魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
ジークがアストライアー侯爵領の小高い丘を出先に選んだのは、途中でうやむやになってしまった前回のリベンジということらしい。ジークの話によればその時に本当は私に告白をする予定だったとのこと。
帰りの馬車の中で話していた時にふいに告げられたのだが、まさか告白するタイミングを計っていたとは。本当に人生はなにが起こるか分からないと、先のジークとのお出掛けを反芻していれば、季節は四月となった。
アンファンとテオは無事に侍女養成校と騎士訓練校に入り新たな生活が始まっている。特に問題なく過ごしているようであるが、アストライアー侯爵家の関係者だと周りの人たちは理解しているらしい。一応、バレると騒ぎになりそうだからとラウ男爵さまとジークのガル男爵の家名を借りたのに。本当に世間は狭いなと、二人から届いた手紙を読んで私は溜息を吐く。
晩御飯後。自室の机の上にアンファンとテオから届いた手紙を置いて前を向く。私の足下では相変わらずヴァナルたちがいて、肩の上にはクロがいる。みんな起きているから聞こえる音量の声でも良いかと私は口を開いた。
「手紙、返したいけれど……侍女長さまと警備部長宛てなんだよねえ」
アンファンとテオが私宛の手紙を出せば、これも騒ぎになるからと宛先は侍女長さまと警備部長の名前を記している。机の上にある手紙の表面には二人が書いた文字が見えているのだが、書き慣れていない雰囲気があった。
二年後、屋敷に戻れば報告書や業務日誌を提出するようになる。そこからまた時間が経てば、彼らの癖が付いた文字が見られるだろう。なににせよ戻ってくる二年後が楽しみだ。二人とも成長期だからきっと大きく育っている……あ、長期休暇中に会うから、流石に二年後はないか。なんとなく二年後の彼らの姿を妄想していれば、勝手に口から笑いが込み上げてくる。クロが不思議そうにこてんと首を傾げて言葉を紡いだ。
『じゃあ、侍女長と警備部長に任せるしかないねえ。テオとアンファンは大丈夫そう?』
「うん。入学説明会と入学式が無事に終わって、もう授業が始まっているって」
クロもアンファンとテオのことが気になるようである。侯爵家で働く人たちの支援のためと銘打ち彼らを教育機関に送り込んでいるから、卒業資格が貰えないというのは少々困るというか。
その辺りのことをクロは把握しているため心配になったようである。私たちの話を聞いていたヴァナルがぴこんと耳を揺らし、雪さんと夜さんと華さんが『順調のようで』『良いことです』『とはいえ彼らの前に壁がそそり立つ日がくるやもしれませんね』と言い、毛玉ちゃんたちは呑気にワンプロし始めた。ロゼさんはヴァナルのお腹の所でじっとしているため、瞑想しているようだ。ヘルメスさんの『意識を飛ばして別空間で魔術を放していた』という言葉に感化されて、ロゼさんも別空間にいけるようにと試みているとのこと。
副団長さまと猫背さんに協力を仰いでいるようだが、超難しいことらしく成功にはまだ少し時間が掛かるとのこと。急がなくても良いから、ロゼさんの身の安全を優先させてねと告げれば『分かった!』と返事をくれているものの……大丈夫なのか少々怪しい。別空間でハッスルしそうだし、なんだかヘルメスさんの空間に干渉しそうだ。亜空間大戦とか引き起さないでよと言いたくなるが、突っ込むのは無粋かと我慢している。
アンファンとテオは既に授業を受けており、今のところ周りの人たちとの差はなく勉強にもきちんと理解しているそうだ。侯爵邸で働く大人の中で学んだ彼らだから、早々挫折することはないはず。クロと視線を合わせると、ぐりぐりと顔を擦り付けてご機嫌な様子である。
『そっか。頑張っているんだねえ』
「ちゃんと卒業資格貰えると良いけれど」
卒業資格を貰えるかどうかは二人次第だろう。手を抜かずに二年間頑張って欲しいとアルバトロス王都の方に顔を向ければ、部屋の扉をノックする方がいた。誰だろうと口を開けば『入って良い?』とリンの声が扉越しに聞こえる。
「ナイ。天馬の一頭が産気づいたって」
