いつか、おはようのキスを君に   作:アトリエおにぎり

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The Day

 多賀 晴人。その名前を他人から聞かされたのは、アストルムでは初めてだった。当然だ。多くのプレイヤーがそのまま使っている(と思う)下の名ならともかく、現実のフルネームを名乗る機会は、少なくともこの世界ではないのだから。

 

「……どうして、おれの本名を?」

 

 痛む身体をどうにか起こしながら、ユースティアナへ尋ねる。

 

「現実とのアクセスが切られたはずの『レジェンドオブアストルム』に、無理やりログインを試みた者がいるらしいじゃない? そんな無謀なことをしでかす輩の正体くらい、掴んでおきたかったのよ」

 

 そう言うと、彼女は腰に手を当てて小さく息を吐く。

 

「それで、あなたをここに喚んだ理由だけど。その前に、いい情報をあげる」

 

 そして、おれの顔を見て言った。

 

「私に()()を掴ませた愚かな女の子……よりちゃん、だったかしら。その子は、この世界でちゃんと生きているわ」

 

 思わず目を見開く。衝撃的な言葉だった。よりを殺したと宣った張本人が、同じ口で彼女が生きていると言うのだから。

 おれの反応を楽しむように見つめながら、ユースティアナは続ける。曰く、「レジェンドオブアストルム」は、ある少女が叶えた“願い”によって、狂ってしまった。とある条件――特定のプレイヤーが死ぬこと、らしい――が満たされるたびに、ゲーム内世界そのものがリセットされるようになってしまった。初めて起こされた再構築の際、現実世界との接続が切断され、全プレイヤーのログアウト機能が失われた。それだけでなく、「アストルムの世界こそが現実である」と認識を書き換えられているという。

 よりは世界の再構築によって、「アストルムに生きるヨリという存在」になった。よりに限らず、再構築の瞬間にログインしていたプレイヤーは、それまでの記憶を失い、新たな記憶を植え付けられたうえで、アストルムでの生活を送っているという。幾度も幾度も繰り返されてきた、終わらない夢。

 

「荒唐無稽な話だと思うでしょう? でもね、残念ながらこれは事実」

 

 この世界を現実と思い込んでいるということについては、少し納得できた。アストルムにログインして会ってきた人物は、ユースティアナを除いて、皆「アストルム」に関するゲーム内用語を知らないように思えた。キャルに至っては、“ログアウト”という言葉すら知らなかったのだ。

 それでも、世界がループしているなんて現実離れした事象は、流石に頭が理解を拒んだ。

 

「なんで、それを事実って言い切れるんだ。証明するものなんて、何にもないじゃないか」

「確かに証明は難しいことだけど。私は、実際にその光景を見ているわ。終焉と再生が繰り返される世界を」

「……はっ?」

「このやり取りをするのも、初めてではないのよ? あなたに信じてもらう必要は、ないのだけれど」

 

 くすりと笑うユースティアナに、背筋が凍りつくような感覚を覚える。

 

「どういうことだよ。初めてじゃないって」

 

 おれの言葉を引き取るようにして、ユースティアナは静かに告げた。

 

「あなたは何度も死んでいる。私の手によってね」

 

 絶句するしかなかった。想像した最悪の、それを上回る答えが投げつけられる。自分の顔から血の気が引いていくのを感じる。おれは今、とんでもない話をされているのではないか。

 

「そろそろ本題に入りましょうか。私が求めているのは、あなたのペンダント……偽物ではなくて、あなたの首に掛かっているもの。その石の力よ」

「ペンダント? なら、奪い取ればいいじゃないか。それくらい、今にでも出来るだろ」

「もうやったわ。あなたを殺して、奪って。考え得る限りの方法を試して。でも、全部失敗だった。まあ、トライ&エラーは成功の秘訣って言うじゃない? だから今回は、これまでとは違うことをしようと思ったの」

「……『ここでおれを殺さない』……ってことか」

「察しがいいわね。私が頭を動かすよりも、元々の持ち主にやってもらう方が成功確率は高いはずだし。それに」

 

 ユースティアナは膝をついて、おれの首へと左手を伸ばした。思わず身体を逸らそうとしたが、全身が鋼鉄のように動かない。喉元を掴まれ、ぐっと持ち上げられる。彼女の右手に、禍々しい光が集まる。

 

「あなたを殺すことなんて、いつでもできるのよ」

 

