魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
朝、産まれたばかりの天馬さまの所に顔を出し、執務を終えて昼食を摂り午後の自由時間も私たちは天馬さま方の下に向かっていた。今度はユーリも一緒にきているのだが、小さな天馬さまは珍しいようである。
ユーリは触れたそうにしているけれど、昨日産まれた仔天馬さまと触れ合うのは難しかろうと、少し前に産まれた仔天馬さまと厩の外で対面を果たした。
流石にユーリの『ぱちん!』を披露させるわけにはいかないと、がっちりガードさせて貰っているのでユーリが両手を伸ばしても仔天馬さまの顔には届かない。まだまだ小さい仔天馬さまはユーリを見て首を傾げている。仔天馬さまも『人間が小さい』と驚いているとのことだから、ユーリにも仔天馬さまにも良い経験になっているはずだ。
ジークとリンは訓練に参加しているため、珍しく一緒でない。
午後に仔天馬さまのところへ私が向かうと知っていたヴァルトルーデさまとジルケさまとセレスティアさまとソフィーアさまも一緒にいるのだが、ユーリの邪魔をする気はないようで少し離れて様子を伺っている。厩の近くは臭うので基本お貴族さまは近づかないと聞いているのだが、彼女たちは全く気にしていないようであった。
「可愛い」
「小せえよなあ。見てて、危なっかしいつーか……」
二柱さまは産まれた仔たちが覚束ない足取りで庭を走っている姿に目を細めている。確かに産まれたばかりの仔天馬さまたちの足取りが怪しいので危ないことこの上ない。とはいえ、あと一ケ月も経てば、落ち着いて彼らを見ることことができるはず。
まだ生まれていないのは、ジョセがお腹に抱えている仔だ。お腹の仔が産まれれば、今年の出産ラッシュは終わりを迎え私の役目も一段落するだろう。
ジョセは『もう直ぐ産まれるはずですが、仔はのんびりさんのようですねえ』と穏やかに教えてくれ、エルは『早く産まれて欲しいですが、急いでも仕方ないですからね』と言い、ルカはルカでジョセのお腹に嘶きを浴びせると、ジアがルカにヒップアタックを噛ましていた。
多分ジョセの出産ももう直ぐのはずであるが、本当にこればかりは自然に任せるしかない。母体に悪影響があるならば魔術でどうにかするものの、ジョセは至って普通に日常を過ごしている。
ただお腹の仔に栄養をたくさん送るためなのか、以前の妊娠時より良く食べていると厩の方が教えてくれている。さて、ジョセの仔はどんな仔が産まれてくるのか楽しみだと一人で笑っていると、セレスティアさまとソフィーアさまが二柱さまに視線を向けていた。
「確かに危うく見えますものね。しかし屋敷の中なので、襲う者がいないのは凄く良いことですわ」
「襲われる心配をしなくて良いなら、落ち着いて過ごせるからな」
お二方が落ち着いた様子で女神さま方に声を掛けている。確かに屋敷内であれば襲われる可能性は凄く低い。禁忌の森で過ごしている天馬さま方もいるのだが、捕まえようと試みる不届き者はまだ出ていない。
セレスティアさまは朝、仔天馬さまの写真を魔術具で随分と納めていたためか珍しく落ち着いていた。明日、槍でも降るのではという失礼な考えを私は振り払い、側にいるユーリに視線を向ける。彼女は両手を伸ばしながら足を動かしているものの、私が両腕をユーリのお腹に回しているため動けない。嫌がる素振りは見せていないので、近寄っては駄目ということを本能的に理解しているのだろうか。
「おにゅまさん」
「お馬さんだねえ。ユーリがもっと大きくなったら乗らせて貰おうね」
