魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
伸びてきた手に気付くと、既に遅かった。
「ぐふっ!」
王妃さまの大きな胸に私の顔が埋もれているのは、まだ構わない。何故そんな恰好をと首を傾げてしまうくらいに、彼女は薄着だった。胸を強調するように白磁の肌が空気に直接晒されていたのだ。イコール、私の顔が王妃殿下の胸に直接触れている訳で。
抵抗も出来ないので、されるがまま。誰かに助けを求めたいけれど、胸に押し付けられているので声にはならず。
時折、口と鼻を通る空気からは良い匂いがする。おそらく王妃殿下が身に纏わせた香の所為だろう。嫌味にならない程度の丁度良い加減。教会貴族の一部の人たちの、あのキツイ臭いとは大違い。
「ようやく会えたわ。お馬鹿さんが余計なことをしてくれたお陰で、機会がなかなか出来なくて」
お馬鹿さんというのは銀髪オッドアイくんのことのようだ。勝手に竜を倒したことに、お貴族さまへ刃を向けたあげく、暴言の数々。そこから亜人連合国行きが決まり、竜が王都の空を舞ったり、新しく国交を開いたりと王家や上層部の人たちも大変だったそうな。
「癒される」
私は窒息寸前ですが……。そろそろ離してくれないとマジで頭に酸素がいかないけど。ああ、綺麗なお花畑が頭の中に描かれている。
「殿下、解放して下さい。聖女さまが動いておりません!」
微かにソフィーアさまの声が耳に届く。ソフィーアさまも良い声しているよねえ。美人でスタイル抜群で良い声で、お金持ちのお嬢さまで文武両道な人が慌てているよ。珍しいこともあるもんだ。
「え? あら、あらあらあら」
ふいに力が緩んで、胸から解放された。
「………っは」
短く息を吸ったあと、深く息を吐いたり吸ったり。新鮮な空気が肺をようやく満たすが、死を実感した。なんで人さまのおっぱいに埋もれて死を実感しなければならないのか。
あれ、でもリンと一緒に寝ていて、無意識に締め上げられた腕により、骨が折れそうになったこともあったけ。
魔力という不可思議なものが身体に備わり、能力差で身体を強化出来る人と出来ない人に分かれているから、こうして力の差がありすぎることもある。こうなると身体を強化出来ない人間は、抵抗は無理である。
「ごめんなさいね。つい嬉しくて」
つい、で窒息しそうになるのか。確か他国から嫁いできた王族だと聞いているので、魔力所持量も多いだろうし魔術の教育も確り受けているのだろう。身体強化に魔力を注ぎ込めないのが悔やまれる。本当にその部分に関してだけは、運というか個人差。少しくらいは身体強化してもいいんじゃなかろうか、私の場合。
「いえ……お初目にかかります、聖女ナイと申します」
謁見場で何度か姿を見ていたが、こうして顔を突き合わせるのは始めて。相手も私の事を知っているようだけれど、初っ端の挨拶は大事なもので。
聖女としての礼を執って顔を上げると、妖艶な色香を放つ王妃殿下が更に怪しい雰囲気を醸してる。何故、こんな空気を纏うのか謎ではあるが、正直に口にすると不敬になってしまうので黙るのが賢い選択。
「ベアトリクス・アルバトロスよ。――ねえ貴女、わたくしに飼われてみない?」
何故そうなるのだろうか。先程の王女殿下がジークに放った言葉と被る。似た者親子なのだろう。
奴隷制度を運用している国もあるので、この言葉が出てもおかしくはないが、アルバトロス王国に奴隷制度は存在しない。
改めて王妃殿下を近くでみると、どエロイ人というのが正直な感想だった。妙な言葉を口走ったというのに、目は真剣に私に向けられている。その場しのぎで同意の言葉を口にすれば、本気で受け取りそうだ。目の前の女性は。ならばどう返答するのが正解か。
「殿下に飼われて良いという判断が今の私には出来ません」
少し目を見開いて、直ぐに私を見定めるように目を細めた王妃さま。持っていた扇を広げて口元を隠す。
この手の我の強い人に『嫌だ』とか『はい』と返すと、碌な事にならない。前者なら面白がられるし、後者ならばすぐに飽きられるか捨てられるのがオチ。飽きられるのは大歓迎だけれど、困った時に見捨てられては敵わない。だったら、興味を引きつつ距離を保っておくのが一番良いだろう。
賭けのようなものだけれど。まあ、本気でモノにするなら拉致でも何でも実行可能なので、冗談とかお遊びの域なのだろう。彼女にとっては。
「あら。ではその判断が出来れば、わたくしに飼われても良いというのかしら?」
聖女の仕事をしているから無理だろうけど。くつくつと愉快そうに言葉を紡いだ王妃さま。
「陛下や教会、関係各所の許可が頂けるのならば」
