いつか、おはようのキスを君に   作:アトリエおにぎり

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 ヨリとアカリに加え、ペコリーヌたちと共に、我々がギルドハウス(正式なギルドではないようだが、便宜上そう呼ぶことにする)にしている古城へ向かう間。ペコリーヌは、シノブに会う目的を話してくれた。先日の大爆発。それは、ユースティアナという人物が放った「大量破壊魔法」によるもの。しかしエルフ族の集落でコッコロが得た情報によれば、爆発が起きる少し前から、それを知る占い師がいた。その占い師がシノブのことである可能性が高いとの情報をもとに、捜していたのだそうだ。

 “ユースティアナ”。その名を耳にして、思わず顔が強張る。今はユースティアナと名乗り、ランドソルの王女として君臨しているのは、七冠の1人、『覇瞳皇帝(カイザーインサイト)』。きっと数え切れないほどに、おれの命を奪った者。

 

「あのひとのこと、何か知ってるんですか?」

 

 ペコリーヌが尋ねてくる。不安が表情に出てしまっていただろうか。

 知らない、と言えば嘘になる。けれど、素直に口に出すことは出来なかった。初対面のペコリーヌに、おれの身に起きた「真実」を話しても仕方がない。何より、ヨリやアカリに、この話を聞かれるわけにはいかないから。だからおれは、敢えて声をひそめて言った。

 

「ユースティアナ。ランドソルの王女、ですよね。どうして王女サマが、そんな物騒な魔法を?」

「あのひとは、わたしの命を狙っています。……理由は、分かりませんけど」

 

 言い淀みながらもそう答えて、ペコリーヌはその視線を虚空へ向けた。どうやらこれ以上を話してくれはしないらしい。当然だろう。ついさっき出会ったばかりの相手に、深い身の上話などできるはずもない。ましてや、「命を狙われている」のだから。

 

「あの戦略級の大量破壊魔法は、間違いなくわたしに向けて撃たれたものでした。ユウキ君と一緒に……もう死んじゃうのかな、って思ったんです。でも、何故か生きてました。気付いた時には別の場所に居て。もしかしたら、彼がわたしのことを守ってくれたのかもしれないですね」

 

 前を歩くユウキを見ながら、ペコリーヌが小さく笑う。その表情は、無理矢理明るく振舞っているように見えた。けれど、すぐにまた口元を引き締めると、どこか悲しげに瞳を閉じる。

 

「ペコリーヌさん」

「はい?」

「あなたとは、協力できるかもしれません」

「協力……ですか?」

 

 彼女は不思議そうに見つめてくる。突然何を言っているんだろうといった面持ちで。

 

「あまり大きな声では言えませんが……おれも、ユースティアナに命を狙われています。だから、その。共通の敵? というか」

「そんな――」

 

 そこでペコリーヌの声が途切れる。何かを言いかけて、慌ててそれを引っ込めてしまったように思えた。

 

「……ありがとうございます、ハルトさん。確かにあいつは、わたしたちの共通の敵ですね。いつか必ず、戦うことになると思います。その時は……一緒に、戦ってくれますか?」

「もちろん。できる限りを尽くすと約束しますよ」

 

 力強く言うと、彼女の顔から少しだけ緊張が抜けた気がした。

 

「ペコリーヌさま、ハルトさまー!」

 

 前方遠くで、コッコロの声がする。話し込んでいたら、彼女たちから離れてしまっていた。

 

「ごめんなさい、今行きます~!」

 

 そう叫び返すペコリーヌは、優しい笑みを湛えていた。

 

 

ʚ ɞ

 

 

 ランドソルを離れ、森の中を進み。やがて辿りついた、我々【悪魔偽王国軍(ディアボロス)】が拠点としている古城。イリヤのためか、ギルドハウスとなったあとも、内装のほとんどはそのままにしているらしい。つまり、薄暗さに慣れていない客人(自分も含む)には、視界が悪くなってしまう。

 

「足元、気を付けてくださいね。古い城だから、あちこち崩れてるんですよ」

 

