魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
――いやあ、ない。ないでしょ。
どうにも私は容姿を褒められる機会が少なくて、アルティアさまの発言に戸惑っていた。社交辞令の可能性もあるのだが、アルティアさまならばソレを口から出すのであれば、代わりに別のこと、例えば牽制とか相手の痛い噂を語り優位な立場を確保しそうである。それらを踏まえるとやはりアルティアさまのお言葉は事実であり、彼女の隣にいたソフィーアさまのお母上であるセシリアさまも同意していた。毎日、鏡を眺めているためか私の容姿が変わったという実感はない。
それなら実際に一センチほど伸びた身長は事実であるため、そちらを褒めて欲しかったのだが……とりあえず、凄く恥ずかしいこと――玄関の扉に身体をぶつけた――の詫びを入れねばと、サンルームに辿り着くなり私は皆さまの前で頭を小さく下げた。
「お見苦しいところをお見せしました」
私の姿にアルティアさまとセシリアさまが苦笑いを浮かれば、先に席に腰掛けていた亜人連合国のエルフのお姉さんズが長い耳をぴくりと動かして顔をこちらに向ける。
「どったのナイちゃん?」
「そうね、どうしたの?」
アイリス姉さんとダリア姉さんが小さく首を傾げて微笑んでいる。単に気になっただけのようだが、答えてしまうと私が恥ずかしい思いをする。ディアンさまとベリルさまも不思議そうな顔を浮かべながら私を見ているので、答えるべきだろうか。
「……」
いや、しかし答えてしまえば、私のなけなしのプライドというか自尊心というかが更に減ってしまいそうだ。どうしたものかと唸っているとサンルームにいたおばあがぽてぽてとこちらに歩いて、私の顔を覗き込み首をくるんと回す。
『ピョエ~?』
間延びする鳴き声を出したおばあは私の頭の上に顎を擦り付ける。某辺境伯母娘から羨ましそうな視線を凄く感じるのだが、おばあのぐりぐり攻撃は結構激しい。体験してみて欲しいけれど、辺境伯家のご夫人とご息女にそんなことをさせるわけにはいかない。私は大人しくおばあのぐりぐり攻撃を受けていると、肩の上に乗っているクロが通訳を担ってくれた。
『なにかあったのー? 顔が赤いよって。気になるみたいだねえ』
クロは面白そうに私の顔を覗き込む。そして椅子に腰かけていたダリア姉さんとアイリス姉さんがいつの間にかこちらまできていた。アイリス姉さんが私の背に回って、身体を寄せて腹に腕を回す。ダリア姉さんは私の隣に立って顔を覗き込んで、目を細めながら笑っていた。
アルティアさまとセシリアさまは私たちの会話に一区切りつくまで待ってくれるようだ。待たせてしまい申し訳ないのだが、きちんと紹介するので少し待っていて欲しい。個人的な紹介はまだだったはずであると、アルティアさまとセシリアさまから視線を戻せばエルフのお姉さんズがにやりと笑った。
「そういえばナイちゃんの顔が珍しく赤いわね」
「ホントだーおばあは良く気付いたねえ」
お二人は私の顔を覗き込んだあと、おばあの方へと身体を正した。おばあは褒められて嬉しかったようで、前脚だけ地面から離して跳ねる真似をしている。
『ピョエ!』
ご機嫌な鳴き声を出したおばあは満足したのか、ディアンさまたちの方へと戻っていく。相変わらずおばあの歩様は綺麗ではないが、これでも随分マシになっていた。侯爵邸の庭が広くて良かったし、おばあと一緒に遊んでくれる毛玉ちゃんたちがいて本当に良かったとおばあを見れば、側にいるディアンさまとベリルさまが片眉を上げている。
「二人とも、無理に聞き出そうとするな」
「ええ。言いたくないこともあるでしょうから、そう詰め寄らずに」
とディアンさまとベリルさまは私に助け舟を出してくれた。優しいなあと私が感心していれば、ダリア姉さんがマジマジと私を見つめ、アイリス姉さんが身体を横に揺らして私を巻き込んでいる。
「でも、ナイちゃんと初めて会った頃と今を比べれば、子供っぽさは抜けているものね」
「ね。人間の成長は早いねえ~三年間くらいならエルフに変化らしい変化はないから~」
お二人の呑気な声が聞こえるものの、もしかして言わない限りはこの横揺れは続くのだろうか。長身のアイリス姉さんが右に左に身体を動かせば、当然腹に腕を回されている私の身体も大きく動くのだ。