自分で言っておいてなんだけれど、本当に柵が多い。少し前までは教会に知らせておけば、王都の街に行くことも出来たというのに。
今やこの場に商人さんや職人さんを呼びつけるしか方法がなくなっている。二学期が始まる前には貴族街の邸に引っ越しだけれど、多分状況はそんなに変わらないだろう。
「……まあ、そうなるわよねえ」
肩を竦ませて、不敵な雰囲気を霧散させた王妃さま。扇子をぱちりと閉じて、綺麗に笑う。
「ベアトリクスでいいわ。貴女に会いたかったのは本当。飼いたい気持ちも本物だけれど、まあ諦めましょう。――その代わり……」
王妃さまの腕が伸びてくる。
「は、離してくださいっ!」
またしても子ども扱いである。流石に片腕で支えられることはないけれど、両腕を使って抱き上げられた。
「落ちると危ないから腕を回しなさい、ナイ」
確かに危ない。王妃さまも身長高い部類に入るので、床との距離が結構ある。仕方がないので肩に腕を添えさせて貰う。
「黒髪と言われているけれど、本当に黒なのね」
片腕を離して私の髪を一房掴み、器用に王妃さまの髪と巻き付ける。
「わたくしの髪色は濃紺だから……ほら、こうすると分かり易い」
真っ黒と黒に青を混ぜたような王妃さまの濃紺色の髪が交ざり合っていた。互いの髪が絡まっている所を、目を細めて眺めている王妃さま。確かに分かり易いけれど、何故こんな意味のないことをしているのだろう。
「でんっ――」
殿下と言おうとした途端、口に人差し指を当てられた。髪は自然に解けている。
「違うでしょう……ね?」
目線の動かし方にしぐさや声の強弱の付け方が異様にエロいんだけれども。違う道に誘われそうな気分になるのを、首を小さく振って振り払うけれど。
「ベアトリクスさま」
逆らえない雰囲気を感じ取り、結局王妃さまの名を呼ぶ羽目に。
「そう、良い子」
そう言って応接用のソファーへ押し倒された私だった。誰か、見てるだけじゃなくて助けて。本当に!
◇
――なんでこうなるのか。
王妃さまに応接用ソファーに押し倒されております。部屋に人が居るというのに、堂々と押し倒しましたよ。このまま黙っていたら貪られそうな雰囲気があるけれど、誰も止めないというのはおかしな状況である。というか真面目の塊である彼女が止めないのが不思議でならない。
つ、と王妃さまの右手が私の脇腹をなぞる。色気マシマシな不敵な顔で。Mっ気が強い人は凄く喜びそうな状況だよなあ。雰囲気とか全くそういう気分にもなっていないし、弄ばれているのは理解できているので、こう『きゃ』とか『ん』とか相手が喜ぶ言葉も出ない。
「不感症なのかしら? わたくしが囲っている子たちは喜ぶのだけれど」
眉根を寄せ不服そうな声を上げた王妃さまに、苦笑する私。本気で抱きたいなら人気のない所で事に及ぶだろう。目の前の人にはその権限と力はあるのだし。だからこそ落ち着いて状況を捉えていた。というか、囲っているって何事……。
「……人並みにはあるかと」
失礼な、多分だけれど人並みにはあるはず。恋愛とか無縁だし、そんなものよりもお金とお腹を満たすことが大事。腹が減っては何もできないし、お金もなければ何もできないのは身に染みて理解している。覆いかぶさっている身体をどかして、ソファーへ座り直す王妃さま。私もソファーから起き上がって、少し乱れた服を整える。
「わたくしで試してみる、と言いたいけれど貴女は聖女だものね」
教会にも立場があるから無理よねえ、と王妃さま。足を組み、手を伸ばして私の髪をまた一房取って、感触を確かめている。
「殿下、お戯れはそろそろお止めください」
「ソフィーアちゃん。羨ましいのかしら、貴女も加わる?」
三人でも四人でも同時に愛せる自信はあるもの、と王妃さま。本当に良いのかなあこんな問題発言をして。身内しかいない状況だから好き放題言っている筈である。謁見場で見た王妃さまは、陛下の側で黙って寄り添っているだけだし。こんな問題発言をする方だとは全く思っていなかった。
「結構です。――此処に来られたのは目的があるのでは?」
「目的なんて、彼女を愛でる以外になにがあるというの?」
ソフィーアちゃんも可愛いけれど、最近大きくなったものねえ。どうして彼女くらいで留まってくれないのかしら……なんて言ってのける。いや、望んで成長を止めている訳ではない。私だってみんなと同じような背丈が良いし、ちゃんと育っていれば周りから『チビ』だの『餓鬼』だの言われない筈だった。
「……」
言い返す気力も萎えてしまったのか、ソフィーアさまは黙ってしまう。セレスティアさまは援護射撃してくれないのだろうかと彼女を見ると、すんごい形相で王妃さまを見ていた。不敬にならないのかな、ソレ。あからさますぎるんだけれども。