 そう言って不意に首を掴まれていた手が離され、おれはその場に、力なく崩れた。咳き込みながら必死に酸素を取り込むおれを見て、ユースティアナはくすりと笑う。

 

「私はこのループを引き起こす『元凶』を突き止めた。それを倒すために、力が必要なの」

「必要って……。おれは何も知らないんだ。この石だって、たまたま手に入れただけで――」

「そう。あなたは偶然、そのアイテムを手にしただけ。でも、私にとっては不都合だった。あなたがアストルムに飛び込んでくるのを、待たなければいけない程度にはね」

「……まさか、あんたが、おれをアストルムに?」

「私だってこの世界に囚われている一人なのよ。そんなこと、出来るわけがないじゃない。……細かい話はいいわ。とにかく、その力さえあれば、私は『元凶』と戦うことができる。私のために、働きなさい」

 

 彼女はこちらを見下ろして言った。その瞳から感じる、有無を言わせない力。

 

「……分かった」

 

 小さく呟いた。彼女に協力すると言う以外に、生き残る道はないと悟った。仮に刃向かって殺されたとしても、ユースティアナの言葉を真実とするなら、また世界が一巡して、同じやり取りが繰り返されるだけだ。

 

「おれは、何をしたらいい? どうすれば、あんたの言ってた力が手に入るんだ?」

「それはあなたが考えなさい。この世界が終わる前にね」

 

 ユースティアナはそう言うと、立ち上がった。

 

「また会いましょう。今度は、もう少しマシな方法でお話しできたらいいわね」

 

 そう言い残して、おれに背を向ける。

 

「待ってくれ! まだ話は――」

 

 呼び止めようとするが、その姿は光に包まれ、消えてしまった。

 

 

 しばらくの間、呆然としていた。頭の中を整理しようと試みるが、うまくいかない。ユースティアナの目的も、彼女が語った言葉の意味も。

 現実味のない話ばかりだった。世界が何度も繰り返されているなんて、全く意味が分からない。しかも彼女の話によれば、「おれ自身も何度もリセットされている」だなんて。そんなはずはない。だっておれは、ついさっき「アストルム」を再訪したばかりなのだから。唐突に届いた怪しげなメッセージを開いたら、「アストルム」にログインできるようになっていて。それをきっかけに、よりを助けると決心して。それで――それで――――。

 

「どうしておれは、あの場所で目を覚ましたんだ?」

 

 全く思い出せなかった。普段なら、ログアウトをする場所は、自分の家か、ギルドハウス。ダンジョンに挑戦している途中であれば、その近場にある街の宿屋を拠点にすることもある。しかし、おれが寝ていたのは、本当に身に覚えのない場所。そこに至るまで、自分がどこで何をしていたのか、まるで憶えがない。頭を抱えながら、必死に記憶を呼び起こそうとする。しかし、どれだけ思い返しても、何も浮かんでこなかった。

 不可解なことは多い。おれは、ユースティアナの言っていた「アストルムの世界が現実である」という認識の上書きはされていない。よりとあかりのことを筆頭に、現実(アストルムではない、本当の現実)の記憶も残っているのは何故か。ただのアクセサリーだと思っていたこのペンダントが持つ力とは何か。

 

 そして世界がおかしくなってしまった原因らしい、ある少女が叶えた“願い”。ぼかされてこそいたが、その少女とは、過去に起きたログアウト不可能事件の際の、「ソルの塔」の頂上に辿り着いた者のことと考えていい。そういえば不思議なことに、その一件を除いて、ソルの塔を踏破した話を聞いたことがない。ユイ、ヒヨリ、レイ。あの日“プリンセスナイト”と共に戦った彼女たちは、いったい何を願ったのだろう。

 唯一と言っていい収穫は、ソルの塔を登頂する以外にも、『ミネルヴァの懲役』を終わらせられるかもしれない可能性を見出せたこと。世界をループさせている『元凶』。正体こそ不明だが、そいつを倒すことができれば、この悪夢のようなループから、大切な人を助け出せると思った。それを成し遂げ得る力は、おれが握っているらしいじゃないか。ならば、悪夢を断ち切るために、おれにしかできないことがある。

 

 決意を新たに立ち上がり、玉座の間を後にする。外に出ると、キャルの姿はそこにはなく。人の気配すら感じられないほど、静まり返っていた。右を見ても、左を見ても、然程変わらない景色。