微妙に言えないユーリの声に、私は笑みを浮かべ彼女の顔を覗き込むと両手が伸びてきた。ぱちんと勢い良く私の頬を挟んだユーリは面白そうに笑っている。
どうやら手で抑えればぐにぐにと動く頬が面白いようで、飽きもせず私の頬を揉んでいた。そろそろ止めて欲しいなあと私が思い始めた頃、ヴァルトルーデさまが私たちの方に身体を向けて地面にしゃがみ込んだ。
「ユーリ、おいで」
ヴァルトルーデさまに名前を呼ばれたユーリは頭の上に疑問符を浮かべ顔を後ろに向ける。ヴァルトルーデさまをじっと見つめたユーリは私の頬から手を放した。
「ばぁるちょるうでちゃま」
「うん」
キチンと女神さまの名前を言えないユーリにヴァルトルーデさまが微笑んで両手を伸ばした。ジルケさまが『本当に慣れたな。最初が信じられねえぜ』と言いたげに、後ろ手で頭を掻いている。
セレスティアさまとソフィーアさまはなにも言わないけれど苦笑を浮かべながら、西の女神さまとユーリを見つめていた。
ユーリはとことことヴァルトルーデさまの下へと歩いていき腕の中に納まれば、女神さまがユーリを抱えて立ちあがる。するとユーリは凄く喜んでいるのだが、もしかして視界の高さに喜んでいるのではなかろうかと疑惑の視線を私は向けた。そりゃ身長百五十センチと百八十センチの世界は凄く違うだろう。私がリンに抱き抱えられた時でも、視界の高さが全然違って凄く新鮮なのだから。
「身長伸びないかなあ……」
『ナイの身長は少し伸びてるよ?』
私がぼやくと肩の上のクロに声が届いていたようだ。クロが身長が伸びたと言ってくれているのは事実である。この数ヶ月で一センチちょっと伸びているのだ。
過去、最高で伸びている気がしてならないが、それでもまだ一センチである。憧れの百七十センチ台には程遠く、あと何年掛かるのか分からない。届くまでに成長が終わっているなあと思いつつ、真剣に悩んでいると勘違いされたくないと私は口を開く。
「少しだけじゃなくて、こう頭一つ分くらい伸びて欲しいけれど」
『それは難しいんじゃないかなあ』
私の声にクロがぐりんと首を傾げた。確かに難しいけれど、奇跡が起こるかもしれない。私の身長はどこまで伸びるだろうと目を細めていれば、ジャドさんたちグリフォンさんがやってくる。
「ジャドさん、どうしたの?」
私は立ちあがり、ジャドさんたちと視線を合わせる。
『いえ、我々の卵も孵って欲しいのですが、なかなか孵らないと皆で話していたもので。丁度ナイさんの姿が見えたので卵の様子を見させて頂こうかと』
どうやら天馬さま方の出産ラッシュにあてられたようで、私が預かっている卵がきになるようだ。そりゃそうかと私は笑って、いつも抱えているポシェットをジャドさんたちの前に差し出した。
中には卵が四つ入っているのだが、最近あまり大きくなっていない気がする。クロやジャドさんたち曰く『力を貯め込んでいるのかもしれない』と言っていたので心配はしていない。していないけれど、いつ孵るか分からないため割とソワソワしている。
「大丈夫だよ。ここだと汚れちゃうかな」
『では芝生の方へ移動しましょうか』
厩の側は地面がむき出しになっているので芝生の方へと移動する。いつの間にか一緒にきていたセレスティアさまが芝生の上といえどそのまま置くのは忍びないとハンカチを差し出してくれた。
ジャドさんたちは恐縮しているけれど、セレスティアさまは人間側の気持ちや都合の問題なので気にしないで欲しいと伝えてパパッと芝生の上にハンカチを敷く。私はその間にポシェットの中から卵さんを四つ取り出して、ゆっくりとハンカチの上に並べた。ジャドさんたちは順調順調~と言いたげに卵を見つめ、おばあは卵がなにかイマイチ理解していないようである。