「あら、居たの? セレスティア」
先程まで抱えていた妖艶な空気が散って、セレスティアさまを見据え王妃さまがにやりと笑う。
「ええ、殿下。最初からわたくしはこの場に控えておりましたわ。相変わらずのご趣味のようで」
ぴり、と火花が散った気がする。王妃さまもセレスティアさまも一体どうしたというのか。取りあえずこの状況をどうにかできないかと、この部屋の中で一番頼りになりそうなソフィーアさまを見ると、ゆるゆると首を振られた。
「人が早々変わるはずもないわ。わたくしはわたくし。成すべきことを成しているのですから、文句は滑稽でしょう」
「文句など。ただ良いご趣味をお持ちでと褒めただけですわ。――そもそも成すべきことを成しているのならば、今回の件は如何なさいます?」
また火花が一瞬散る。多分これ、常態化しているのだろう。やり慣れている雰囲気がある。
「――手は先に回しているわ。貴女が心配するようなことにはならないでしょう。まだ子供ですが、そろそろ自覚を持たなければ」
大掛かりですがあの子にとってよい薬、少々遅い気もしますがと王妃さま。王妃さまのお言葉でセレスティアさまは納得したのか、押し黙った。王妃さまが言う『あの子』は王女殿下を指すのだろう。勝手にこの部屋へ入って来たようだけれど、何か問題があるのだろうか。
「ふふふ。分かっていないようね、ナイ」
頭に疑問符を浮かべていると、王妃さまが右手人差し指で私の顔の縁をなぞり、顎で止めて顔を持ち上げて視線を彼女と合わせる。
「……申し訳ありません」
「良いのよ。わたくしたちの不手際なのだし、貴女が謝る必要もない。ただ、あの子の勝手な行動で護衛の首が飛ぶ可能性があることだけは、知っておいて頂戴」
そっか。止められなかった責任を追及されるのか。たったそれだけの事でと思うけれど、それが仕事だしなあ。
どうやら先手を打っていたらしいので、想定済みの行動だったのだろう。私の時間も丁度空いていたし、王女殿下も予定を終わらせてこの場に来たと言っていたし。あとは王女殿下にお灸をすえれば完了のようだ。しかし私自身も気を付けなければ、知らない所で誰かの首が飛んでいることもあるのだろう。
「はい」
「そんな顔をしないで。貴女を困らせる為にここに来た訳ではないし、楽しくお話がしたいだけ」
一体私はどんな顔をしていたのだろうか。あとでジークかリンに聞いてみようと頭の中でメモを取る。ぱんと王妃さまが手を鳴らすと、王城で働く侍女さんたちが着ている衣装とは違うメイド服を着込んだ方たちが部屋へと入って来た。
「わたくしが個人的に雇っている子飼いの者よ。もちろん陛下の許可を得てね」
そうしてお茶を淹れ、お菓子をセッティングして部屋から出ていく。
「王都で有名な菓子店で、なかなか手に入らないものだそうよ。さあ、遠慮なく召し上がれ」
今日の為に用意したとかなんとか。お菓子の誘惑に抗えなくて、手を伸ばす。作法はこれであっている筈だ。付け焼刃だけれど教えてもらったことがある。何故か王妃さまと世間話を繰り広げながら、満足したのか部屋から去って行った。
「なんだか凄い方ですね……」
破天荒な行動の末の茶話会はいたって普通。世間話から始まり、最後は今回の王女さま突撃の件について。王妃さまの血を色濃く継いだ所為か、随分とお転婆に育ったそうな。勉強は出来るけれど、人間関係には難があるそうで気を揉んでいるらしい。
そろそろキツイお灸を据える時期だと、王妃さま。どういうお灸になるのかは知らないけれど、まだ七歳。しかも生きることに切羽詰まっていない子だ。王族としての教育を受けても、本人の資質や受け止め方で育ち方は千差万別なのだろう。大変そうだなあと、王妃さまの話を先ほどまで聞いていた。
「昔からだよ。殿下に気に入られたなら良かったのではないか?」
破天荒な人だが出来る人なので味方に付いてくれるならその方が良い、とソフィーアさまが。突然この部屋にやってきた理由も『会いたいから』とは言っていたが、王女さまの件といい裏があるっぽい。
「実力はあるのに、何故いつもああなのかしら……」
扇子を広げて視線を部屋の端へ逸らしたセレスティアさま。水と油、犬と猿……まあそういう関係なのだろう。
お互いに口喧嘩をしていたが険悪という雰囲気ではなかったから、決定的な所まではいっていないようだし。セレスティアさまの言葉を信じるなら、実力はあるのに行動が破天荒すぎるようだ。破天荒だけなら王妃の座にはいられまい。
「……おかえり」
私の腕の中からしれっと居なくなって、ベッドの片隅に避難していたアクロアイトさまが戻ってきて一鳴きするのだった。