いつか、おはようのキスを君に   作:アトリエおにぎり

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第1章 ハッピーエンドのその先で
Dive to the Astorum


《認証完了。アストルム、起動。起動中は仮眠状態になるため、プレイ環境にはお気をつけ下さい》

 

 私室の布団に寝転がり、「レジェンドオブアストルム」へログインする。もはや聞き慣れた注意喚起の音声が響くと、視界が緩やかに暗転し、身体はかすかな浮遊感に包まれる。やがて陽光の眩しさと鳥の囀りに気付けば、そこはもうアストルムであった。

 

 衣服は寝間着から革のような素材の黒いジャケットに変わっている。いかにもファンタジーな世界観には似つかないスタイルだが、センスを持ち合わせていないおれにとっては、このくらいのシンプルさがちょうどよい。

 都市を見下ろす高台に位置した、2階建ての家。そこがこの「レジェンドオブアストルム」に於ける、おれの住処になる。

 

 レジェンドオブアストルム。サービスを開始して間もなく、「『ソルの塔』というダンジョンの頂上に到達すれば、どんな願いでもひとつだけ叶えられる」という衝撃的な謳い文句(当時のニュースでは、ネットジャックと言っていた)で全世界の話題を掻っ攫っていったVRMMORPG。

 

 今、おれがアストルムに居るのは、そんな手の届かない願いを叶えるため、ではなかった。そもそも、願いがどうこうというのは、結局分からずじまいなのだ。

 

 もう、3ヶ月は前になるだろうか。アストルムにログインしていたプレイヤー全てが、ゲームからログアウトできなくなるという事件があった。それと時を同じくして、ヒヨリ、レイ、ユイ、“プリンセスナイト”ユウキの4人からなるパーティが『ソルの塔』へと挑み、七冠(セブンクラウンズ)なる存在を倒して頂上へ到達。アストルムのプレイヤーを救った、らしい。

 その日、おれはアストルムにおらず、これらの内容は伝聞でしかない。もっとも、以降アストルムはプレイできなくなってしまい、何かが起きていたというのは間違いないと思う。

 

 それからしばらくして。アストルムの運営から、「『ソルの塔』の頂上に辿り着いたプレイヤーの願いを受けて、大規模なアップデートを行った」というアナウンスがあり、再びアストルムへのログインが可能となった。そうして久方ぶりに訪れたアストルムは、特に何も変わっていなかった。

 

 さて、おれがアストルムを始めたきっかけは、幼馴染の少女に誘われたこと。しかし続けている理由は別にある。端的に言うなら、おれ自身がハマってしまったのだ。

 RPGと呼ばれるゲームは、これまでいくつかプレイしてきた。そして、そのいずれにも共通して、“光”に関する力を優先的に取得、あるいはそのような力を持つキャラクターを作っていた。そんな力を、アストルムでは自分のものとして振るうことができる。正に「最高」と呼ぶ以外の何物でもない。考えてもみてほしい。思い描き、キャラクターへ不完全に投影するしかなかった力が、手中にあるのだ。要するに、おれはおれの妄想を目の当たりにするために、仮想空間を旅していた。

 

 アストルムへログインした際に、必ず行う習慣がある。現実から非現実へ意識を切り替える、儀式のようなものだ。家の外へ出て、開いた掌に意識を集中させる。光の粒が渦を巻き、やがていくつもの球となって、自身の周りを漂う。勢いよく腕を振り上げると、光球の群れは上空へ飛び上がり、音もなく爆ぜた。

 降り注ぐ光の欠片を浴びながら、夕食後にアストルムへ来た理由を思い返す。かの幼馴染に、今夜は“二人”でダンジョンへ行こうと誘われたのだった。彼女にしては珍しく、おれの住処を待ち合わせ場所に指定した。時間的に、そろそろ来る頃だろう。そう思っていると、おれの居る高台へ続く道を、魔族(のアバター)の少女が歩いているのが見えた。

 

「アンタね、もう少し、行きやすい場所に家作りなさいよ……」

 

 そして、その少女に、到着して早々文句を言われた。

 彼女はヨリ。本名、風宮より。おれをアストルムへ導いた、幼馴染みだ。おれの5つ歳下で、あかり という双子の妹がいる。

 

「お疲れ。なんでわざわざここで待ち合わせにしたんだ? ギルドハウスでよかったんじゃ」

「べ、別にいいでしょ! たまには、ギルドハウス以外で会ったって」

「……この前の特別クエストのこと、気にしてるのか。あれは、悪かった」

「うるさいわね! だいたい人前であんなことさせられて、その……。あぁもう! 先入るわよ!」

 

 ヨリは我が家へ駆けていき、多少乱暴に、ドアが閉められる。

 

 少し前に、獲得できる経験値やアイテムがとても豪華な、特別クエストなるものが、短期間行われた。過去にも同様のイベントがあり、その時は「異性のパートナーと手を繋ぐ」ことが参加条件になっていた。ところがその時は、公式が悪ノリをしたのか、あるいはそのNPCがたまたま“そういうヤツ”だったのか定かではないが、参加に際して、お互いの指を絡め合う、いわゆる「恋人つなぎ」をしろと宣うのであった。

 正直、戸惑いはあった。躊躇いもあった。それでも、クエストのためと、多少強引ながらヨリの手を握った。

 イベント自体は、始めたばかりのプレイヤーでも、多少頑張ればクリアできそうなレベルだった。どちらかと言えば楽しむことが主目的にあるようで、危なげなく終えることができた。しかしその後数日、ゲーム内でも、また現実でも、よりはおれと目を合わせず、口も聞いてくれなかった。

 また何かをきっかけに、よりの手を取ることができたら。ふとそんな思いが過ぎり、頭を振って彼女の後を追った。

 

