魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0076:傷。外務卿さま。

 亜人連合国のエルフの女性二人に、お礼の連絡を済ませると私へと振り返る小柄な女の子。

 

 ――リン、少し話したいことがあるんだけれど。

 

 いいかな、とナイは続けてそう言った。

 

 亜人連合国から戻ってもう六日目。せっかくの休暇だしどこか行きたいねと言っていた、彼女の願いは叶いそうもない。城からの呼び出しや、度々王都へと飛んでくる竜への対応に、その竜たちに腰を抜かした人へ治癒施術。他にもいろんなことに時間を取られて、忙しい日々を過ごしている。

 

 他の人から見れば大変だと言われそうだが、あの頃に比べるとどうと言うことはない。兄さんやナイ、そして街へと出れば残りの二人が元気ならそれでいいし、温かいご飯と寝床があるのなら幸せ。

 

 黒髪聖女の……ナイの専属護衛騎士となって早四年。彼女の名前が売れ始めた頃から『その座を譲れ』『孤児が生意気に』だなんて、やっかみを受けたこともある。ずっとその地位に就いているのは彼女が『ジークとリン以外に考えられない』と教会に言ったこと、兄さんと私の実力が教会から認められていたことが大きいと、彼が言っていた。

 だから、力や技術を身につけることを怠ることはない。他の人たちよりも弱ければ、彼女の専属から外れる可能性だってあるし、勝負を挑まれて負けたとあればその座が揺らぐこともあるだろう。

 

 教会からはなるべく傍を離れるな、一人にさせるなと告げられていた。

 

 彼女の魔力量はどの聖女と比べても多く、失うと手痛い逸材。あんなに小さくて可愛らしいのに、魔力感知に優れている人は『化け物』だと零すこともあった。そんな時、彼女は困ったような顔で笑って受け流す。教会や公爵さまによって、孤児から救い上げてくれたことには感謝している。こうして生きていられるのだから。

 

 母さんが死んで、家を追い出され、兄さんと一緒に王都の街中をさ迷い、悲しくて、寂しくて、お腹が空いて。優しい人が助けてくれるだなんて、子供心に考えていた。

 

 世間は無情だった。街中で子供二人がウロウロとしていても、誰も気にしない。助けてと心の中で悲鳴を上げても気付いてくれない。

 どうすればいいのか分からなくて、ただただ兄さんが引いてくれている手を頼りに、ひたすら歩いて辿り着いた貧民街。疲れ果て入口近くで座り込んだ私たちを、時折通る大人が一瞥して去っていく。嗚呼、誰も私たちに興味はなく助けてくれることなんてあり得ない、と諦めた時だった。

 

 『大丈夫?』

 

 ボロボロの平民服を着て、私たちよりも痩せた幼い子が手を差し伸べてくれた。こっちへおいでと貧民街の奥へと進み、古びた小さな小屋へ案内してくれた。中に入ると同年代の子が数人。ここまで連れて来てくれた子の後ろに立つ、兄さんと私に視線が刺さる。

 口々に『誰だ』『使えるのか』と言い、『知らない』『分からない』けど、見捨てられないと幼い子。小屋の中に居た全員が深いため息を吐いて、仕方ないと中へと招き入れてくれて。自己紹介をする。

 

 境遇は様々だった。貧民街に元々住んでいた親が死んで一人になってしまった子、捨てられた子、そもそも親の顔すら知らずにどうにか生きてきた子。

 

 『ナイ』と名乗った子に、変な名前と当時の私は思っていた。後で自分で付けたと彼女から聞いた時に、後悔したけれど。

 

 仲間との生活が始まった。貧民街での慣れない生活に、母さんが死んだ寂しさで夜に泣くこともあった。

 いつの間にか私に気付いた彼女がやってきて『寂しいね』『悲しいね』『我慢しなくて良い』『泣いて良いんだよ』と言いながら、抱きしめてくれる。私より小柄だし痩せていて骨ばっていたけれど、抱きしめられ彼女の肩に顔を埋めて背を撫でられるのが、どうしようもなく暖かくて優しかった。

 

 兄さんはよく私に『泣くな』と言っていた。ナイはその逆。あの時の私には、兄さんの言葉は理不尽だった。母さんが死んでどうしようもなく心が締め付けられているのに、理解をしてくれない。正直、兄さんの言葉は不満だった。

 後で気が付いたけれど兄さんも我慢していたのだろう。けれど私のお兄ちゃんだし、母さんから『ジークリンデをお願い』と言い残されていたから。最近あの時の事を思い出して、ごめんなさいと謝ると『気にするな』と照れ臭そうに兄さんが告げたのだった。