おばあの側で毛玉ちゃんたちが『ちゃまご!』『にゃかまふえりゅ!』『たのちみ!』とぴょんぴょん跳ねていると、おばあも毛玉ちゃんたちに釣られて、脚を動かしぴょーんぴょんと跳ねて面白おかしい姿を晒していた。
ヴァルトルーデさまはユーリを腕に抱えたまま芝生のところまで歩いてくる。ユーリはハンカチの上にある卵をじっとみつめて目をキラキラと輝かせた。
「ちゃまぎょ、おいちい?」
ユーリはグリフォンさんの卵を卵と理解しているようだ。見た目は宝石のようだから、一目見ただけでは分かりづらい。しかしユーリはグリフォンさんたちの卵を食べる気があるようで、地面に右手を伸ばしている。
「ユーリ、グリフォンの卵は食べ物じゃない。硬くて割れないから」
そんなユーリをヴァルトルーデさまが苦笑を浮かべながら伸ばした手を優しく取っていた。ジルケさまはジルケさまで『流石ナイの妹だな』と感心しているし、ソフィーアさまとセレスティアさまもユーリは私の妹だと言いたげだ。
私はそこまで食い意地は張っていないと言っても信じてくれないので黙っておく。ユーリはヴァルトルーデさまに不思議そうな顔を向けて『ちゃべれにゃい?』と続けている。毛玉ちゃんたちはユーリに感化されたのか、卵をじっと見つめて味を想像しているのかおよだを垂らし始めていた。
『ユーリさん、皆さん。グリフォンの卵は食べないでください。彼女たちの可愛い仔ですからねえ。あとヤーバン王も悲しみましょう』
状況を見かねたのかジャドさんが話に割って入れば、彼女の後ろにいる雌グリフォンさんたちがうんうんと頷いている。おばあはまた卵を不思議そうに見つめて『ピョエ~』と鳴いた。
ジャドさん曰く『食べないよ~』と言っていたらしい。確かにグリフォンの卵を食べたならヤーバン王が凄く気落ちするか、激怒するか、どちらかだろう。
副団長さまと猫背さんも気落ちするだろうけれど、味の感想を求められそうだ。まあ外殻が硬すぎるため無理な話であるものの、どんな味がするのかと気になる気持ちが少しある。ダチョウの卵だって食べられるのだし、グリフォンはダチョウにちょっとだけ似ているような気もするので似た味がするかもしれない。いや、まあ、食べられないけれど。
『ご当主さまが妙なことを考えておられるような?』
ヘルメスさんが腰元で声を上げる。どうして私が変なことを考えているのがバレるのかと首を傾げると、クロが『ナイは分かりやすいよ』と教えてくれた。するとヴァルトルーデさまが話を聞いていたのかユーリを抱えたまま私をじっと見つめて口を開く。
「ジークフリードから告白されて悩んでた。分かりやすい」
そう言ってヴァルトルーデさまはへへへと薄く笑い、ユーリを見つめて腕に力を込めている。確かにジークの告白でいろいろ悩んでいたけれど……私は何故ヴァルトルーデさまに揶揄われているのだろうと口をへの字にした。
「ユーリを潰さないでくださいね」
女神さまの力は偉大である。ユーリを腕の力で捻り潰すぐらい簡単にできそうだ。見た目は儚い方だというのに、おっかないなあと私はヴァルトルーデさまを見つめる。
「そんなことしない……」
ヴァルトルーデさまが眉尻を下げれば、ユーリが『どちたん?』と問うている。そうしてヴァルトルーデさまは『ナイが私をいじめる』と告げれば、ユーリは『にゃいねー、め!』と私を叱るのだった。
◇
ユーリに怒られてから数日後。
仔天馬さまたちが仲良く庭を駆け回っている報がいろいろなところへ届いているようで、本日、興味がある方をアストライアー侯爵邸にお誘いしている。面子的にはいつものメンバーのような気がしてならないが、顔を合わせる機会が少ないため、私もご招待した方たちと会うのを楽しみにしている。