 

「出口、どっちだよ?」

 

 途方に暮れて立ち尽くし、ぽつり呟く。地下まで行ってしまったり、別の建物に迷い込んだり。結局、王宮の建物から出るには、相当の時間を要した。

 

 

 重苦しい空気に圧し潰されそうだった王宮を出て、久々に歩くランドソルは、記憶とそう変わらない街並みが続いていた。唯一明確に変化していたのは、よりとあかりと3人で使っていたギルドハウスの場所に、全く別の建物があることだった。おれが存在しない状態で引き起こされたリセット。それによって、そもそもギルドが立ち上げられたという事象が消えてしまったのだと。そう、理解することにした。

 ところで、今の今まで失念していたが、財布の類が見つからず、今のおれは一文無しだ。

 

「腹減ったなぁ……」

 

 情けない声が漏れた。ギルドハウスも、属していたギルドもない。どうにかして金策を講じる必要があった。ランドソルには、誰かしらが発注したクエストを請けられる場所があったはずだ。まだ昼過ぎにもなっていないだろうから、適当な魔物討伐のクエストでもやれば、必要十分な金は用意できる。この状態で満足に戦えるかは別にして。

 

 ランドソルの街を歩く中で、ふと、視界の端に映った店が気になった。店主と思しき赤い髪の女性が、何かを焼いている。見間違いでなければ、薄焼きのクレープだった。ホイップクリームや果物を乗せて器用に巻かれたそれを、女性や子供が次々に買っていく。

 無意識のうちに足を止めて、その光景を眺めていた。――いつか、よりとあかりと3人で出かけた時のことを想起していた。買い物の帰り際に、3人分のクレープを買って。外だというのに、あかりが胸に落ちたクリームを舐めとってほしい、なんて言い出した時は、様々な意味でどきどきさせられたっけ。あの時、よりが慌ててあかりのことを叱って。家ならいいの? なんてあかりが言って――

 

 

「そこの君。クレープ、食べていかない?」

 

 暖かな記憶に浸っていると、行列をさばき終えた女性が、店の中から、おれの方へ声をかけていた。いやいやまさか、と辺りを見回したが、いつしか人の波は引き、おれだけが立っていた。疑いとともに自分で自分を指差すと、女性は、小さく笑う。

 

「……実は、財布を落としたみたいで、お金がないんですよね」

「そうなの!? それは困ったでしょ。お金のことはいいからさ、好きなのを頼んでいいよ」

「いやいや、悪いですって。それに――」

 

 ぐう、と腹が鳴る音がした。恥ずかしさを覚えつつ、おれは誤魔化すように笑った。

 

「…………お言葉に甘えてもいいですか?」

「もちろん! 何がいいかな」

 

 差し出されたメニューを見る。果物やおかず系など、見慣れたフレーバーが並ぶ中で、隅に小さく書かれた、ひと際異彩を放つものがあった。

 

「……『納豆生クリーム』……!?」

「お、よく見つけたね。まだ正式採用じゃなくて、お試しでメニューに載せてるものなんだけど。よかったらどう?」

 

 納豆と生クリーム。とてもではないが、マッチするとは思えない組み合わせ。しかし、怖いもの見たさというか、好奇心というか。こんな機会でなければ絶対に頼まないと思い、それを選んでしまった。

 程なくして出来上がった商品を受け取ると、見た目は和風テイストのクレープだった。トッピングされていたのは、納豆とは言っても甘納豆。緑色のキューブ状のものは、抹茶をまぶした菓子だろうか。正直、安心した。『納豆生クリーム』と聞けば、想像するのは当然あのネバネバ。あれがホイップクリームと一緒に巻かれているのではと、少し不安になっていた。

 思っていたよりもちゃんとしたクレープであることに拍子抜けしつつ、一口。

 

「どうかな?」

「最初に聞いたときはどうかと思いましたけど……普通に美味しいです」

 

 飛びぬけて美味しいと言うほどではないが、決して不味くはなく。『納豆生クリーム』というワードが衝撃的ではあるが、甘納豆を使ったクレープであるなら、そこまで奇抜でもないのかもしれない。あっという間に完食してしまったおれを見て、彼女は嬉しそうに微笑んだ。

