそうにしていたけれど、ジャドさんとヴァナルと雪さんと夜さんと華さんに止められていた。クロたちも屋敷に残っているので、前回のお出掛けの再現のようだ。丘の天辺に辿り着き歩みを止めればジークが振り返り私を見下ろす。

 

 「この辺りで良いか」

 

 彼の声と共に一陣の風が吹き抜けて、彼が纏うシャツを帆のように張らせていた。直ぐに風は止み、膨らんでいたシャツも元に戻る。

 

 「だね。風が気持ち良い」

 

 私は目を細めて侯爵領領都の方を見た。私が侯爵領を賜ってから少しは活気づいてきたはずである。街の方たちの表情は明るいし、陽が沈む頃相には各家庭から調理の煙が上がっていた。

 領地内の他の場所も同じだろう。人の営みが私の肩に掛かっている。とはいえ難しく考える必要はなく、優秀な方の支えがあれば素人でもお貴族さま生活を送れることが分かった。

 

 時折、とんでもないことを言い出して家宰さまとソフィーアさまとセレスティアさまを困らせているけれど。元の世界の常識が今の世界で通用しないこともあるから、仕方ないと言えば仕方ないのだろう。私の発案が間違っていれば止めてくれるので有難い限りである。領都に視線を奪われていると、ジークはバスケットの中からいろいろと道具を取り出していた。考え込んでいる場合ではないと、私はジークへ近寄る。

 

 「ジーク、手伝うよ」

 

 ジークは私と視線を合わせて少し考える様子を見せた。私になにを任せようかと考えているらしい。力仕事は苦手なので、なにかできることがあれば良いのだけれど。

 

 「なら、バスケットの側にある、厚手の布を取ってくれるか?」

 

 ジークは大きなバスケットを指差して、中から取り出してくれと乞う。私は分かったと彼に伝えて、大きなバスケットの下にしゃがみ込んだ。側には大きな厚手の布が鎮座しており、これを敷物とするようである。

 ピクニックだなと私は目を細め大きな布を抱えた。地面から生えた草を均していたジークの下へと再度寄って、布を敷けば十分な広さを確保できている。きっとバスケットの中には料理長さんたちが作ってくれた美味しい数々の料理があるだろうと、私は期待に胸を膨らませた。

 

 「バスケット、持ってきて良い?」

 

 「結構重いぞ」

 

 私はジークを見上げながら問えば、片眉を上げながら苦笑いを浮かべていた。持ってみなければ分からないと私はバスケットに近寄れば、一緒にジークも付いてくる。

 バスケットの持ち手を持ち上げれば結構な重さに、ジークの忠告通りだったと苦笑を浮かべた。するとジークが私の背後に立って右手を伸ばして、バスケットの持ち手を持ってくれる。重さをほとんどジークが掻っ攫ったと私は後ろに立つ彼を見上げた。

 

 「持とう」

 

 「ん。ありがとう」

 

 私が返事をすれば、ジークが左手を差し出してくる。どうやら布を敷いた場所までエスコートをしてくれるようだ。凄く短い距離だから必要ないけれど、彼の気持ちを無下にはできないと私は手を重ねる。彼の大きな手に私の手を重ねたその時、ふいに剣ダコに触れた。リンの手にもあるけれど、ジークの手にできたタコの方がなんとなく厚いと指先を軽く動かす。

 

 「っ!」

 

 「あ、ごめん」

 

 ジークがぴくりと身体を揺らして顔を赤くしていた。手を撫でただけなのに、そう反応されても困ってしまう。とはいえ物事の感度や感覚は人によって変わるものだと私は直ぐ謝った。謝罪を受けた彼ははっとして目を細めながら言葉を紡ぐ。

 

 「いや、なんでもない。前の時みたいにベントウを作ってみたんだ。ナイが気に入ってくれるか分からないが少し上達したはず」

 

 「あれ、ジークが作ってくれたの?」

 

 ジークの声に私は目を見開いた。てっきり料理長さんたちが昼食を用意してくれたのかと思いきや、ジークの手作り弁当のようである。

 

 「ああ。料理長たちの方が良かったか?」

 

 「ううん。大変だったでしょ。ありがとう、嬉しい」

 