 

 要領が良かった兄さんは仲間たちに直ぐに受け入れられていた。

 

 元々喋る方じゃないし、不器用だから新入りの私を疎む声もあったけれど、彼女は私の目を確りと見ながら、どうしたいのか、何を考えているか、よく聞きだしてくれた。

 出来る仕事を与えてくれて、時には彼女から手ほどきを受けたり、分からなかったり出来ない時は根気よく教えてくれる。手順や要領さえ覚えれば、コイツは出来ると周りが認識してくれて、ようやく私を受け入れてくれた。

 

 貧民街で暮らしていると、大人たちの暴力に晒されることが時折あった。そういう時は、直ぐに逃げると決めていた。

 

 夜、真っ先に気配に気付いたのは彼女だった。

 

 一番最初に私に声を掛けたナイは裏手から出るようにと言って、静かに残りの仲間を起こして逃げるように促がす。ガタリと大きい音がして大きい影からぬらりと伸びる。そうして最後に逃げようとしていたナイが、運悪く捕まったのだった。

 

 『っ……――痛てぇ! 餓鬼が大人しくしろっ!!』

 

 『ぐっ!』

 

 声と共に微かにお酒の臭いを感じた。どうやら酔って子供しかいないこの場所へと、忍び込んだようだった。

 怒気を含んだ声に肩を竦ませると、仲間が頷き合い近くにあった廃材を手に取り男へ反撃を試みた。子供であっても多勢に無勢には敵わなかったようで、汚い尻を何故か半分みせながらそそくさと逃げていく。

 

 『大丈夫か!?』

 

 『うん、平気』

 

 『怪我……!』

 

 『大丈夫、浅いから。ありがとう、助かったよ』

 

 みんながナイへと駆け寄って無事を確認している。左腕を抑えて痛みを我慢しているような顔が、天井から漏れている月明かりに照らされていた。

 

 『ナイ!』

 

 『リン。何もなくて良かった』

 

 私の顔を見て凄く安心したような顔をするナイ。この時の私は理解が出来ていなくて、どうしてあんな顔をするのか分からなかった。随分と後になって気が付いて、後悔した。私を真っ先に逃がしてくれたのは、みんながその可能性に気付いていたから。酒に酔った男の悪意を理解していたから。

 

 ――守られてるだけじゃ、駄目だ。

 

 強くなきゃ、もっと行動しなければと決意した時だった。

 

 私にとって兄さんは父と兄。ナイは母であり姉であり妹のような存在。大切な仲間であり、家族。自分の道を見つけて一緒に居ることは中々出来ないけれど、生き残った孤児仲間も私にとってかけがえのない存在で。

 

 「リン、一緒にお風呂入ろう。話は其処で」

 

 兄さんは『なら少し席を外すぞ』と言ってナイが借りている客室から出て行った。

 

 「久しぶりだね。嬉しいな」

 

 最近、環境が変わって中々一緒にお風呂に入ることはなくなっていた。王さまの言いつけで、ハイゼンベルグ公爵家敷地内にある別邸にて過ごすようになったから。服の下に隠れて、腕に残っている古傷を見る度にチクりと胸が痛む。あの時、もっと上手く行動していれば、今みたいな強さがあれば。

 

 「どうしたの?」

 

 「ううん、なんでも」

 

 ナイの言葉に軽く頭を振って、お風呂場へとゆっくりと二人で歩いていくのだった。

 

 ◇

 

 ハイゼンベルグ公爵家別邸のお風呂場は、教会宿舎のお風呂よりも大きくて綺麗だ。脱衣場で服を脱いで丁寧に畳んで、籠の中へと入れる。介添えの侍女がナイに付いているはずだけれど、姿が見えない。

 

 「リン?」

 

 きょろきょろとしている私に気が付いたようだ。

 

 「あ、うん。侍女の人が居ないから」

 

 「無理を言って席を外してもらったんだ。聞かれても困らないけれど、リンとゆっくり話したかったし」

 

 一体何を話すのだろう。最近の出来事だろうか。少し前に『人が居ない場所なら問題はない』と言っていたことがあった。その時のことだろう。おもむろにナイが上着を脱ぐ。

 

 「ナイ、傷が……!」

 

 綺麗に無くなっていた。彼女の身体には孤児時代に負った傷が至る所に残っていた。兄さんと私と出会う前から無茶をしていたのだろうし、出会ってからも無茶をすることが多く生傷が絶えなかった。

 一番酷い傷が、あの日の夜に男が負わせた腕の傷だった。少し肉が削げていたから自然に消えることは難しかったのだろう。

 