激しい動きではないけれど、なんだか船酔いのようなものを引き起こしそうである。仕方ないのかと私は諦めて、容姿を褒められてちょっと玄関の扉に身体をぶつけたことを亜人連合国の皆さまに伝えた。
ジークとリンは微妙な顔を浮かべ、ソフィーアさまとセレスティアさまは何故ぶつけるのかと問い質したそうな雰囲気である。アルティアさまとセシリアさまはあらあらまあまあと言った感じで、ディアンさまとベリルさまは私の心配をしてくれていた。
「ナイちゃん、意外と鈍くさいのね……」
「あははー! 見たかったなあ~その場面~」
片眉を上げながら笑いを堪えるダリア姉さんと、へらりと笑うアイリス姉さんは私の行動が面白かったようだ。褒められ慣れていないというのも、なんだかアレだなあと私は渋い顔になりつつ、一度席に就こうと皆さまをご案内した。
先に席に案内していたダリア姉さんとアイリス姉さんは綺麗な仕草で椅子に腰を下ろした。アルティアさまとセシリアさまと私はまだ立ったままである。そうしてアルティアさまとセシリアさまが私の横に並び、亜人連合国の皆さまの前に向き直った。
「亜人連合国の皆さまに、お二方をご紹介させて頂きますね。ハイゼンベルグ公爵夫人とヴァイセンベルク辺境伯夫人です」
私は視線でお二方にあとは任せましたと伝えれば、綺麗な礼をセシリアさまとアルティアさまが執った。
「セシリア・ハイゼンベルグと申します。娘のソフィーアが仔竜さまのお世話を担わせて頂いていること感謝致します」
「アルティア・ヴァイセンベルクと申しますわ。同じくセレスティアが仔竜さまのお側にいられることは、亜人連合国の皆さまのお陰でございましょう。感謝致しますわ」
お二人の挨拶が終われば、ディアンさまとベリルさまがゆっくりと席を立つ。お二人とも二メートル超えの身長だから、アルティアさまとセシリアさまは彼らを見上げる形になっている。
「今日は彼女の屋敷に遊びにきているだけだ。同じ客人として接して貰えると嬉しい」
「ええ。公爵家も辺境伯家も彼女の後ろ盾を務めてくださっております。我々も便宜を図って貰っておりますし、どうかあまり気負わずに」
ディアンさまとベリルさまが言い終えれば席に腰を下ろし、今度はダリア姉さんとアイリス姉さんがお互いに頷いて席を立つ。
「女同士、気楽に話せると嬉しいわ。貴族の化粧事情とか教えて貰えると助かるわね」
「だねー。ナイちゃん、お化粧に興味ないし、ナイちゃんの周りも無頓着そうだから。いろいろ聞けると嬉しいな~最近ね、エルフの街で化粧水とか作っているんだよ~」
私はお姉さんズの話を聞き、エルフの方たちも化粧っ気が皆無なのではという突っ込みを心の中で入れた。元々、目鼻立ちがはっきりしている上に整っているから、エルフの方は美男、美女の方が多い。
お化粧も派手な方は見たことがないから、化粧水を作っているなんて驚きである。ダリア姉さんとアイリス姉さんもほぼすっぴんではなかろうか。私がダリア姉さんとアイリス姉さんとアルティアさまとセシリアさまの間で視線を彷徨わせていれば、エルフのお姉さんズが『少しは興味を持って欲しいわね』『お化粧したナイちゃんあまり見ないもんねえ~』と言いたげである。
アルティアさまとセシリアさまは『わたくしたちの話で良ければ是非』『お役に立てるか分かりませんが』と声を上げる。ソフィーアさまとセレスティアさまもエルフの方が作っているという化粧水に反応を見せており、興味がある様子である。
リンは右から左に聞き流していそうな顔をしながら護衛を務めているままだ。リンもほぼすっぴんだし、化粧を念入りに施しているのは式典やらの時くらいである。そう考えると私たち幼馴染組は化粧に全く興味を持っていない。
「試供品、あとで渡すから感想を聞かせて欲しいわね」
ダリア姉さんの声にアルティアさまとセシリアさまが嬉しそうな顔になる。
「そうだね~ナイちゃんも使ってみてね~」
アイリス姉さんは私の方に顔を向けてにっと笑った。
「お役に立てるか分かりませんが……」
本当にエルフの方たちの糧になれるか分からないが、正直な感想を伝えれば良いのだろうか。そういえばフソウの帝さまからお化粧道具を頂いているのに、部屋の奥に押し込んだままだと漆塗りの立派な箱を思い浮かべた。