 肩を竦めたジークを私は真っ直ぐ見つめて声を返した。前に彼が作ってくれたお弁当は不格好ながらも味はちゃんと美味しかった。多分、そこまでに失敗の山を築いていたはずである。ジークも領地持ちの爵位を賜っているから忙しいはずなのに、時間を作って練習していようとは。今回も練習したのかなと私が首を傾げていれば、ジークが歩を進め始める。

 

 「エーリヒや料理長のように上手く作れないけどな」

 

 「私も作れないよ。どうして腕の差があんなに出るんだろうね」

 

 ジークが私を見下ろしながら歩いていると敷物の前に直ぐに辿り着く。本当に同じ品を同じ手順で作っているというのに、味に差が出ているのはなにが原因なのだろう。経験の差と言われればそれまでなのだが、確実に美味さの度合いに差が生まれている。

 

 「不思議だよな」

 

 「同じことしているのに」

 

 二人で視線を合わせて肩を竦めれば、なんとなく面白くて顔が緩んでしまう。本当に不思議だと靴を抜いで敷物の上に二人して上がり、バスケットを真ん中に置いて正面にジークが胡坐をかいて座り込んだ。

 私は正座をしながら足を崩させて貰う。フソウではないし私的な場だから特に問題はないだろう。ジークがバスケットの篭の蓋を開いて中身を取り出してくれる。手伝おうかと私は声を掛けたものの、ジークは自分でやりたいようだ。それならお任せしようと私は出していた手を引っ込めるのだが、なんだか男女の立場が逆転している気もする。

 

 「ジーク」

 

 「どうした、深刻な顔をして」

 

 「次、二人で一緒にお出掛けするときは私がご飯作る」

 

 私を見つめるジークが片眉を上げながら笑う。どこが面白かったのか分からないけれど、ジークに三度目のご飯の用意をお願いするのは避けたい。私も女なので女性らしいことをしなければ。一応、場数は踏んでいるつもりなのでジークよりは上手く調理はできるはず。味についてはそれなりのものが提供できるはずだと、私が目を細めていればジークがまた笑った。

 

 「分かった。頼む」

 

 ふふと笑うジークは次を願ってくれるだろうか。なんとなく告げた言葉だったけれど、またお出掛けできるのは有難い。屋敷内で生活が完結できているので、お出掛けする機会がめっきり減っていること。

 急ぎの場合は転移で移動するため、他の領地に寄る機会が他のお貴族さまより馬車移動が少ない。凄く恵まれているけれど、各領地のご当地ご飯を食べるのは楽しい。しかし私がお弁当を用意する場合、なにを作れば良いものか。

 

 「気合入れて作るよ」

 

 とりあえず、から揚げとか定番の品を作れると良いけれど……料理長さまは私に油を使わせてくれるかどうか。駄目と言われれば強権を発動させようとか考えていれば、ジークが怪訝な顔になっている。

 

 「……食べ切れる量で頼む」

 

 「そういう意味じゃないよ!」

 

 もしかしてジークは私が大量のお弁当を用意して食べ切れと強制すると考えているのだろうか。食べ切れなければ持って帰れば良いだけであると私は即反論しておく。微妙な顔のままのジークは私の声にほっとしたような顔になっていた。

 でもまあ質より量だと私は今まで口にしていたのでジークの勘違いは仕方ない。次に私がお弁当を作る際は質を重要視しようと誓っていれば、ジークが風呂敷に包んだお弁当を取り出してくれる。

 

 「エーリヒさまかな?」

 

 「ベントウのフロシキのことなら、エーリヒだな。元の世界だとこうしていたから、風情が出るかもと教えて貰った」

 

 やはり風呂敷の提案はエーリヒさまのようである。几帳面なエーリヒさまらしいと片眉を上げ、湧いて出てきた『懐かしい』という気持ちを押し込める。

 

 「そっか」

 

 流石に望郷の気持ちをジークに悟られるのは避けたい。前世に強い思い入れはないけれど、偶に懐かしさに気持ちを駆られることもある。ジークは風呂敷の結び目を解き、お弁当の蓋を開けてくれた。そしてバスケットの中から大きなおにぎりも取り出してくれる。笹の葉に包まれたおにぎりは異様に大きいサイズである。それが四つ並んでいて、きちんと海苔も巻いてある。本当に北大陸にフソウ国が存在していて良かったと私は目を細めた。