 「うん。話したい事ってコレのこと。――風邪引くと駄目だし、先に湯舟に浸かろう」

 

 私たちの傷はナイが聖女になったばかりの頃に『苦手だから練習台になって』と笑いながら、私たちに申し出た。その時はなんにも気付かずに『分かった』と言って、彼女に傷を治してもらっていた。暫くして、それが彼女の方便だったと気付いた時には遅かった。

 

 ナイも傷が残っているのだから治そうと言っても『お金が勿体ない』の一点張りだった。傷を治そうと告げる教会の神父やシスターにも同じことを伝え、それでも喰い下がると『仲間と共にあの貧民街で生きた証だ』と口にする。

 そう言われてしまうと多くの人が言い淀み、さらに踏み込むことが出来なかった。だから、彼女の傷は今の今まで残っていたのに。

 

 「ほら、掛け湯しないと」

 

 「うん」

 

 ナイは聖女に召し上げられ宿舎生活が始まると、毎日お風呂に入っていた。二日か三日空けるのが、王都の人たちの普通だというのに。

 出来ることなら毎日入ってさっぱりしたいし、寝る前に入ると良く眠れるから気持ちいいよと笑ってた。孤児生活の時には一切言っていなかったから、一度試して余程気持ちよかったのだろう。

 

 掛け湯を終えて私が先に湯舟に入ると、ナイが遅れて入る。教会宿舎の浴槽より大きくて、二人で入っても余裕が十分にあったけれど、話をするのならばと彼女の背に回り込んで後ろから抱きしめた。

 これが私たち二人のお風呂での定位置で、慣れ親しんでいる。話をする時も、彼女が疲れて寝落ちしないように見張っている時もだ。

 

 「……格好つけて傷を残してたけど、良い機会と思って治してもらったんだ」

 

 そう言って左腕を少しだけ水面から出したナイ。おそらくあの国でだろう。エルフの人は魔術に長けていると聞いたし、長命で技術開発に余念がないそうだ。

 綺麗さっぱり、傷があったことが信じられない程に治ってる。それを見て凄くホッとした。彼女の身体に残っている傷を見る度に後悔が押し寄せていたから。どうして私は魔術を使えないのか、使えてさえいれば彼女の傷を治せていたというのに。

 

 「良かった」

 

 抱きしめている腕に力を込め、身体を更に寄せる。

 

 「え」

 

 「本当に良かった……」

 

 治してくれたというならば誰でも良い。

 

 「ごめん。そこまで気にしていたなんて思ってなかった」

 

 自分のことは勘定に入れないことが多い彼女。お金が勿体ないというのも本心だろう。もしかしたら『孤児仲間と生きた証』もその為の方便の可能性だってある。でも、割と頑固な所がある彼女が、どうして折れたのだろうか。

 

 「ずっと気にしてたよ。だってあの時ナイは私を真っ先に逃そうとしてくれたでしょ」

 

 そう言って、彼女の左腕に傷があった場所を優しく握る。

 

 「……あ。分かってたの、リン?」

 

 「分かったのは最近……かな。その、遠征とかで軍の人たちが話しているのを聞いたりするから」

 

 男の人が多い世界だ。知識は自然についたように思う。兄さんも目の前の彼女も、そういう知識は疎いと感じているようだけれど、必要なことだろうと本能的に受け入れたから。

 

 「…………そっか。リンも大人になったねえ」

 

 くくく、と笑うナイ。パシャリと湯面の音が鳴る。

 

 「何の相談もせずに消したのは、これから人目に触れる機会が多くなるし、傷を見て『治そう』って言われることもきっと多くなるから」

 

 ナイが今回引き起こしたことが、国をあっと驚かすものだった。私も信じられないけれど、これから環境がガラッと変わってしまうのも、なんとなく分かってる。

 爵位を与えると王さまから言われたし、屋敷も与えてくれるって言ってた。だから彼女のお世話をする人が必要だ。貴族って面倒で、そういう体面は大事にしているから。他にも人を雇うことになるのだろう。

 

 「ごめん、ちょっと疲れたかな。――これからを考えると、どうにも気が重くなっちゃった。アリアさまにも格好つけて説教したのに、凄く馬鹿だよね」

 

 彼女の介添えをする侍女たちが同じ人とは限らないだろう。教会や王族、公爵家の人間、いろいろと入れ替わり立ち代わり。

 聖女という立場は高潔やら清廉やらとイメージが周囲の人に刻まれていて。身体に傷なんてあり得ないと、反応する人が大多数。その度に、同じ言葉で否定するのは疲れる。

 

