いつか、おはようのキスを君に   作:アトリエおにぎり

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The Day -2

 模索路 晶。いくらエンタメに疎いおれでも、その名は知っていた。“迷宮女王(クイーンラビリンス)”とも呼ばれている、人工知能ミネルヴァを開発した国際組織「ウィズダム」の主導者たる七冠(セブンクラウンズ)の1人(他の6人は、仰々しい通り名しか知らない)。そんな人物が、目の前にいて、しかも自らおれをアストルムに招いたと言っている。

 

「君のmimiに届いた、0と1がたっくさん並んだメールを憶えてるかな。あれは、現実と切り離されてしまったアストルムへ、外側からアクセスをするプログラム……の、試作品。そして、それを送ったのが、アタシだよ。まあ、その前にいろいろあったんだけど――」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 思わず、彼女の話を遮る。

 

「アストルムに、外側からアクセスできるプログラム? どうして、そんなものを、おれにくれたんですか? というか、なんでおれの名前を知ってるんですか? アストルムでは、本名を出したことなんてないのに」

「……うん、そうだよね。疑問だらけだと思う。だからまずは、順を追って話すよ」

 

 そう言って、ラビリスタは静かに話し出した。

 

「君の名前については、mimiに登録されている情報を見たんだ。本来、個人情報保護の観点からそういうことは控えてるんだけど……緊急事態だったんだ。許してほしい」

「緊急事態……『ミネルヴァの懲役』のことですよね」

「うん。そして、アタシが君をアストルムへ呼んだ理由。それは、君が『永遠の蜃気楼』と呼ばれていたダンジョンで、そのアイテムを手に入れたからだよ」

 

 ラビリスタは、おれの首に提げられたペンダントを指す。

 

「知っているか分からないけど、そのペンダントは、実は特別な力のキーなんだ。『ミネルヴァの懲役』を終わらせられるかもしれない、ね」

「力……ああ、あの王女……ユースティアナが言ってました。この石には、封じられている力がある、と。あの、詳しく教えてもらえませんか。この石に、『ミネルヴァの懲役』を終わらせられる力があるって――」

「……ごめん。それはまだ、言えない。訳あって、今は使おうにも使えないものなんだ。ただ、いずれ必ず使えるようになる。その力が、必要になる時が来る。会ったばかりのアタシを信じてくれ、なんて言っても難しいかもしれないけど。ペンダントは、誰にも渡さず、大切に持っていてほしい」

「……分かりました。それで、おれはこれから何をすればいいんですか? この力が使えるように……何かできることはありますか? おれには、こんな牢獄みたいなアストルムから、助けたい人がいるんです。大切な人が――」

「そうだよね。でも、焦っちゃダメだ。急ぐ気持ちは分かるけど、慎重に行動しないといけない。今のアストルムは、無理やりなリセットを繰り返して、少しずつ不安定になってる。下手に動くと、最悪、今アストルムにログインしているプレイヤー全員がロスト。現実の側でも、永遠に目覚めなくなる可能性がある」

 

 彼女の声色には、すべてを見通したような響きがあった。気圧されて、何も言い返せなかった。

 一縷の望みと共に飛び込んだアストルム。ダイブして、よりとあかりを見つけて、現実へ帰る(ログアウト)。他の数多のプレイヤーはともかく、おれの目的はこれにて完了。そのつもりだった。多少の障害こそあれど、ログインができたのだから、簡単に事が運ぶだろうと考えていた。

 ところが“現実”は、おれの知っているどんな創作物よりも、はるかに現実離れしていた。よりがくれたペンダントに、よく分からない力があると言われて。世界は数え切れない終焉と開闢(リセット)を繰り返していて。「お前は何度も死んでいる」なんてタイムリープモノでしか聞かないような台詞を、面と向かって叩きつけられて。もう何が何やら分からなくなっていた。それでも、どうにかして、おれの大切な人たちを助けなければという想いだけは、胸の内で燦然と輝いていた。

 

 少しの間、沈黙が流れる。ふぅ、と一息つくと、ラビリスタはまた口を開いた。

 

「そういえば、真那に会ったんだよね。何か言ってた?」

 

 唐突な質問だった。

 