今度、ジークとお出掛けすることになれば引っ張り出して、お化粧を施してみるべきか。一応、前世の社会人を経験しているから自分である程度はできる。無理なら侍女長様にお願いして、誰かに施して貰えば良いだけだ。
そんなこんなで皆さまが席に就けば、おばあや毛玉ちゃんたちが机の周りに集まって軽いお茶会が開かれた。アルティアさまとセシリアさまは亜人連合国の方たちに緊張しつつも、どんな場所なのかと問うてみたり、買い付けた品の感想を伝えたり、辺境伯領の大木の下で暮らしている小さい竜の肩の背に乗ったとかいろいろ話していた。
以前、夜会で顔合わせしていることもあるのだろうけれど、こうして亜人連合国の方と普通に喋ってくれる方が増えるのは嬉しい。そうして一杯の紅茶を飲み終える頃、サンルームをウロウロしていたおばあと毛玉ちゃんたちが私たちの前に四頭並んだ。
『ピョエ~!!』
「急にどうしたの、おばあ」
おばあがサンルームの天井を見上げながら一鳴きして私が首を傾げれば、毛玉ちゃんたちが答えてくれる。
『ぼおる、あちょび!』
『たくちゃん、はちる!!』
『みんにゃで!!』
彼女たちの可愛い要望に席に腰を掛けていた面子が『いくか』という顔をして、ゆっくりと立ち上がる。私はボールを貰ってきて欲しいと護衛の方にお願いをして、みんなでサンルームの外へと出た。お客さまがきていることがジャドさんたちと天馬さま方は知っていたのか、サンルームの前に集まっていた。産まれたばかりの仔天馬さまたちも顔を出しており、大人の中に仔供が混ざっていた。
「ぐほっ!? ……し、し、刺激が強い! 強すぎますぅ!」
「落ち着きなさい、アルティア」
「恥ずかしいですわ、お母さま」
「セレスティアも同じだろうに」
その光景を見た方たち――どうなっているかは、彼女たちの名誉のために見ないフリをしておく――が各々声に出しているのだが、亜人連合国の皆さまは苦笑いだけで済ませる辺り、度量が広いなあと私は感心するのだった。
◇
相変わらず毛玉ちゃんたちとおばあのボール遊び、所謂レトリーブは飽きていないようで、私が投げても喜んで取ってきて地面にボールを置き、鼻先で小突いて投げた主へと戻してくれる。おばあも相変わらず毛玉ちゃんの脚の速さに追いつけていないが、楽しんでいるので問題ない。
ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんとジャドさんたちとエルとジョセ、天馬さま方は仔天馬さまを見守りつつ、のほほーんと芝生の上で日光浴をしていた。アストライアー侯爵邸は至って平和だと、東屋の屋根の下でサンルームから移動した皆さまと一緒に話をしている。アルティアさまが手に取ったボールを凄い勢いで投げれば、毛玉ちゃんたちとおばあがボールを目掛けて一目散に庭を走って行く。
「嗚呼、とっても美しいお尻です! ナイさまのお陰で、各国に魔獣や幻獣に対する法が整備され始めているので良い傾向ですわ」
デレデレとした顔から真面目なものに変えたアルティアさまが私を見下ろしていた。彼女が仰る通り、各国では魔獣や幻獣に対しての法整備が始まっており、早い所では施行している国もある。
問題を引き起こした――巻き込まれたと言って良いかも――国は速攻で草案を纏め、陛下の強権を発動して国中に発布したとか。ちなみにおばあを捨てた彼の商人の方は噂が立ち、店から人が遠のいているらしい。
私の広まり過ぎた名が過剰な制裁を下しているようにも見えるが、命を粗末にしたことは許せることではない。最後まで飼い主としての責任を果たして欲しい。
犬や猫ですら手が掛かるのに、魔獣や幻獣となればもっと手が掛かるだろう。自分が立てていた予定を粗相したことによって予定を狂わされることもあるし、体調を崩して病院に連れて行き時間とお金を失うこともある。懐いて可愛いなあという気持ちだけで育てられれば良いだろうけれど、世の中はきっとそう簡単にはできていない。
私もたくさんの魔獣や幻獣の皆さまをお預かりしているので、彼の商人のようにならないように気を引き締めていかなければ。しかし本当に各国の陛下方は即対応してくれたので有難いような、恐れ多いような。
「私のお陰というより、神の使いを務めた私が関わっているから各国の方々が無礼を働いてはならないと動いてくれただけなので……」