 「そんなのどうでも良いよ。良かった本当に、良かった……」

 

 疲れても恰好が悪くても、ナイはナイだ。

 

 「ごめんね。ずっと気にしてたなんて思ってもいなくて……」

 

 腕だけを伸ばして頭を撫でてくれる。

 

 「ナイは自分のことになると途端に鈍くなるから」

 

 「う……。よく言われる」

 

 ふと下を見る。少しだけ生え揃えていた彼女の下がつるつるになっていた。

 

 「あれ、剃ったの? 絶対に残すって言ってたよね」

 

 身支度をするシスターさんたちに言われて、慌てて拒否をしていたことを思い出す。衛生面で剃っている人が殆どだったけれど、ナイは見た目が子供だから、大人の証としてここだけは死守すると言ってたというのに。

 

 「公爵家の侍女さんの圧が凄かったんだよ……勢いに負けた……怖かった」

 

 う、と泣きそうな顔になるナイを更に抱きしめる。

 

 「お揃いだ。嬉しい」

 

 

 

 「そんなことで喜ばれても」

 

 「ナイ」

 

 これからも一生ナイの傍で兄さんと私で彼女を守っていく。『黒髪聖女の双璧』と二つ名で呼ばれていることは知っているし、もっと有名になれば彼女の名声にも繋がる。

 ナイだって私たち以外を専属護衛にする気はないと教会に公言しているから。でも気持ちはちゃんと伝えよう。

 

 「ん?」

 

 「これからも一緒に居ようね」

 

 「うん、きっとジークとリンが居ればなんでも乗り越えられる。それにあの二人も居るしね――……って、リン! 締まってる、力強い!!」

 

 「え、あ、ごめん! ちょっと力入れ過ぎたね」

 

 死ぬかと思ったと小声で彼女が零していた。そんなに強くした覚えはないけれど、魔術師系の人は身体強化を苦手としているから仕方ない。

 

 ナイをないがしろにする人が居れば、ぶん殴る。単純で明確で分かりやすい。私は兄さんみたいに知恵は働かないけれど、力にだけは自信があるから。彼女の立場は随分と上がっているので、これから今までと同じ生活が送れるとは限らない。

 

 でも……それでも、彼女の傍に居させて欲しいと願うのだ。

 

 ◇

 

 ――生まれた時から存在が薄いと言われていた。

 

 アルバトロス王国は魔力量の多いものが生まれやすい。それ故に『異能』と呼ばれる特異な能力持ちの人間が生まれることがままあるそうだ。現筆頭聖女さまの『先見』もその一つ。私は『薄影』という異能持ちだった。

 私の家系は代々『外務』に携わる仕事に就くことが多く、継子として両親から期待され教育も十分に施された。

 

 元々アルバトロス王国は、障壁によって閉じ籠りぎみな国である。諸外国よりも守りに徹する国として名を馳せており、他国からは『弱腰』だの『腑抜け』だと言われることも多々あった。

 が、障壁に頼ってばかりでは問題があるのは歴代の国王陛下が危惧しているのだ。魔力持ちの人間が多く生まれることを利用し軍と騎士団を運営。平時は国内の魔物討伐に注力しているが、緊急時には国境へと派遣されて諍いや戦へと駆り出される。訓練も積んでおり他国と遜色はない……いや、魔力がある分優れているのだ。

 

 ただ閉じ籠っているから力を誇示する機会は少なく、我が国を他国が蔑む理由となってる。上層部はそれを良しとしている気配がある。舐められている方が実際に戦となった時に有利である、と。確かにそうだ。間違いはない。

 

 けれど、外交に出て他国から嫌味を言われるのは、陛下や外務に携わる人間。

 

 そこでキレ散らかせば落ち度にしかならないし、喧嘩なんて売ろうものなら自身の首が飛ぶ。

 

 いや、まあ、影が薄く他国の外交官から中々言われることがないから、部下の愚痴を理解出来ていない部分もあるかもしれないが。

 

 「外務卿! 大変ですっ!!」

 

 「どうした?」

 

 亜人連合国へと事態説明の為、第一王子殿下と宰相補佐、使節団の代表として竜の浄化儀式を執り行った聖女と、彼女の補佐に公爵令嬢が一日前に馬車に乗り隣国から旅立った。

 昨日の夜、殿下と宰相補佐が護衛数名を引き連れ『緊急事態だ』と血相を変え彼の国から戻ってきた。亜人が急に空を飛んでアルバトロス王国へと乗り込むと言い始めたらしい。

 少ししてその誤解は解けるのだが、事態をキチンと説明してくれなければ間違えた情報を流してしまう。慌てていたことは理解できるが、第一王子殿下も宰相補佐もまだ若いという証拠だった。

