いつか、おはようのキスを君に   作:アトリエおにぎり

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ただいま。


第3章 誰が為のエランプシス
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 目を覚ます。当然のように独りのベッド。微かな温もりと残り香が、大切な人たちがそこに居たことを示していた。

 夢のようだった。ゲームの中とはいえ、よりやあかりと再び会うことができ、しかも一つ屋根の下で暮らすなど。いつかは醒めなければならない夢だけど、この温もりだけは、どうか現であってほしいと願ってしまった。

 

 

 【悪魔偽王国軍(ディアボロス)】の一員となって幾日か。おれは、ヨリとアカリと一緒にランドソルに来ていた。おれの目的はギルド管理協会。彼女たちは人と会う約束があるとのことで、街中のレストランで軽いブランチを食べ、それから別れた。

 ギルド管理協会の建物へ入ってすぐの所にある巨大な掲示板には、薬になる植物の採取や、危険度の低いらしい魔物討伐の依頼、『ギルドメンバー募集中!』と書かれたチラシがいくつも貼られている。おれの目的は、ここにはない。中に入り、向かうのは3階だ。階段を上った先の、人目に付きにくい奥まった一角。そこには、先ほど見たものより小さなコルクボードが、壁にひっそりと掛けられている。受付嬢のカリンという女性が言っていた。ここにある依頼は、いずれも危険性が高く、またそのために、命に関わるような傷を負った場合の補償もほとんどないのだと。

 現在貼られている依頼書は、魔物討伐のものが2つ。そして、先日オラル高山にて発生したという、山がいくつも消えるほどの大爆発――どういうわけか、おれはその事象を知らなかった――の調査。思えば、少なくなったものだ。以前はもう何枚かあったのだが、おれが方を付けてしまった。悪いことではないだろう。きっと、おれ以外に遂げられる者がいないからこそ、この場所にずっと貼られていたのだから。目に付いた、左端の真新しい依頼書を剥ぎ取る。隅に書かれた報酬額は、下の掲示板にあるものに比べ、0がいくつか多かった。

 依頼書を手に、1階へ降りる。受付には、もはや見慣れた緑髪の女性が立っていた。

 

「カリンさん」

 

 声をかけると、彼女はこちらを見て微笑む。

 

「あっ、ハルトさん。お疲れさまです」

 

 ぺこりと頭を下げてから、カリンはおれの差し出した依頼書を受け取る。普段ならば「どうかお気をつけて」と言って送り出してくれたのだが、今日は違った。

 カリンの口にした言葉は、おれの予想の範疇をあまりにも逸脱していた。

 

「申し訳ありません。こちらの依頼ですが、あなたにお願いすることはできません」

 

 一瞬、何を言われたのか分からなかった。理解するまでに数秒を要し、ようやく脳がその言葉を咀噛し終えると、今度は困惑が生まれた。何故? おれ以外に任せられないというならまだ分かる。しかし彼女が言ったのはその真逆だ。

 唖然とするおれに、カリンは少し言い辛そうにして続ける。

 

「実は、上の方から『あなたから3階にある特別依頼を請けたいと言われた場合は断るように』と通達があったのです。私は反対しました。ランドソルの外から来たとはいえ、危険な魔物をいくつも討伐していただいています。ランドソルだけでなく、地域一帯の安全を守っているとも言っていいでしょう。そのような方を蔑ろにするなんて。……でも、結局聞き入れられませんでした」

 

 そんな馬鹿な話があるだろうか。確かにおれはこの国に来て日が浅い。正式なギルドに属しておらず、ランドソルの住民として認められていない部分もあるだろう。だが、それはあくまで表向きの話だ。これまでの依頼を振り返っても、解決されなければ多くの住民(プレイヤー)の命が危険に晒されていた可能性があった。それは様々な依頼を集約し、冒険者へ提供しているギルド管理協会という立場なら知っているはずだ。

 憤りを覚えたが、言い争っても意味がないだろうということは分かっていた。きっとカリンだって進んで言っているわけではないのだ。それに、ここで拗ねてみっともない姿を晒すのは嫌だった。