リンは表情を変えることなく、澄ました顔で教えてくれる。厩番の方が教えてくれたようで、丁度現場にいたリンが私に知らせる役を担ってくれたようだ。今、産気づいた天馬さまの仔が産まれれば、残りはジョセの仔が産まれるのを待つばかりである。
「分かった。じゃあ厩に行くね」
「私も行く。兄さんも直ぐくるって」
私が席から立ち上がれば、クロが『また仔が誕生するのかあ。めでたいね~』と私の肩の上で呟き、ヴァナルは床から立ち上がってぶるぶると身震いをし、雪さんたちはゆっくりと起き上がる。
毛玉ちゃんたちはワンプロを続けていたのだが、雪さんたちの声で庭に出るようにと指示を受け、ヴァナルはロゼさんをポンと蹴って尻尾で打ち返し背中の上に乗せている。そんな光景を見ながら、私がリンの下まで行けば彼女の片腕が何故か肩に回る。
「急いで欲しいって」
「超安産なのかな。行こう、リン」
リンの声に私は歩みを進めようとするのだが、腕を回してきた彼女が動かない。どうしたと私がリンを見上げると、何故か肩に回した反対の腕が私の足へと動いて行く。
「うん。ナイ」
「ん?」
リンが私をお姫さま抱っこするのだが、一体どうしたと顔を至近距離で合わせれば彼女は歩みを始める。凄い勢いで廊下の景色が流れていくので、本当に急いでいるらしい。
「もう出てるらしい」
「ごめん、お願い」
リンの声に私は落ちないようにと彼女の首に腕を回す。クロは事態を察知して自分の翼で移動するようだ。ヴァナルたちも急ごうという雰囲気を醸し出しながら廊下を疾駆する。途中の丁字路になっているところで、ジークとセレスティアさまの姿が見え、遅れてソフィーアさまの姿も見えた。リンと私を見たセレスティアさまが窓の側に立ち止まったまま声を上げる。
「ジークリンデさん、ナイを抱えたまま外の階下へ飛べますか?」
随分と通る声だから魔力を流しているのかもしれない。セレスティアさまは無意識なのだろうが、屋敷全体に響き渡りそうな音量だった。
「余裕」
声を掛けられたリンは澄ました顔のまま口の端を伸ばし、愚問だと言いたげであった。リンの返答を聞いたセレスティアさまは近くの窓を素早く開く。
「では、こちらの窓から出ましょう! 厩へは一番近道ですわ!!」
「ん」
走る勢いはそのままにリンが開いた窓を目指す。一瞬にして距離を詰めたリンは、窓の桟に足を掛けた瞬間、外の暗い景色が私の視界に広がって重力に従い落ちていく。
「お、おい!?」
「どわ!?」
ソフィーアさまの驚く声と重力に捕まった私はお腹から変な声が出る。数瞬後、リンが地面にとんと足を着いて階下……というか庭に辿り着いていた。地面に降りた衝撃を吸収するために、丸めていた背をリンが伸ばしているとセレスティアさまとジークとヴァナルと雪さんたちがひょいと窓から飛んできた。残ったソフィーアさまは目を丸めて二階の廊下で立ち尽くしていれば、セレスティアさまが彼女がいる窓を見上げる。
「ソフィーアさんは通常のルートでおいでなさいまし!」
「ああ、もう!」
セレスティアさまの声が響き、ソフィーアさまのなんとも言えない声も響けば、二階の窓から彼女の姿が消えた。
「急ぎますわよ!」
某辺境伯ご令嬢さまの声に私たちはうんと頷いて厩を目指す。鍛えている人たちの足の速さは凄いなと感心していれば、直ぐに厩に辿り着く。周りにはエルとジョセとルカとジアと雄の天馬さま方と雌の天馬さま方にジャドさんたちが厩の方を心配そうに見ている。
私たちの姿を認めた天馬さま方が『おお』と声を上げたそうな顔をして、ルカが嘶きを上げればジアが煩いとヒップアタックを兄にかました。相変わらず仲が良い兄妹だなと目を細めて、私はリンの肩をタップする。
リンは私の合図に気付いて地面に降ろしてくれたと同時に、下働きの方がお湯や大量の布を用意して厩にきてくれた。なんだか手慣れてきているような気がするものの、様子はどうなっているかと私はエルとジョセの方に歩いて行く。するとジークとリンとセレスティアさまも一緒に私の後ろを歩いていた。
「エル、ジョセ、産気づいた天馬さまは大丈夫なの?」
『聖女さま。ジョセによれば、頭がもう出ていると』
『はい。聖女さまに仔を取り上げて欲しいとのことですので、中に入って見届けて頂けると嬉しいです』
