月の瞳は何を覗くか   作:泣沢女神

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 記憶が揺れる。思考が乱れる。身体は動かず、違和感のみが残る。
 そんな時だ。手遅れの時だ。彼が私の所へ来たのは。


番外
E1 紅月の少年と若狼の少女


 何故こんなことになったのか、私には分からない。興味がなかったと言えばウソになる。それでも、こんな状況は望んでいない。

 

 何度白濁を飲まされただろうか。何度錠剤を飲まされただろうか。ただ1つ薄い理性で確かなのは、救われても私は元には戻れない。私はすでに、口元を野イチゴで汚してしまったのだから。

 

あー、やっぱもう無理じゃね?

 

 男の声。私を弄んだ男の声。何を言っているのか、もうわからない。自身の声はすでに、数回前の()()で枯れ果てた。目すらまともに開かない。

 

こいつどうする?もう売り物にすらならないぜ

放置だ放置。ここ以外にも場所はあるからな

 

 力なく、私は上を見る。風の感覚は辛うじて感じられるが、その方向はただただ暗い。重力はこの方向を空と示すが、月も星も見えない。

 

 そんな時だった。一陣の風と共に赤き月が昇った。

 

 

~*~

 

 

 悪い時に悪いものは続く。私はうんざりしていた。()()を終えた私は一晩の宿を求めていた。だからこそ、郊外のこの廃ビルに吸い込まれたのだが。

 

 いたのは2人ほどのチンピラ。近くには()()()後の少女。反応から見るに、エクスタシー*1でもぶち込んだのだろう。裏の仕事をしていれば何回かは見る。しかし、ここまで揃っている状況は珍しい。

 

 別の場所でも探すか、と考えたところで違和感を感じる。

 

「──血龍眼」

 

 左目にチャクラが巡る。酷使される目に対応しようと涙が分泌されるが、血が代償として分泌される。開いた左目は血とチャクラを用い、幻術をほどく。

 

「何度繰り返したんだ」

 

 私は近寄ってそう言う。相手は赤髪の少女、その幽霊。稀にいるのだ、地縛霊というたぐいが。そういった手合いは強い無念か大きなチャクラ、もしくはその両方を持っている。感じられるチャクラの質は彼女が()()であることを示していた。

 そこで気付く。足元のブローチ、若い狼を彫ったであろうそれを核にしている。正確には、そこにはまっている白い宝石だが。

 

「……あなたは?」

 

 彼女の声は静かに響く。自身がすでに亡くなっていると理解していない、自身がすでに体の束縛を解かれていることを理解していない声。

 

 私は憐れみと期待を込めてこう言った。

 

「彗星。周りからは、『血泪けつるい』の彗星と呼ばれているよ」

 

 手を差し出す。最低でも1年は遅かったであろう、伸ばされる手。

 

「依頼を聞こう、お嬢さん」

 

 

~*~

 

 

 次の日、海鳴市に都市伝説が1つ増えた。

 

 伝説の名は『紅月あかつきの矢』。薬の売人とチンピラが証拠と共に不審死する、ただの伝説。

 

 紅色の矢は罪人の心臓を正確に穿ち、矢の質量と同等の血をその場に残す。

 

 ただの都市伝説だ。

*1
麻薬であるMDMAの隠語。強力な媚薬としても非合法に用いられるという




若狼の白い宝石
 彗星が探している宝石、その1つ。『月涙ツキノナミダ』の名で知られる。その輝きと曲線は瞳を思わせ、現在は若い狼の紋章と共にある。
 彼は地縛霊の少女の依り代たるブローチのこれと引き換えに罪人を裁いた。彼曰く、これでも返し切れないほどこの宝石は重要だという。
 未だ少女はこの宝石に眠り、儀式まで眠り続ける。儀式の後、彼女の意志はどうなるかは分からない。どちらにせよ関係ない。彼女はすでに救われているのだから。
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