 どうしてもダメだったら声を掛けてください、とだけ告げ、踵を返す。帰り際に大量の依頼が貼られた掲示板を見てみるが、有り体に言えば、おれが請けるべきものは何もなかった。

 

 不意に、「もしもしお兄ちゃん、聞こえますか?」というアカリの声が、脳に直接響いた。通信魔法。こんな感じだよ、と話は軽く伺っていたが、実際にそれを食らってみると、電話とは異なる、とても不思議な感じがする。どうした、と答えると、アカリはほっとした様子で続けた。

 

《お兄ちゃん、今どこにいますか?》

「ギルド管理協会。こっちの用事は終わったよ。そっちは?」

《今日会う人とは合流できたよ。その人たちと一緒に、シノブさんとカフェで会うつもりだったんだけど……通信魔法で聞いたら、みんなで「お城」に来て、って。それで、どうせならお兄ちゃんと一緒に行きたいな~って》

「アカリはどこにいるんだ?」

《えっと、繁華街の、花屋さんの近くの広場だよ》

 

 アカリの言葉を聞きながら、壁面にあるランドソル内の地図を見る。アカリから告げられた広場は、ここからそれほど遠くない場所だった。

 

「分かった。すぐ行く」

《あ、そうだお兄ちゃん!》

「どうした?」

《お姉ちゃんに上着を貸してほしいの。魔物と戦ったら、お姉ちゃんの服、ちょっと大変なことになっちゃって》

「魔物!? どうして街中で――いや、それよりも怪我はしてないか?」

《大丈夫だよ、弱い魔物だったから。ただ……ううん、何でもない》

「まぁ、無事ならよかった。急いで向かうよ」

 

 電話を切るようなイメージで通信を切り、アカリが伝えた場所へ走る。ヨリの身に、一体何があったのだろう。アカリが言いかけた言葉を思い出して不安になる。

 

 

 到着した広場で、すぐにアカリを見つけることができた。その横には、ヨリがうずくまっている。そして、アカリと話している見慣れない人物の姿も。

 

「アカリ! 何があったんだ?」

「あっ、お兄ちゃん!」

 

 こちらを向いたアカリが、おれの姿を認めてぱっと顔を輝かせる。ヨリもこちらに気付き、立ち上がろうとして。何かに気付いて、慌てたようにまた身体を縮めた。

 

「ヨリ、大丈夫か?」

「……大丈夫じゃないわよ……上着、貸して」

「それはいいけど――あっ」

 

 ヨリにジャケットを手渡そうとしたその時、彼女の服が大きく損傷しているのが見えた。破れているというよりは、“溶けている”。中学理科だったか、布きれに硫酸をかける実験を憶えているだろうか。それを酷くしたような印象だった。

 

「その服――」

「見ないで」

 

 ヨリは小さな声でおれの言葉を遮る。おれを見上げるその顔は、耳まで真っ赤に染まっていた。潤んだ瞳。いつか観覧車で見た、おれの心に刻まれた「彼女」が重なり、目が離せなくなる。

 

「――見ないでって言ってるでしょ! ていうか、早く貸しなさいよっ」

 

 ヨリがおれの手にあったジャケットを奪い取り、また身体を丸める。彼女に何があったのか――想像が付かないこともないが、この場では黙っておくことにした。

 

 少し離れて、アカリと仲良さげに談笑している少女の方へ歩み寄る。

 

「アカリ。この方は?」

「あ、ごめんお兄ちゃん。この人はペコリーヌさん! シノブさんに会いたい、って私に連絡をくれたの」

「ぺこ?」

 

 ペコリーヌと紹介された金髪の少女。変わったプレイヤーネームだと思った。本名を使わなければならないという縛りはないし、どんな名前でプレイしようと自由なのだが、「ペコリーヌ」という響きは、あまりに聞き慣れないものだった。

 

「はじめまして☆ ペコリーヌです! あなたがハルトさんですか?」

 