 天井近くの、明かり取りとして活用されたクラックから微かに射し込む光。それを右の掌に集め、ペコリーヌ一行の近くを照らした。この環境に慣れっこなヨリとアカリに先導されて、エントランスを抜ける。

 なんだかダンジョンみたいですね、と辺りを見回しながら零すペコリーヌ。もしかしたら、かつてここは本当にダンジョンだったのかもしれない。吸血鬼や幽霊が出る、ゴシックホラーチックな。ひび割れた、もう見慣れた壁面を見て、改めてそんな想像をした。

 

 さて、自分の周りのみを明るく照らしているとき、光が届かない外側は、より一層暗いものとなる。夜のような闇の中に、ぼんやりと浮かぶ青白い光。光は炎のようにゆらめきながら、こちらへ迫ってくる。それを認めて、ペコリーヌが息を呑む。おれには、その光に見覚えがあった。

 骸骨を手に抱えたシノブが、おれたちを出迎えてくれた。

 

「あっ、シノブさん! もう、暗がりから急に出てこないでよ。ほんとにお化けみたいじゃない」

 

 そう言うヨリの手は、アカリの手首を掴んでいる。

 

「皆さん、わざわざご足労ありがとうございます。私が、占い師のシノブです。ご用件は分かっています。お茶の用意をしておいたので、ゆっくりくつろぎながらお話をしましょう」

 

 手短に挨拶を済ませたシノブは、おれの方に来て、耳打ちをするように言う。

 

「ハルトさん。この方々との話に、この城に所蔵されている古文書が必要になります。イリヤさんが地下の書庫で探していますので、手伝っていただけませんか?」

 

 イリヤのもとへ行く必要を感じていたので、二つ返事で了承した。

 彼女には報告すべきことがある。それから、今後の自分についての相談も。

 

 

 シノブから書庫の場所を教えてもらい、地下へと向かう。

 伝えられた通りの重厚な扉を開けると、目の前には乱雑に積み上がった、あるいは床にぶちまけられた大量の書物。書架のひとつは、向かいのそれに寄りかかるように倒れている。ぼた山のごとき様は、本来書庫にあるべき状態ではなかった。

 辺りを見回すが、イリヤの姿は見えない。この状況を放置して、果たして城の主は何をしているのか。そんなことを思いつつ、散らばる本のいくつかを手に取ると――幾重も重なる紙たちの向こうで、イリヤと目が合った。

 

「……」

「……」

 

 手に持ったものを、そっと元の山に戻す。

 

「待たぬか」

 

 本の山から声がする。どうやらおれには、時間を戻すことは不可能みたいだ。

 倒れかけていた書架を立て直し、ひとつひとつ本を取り除き、書物の山に埋もれたイリヤを救出する。

 

「シノブに頼まれて古文書を取りに来たまではよかったが、ちょいと高い所にあってな。無理をして取ろうとしたら……この有様じゃ。全く、不便な身体じゃのう」

 

 書架に背中を預け、やれやれと息を吐くイリヤ。小さな身体で跳ねる彼女の姿を想像し、少し和む。

 イリヤの手には、これまで退かしていたものよりも明らかに古そうな、装丁も立派な本が握られている。

 

「これはランドソルの歴史について記されたものじゃ。欠落も多く、使われている文字も難解での。まだ読み解けずにいるが……『七冠(セブンクラウンズ)』――この世界に居る7人の超越的存在のことが書かれておる」

「『七冠』……その本が、シノブの言っていた古文書ですか」

「うむ。シノブに言われて来たのじゃろ? 助かったぞ。さて、戻るとするかの」

 

 分厚い書物を傍に抱え、イリヤは書庫を出ようとする。そんな彼女を、思わず呼び止めた。

 

「何じゃ。客人を待たせておるというのに」

「すいません……今日の“依頼”の件で、報告が。皆の前では、言いにくいことなので」

 

 おれは、ギルド管理協会で起きた事実をイリヤに伝えた。これまで収入源としていた、危険度と報酬の高い「依頼」。それに関わるのを、満足な説明すらなく、協会側から一方的に断られてしまったこと。