午前の執務と昼食を終えた私はジークとリンに楽しみだと告げれば『そうだな』『そうだね』と声が返ってくる。クロたちも皆さまと会えるのを楽しみにしているし、ヴァナルと雪さんたちはいつも通りだし、毛玉ちゃんたちもお客さんがくると知ってウキウキしている。
ヴァルトルーデさまとジルケさまも顔を出してくれる――お茶とお菓子が目的のような気がする――そうだし、ジャドさんたちグリフォンさんたちも挨拶したいと申し出てくれている。
相変わらず気まぐれなのはトリグエルさんとジルヴァラさんだった。お客さまがくるよと私が伝えれば『妾には関係ないな』と言って、すたこらさっさとお気に入りの場所へと消えて行った。春が訪れて暖かくなったためなのか、トリグエルさんは私に用がないのだろう。
割と豪華な面子のため、ソフィーアさまとセレスティアさまは私の側仕えとして控えてくれるそうだ。彼女たちのお母さまもご招待したのだが即OKの返事をくれている。
公爵夫人と辺境伯夫人であれば屋敷の采配をなさねばならず割と忙しい筈なのにと私が首を傾げていれば、お嬢さま方は『女神さまも同席されると知れば、参加すると即断するさ』『魔獣や幻獣の方もおられますし、断る理由などありませんもの』と教えてくれた。
まあ、なんだかんだとソフィーアさまとセレスティアさまのお母上であるセシリアさまとアルティアさまは仲が良いし、彼の方たちが並んでいると品格が凄いというか。きっと庭を駆け回っている仔天馬さまたちを見れば、喜んでくれるだろうとお迎えの準備をしている私に声を掛ける方がいる。
「用意はできたのか、ナイ?」
「少々、恥ずかしいですが……楽しみにしている気持ちは理解できますから、お母さまにこないでくださいましなんて言えませんわ」
ソフィーアさまとセレスティアさまが私の部屋を訪ねてきた。側仕えということで控えめで動きやすい衣装を纏っているというのに凄く綺麗であった。
私は聖女の衣装を纏うか、侯爵として衣装を纏うか迷い、結局は侯爵として振舞うのだからとフォーマルな衣装をチョイスしている。ちなみに方針は私が決めて、衣装はリンと侍女の方たちが選んでいた。私が選ぶと少し世の中の美意識からズレてしまうので、衣装選びはリンとソフィーアさまとセレスティアさまと侍女の方たちに任せていた。本当に何故、私の服飾センスはないのだろう。
リン曰く『私の服を選ぶ時はマトモなのにね?』と首を傾げているから、センスはあるはずである。ただそのセンスは自分自身に発揮されないようで、微妙な衣装を選んでいるようだ。
私が選んだ衣装と、リンや他の方たちが選んだ衣装を比較すると、確実にリンたちが選んでくれた品が似合っているのだから。介添えしてくれたエッダさんにお礼を伝えれば、一緒に部屋にいたリンが私の横に並ぶ。そうして部屋へとやってきたソフィーアさまとセレスティアさまに視線を向けた。どうやらお母上がくるということで、子供的に微妙な心境になっているとか。
「皆さん、身内の方のようなものですし、気楽に過ごしてくだされば良いのかなと」
私がお二人を見上げれば、微妙な顔を更に変なものへとさせていた。どうしてそんなにお母上たちを嫌がるのかイマイチ分からないが、なにかあるのは分かる。
「ナイにとっては身内かもしれないが、亜人連合国の方々がいるだろう」
「女神さま方もいらっしゃいますし、本日お誘いを受けた方たちは天にも舞う気持ちのはずですわ」
