月の瞳は何を覗くか 作:泣沢女神
この術は苦手なんだがな、と少年は独り言つ。ただただ暗く、狭い部屋。唯一の光源である蝋燭の火が、風もないのにゆらゆらと揺れる。
打ち放しコンクリートで四方どころか八方塞がれているその小部屋は、一側面に扉が一つあるばかりで、建築法を真っ向から否定していた。
少年の足元には細やかな陣が大きく描かれており、光量の少なさも相まって不気味に見えた。カルト的にも見えるが、それにしては陣がアジア系のもので違和感を感じるだろう。最も、そんな違和感を感じる者はこの部屋に入ることは無いだろうが。
少年は右手の親指を噛んで血を流すと、すぐさま印を組み、唱える。
「口寄せ──此岸縫天」
ポタリ、と一滴の血が陣に落ち、陣と共に淡く光始める。血は意思を持ったかのように這い、壁の一側面──扉と対角にある壁にかかった地図の一座標で止まる。
遠見市。血は、少年が
少年は一つ溜息をつき、術を解除する。陣から光が消えると、血は重力を思い出し、一物体として従った。
「マンション、か」
面倒くさいとぼやきつつ、地図を張り替える。不味い造血薬を口にしながら張った新しい地図は、先ほどまで血が示していたマンションの見取り図だった。
夜。情報アドバンテージを得た少年はビル群の上を駆け巡っていた。少年は先日であった少女たちのように空は飛べない。しかし、それを補う身体能力があった。
「……一体、どこなんだ」
少年はジュエルシードをすでに7つ封印している。少年があずかり知らぬ頃だが、落ちてきたジュエルシードの1/3である。その内4つは落ちてきた初日に回収した物であったのだが、落ちるのが見えたのは5つだった。
「まったく、先にこっちを回収するべきだった」
嘆くように、残り一つが落ちたであろうビル街の上を舞う。ビル街に落ちたジュエルシードは未だ暴走せず、沈黙を保っていた。問題なのは、人というノイズが多すぎた点である。
海鳴市という土地は都会ではないが、地方都市と名乗るほどには人口がある。なにより、周囲の閑散とした市や町から出勤してくる人々によって、このビル街は海鳴市で多くの人が行き来する場所となっていた。日中は一般人が多く、深夜のように大手を振って探索できない。なにより、このビル街は海鳴市の中でも入り組んだ方である。1週間は捜索しているが、未だ見つからない。砂漠に落とした針よりは探しやすいだろうが、そんな思考をしている時点で五十歩百歩ともいえる。
そういえば、とビルの屋上から落ちながら少年は思い出す。間に合わなかった事案の一つ、大きなチャクラに反応して暴走するジュエルシード。あれは確か高町の少女が鎮圧したが、それと同じように大きなチャクラを流してみてはどうだろうか。陣の形成や触媒の用意など必要なものもあるが、儀式レベルの術を使えばあるいは──
と、そこまで考えて、頭を振り、着地する。少年がジュエルシードを回収するのはこの地を守るためでも世界を守るわけでもない。依頼主と護衛対象を守るためであり、次元や世界や星はおまけである。そこまでするのは割に合わない。
連日の仕事で疲れたのだろう、今日はもう休もうと少年は帰路に付く。儀式レベルの術を使ってまでわざと起動して探すとかアホだな、なんて考えながら。
──そんなアホが存在すると知って頭を抱えるのは、この日から数えて一週間後のことであった。
口寄せ・此岸縫天
『血泪』彗星の使う術。時空間忍術の一種。
彗星はこの部類が苦手であり、口寄せ対象へのマーキングは勿論、血と印と大きな陣が必要となる。本来であれば陣は必要ないか陣のみで使用できるのだろうが、彗星の適正は低く、正式に学ぶ時間もなかった。
発動条件さえ厳しいが、その分効果は申し分なく、逆口寄せも可能。また、対象の座標が分からなくても使用可能かつ座標を知らせるビーコンとしての機能もあるため、あえて盗ませた対象から潜伏先・隠れ家を明かすという使い方もできる。ただし、場合によっては弱点として貧血が挙げられるほど繰り返し使用しなければならないため注意が必要。
この忍術はとある空間を縫うように経由することからこの名が付いたと言われているが、その真相を知るのは今は亡きうずまき一族とうちは一族のみである。
魔力素
魔力の源。魔導士たちはこれを体内のリンカーコアで抽出・貯蔵・放出することで魔法を扱う。地球におけるこれの量はミッドチルダなどの魔法文明が栄えている地域よりも少なく、地球で魔導士の絶対数が少ない理由でもある。
尚、ジュエルシードを封印した彗星の巻物は封印術の仕様上、魔力が少量ではあるが漏れ出しており、周辺の魔力素濃度を少なからず上げている。地球で活動し続けている彗星には関係ないが、ミッドチルダ出身の魔導士たちにとっては地球上での活動がしやすくなる強化道具といえるだろう。そんな危険物を懐に入れて戦闘するかはさておき、だが。