私の疑問にエルとジョセが答えてくれる。産み落とす間近のようだから急いだ方が良さそうだ。私は下働きの方にお湯と布を中に運び込むようにお願いして、もう一度エルとジョセの方に顔を向ける。
「分かった。ジョセももう直ぐだろうから、無茶は駄目だよ。じゃあ行ってくるね!」
私はジョセの顔を撫で、リンと共に厩の中へと向かう。丁度、入れ違いでソフィーアさまが息を切らしながらやってきて、その後ろにはヴァルトルーデさまとジルケさまがいらっしゃった。
二柱さまの姿に気付いた私は小さく頭を下げる。するとヴァルトルーデさまは一つ頷き、ジルケさまはひらひらと片手を振って見送ってくれた。そうして厩の一番奥にいる天馬さまの下へと辿り着き、私は房の中へと急いで入る。リンは馬房の外で道具の引き渡しを担う役だ。立ったままの雌の天馬さまが私に気付いて顔を寄せてくるので、手を伸ばして撫でながらお尻の方を確認する。すると、だらりと仔が出ている姿が見えた。
「もう半分出てる! もう少しだから、頑張ってね!!」
私は出産の痛みで涙している天馬さまに声を掛けて後ろに回った。普通だと後ろ脚で蹴られることに凄く気を払わなければならないが、天馬さま相手だと心配いらない。
だらんと垂れている仔はまだ羊膜が纏わりついているので、私は小さな顔に手を伸ばして鼻の部分を重点的に綺麗にする。手に羊水が付くけれど、気にしていたらなにもできない。鼻周りに纏わりついている羊膜を剥がせば、仔が小さく息を始めていた。一先ず良かったと安堵して様子を見守るものの、後ろ脚が産道でつっかえているのか半身から先が出てきていないようである。私はたらんと垂れたままでは辛かろうと仔馬を両手で支えながら、馬房の外にいるリンに声を掛ける。
「リン! 厩の人に声掛けて、縄、借りて!」
「ん」
リンの短い声のあとだっと走り出す音が聞こえる。縄を取りに行く時間が長く感じるだろうとソワソワしていると、リンの気配が戻ってくる。
「ナイ、貰ってきた」
「早い! 中にきて!」
私が指示を出せばリンが躊躇うことなく房の中へと入ってきた。リンは天馬さまに『お邪魔するね』と一声かけて私の下にやってくる。私は仔を抱えたまま、縄を持つリンを見上げた。
「ごめん、前脚の後ろ側に縄を通して」
私が声を掛けると、リンは無言で指示に従ってくれる。そうしてリンが縄を仔天馬さまに掛けて結び目を作った。縄の先を持ったリンはどうするのかと黙ったまま視線だけで私に問う。
「逆子じゃないし、私たちだけで引っ張れば直ぐ出てくるはず。足りなければ加勢を頼もう。リン、引っ張って!」
「ん!」
それと同時に縄を握るリンの腕に力が入る。すると縄という外部の力が加わった仔が産道からするすると出てきた。あとは重力に任せてぽとりと藁を敷き詰めた地面に落ちて、びしゃりと羊水の音が鳴る。
良かったと安堵していると、雌の天馬さまが直ぐに仔の身体を舐め始め羊水を剥がしていく。産まれたばかりの仔天馬さまは既に母馬の乳を飲もうと、立ち上がろうと懸命に脚を動かしている。私は下働きの方から糸を貰って、仔天馬さまの臍の緒に処理を施す。そのあと、ぬるま湯に浸けて絞った布を受け取り、リンにも一枚渡した。
「手伝おうか、それとも自分でやる?」
私の声に母天馬さまは顔を私の横に回して仔天馬さまの方へと誘う。どうやらお手伝いは構わないようだとリンを見上げて、母天馬さまとリンと私は濡れた仔天馬さまの身体を拭き上げる。羊膜の処理を終え、あとは母天馬さまの処理と初乳の確認だけだと長い息を吐くのだった。
◇
――仔天馬さまを取り上げた翌日、朝。
天馬さまの出産はすぽんと出てきてくれたため、今回は寝不足に陥らずに済んでいる。長い時は産気づいてから二十四時間が経過しても産まれないこともあるので本当に超安産だ。
仔になにかあれば嘶くようにと伝えていたけれど、夜の間もなにもなく無事に過ごしていたようで起こされることなく朝を迎えている。いつもの時間になれば自然と目が覚めて身体をベッドから起こす。暫くボケーとしていると、ベッドの近くに置いている篭の中身がもぞもぞ動いた。
『おはよう~ナイ~』
クロが篭の中から首を出して私を見ながら挨拶をくれる。私もクロに視線を合わせれば、のっそりと篭からクロが出てきて翼を広げた。