私が渋い顔を浮かべてアルティアさまを見れば、彼女は片眉を上げて困ったような顔になっている。今回、各国が早々に動いてくれたのは私が神の使いを果たしたからだろう。
私がただのアルバトロス王国の侯爵位持ち兼聖女だったなら無視されていた可能性が大きい。本当にグイーさまって凄いんだなあと目を細めていると、毛玉ちゃんたちが戻ってきて今度はセシリアさまの前で立ち止まり、落としたボールを鼻先で放り投げる。
「そこは謙遜なさらなくても。西大陸の各国を回るだけでも大変だったでしょうから。今度はわたくしが? 良いですよ、それ!」
セシリアさまが投げたボールは勢い良く飛んで行き、また毛玉ちゃんたちとおばあが庭へと走って行く。今度は仔天馬さまたちも加わっているのだが、ボールを噛めるだろうか。
謙遜しているというより、私が行ったことがトンデモなことだったので事実を認めたくないというか。各国を回るのは確かに大変だったものの、移動は超大型竜の方のお陰で快適だったので周りの方たちが思うほど苦労していないはず。でも私に同行してくれた方たちは大変だったかもしれない。慣れていない方は酔ってしまったり、各国の陛下方が毎度私の相手を務めてくれていたから。
「そうよ、ナイちゃん。堂々としていなさいな」
「だね~ジャドたちがナイちゃんの家に運んでくれなきゃ、表に出てこなかっただろうし~」
今度はダリア姉さんとアイリス姉さんが話に加われば、アルティアさまとセシリアさまがうんうんと頷いていた。確かにジャドさんたちが私の屋敷にきていなければ、おばあを助けても途方に暮れるだけだったかもしれない。
そう考えればおばあやジャドさんたちの役に立てて良かった。また毛玉ちゃんたちとおばあがボールを咥えて戻ってきて、今度はジークにボールを託す。どうしてジークにボールを渡したのか分からないけれど、彼はボールを手に取れば前後に足を開いて後ろに手を回し、ぐぐぐとバッティングセンターの投球マシンのように腕を振った。
ぼっ! と音が出そうなボールは瞬時に庭の奥へと消え、毛玉ちゃんたちは目をキラリと光らせて加速音が鳴りそうなほど凄い速さで走って行く。おばあは疲れているのか少し足が鈍くなっているけれど、楽しいのか毛玉ちゃんたちのあとを追いかけることを止めない。
「私も彼も一緒に回りたかったのだが……」
「ですね、代表。青竜と赤竜と緑竜が前回の旅を楽しそうに話している姿を見るのは、少々複雑な気分になります」
ディアンさまとベリルさまが消えた毛玉ちゃんたちとおばあの方を見ながら、小さく息を吐いていた。彼らが私たちのドサ周りにこれなかったのは、仕事が忙しいからという理由だったから仕方ないのではなかろうか。
最近、お世話になった青竜さんと赤竜さんと緑竜さんに会えていないので元気だろうか。私の時間経過と彼らの時間経過の体感は違うだろうから、気にしていない可能性もあるけれど。しかしお二人とも飛竜便を担ってくれるつもりだったようだ。私は片眉を上げながらディアンさまとベリルさまを見上げた。
「なかなか亜人連合国にお邪魔できずに、侯爵邸にきて頂くことが多くなったので申し訳ない限りです」
遊びに行くと言っているものの、なかなか実行できずにいる。時間を捻出すれば行けないことはないけれど、足が遠のいているのは何故なのか。不思議だなと私が小さく笑えば、ディアンさまとベリルさまも苦笑いになり『無理はしないでくれ』『ええ。貴女がこれないのであれば、我々が向かえば良いだけですから』と答えてくれた。
「そうね、ナイちゃんがこられないなら、私たちが動くだけね」
「うんうん~こっちは身軽だしね~」
ダリア姉さんとアイリス姉さんもうんうん頷き、アルティアさまとセシリアさなもうんうん頷いている。ソフィーアさまとセレスティアさまは自身の職場に親がくるのは少々苦手なようで微妙な顔になっていた。
また毛玉ちゃんたちが戻ってきて、遅れておばあも戻ってくる。毛玉ちゃんたちはまだまだ元気が有り余っているけれど、おばあは少し疲れているようだ。ジャドさんたちが少し気にしている様子を見せているから、私は毛玉ちゃんたちの方へと顔を向けた。
「毛玉ちゃん、少し休憩しようか?」
私はおばあが疲れていると言えばおばあが気にするだろうと目的だけ告げた。