 腹が満たされ、改めてこれからのことを考える余裕ができた。まず優先すべきは、当面の生活費と宿の確保。これは報酬のよいクエストを受注できればOK。ペンダントに封じられているという力がなくても、これまでと同じくらいの力を行使できるのであれば、その辺のボス級の魔物なら負けることはない。そして、よりとあかりに会うこと。彼女たちとの合流が叶えば、きっとまた、楽しい日々を過ごすことができるはず。ユースティアナの言っていた力のことは全く見当もつかないが、時間をかけて調べれば、いつかは見つかるだろう。

 そうやって考えをまとめていると、店主が話しかけてきた。

 

「さて、お代はいらないと言った手前申し訳ないんだけど、クレープ1個分くらいは働いてもらおうかな。ちょっとこっちに来てくれる?」

 

 そう言って、手招きをして奥へと消えていく。さすがにただ飯をご馳走になっただけでは気が引けるため、言われた通りについていくことにした。姿を追って店の裏側へ行くと、そこには小さな倉庫があった。彼女を追いかけて中へ入る。直後、扉と鍵の閉まる音。突然のことに、一瞬思考が止まる。そんなおれを嘲笑うように、足元には巨大な穴が口を開いていた。

 

 ――あ、終わった。

 

 そんな後悔すら間に合わず、おれをここへ招いた女性と共に、その穴の中へと落下した。

 正確には、「落下したという錯覚をしていた」。穴の内部は、サイバーなイメージとしてよく使われそうな、淡い青色の光が縦横無尽に走っている。それが下から上へ幾つも飛び去っていくものだから、星空を飛んでいるようだった。

 隣にいるはずの、おれをこんな所へ連行した女性に視線を振り、あれ、と思った。服装が、全く変わっていたのだ。店に立っていた時は普通の服にエプロンをしていたのだが、今の恰好は、言い表すのが難しいが、ゲームのキャラクターらしさがあった。赤一色でまとめられたコーディネート。上着――コート、と呼ぶには派手すぎる――の大きい襟の所為で、ホログラムに映されたコンソールを操作する、彼女の表情は窺えない。

 

「ごめんね。君を連れ出すには、こうするしかなかったんだ」

 

 彼女はこちらを見ずに言う。

 

「えっと……どういうことですか。というか、何なんですかこれは」

「今はアタシを信じてほしい。あとでちゃんと説明するから」

 

 真剣な声色に、それ以上の追及ができなくなった。それからしばらく、無言の時間が続いた。彼女はコンソールを操作し続け、おれはただそれを眺めていた。時折ブザーのような音が鳴り、飛び交う光の色や配列が変わる。その光に触れようとしたら、「指が無くなるからやめた方がいいよー」と言われた。

 一体何なんだこの状況は。誰かも分からない女性に、訳も分からないまま、ただ信じてほしい、だなんて。しかし、ここで騒いだところで状況は何も変わらない。それならいっそ、大人しくしていた方が賢明だと思えた。ユースティアナの前に居た時に比べれば、多少は安心できた。

 

 どれくらい時間が経ったのか分からなくなった頃、ようやく彼女が手を止めた。同時に、周囲の景色が変わり始める。電子回路のような空間は薄れていき、やがて見慣れない部屋へと変貌した。

 どこかの建物の内部のようだが、窓がないせいで外の様子は伺い知れない。ギルドハウスにしては、生活感がなさすぎる。感覚としてはホテルに近い。位置情報は――ああ、出ないんだった。困惑していたおれに、彼女は言った。

 

「ここは【ラビリンス】のギルドハウス。真那にこれの場所を突き止められたくなくってね。ちょっと遠回りしたんだ」

「ラビリンス? マナ……?」

「ああ、ごめんごめん。えっと、どこから話したものかな」

 

 彼女はそこで一度言葉を区切ると、部屋の隅にあった椅子を持ってきて、おれに座るように促した。

 

「君には、伝えなきゃいけないこと、お願いしたいことがある。突拍子もないこともあるかもしれないけど、どうか落ち着いて聞いてほしい」

 

 そう前置きすると、ゆっくりと語り始めた。

 

「アタシは模索路 晶。この世界(アストルム)では、ラビリスタ、って名乗ってる。ハルト――いや、多賀 晴人くん。君をレジェンドオブアストルムへ招いたのは、アタシだ」

 

 そしていきなり投げつけられた、あまりに突拍子もなさすぎる言葉に、脳が一瞬フリーズした。

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