「クロ、おはよう」
私が挨拶を言い終えると、肩の上にクロが乗る。いつもであれば私が着替える時まで篭の中で過ごすのに今日はどうしたのだろうか。
『ナイ。ごはん食べたら、産まれた仔の様子を見に行かない?』
「そうだね。仕事の前だけれど、少し遅れるって伝えれば問題ないと思うから行ってみようか」
クロがこてんと首を傾げながら問うてきた。確かに仔天馬さまと母天馬さまの様子は気になるから、朝の内に確認しておく方が良いだろう。執務を終えて昼食を済ませたあとは、ユーリに仔天馬さまの可愛さを教えてあげたい。
怖がるか、仲良くできるか分からないけれど、こうして生き物に触れ合えるのは幼い子にとって良い環境だろう。最近のユーリはヴァナルがお気に入りらしく、部屋に赴いたヴァナルのお腹に抱きついたり、のそのそと身体の上に昇りうつ伏せで寝転がっている。どこかの誰かさんに似ている気もするが、真似しているわけではないはずだ。名誉のために名前は伏せておくけれど、ユーリは誰かさんが庭で過ごしている姿を見る機会はないのだし。
そうこうしていれば、ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたちも起きて『おはよう』と声を上げる。私も彼らに挨拶を返せば、エッダさんがいつもの時間通りに着替えの介添えをすべく部屋に顔を出す。
着替えを終える頃にリンも顔を出し、朝ご飯に行こうと誘ってくれた。もちろん私は異議無く返事をして、リンとエッダさんと一緒に廊下へ出れば、クロたちも加わって一緒に食堂を目指す。途中の丁字路で誰かきたとおもいきや、ジークであった。彼も私たちに気付いて歩みを止める。
「おはよう、ナイ、リン、みんな」
きっちりと服を着こなし、短く切りそろえている赤髪に乱れているとことはない。眠そうな気配なんて全くないし、ジークは普段通りである。普段通りなのだが、前より眩しく見えるのは気のせいだろうか。一先ず、挨拶をしなければと私はジークを見上げた。
「ジーク、おはよう」
「おはよう、兄さん」
『おはよ~』
私のあとにリンとクロが続いて、ヴァナルと雪さんたちと毛玉ちゃんたちもそれぞれ声を上げる。毛玉ちゃんたちは相変わらず元気一杯で、出会ったことが嬉しいのかジークの周りを何度か回って元の位置に戻った。
彼の肩に乗っているアズも一鳴きして挨拶をくれるので、私たちもアズに声を返せば満足したような顔になっている。アズも大分屋敷に慣れたようだと安心して、食堂に行こうとまた歩を進める。
そうして食堂に入れば、既にクレイグとサフィールが席に座しており私たちを待ってくれていた。ヴァルトルーデさまとジルケさまはまだこられておらず、空席のままであった。二柱さまがご飯の時間に遅れるのは珍しいと後ろを振り返ると、長姉さまと末妹さまが廊下に立っている。いつの間にと私が目を見開けば、ヴァルトルーデさまが微かに笑い、ジルケさまが大あくびをした。
「おはよう」
「……はよーさん」
「おはようございます。ヴァルトルーデさま、ジルケさま」
二柱さまが声を上げ、私とみんなが返事をした。すると女神さま方はすすすと歩み寄ってきて、行こうとテーブルの方を見ている。ヴァルトルーデさまは目がしっかりあいているけれど、ジルケさまは眠そうである。夜更かしでもしていたのかと気になるものの、椅子に座ってご飯を食べなければと自席を目指す。
席に着いてクレイグとサフィールとも朝の挨拶を交わして、今日の朝ご飯はなにかなと期待に胸を膨らませる。すると扉から料理長さまが現れて、今日の朝ご飯のメニューを読み上げてくれた。
今日はパンと具だくさんのスープなのだが、昨日の仔天馬さまの取り上げお疲れさまですということで食後にケーキが出るとのこと。どうやら仔天馬さまが無事に産まれたために、ケーキを特別に用意してくれたそうだ。心の中で朝から贅沢ができると喜んでいれば、クロが私の顔を覗き込んでいる。
『嬉しそうだねえ、ナイ』
「甘い物があると嬉しいよ」
目を細めながら問うクロに私は口を伸ばしながら笑う。朝から重いという方もいるかもしれない――現にジークとクレイグは微妙な顔である――が、私は美味しいケーキが食べられるので嬉しい。