「マナ?」

「あ、ごめん。いつもこの名前で呼んでたから。『覇瞳皇帝(カイザーインサイト)』って言えば分かるかな? 今は“ユースティアナ”なんて名乗ってるみたいだけど」

「ユースティアナ……え、ランドソルの王女って、『七冠』だったんですか!?」

「今は、ね。で、何を言われたかな。憶えてることだけでいいんだ」

 

 ラビリスタは、真剣な表情でそう言った。なぜ彼女がそこまで気にするのか、おれには見当もつかなかった。ただ記憶を辿りながら、断片的に言葉を紡いだ。よりがアストルムの中で殺されたこと。この世界の再構築。ゲームの世界を“現実”であると思い込まされていること。繰り返されるループ。その元凶と呼べる存在。ユースティアナ――『覇瞳皇帝』がペンダントの力を欲していること。ループの中であらゆる手段を経て、初めて、おれを殺さない選択をしたこと。「あなたを殺すことなんて、いつでもできるのよ」そんな自身の力の誇示。

 口にするだけでも、怒りや悲しみ、疑問、その他感情が綯い交ぜになって湧いてくる。

 

「なるほどねぇ。……いやぁ、ギリギリ間に合った、って感じかな」

 

 ラビリスタは目を瞑り、腕組みをしながら言う。

 

「君をアストルムに送った後、アタシもすぐこっちに来るつもりだったんだ。でも、現実でやらなきゃいけないことが山盛りで……ね。思っていた以上にループが起きていたみたいだけど、真那がその石の力を解析できずに、君を殺さないという択を選んでくれたのはよかった。おかげで、ようやくアタシが干渉できる猶予ができた」

 

 そう言うと、彼女は椅子から立ち上がった。

 

「ペンダントの力が使えるようになるまで、真那は君に手を出さないだろう。だから、しばらくはこのアストルムを楽しんでほしい。そして、力を得た時、使うべき時が来たなら――その時は迷わず、君のために使ってほしい。いいかな」

「……分かりました」

「ありがとう。じゃあ、今日はここまでにしておこうか。詳しい話はまた今度にしよう」

 

 ラビリスタの手元にコンソールが出現し、何かを操作し始める。それを見ていて、ふと、疑問が浮かんだ。

 

「あの、1つだけいいですか」

「何だい?」

「変な質問かもしれませんけど……おれと、こういう話をしたのは、初めてではないんじゃないですか? 世界が、何度もループしてるのだとしたら」

「君と直接話をするのは、これが初めてだよ。さっき君から聞いたように、今まで真那は、君を城から出したことはなかったからね」

「あ……そう、でしたね。おれは、覇瞳皇帝に――」

「そして。このタイミングで君が生きているのも、これが初めてだ。つまり、ここからは誰も知らない未来。アタシはね、その可能性を信じてみたいんだ」

「ラビリスタさん……」

「それじゃあ、外まで送るよ。――またね」

 

 ラビリスタはコンソールを叩き、指を鳴らす。おれの周りが光に包まれ、眩しさに、思わず目を強く瞑る。それが収まると、おれは、見憶えのある街中に独り、立っていた。僅かに満たされた空腹感だけが、先の邂逅を示している。

 

 見上げれば、ランドソルの象徴とも言うべきソルの塔が浮かぶ。頂上まで辿り着いたなら、どんな願いでも叶えられる――と、云われていた、エンドコンテンツ。

 

「おれの、願いは」

 

 小さな呟きは、虚空へ溶けて消えた。

 

 

ʚ ɞ‬

 

 

「全力全開! 消し飛べッ!!」

 

 右手を真っ直ぐ異形へと差し伸べ、叫ぶ。世界を純白に染め上げる、もはや見慣れた光の奔流。それを真正面から受け止めた巨大な魔物の身体は、身に着けていた宝物の一部を残し、まるで最初から存在しなかったかのように、消え失せた。

 ここが「レジェンドオブアストルムである」事実は変わらないのか、元々の力は問題なく機能していることを確認できた。今日請けた案件はそれなりに危険度が高いものだったらしいが、それでも「レジェンドオブアストルム」に実装されていたものに過ぎない。おれにとっては、適度なスリル感を覚える、心地よい戦いだった。ただ、隣によりがいないことだけが残念だった。いつも通りクリアして、帰路に就く。

 