 テーブルでくつろぐヨリを見ながら、刻まれた魔法陣の上に、水を入れたポットを置く。赤い光が灯ると、数十秒もしないうちに、湯気が立ち昇り始めた。

 

「緑茶でいい? ちょっと高いやつ買ったんだよ。違いは分かんないけど」

「アンタほんとにお茶好きよね。アストルムでも、いつも飲んでるし」

「落ち着くんだよ、色々。熱いから気を付けてね」

 

 2人分の緑茶を淹れ、テーブルを挟んでるヨリの向かい側に座る。

 ハルトとは、おれのプレイヤーネームだ。多賀(たが) 晴人(はると)。それがおれの、現実の名前。諸々のパーソナルデータが既にmimiへ登録されているとはいえ、レジェンドオブアストルムは、本名プレイヤーが多いと思う。おれは考えるのが面倒で、そのまま自分の名前で始めてしまったが。他のそういうプレイヤーも、同じような感じなのだろう。

 ふぅ、と茶を冷ますヨリを少し眺めてから、今日、彼女がここへ来た理由と思われる話題を切り出す。

 

「しかし珍しいな。よりから、クエストの誘いだなんて」

「あ、うん。えっと、『永遠の蜃気楼』って、聞いたことある?」

「いや……ないな。新しいダンジョンか? 公式から、そんなお知らせあったっけ」

「この前、ソルの塔を登ったプレイヤーの、ってアップデートがあったでしょ。その時に出来た……出来ていた? ダンジョンらしいのよ」

 

 ヨリから、1枚の画像データが共有される。それは、広い地形の一部だけが、雲のような、深い霧に覆われているスクリーンショットだった。うっすらと見える影が形取るのは、塔、だろうか。 全貌は不明だが、 その霧の上方を見ると、僅かに人工物のようなものが見受けられる。

 真っ先に、不自然だという感想を抱いた。そもそもこれは何なのだ。よりにねだられて購入した、「“アストルム”をある程度遊んだプレイヤー向けの隠し要素をまとめた書籍」にも、こんなダンジョン(?)の情報は記載されていなかったはずだ。

 

「このスクショ、どこで見つけたんだ?」

「あかりがくれたの。あかりって、アストルムでも交友関係広いじゃない? どこかで、これのことを聞いたんだと思う。で、『面白いダンジョンがあるみたいだから、お兄ちゃんと行ってくれば?』って」

「ふーん……じゃあ行くか」

「ほんと!?」

「なんだよ、行きたいんじゃないのか?」

「それは、そうだけど。どう考えても変な場所だし、何かあったらどうするんだ、とか言われるかな、って」

「そりゃあ、少しは思ったけど。謎のダンジョン、面白そうじゃん。それに……たまには、“冒険者”っぽいこともしたいしね」

「ハルトのそういう目、久々に見たかも」

 

 情報源は不確かだが、所詮はゲームだ。それこそ、「現実」へ戻る術がなくなり、アストルムに閉じ込められてしまうようなことが再び起きない限り、死ぬなんてことはないだろう。それよりも、こうして、よりと2人でアストルムを遊べることを、嬉しく思っている自分がいた。

 柄にもなく高揚していることを、彼女に見通されたようで、照れ隠しに茶を流し込む。そして勢い余って、服に溢した。

 

「あっつ! くそ、やったわ」

「ばか。もう、拭いてあげるわよ」

 

 衣服を拭われる感覚に多少の恥ずかしさを思いつつ、ふと、疑問に思ったことをヨリへ問う。

 

「そういえば、貴重なアイテムがあったりするのか? その、永遠の蜃気楼って」

「えっとね、実は、内部は何度か探索されてるみたいなの。でも、全部の階層を回っても、本当に何も無いんだって。クリアした扱いにもなってない。何のためのダンジョンか分からないし、そもそもクリア条件が不明……」

 

 一息置いて、今まで以上に真剣な顔つきで、ヨリは言う。

 

「だから、ここには絶対に何かある。お宝とか、珍しいアイテムとかじゃない、何か凄いものが。ゲーマーの勘が、そう叫んでるのよ」

 

 

 『永遠の蜃気楼』と呼ばれるダンジョン。それを端的に表すなら、「分からない」だった。何のためにあるダンジョンなのか。クリア条件は何なのか。それがある場所と、「内部に何もないこと」を除いては、全くと言っていいほど情報がない。ヨリの見立てでは、きっと特別な何かがあるとのことだったが、それはあくまで、彼女の勘に過ぎない。第一、複数のパーティーが幾度も探索して、それで何も見つからないのなら、本当に何もないのではないだろうか。

 もっとも、問題が起こらなければ、それはそれでよし。準備だけは怠らずに、過度な期待はしないで、今はアストルムを楽しむとしよう。

 ワープクリスタルを、予備を合わせて3つ。星空の水晶も、いくつか持っていくことにした。どちらもレアアイテムらしいが、高難度のダンジョンを何度も遊んでいたら、かなりの数が集まっていた。

 

「そんなに持っていくの?」

「最悪、何があってもぶち抜けるようにな。ワープクリスタル使うから、マップ見せて」

 

 ワープクリスタルへ、転移する座標の設定を試みる。記憶には残っていないが、恐らくアップデート前に訪れたことがあるマップのようで、ある程度近くの街までは転移が可能だった。

 気掛かりなのは、道中でのトラブルだ。もう【エターナルソサエティ】のような連中はいないだろうが、レベルが高い魔物の襲撃くらいは覚悟する必要があるだろう。そうなっても良いように、過剰とも言える量の星空の水晶を持ち出した。

 

 おれとヨリの2人でパーティーを組み、ワープクリスタルを起動する。視界が明転し、一瞬にして周囲の景色が変わった。

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