もっと贅沢を言って良いならチョコレートケーキが食べたいけれど、共和国の安価なチョコは超甘い。あれをケーキにするのは勇気がいるため、料理長さま方に提案していないのだ。
ただ、いつか食べられると良いなと願っているため、共和国にお願いしてカカオの純度が高い品を作って貰うのもアリだろう。生産量が少ないので割高になりそうだが。私がうーんと考え込んでいればヴァルトルーデさまが嬉しそうな顔になり、ジルケさまの眠そうな目が一気に開いた。
「私も嬉しい」
「あたしもだな」
女神さま方も食後にケーキを頂くのは問題ないとのこと。料理長さま方が作ってくださったケーキはどんなものだろう。スタンダードなケーキなのか、タルト系のケーキで果物がたくさん乗っているタイプなのか。
ご飯のあとが楽しみであるが自分たちだけ――人間だけ――食べるのは気が引けてきた。ヴァナルたちには手作りジャーキーがあるけれど、クロたちは肉を食べないし、果物がメインで他はほとんど食べない。
「クロ。クロたちは甘いお野菜って食べられるの?」
『食べようと思えばね~果物が一番好物ってだけだから。どうしたの?』
私はクロと視線を合わせると答えてくれた。どうやらクロたちは食べられる果物がなければ、次は野菜を食べるようになるらしい。要は好みの問題なのだそうだ。
「私たちだけケーキを食べるのは気が引けるから、お野菜でケーキ作って貰えるかなって」
『ん? 気にしなくて良いのに』
クロは特に感じていないようだが、毛玉ちゃんたちが私の声に反応してキラキラとした視線を向けていた。毛玉ちゃんたちは人間のご飯に興味があるものの、ヴァナルと雪さんたちに止められている。クロたち用のケーキなら毛玉ちゃんたちにも大丈夫だろう。私が毛玉ちゃんたちと視線を合わせると、鼻を鳴らして言葉にできない気持ちを表しているようだ。
「私はクロたちも一緒に食べられるなら嬉しいよ」
『じゃあボクもナイたちみんなと食べるの楽しみにしてるね~』
クロが私の顔に顔を擦り付けてくる。今度、さつまいもケーキを提案してみよう。クロたち用なので小麦粉も砂糖も使わないものを。上手くできるか分からないけれど、最初は失敗してもブラッシュアップしていくだけだ……調理部の皆さまが。
南瓜でも大丈夫そうだと考えていれば、みんなが早く食べようという顔になっていた。料理長さまが苦笑いを浮かべて給仕の方に声を掛ければ、焼き立てのパンとスープを用意してくれた。お野菜がたくさん入っているので、お腹は十分に膨れるはず。手を合わせて頂きますと声を上げれば、各々、食べたいものから手を付けていく。
パンをスープにつけて食べるのも美味しくて好きである。ただ、お貴族さまになって焼きたての柔らかいパンを食べる機会が多くなっているため、浸す回数が減っていた。
今日はどうしようかと迷って、結局パンそのものの味を楽しもうと分けて食べる。そうして最後にケーキが出てきて、美味しい美味しいと口の中に運び食事を終えて、各々の持ち場へと散って行くのだが、今日は執務室に行く前に庭に出て仔天馬さまの様子をみたい。やりたいことがあると私がジークとリンに告げれば特に問題はないようで、先触れの方を執務室へお願いしようとなる。そうしてジークとリンと私は庭に出ようとすると声が掛かった。
「ナイ、ナイ」
「どうしました、ヴァルトルーデさま?」
私が後ろを振り向けば、ヴァルトルーデさまとジルケさまが席から立ち上がりこちらへと歩いてくる。どうしたのかと二柱さまがくるまで待っていれば、私の前でピタリと止まった。
「野菜のケーキ、気になる」
「な。美味いのか?」
どうやら二柱さまは先程の会話の内容が凄く気になったようで、クロは面白かったのか小さく笑っている。
「どうでしょう。私も試すのは初めてですし……さつまいもを裏ごしして型に流すだけのものなので、食べられるものになっていますが味、薄いと思いますよ」
「さつまいもって、あの甘い芋だよね」
私の説明にヴァルトルーデさまは興味を持ったままだが、ジルケさまは作り方を聞いて微妙な顔になっている。
「美味しそうだから、私も食べてみたい」