 アストルムへダイブしてから、体感で4日。おれは日銭を魔物討伐のクエストで稼ぎながら、いわゆるホテル暮らしを満喫していた。

 ランドソルという国では、一定年齢以上の国民全員にギルドへの加入が義務付けられているらしい。何でも、どこのギルドに所属しているかという情報が一種の身分証明になっているのだとか。最初にギルド管理協会なる場所へクエストを請けに行った際、緑髪の眼鏡を掛けた職員にそんなことを言われた。ギルドの結成は任意だったはずだが、これもまた、世界のリセットによるものだと解釈。

 その上で、また一難。「ギルドマスターを務めていたギルドが消滅してました」などと言ったところで、到底信じてもらえる話ではないのは自明。さてどうしようかと悩んでいたところ、それが見慣れないシステムに困惑していたように見えたらしく、「もしかして、ランドソルの外から来られた旅の方ですか?」と問われた。光明。この世界の外から飛び込んできたおれは、そう捉えることもできるだろう。せっかくなので、その勘違いを肯定することにした。すると彼女は手早く手続きを進め、生活を送るにあたり必要な仮の証明書を作ってくれた。ありがたく頂戴し、今に至る。

 受注するクエストは、主に緊急性の高い魔物討伐依頼。多めの報酬が提示されていることもあるが、久々にダイブしたアストルムで、自らの力を振るいたいという欲求が理由の中心にあった。こうして光を放ち続けていれば、よりが気付いてくれるかもしれない。そんな淡い希望も共に。

 

 依頼の完遂を報告し、聞いていたよりも多い報酬を受け取る。向こう1ヶ月の宿代には十分すぎる額だ。その足で、王都内の商業地区へと向かう。

 噴水のある広場に置かれたベンチに腰掛け、目を瞑る。すれ違った人々は、現実そのものであるように、生活を営んでいるように見えた。老若男女、この一人ひとりが皆、レジェンドオブアストルムに囚われているプレイヤーなのだろうか。いや、流石にあの腰が曲がった爺さんは違う気もするけれど。おれだけが違う世界に居るような、不思議な気分。

 そんな物思いに耽っていると、背後から、不意に何者かが抱きついてきた。

 

「だーれだっ?」

 

 耳をくすぐる声。甘い香り。背中に感じる柔らかな感触。驚き目を開けるも、視界は闇に閉ざされたまま。どうやら、手でおれの目を塞がれているようだ。

 見えずとも、誰かは分かる。違えるはずもない。胸が高鳴る。こんなにも早く、会えるなんて。

 

「……あかり、だよな?」

「せーかい! 久しぶり、お兄ちゃん」

 

 視界が開け、声の主が後ろから姿を現す。すみれ色の、へそ出しスタイルの衣装を着た、魔族の少女がそこに居た。

 

「あ、アカリ! ちょっと、人違いだったらどうするのよ!?」

 

 そして遠くから聞こえた、慌てたような声。この声もよく知っていた。現実でも、かつての「アストルム」でも、毎日のように耳にして。ずっと傍で聞いていたいと、もう一度聞かせてほしいと祈ったほどに。

 振り返り、声の方へ視線を向ける。あかりと瓜二つの――けれど、全然違う――少女が立っていた。ああ、全く変わっていない。桃花色の、見慣れた服。「あかりのアバターを真似してみたんだけど、どうかな」なんて言っていた、銀白色の髪。

 

「より……」

 

 ずっと求め続けた者の名が、思わず口から零れ出た。どれだけ会いたいと、願っただろう。どれだけ、焦がれただろう。その声が、確かによりのものだと分かる。よりがそこに居ると教えてくれる。心の中で欠けていた何かが、満たされていく。

 思わず抱きしめたくなって、立ち上がる。直後、伸ばしかけた手が止まる。覇瞳皇帝が言っていた。世界のリセット。レジェンドオブアストルムの世界こそが現実であるという、記憶の改竄。「今、彼女たちとはどういう関係なのか」を、おれは知らない。

 アカリが不思議そうにおれを見上げる。ヨリはおれを見て、何かを言おうとして口を噤み。ぎゅっと手を握り、こちらを真っ直ぐ見据えて叫ぶ。

 

「どこに行ってたのよ、バカっ!!」

 

 その目には、微かに涙が浮かんでいた。

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