はあと小さく溜息を吐いたお二人は片眉を上げて肩を竦める。エッダさんは私の着替えが終わったと部屋の外で待ってくれていた、ジークとクロとロゼさんとヴァナルたちを呼んできてくれた。
青竜さんと赤竜さんも一緒だから、部屋の外でクロに呼び止められたのだろう。エッダさんは他の仕事に戻るとのことなので、私が介添えありがとうございますと伝えると深々と礼を執って部屋を出て行く。クロが私の肩の上にちょこんと乗り、青竜さんと赤竜さんもソフィーアさまとセレスティアさまの肩に乗る。アズとネルは元々ジークとリンの肩の上に乗っているため、のほほんと二人の肩の上で過ごしていた。
『みんなと変わらないから、普通にしてくれれば良いんだけれどねえ』
いつからクロは話を聞いていたのか分からないが、ディアンさま方を過度に慮る必要はないと告げる。確かにディアンさまもベリルさまもダリア姉さんとアイリス姉さんも怒らせなければ穏やかな方たちなので、怖がる必要はないし、喋り掛ければ普通に返事をくれる。
まあ、亜人の方たちを差別していた人間だから、少し後ろめたい気持ちがあるのだろうか。いつかそんなものは消えてなくなれば良いなと願っていれば、ソフィーアさまとセレスティアさまが再び微妙な表情を浮かべていた。
「クロさま、流石に少々難しいかと」
「ええ。やはり竜のお方とエルフという長命種の方が訪れているのですから粗相はできません」
『粗相をしても気にしないよ。一杯お喋りして、楽しめたら面白いでしょ~? ソフィーアとセレスティアのお母さんに伝えておいてよ』
乾いた笑いを振り絞るお二人にクロはかるーく言ってのける。悪いことではないから、いつかセシリアさまとアルティアさまも亜人連合国の方たちと普通に語れる日がくるようにと願いつつ、お迎えに出ようと階下へと向かうのだった。
◇
ふんふんふーん……と鼻歌が出そうなほどに、発動させた転移魔術はご機嫌でした。
そうして僕、ハインツ・ヴァレンシュタインと友人であり魔術師団の同僚でもあるヴォルフガング・ファウストと一緒にアストライアー侯爵領にある領主邸の門扉前に転移を果たしました。
屋敷の中には沢山の魔獣が居着いているため、聖女さまのお屋敷を訪ねる日は楽しみでなりません。今日は他にもお客人がいるとのことですが、好きに過ごして構わないと聖女さまから許可を得ているため、存分に仔天馬さまたちや天馬さまにグリフォン、そしてフェンリルにケロべロスに猫又や妖精の様子を観察させて頂きましょう。
しかし、魔術師団副団長として聖女さまからお誘い頂けるのは有難いことですが、個人的にお誘いを受けたい気持ちがなくはありません。仕事を別にして、魔獣や幻獣の皆さまと触れ合いたいですし、聖女さまと魔術談義をしたいのです。
なにか機会があれば良いのですが、お誘いしようにもヴァレンシュタイン家は男爵位の家柄のため、侯爵位を持つ聖女さまを安易に誘えないという壁があります。大きな門の前に立つアストライアー侯爵家の騎士に声を掛ける前に、僕は晴れた空を見上げました。
「まあ、いずれ機会は訪れましょう」
「ハインツ、なにか言った?」
隣に立っていた友が首を傾げながら不思議そうに問います。
「いえ、なんでもありませんよ。お待たせしては悪いので行きましょうか」
僕は内心を語らぬまま、侯爵家の騎士に声を掛けようと足を出し招待状を彼らに見せました。すると落ち着いた様子で彼らは小門に案内してくれて、屋敷の中へと導いてくれたのでした。さて。屋敷までかなりの距離がありますが、きっと天馬さま方やグリフォンに会えるでしょうと二人で歩き始めれば、即天馬さまに会えるのでした。
◇
ふふ、あはは……! あーはっははははははは!!