『えー!』
『にゃんで?』
『もっちょ!』
三頭は尻尾を振りながらもっと遊びたいと訴えてくる。私は仕方ないと『おばあが疲れているからね』と告げれば、毛玉ちゃんたちはおばあだけ休めば良いと口にする。
一度休憩を挟んで水分補給して欲しいのだが、遊びたい気持ちが勝っているらしい。この様子をお客人は微笑ましそうに見ており、毛玉ちゃんたちがこれからどう判断するのか気になるようである。毛玉ちゃんたちの様子を見ていたヴァナルと雪さんたちが寝転がっていた芝生から立ち上がり、毛玉ちゃんたちの下へと歩いていく。
『友達、疲れてる。なら一緒に休む』
『そうです。一緒に遊んでいるのですから、一緒に休みましょう』
『身勝手を言ってはなりませんよ。おばあの方が体力が少ないのです』
『少し休んで、また遊べば良いだけではありませんか』
ヴァナルと雪さんたちの声に毛玉ちゃんたちは黙り込み考える仕草を見せている。少し間、沈黙が流れると『おばー』『きゅーけい』『やちゅも』と彼女たちはおばあの下へと駆け寄る。
異種族同士の友情に『ぐほっ!』『ぐはっ!』と心を射抜かれている方たちがいるけれども、皆さま慣れてきているのか無反応だった。唯一、某公爵令嬢さまと某公爵夫人が冷めた目線をご本人たちに向けていたけれど。
毛玉ちゃんたちはおばあを連れて芝生の上でごろりと寝転がった。一緒に遊んでいた――というより興味を引かれて少し走っただけ――仔天馬さまたちは母天馬さまの下に戻って乳を吸っている。護衛の騎士の方がバケツに水を用意してくれると、毛玉ちゃんとおばあは立ち上がって勢い良く水を飲んでいる。やはり喉が渇いていたかと私が笑っていれば、ダリア姉さんがふいにこちらを見ていた。
「そういえばナイちゃん」
「はい?」
「仔猫たちの預け先は決まったの?」
トリグエルさんが産んだ三匹の仔猫の預け先問題は既に解決していた。ダリア姉さんには申し訳ないが、事実を伝えねばと私は彼女を見上げる。
「それが……屋敷で働いている方たちに仔猫が懐いてしまって、各自お気に入りの方の部屋で生活を初めているんです」
三匹の仔猫たちは親元からの巣立ちが早く、自由気ままに屋敷の中をウロウロしていた。毛玉ちゃんたちに遭遇しても落ち着いたもので、毛玉ちゃんたちの方が仔猫たちにシャー! と警戒されるため遠慮している。
毛玉ちゃんたちが仔猫たちにタジタジになっている姿は賛否両論あるようだが、仔猫たちは屋敷で自由に過ごすうちにお気に入りの人間を見つけていた。トリグエルさんもエッダさんと仲が良いし、調理部の方とも懇意にしている。きっと仔猫たちも母親に倣ってお気に入りの方を見つけたのだろう。部屋に入ってきてベッドに侵入していると報告が上がったものの、お世話が嫌でなければ一緒に過ごしてくださいと私がお願いしたのだ。
「あら?」
「大事にしてくれているんだね~」
ダリア姉さんとアイリス姉さんは残念と小さく笑い、アルティアさまとセシリアさまはあからさまに肩を落としている。前回のように母親の側を離れなければ、誰かに引き渡していただろうけれど……今回、親離れはできているし、産まれた仔たちは全員雌のため屋敷で過ごして貰おうと決めた。
お猫さまはまだ若いし妊娠することがまたあるだろうと話して今日は解散となる。また遊びにきてくださいねと私が告げれば、彼ら彼女らの家にも遊びにきて欲しいと微笑まれ、去り際にアルティアさまが私に身体を向けた。
「ナイさま。わたくし、いつでもアストライアー侯爵家で働く準備はできておりますので!」
アルティアさまが生き生きとした顔を向けて、私に凄いことを言ってのけた。いや、まあ、なんでも良いなら彼女を雇う席はあるけれど。どう返事をしたものかと悩んでいれば、彼女の声が届いていたのかセレスティアさまがありありと息を吐いた。
「お母さま、図々しいのでは……」
「あら。もう家のことは彼女に任せられますし、わたくしもそろそろ自由に生きても良いでしょう?」
ふふふと笑ったアルティアさまは颯爽と馬車に乗り込んで辺境伯領へと戻っていく。既に次期辺境伯夫人への教育は終わっているため割と時間を持て余しているらしい。アルティアさまに振り回されている辺境伯閣下の姿がありありと浮かぶなあと私は遠い目になるのだった。