 

 隣国の外務官も巻き込んで関係各所に『明日の午前中、空に竜の大群が飛ぶかもしれないが、アルバトロス王国へ向かっているだけ。問題視するな』と方々に連絡を付け終わったというのに。前日の夜から朝になるまで、不眠で働き仮眠を取ったところだ。もう問題はこりごりだと、やって来た部下をじっと見る。

 

 「俺たち、置いて行かれました!!」

 

 「え? どういうこと?」

 

 ちゃんと説明して欲しい。『いつ・どこで・誰が・何を・何故?・どのように』は大事なんだけれどなあ……。私、君が外交官に就いた頃、きっちり指導したよねえと、遠い目になる。

 

 「みんな竜の背中に乗って帰っちゃったって! 外務卿、俺たちみんなに存在を忘れられていますよっ!?」

 

 訳が分からないという顔をしていると補足を入れた部下。何故そうなるのだろうか。手筈では、こちらへ戻って転移魔術陣で王国へ戻ると決められていたのに。

 

 「…………いや、馬鹿な」

 

 「だって殿下方、戻って来ないじゃないですか!」

 

 確かに時間は朝から夜へと移っている。そろそろ帰ってくるだろうと、安気に待っていたのだけれど。

 

 「でも戻る時間、決められてなかったよね」

 

 「確かにそうですが……ああ、もう! 緊張感の欠片もない顔をして、そんなだから外務部は無能の集まりとか言われるんですよ!」

 

 いや、無能ならこの仕事をやっていけないし。能力は必要。交渉事とかあるんだし。影が薄くて馬鹿にされることは多々あるが、仕事はちゃんとしている。基本、国の頂点同士の話し合いだしね、外交って。その下支えが私たちの仕事で地味な仕事振りだから、目立たないけれど。

 

 「とりあえず、国に連絡してみよう。事実確定はそれからだよ」

 

 座っていた席から立って、連絡用の魔術具の前に立つ。手をかざし魔力を練ると、アルバトロス王国の外務部へと繋がるのだった。

 

 『外務卿、お疲れ様です』

 

 「うん、お疲れさま。――ところで、竜に乗って使節団一行が帰ったって聞いたのだけれど、本当?」

 

 『ええ。昼過ぎにこちらへ戻って来られていますよ。飛行ルートだった国や王都は随分と騒ぎになりましたが』

 

 くつくつと愉快そうに笑いながら、私に答えてくれた。本当に忘れられている……。連絡一つ寄越さず、殿下たちは戻ってしまったようだ。転移魔術陣は国同士の使用許可と多大な魔力が必要になる。私や部下たちの魔力では全く足りないし、どうしたものだろうか。

 

 「置いて行かれた……」

 

 『え?』

 

 「殿下たちに置いて行かれたよ、私たち外務官は」

 

 『ああ……、そのご愁傷さまです。上に報告しておきますので、あまり気落ちなさらずに』

 

 「ありがとう、優しさが胸にしみるよ。頼んだよ、帰る方法はいくつかあるけれど、個人で戻るにはお金が掛かりすぎるから」

 

 戻れないことはない。冒険者ギルドに依頼を出し、転移を使える魔術師が運よくいれば戻ることは出来る。

 ただ、連続で転移を行うことは難しい。魔力量が多い者が居れば一番良いが数が少ないし、そういう人間は重宝されているから。だから金が掛かる。まあ、申請すれば仕事扱いとして国が立て替えてくれるはずだ。が、今代の財務卿は厳しい人なので、ねちねちと言われ続けそう。

 

 ああ、存在を忘れがちにされるのは悲しいなあ。窓の外から夜の城下の街並みを見る。

 

 アルバトロス王国よりも街の灯りが少ないことが、悲しみに拍車を掛ける。この国の外交官に事情を話すと、凄く同情的な視線を向けられた。だよね、あり得ないよね。同行者を忘れるだなんて。

 しかも私『外務卿』だよ? 外交官のトップで彼らを統べる者だ。扱い悪いよねと不貞腐れつつ、もう一泊させてくれと申し出ると快諾してくれた。

 

 『すまん! 本当にすまん!!』

 

 数時間後、慌てた様子で第一王子殿下が連絡を寄越してくれた。迎えを用意してくれるようでホッとする。ただ少し時間が欲しいと言っていたので、いつになるのやら。取りあえず安堵して寝床に入った。

 

 数日後、私たちの迎えが巨竜だと知って腰を抜かすのは、お約束だったのだろうか。

 

 手配したのは一体誰だろう……。

 

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