「分かりました。不味くても責任持てませんよ?」
あれ、こんなことを言ってしまうとクロたちに不味い品を渡すようにも聞こえる。いや、言葉の綾だとクロたちは理解してくれるはずと、彼らを見れば『行かなくて良いの?』みたいな顔になっていた。そうだ、仔天馬さまの様子を伺いにいく時間が減ってしまうと私がヴァルトルーデさまを見上げると、何故か長姉さまはドヤと胸を張っている。
「美味しくない料理、出てきたことない。だから信じてる」
確かに屋敷て不味い料理を提供されたことはないけれど……砂糖もなにも入っていないスイーツを美味しく感じられるか微妙なところである。まあ、不味くても笑って思い出になれば良いかと私はヴァルトルーデさまに仔天馬さまの様子を見に行ってくると告げれば、無言で二柱さまが私のあとを着いてきていた。
私は特に気にすることもないと足を進め、ジークとリンも私が気にしないなら口にはすまいと女神さま方をスルーしている。毛玉ちゃんたちはヴァルトルーデさまの手に鼻タッチしたり、ジルケさまの周りをクルクル回りながら歩いていた。
そうして厩の近くに赴くと、天馬さまたちの姿がチラホラ見える。その中に某辺境伯ご令嬢さまが普段より特徴的な御髪を広げて、魔術具で写真を撮りまくっている。
昨日産まれた仔天馬さまの姿は見当たらないが、以前産まれた仔天馬さまが数頭集まって庭を走っているからだろう。走っている姿を撮り終えたセレスティアさまは、魔術具を天高く掲げて声にならない声を上げている。
「セレスティアが凄い格好になってる」
「すげー背が反ってるぞ」
二柱さまが某辺境伯ご令嬢さまを見て小さく笑っていた。あの姿を笑って済ませられるなんて凄いと感心していると、私たちに気付いたセレスティアさまがばっと体勢を戻す。私は見て見ぬ振りをするのが優しさだろうと、彼女の方へと足を向け口を開く。
「おはようございます、セレスティアさま」
「おはようございます、ナイ。温かな陽射しの中、産まれたばかりの天馬さま方が揃って庭を駆ける姿を見れようとは……幸甚ですわ!」
セレスティアさまは朝食を素早く済ませ、朝早くから天馬さま方の姿を魔道具に納めているようだ。大きくなっていく過程を収めているとのことで、彼女の最近の日課になっているらしい。私が成長記録を見せて欲しいとお願いすれば、勢い良くセレスティアさまが許可をくれる。
「ありがとうございます。昨日産まれた仔天馬さまの様子を伺いにきたのですが、一緒に行きませんか?」
成長記録を見せて貰らうお礼ではないが、一緒に仔天馬さまの様子を見に行かないかと問えば彼女は凄い顔になって目を見開いた。
「ほばあ! よ、よろしいのですか、ナイ!? 母親である天馬さまが嫌がらないでしょうか?」
「騒がないなら大丈夫かと」
私の後ろで二柱さまが『セレスティアは面白い』『愉快すぎだろ……』と声を上げているが、ご本人は昨日産まれた仔天馬さまのところへ行っても良いのか迷っているようである。
「……難しい注文ですわね。ナイ、わたくしの声を一時的に消す魔術はありませんか? それか存在を消す魔術でも構いませんわよ?」
セレスティアさまが困り顔を浮かべながら私に問うていると、腰元のヘルメスさんがぺかぺかと魔石を光らせた。
『ではご当主さまの代わりに術を施しましょうか?』
「ヘルメスが……一生喋れなくなりそうなのでご遠慮しておきます。ナイ。もし、わたくしが厩で煩ければ、ジークリンデさんに命じて意識を刈り取ってくださいまし」
セレスティアさまが拒否を示せば、ヘルメスさんはしょぼんとして『そんなことは……ですが確かに絶対とは言えないですものね』とぼやいていた。
ジルケさまが『早く行こうぜ』という声を上げ、私たちも早く行こうとなる。そうして厩の一番奥の馬房を目指せば、昨日産まれた仔天馬さまは母天馬さまの乳を飲んでいる。邪魔するのは悪いかと私は母天馬さまに手を振って、またあとでと口だけ動かして厩を出る。
「小さな仔が母の乳を一生懸命に吸う姿があんなにも尊いものだとは……くぅ!」
厩の外で開口一番にセレスティアさまが声を上げ、ハンカチで目元を拭う。一先ず仔天馬さまも母天馬さまも問題なさそうだし、仕事を始めようと私が言えば解散となるのだった。