 ペコリーヌと名乗る少女は、ぺこりとお辞儀をした。アカリよりも豊かな胸が、少し大袈裟に揺れる。彼女をどこかで見たような、そんな気がしたが、すぐには思い出せなかった。

 

「はい。すいません、待たせてしまったようで」

「いえいえ。実は、先日の“大量破壊魔法”について予知していたという占い師さんを探してまして。【悪魔偽王国軍】のシノブさんという方がそうらしい、ということで、ユウキくんから取り次ぎをお願いしたんです」

「大量破壊魔法?」

 

 “大量破壊魔法”。その物騒な響きに、思わず聞き返してしまった。

 

「知りませんか? この前、【牧場(エリザベスパーク)】の方の山で起きた大爆発のことなんですけど……」

 

 それを聞いて、ギルド管理協会の依頼書で見た「謎の大爆発」のことだと直感した。おれがその調査をしようした時、ギルド管理協会に止められてしまったが、おれに知られたくないことがあったのだろうかと邪推してしまう。しかしすぐにその考えを振り払い、彼女に返答する。

 

「爆発……ああ、おれも調べようと思っていたところです。シノブが予知をしていたというのは知らなかったけど、それが本当なら、会えば手掛かりがあるかもしれませんね。ペコリーヌさんは、独りで調査を?」

「いえ、わたしの仲間が……あれ?」

 

 ペコリーヌがきょろきょろと辺りを見回す。そして誰かを認めたようで、「コッコロちゃ~ん!」と呼び掛けた。声を投げた方を見ると、小学生くらいの外見の少女と、彼女に手を引かれる、おれと同年代くらいの少年の姿。

 

「申し訳ございません、ペコリーヌさま。主さまが突然走っていってしまいまして」

 

 コッコロと呼ばれた少女は、ペコリーヌに一礼してからこちらにも向き直り、頭を下げた。つられてこちらも礼を返す。

 

「初めまして、わたくしはコッコロと申します。こちらはわたくしの主さま。ユウキさまでございます」

「おれはハルト。――って、ユウキ? あ、お前……!」

 

 コッコロの横に立つ少年の顔には、強く憶えがあった。顔だけではない。身に纏う装備にも、名前にも、何もかも。顔つきこそ、おれの知っているそれよりも目力がなくなったように思えるが、そこにいたのは、確かにレジェンドオブアストルムで名を馳せた“プリンセスナイト”だった。

 

「お前もここに……いや、そうだよな。プリンセスナイトなら、何かあれば真っ先に――」

「だれ?」

 

 見慣れた顔に逢い、独り言が漏れていたおれに投げつけられた、気の抜けた声。

 言葉を失った。ゲームの中とはいえ、鎬を削った間柄ではなかったかと。幾度もぶつかり、力を認め合った仲ではなかったかと。

 伸ばしかけた手を力なく下げると、コッコロがおれに近付いて言った。

 

「ハルトさま。主さまを、ご存知なのですか?」

「え? まぁ……そうだな」

「……主さまは今、記憶を失っておられます。いつになるかは分かりかねますが、いずれはハルトさまのことを思い出されるかと。ですから、どうかお気になさらず」

 

 コッコロの言葉に、安心などできなかった。ソルの塔を踏破した“プリンセスナイト”がいるにも関わらず、『ミネルヴァの懲役』が解決しない理由。それが、彼の記憶喪失にあるとするなら。ゲーム内での記憶喪失というものがどういう状態なのかはともかく、彼の記憶が戻るまで、解決の手立てがなかったとしたら。

 意せずして、大きな溜息を吐いた。ラビリスタは、このアストルムを楽しんでほしい、なんて言っていた。ペンダントの力が使えるその時まで――全てが解決しようとするその時まで、ただ時間が流れるのを待つことしかできないとしたら。それなら、言われた通り楽しもうじゃないか。ある種の開き直りかもれない。まだ、今のおれは世界を救うヒーローではない。大切な人を取り戻すという目的こそあれ、レジェンドオブアストルムに心を奪われた、1人のプレイヤーなのだから。

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