 

 「ジークのおにぎりだ」

 

 へへへと私が笑えばジークが申しわけなさそうな顔になる。

 

 「大きくないかと料理長に言われたんだが、どうしてもこの大きさになる……残しても構わないから無理するなよ」

 

 さっきは大量のお弁当を作ることを危惧していたのに、私が食べ切れない量かもしれないとジークが慮ってくれた。特に問題ないし、ゆっくり食べれば用意してくれた品は完食できる。

 

 「無理なんてしないよ。ジークのおにぎり大きくて好きだし」

 

 「……! そうか」

 

 私の声にジークが目を見開いたあと、ゆっくりと閉じながら柔らかい声色で返事をくれた。そうしておかずが入ったお弁当箱を見れば、卵焼きにウインナー、肉巻きチーズが大量に入っている。

 結構大きいお弁当箱に詰め込んでくれているのだが、二人で十分に食べ切れる量だ。そもそもジークは身長が高いためか他の人より多くカロリーを必要としている。私もゆっくりと量を食べる口だから、残すという心配はしていない。ジークが用意していたお箸を渡してくれ、彼もお箸でお弁当を食べるようだ。私は一度、お箸を手放してから、崩している足を正座にしてから手を合わせる。

 

 「いただきます!」

 

 「いただきます」

 

 声を上げたあと正座を崩せば、ジークが取り分け用の小皿をくれる。お箸を丁寧に持ち上げながら、最初にどれを頂こうか迷う。卵焼きもウインナーも肉巻きチーズも最初の一口として甲乙つけ難い。

 でもやはり卵焼きかなあとお箸を伸ばして、黄色い卵焼きを手に取った。前回は少し焦げていたし形が歪だったけれど、今日の卵焼きは綺麗な色だし巻き方も美しい。ジークは頑張ったなと有難く一口頂けば、冷めても美味しいようにと味付けされた卵焼きの甘さに目を細める。

 

 「美味しい」

 

 「良かった。どんどん食べてくれ」

 

 私が卵焼きを嚥下する姿を見たジークは安心したように声を上げる。ジークは肉巻きチーズに手を伸ばしており、男の人は味の濃い食べ物の方が好みなのかとなんとなく考える。

 そうして大きなおにぎりに手を伸ばして食べ進めていると、丁度具のところに辿り着いた。おにぎりの具はおかかだから、トリグエルさんから『妾のカツオブシを食べたな!』と文句を言われそうだった。美味しい美味しいと食べ進めていれば、ふと私はなにかが足りないことに気付く。片眉を上げながら大きいおにぎりにまたかぶり付いてなにが足りないと考える。

 

 「お味噌汁が欲しいね」

 

 やはりこのラインナップとなればお味噌汁が欲しくなる。とはいえ保温できる水筒がない時代に持ち歩くのは難しい代物だ。とはいえお金で解決できないこともない。ジークは私の声にああと声を上げる。

 

 「フソウで良く出たスープのことか。俺には難易度が高いな」

 

 確かに料理に慣れていない人には少々難しいだろうか。出汁から取らないと駄目だし、味噌を入れるタイミングも作る人によってそれぞれである。しかし次は私がお弁当を用意するなら問題ないはず。

 

 「じゃあ、私が次作って持ってこよう」

 

 「楽しみにしている」

 

 私が笑うとジークも笑ってくれた。また優しい風が一陣吹いて時間が流れていく。食べ終えて、ごみは残さないようにと周囲を見渡し、馬車が待ってくれている場所まで二人で歩いて行く。

 なんとなくジークの背を見つめるだけなのは勿体ない気がして彼の腕の裾を掴んだ。ちらりと私の方を見たジークは顔を真っ赤にしている私を見て満足そうに笑い、なにも言わないまま下へと下りていく。馬車に乗り込んで屋敷に戻ろうと御者の方にお願いすれば、ジークとのお出掛けはなにも起こらないまま無事に終えるのだった。

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