と高笑いができれば良いのですが、ここはヴァイセンベルク辺境伯家の屋敷ではなく馬車の中のため我慢しております。今回、ヴァイセンベルク家の御者ではなく、今回限りで雇い入れた御者のため変な声は出せない。
ふうと私が息を吐き、窓の外を眺めるとアストライアー侯爵領の景色が流れており、活気あふれる商店が並んでおりました。なんとなくですが、食べ物関係の店が多いのはナイさまの影響なのでしょうか。少し可笑しくてふふふと私が笑えば、対面に座す能面女が息を吐きました。相変わらず嫌な女ではありますが、ナイさまの手を煩わせないと結託し、こうして一緒の馬車に乗り合わせることになったのです。
「アルティア。顔が緩いですよ?」
「おや、仏頂面のセシリアより良いではありませんか」
お互いにふっと笑って、はっと鼻を鳴らしました。御者には聞こえていないでしょうが、外にいる我が家の護衛や侯爵家の護衛の者たちには、わたくしたちの様子をありありと思い浮かべていることでしょう。もう二十年以上付き合いがあるのですから、いろいろと彼らにわたくしとセシリアの関係は露見しているはずです。なんとも言えない空気の中、暫く馬車の中で過ごしていれば、アストライアー侯爵邸の門を潜り抜けました。
そうして馬車回りに辿り着けば、窓から彼女と娘たちの姿が一瞬見えました。本来であれば、当主であるナイさまが出迎えなどしなくとも良いのですけれど。厚遇に感謝しつつ、馬車から降りてナイさまがにこりと笑みを浮かべてわたくしたちの前へと立ちました。
「遠いところをようこそいらっしゃいました。セシリアさま、アルティアさま。お楽しみ頂ければ幸いです」
ナイさまが小さく礼を執り顔を上げる。以前より少しだけナイさまの背が伸びているような気もしますが、気のせいでございましょうか。それに以前よりも大人びているような。
ナイさまの後ろに控えている赤毛の騎士がナイさまに気持ちを打ち明けたと聞いているので、女性としてお化粧や身嗜みを確りと気を付けるようになったのでしょうか。なににしても良いことだろうと、セシリアと共にわたくしも礼を執る。セシリアと共にというのは癪であるが。
「ナイさま、本日はお誘い頂き、ありがとうございます」
「本当に感謝いたしますわ。しかしナイさまお美しくなられたのでは?」
セシリアが顔に綺麗な笑みを張り付けて白々しく声を出しておりました。ナイさま、この女の身代わりの速さに騙されてはいけませんと伝えたくなるものの、今は我慢でしょう。
セシリアの娘であるソフィーアさんもナイさまの側仕えとして後ろに控えているのです。母親を悪く言えば良く思わないのは当然のこと。ぐっと我慢をしていれば、わたくしの言葉にナイさまが珍しく照れた顔をしております。おや。このような一面をナイさまは持っているのですねと感心するものの、褒められ慣れていないのかと目を細めました。
「……ありがとうございます。一先ず、サンルームへ向かいましょう。暖かいですし、天馬さま方やグリフォンさんたちの姿が見られますよ」
貴族としてナイさまの今の態度は間違っている――通常はお互いに褒め称えるもの。嫌味の応酬であるが――かもしれないが、彼女に逆らえる者など誰もいませんし文句は言わないでしょう。
当主自ら案内してくれるようで、ナイさまの後ろ姿を見ると微かに見える耳が赤く染まっている。赤毛の騎士のことを思い描いているのか、自身の容姿を褒められて舞い上がっているのか分かりませんが、意外な一面を見れた気がいたしますそうして玄関ホールへ差し掛かる時でした。
「痛っ!」
何故か玄関の扉に半身をぶつけたナイさまが声を上げ、双子の騎士とソフィーアさんとセレスティアが彼女を気遣います。えっと……玄関扉に身体をぶつけてしまうなんて、ナイさまは大丈夫かしら……?