 イリヤは少しだけ考えたように唸ってから、ぽつ、と零した。

 

「いつかはそうなることを懸念していたが、存外に早かったの」

「どういうことですか?」

「【悪魔偽王国軍】は、正式なギルドではないのは知っているな。言い方は悪くなってしまうが、流れの冒険者が、受け取った報酬をギルドを騙る怪しい団体に横流ししている、と。……そう判断されても仕方なかろう。お主がこれまでのように、ギルド管理協会に届く依頼を請けるのは、難しいじゃろうな」

「そんな……なら、おれに、何ができるんですか? おれは、これからどうすれば」

「まあ落ち着け。何をそんなに怯えておる。これしきのことで、お主を追い出すなどせぬわ。お主にはこれからも、わらわの野望のために働いてもらうからの」

「イリヤさん……」

「そうじゃな。手始めに、ここの片付けを頼めるか? わらわが崩してしまったところだけで構わぬ」

「……喜んで、“ギルドマスター”」

「慣れぬ呼び方をするでない。では、先に大広間に戻る。あまり遅くならぬようにな」

 

 そう言い残し、イリヤは書庫を出て行った。

 

「ありがとうございます、イリヤさん」

 

 彼女の足音が聞こえなくなってから、虚空へ向けて呟いた。

 

 

「さて、と」

 

 積み上げられた、いくつもの本の山。イリヤが持って行った古文書ほどではないが、いずれもそれなりに古い書物に見える。

 特に何処に戻せなどと指示はもらっていなかったので、手当たり次第に、上下の向きだけ揃えて書架に入れていく。半分以上の数の本を戻し、埋まりつつある書架に気を緩めたその刹那。一冊の本が手に引っ掛かり、おれの額に落ちた。

 

「痛ぅ――ん?」

 

 床に叩きつけられ、力なく開いた本。そこに書かれた「文字」に、目を疑った。

 レジェンドオブアストルムでは、世界観を構築するために、アルファベットなどを改変したオリジナルの文字が使われている。おれたちプレイヤーが、そんな見慣れないはずの文字を当然のように読み書きできるのは、ゲーム内で自動翻訳のような仕組みが働いているからだ。

 ところがその本に書かれている文字は、あまりにも見知った「日本語」そのものだった。

 本を手に取り、ページをめくる。内容は、このゲームの舞台であるアストライア大陸各地の地名と、そこに出現する敵性オブジェクト、いわゆる“魔物”の情報。それがどこに棲み、どんな見た目をしているのか。どんな攻撃を行うのか、どんなアイテムをドロップするのか。そういう情報が、事細かに記されている。

 気になって、既に書架に入れた本のうちひとつを開く。先に見たものとは別の地域に生息する魔物に関する情報が、これまた細かく記載されていた。

 この書庫に収められているのは、「古文書」のはず。ところがこれはどう見ても、言ってしまえばゲームの攻略資料に近かった。何なら、「アストルム攻略全書」よりも詳しい。そもそもこういう情報は、本来プレイヤーに見えてはいけないもののはずだ。そして、日本語で書かれていることも不自然だった。レジェンドオブアストルムの中で作られたものであるなら、もちろんゲーム内で使われる言語が用いられるはずなのだ。

 

「――もしかして」

 

 一つの可能性に思い至る。

 「設定」。レジェンドオブアストルムを構成する要素たる情報群。背景ストーリー。友好的、あるいは敵対的なNPC。プレイヤーに与えられる武器や防具、各種アイテム。ソルの塔。その他諸々。広大なハイファンタジー世界をゼロから作るためには、とんでもない量のテキストが必要となるのは想像に難くない。

 振り返れば、膨大な数の書物が、書庫に狭しと並ぶ書架に鎮座している。

 

「これ、全部そうなのか?」

 

 だとしたら、何故そんなものが、この古城の地下にあるのか。誰が持ってきたのか。誰が作ったのか。『七冠』についての記述もあったなら、彼ら彼女らに近い何者かと考えるのが自然だが。

 結局、疑問は尽きない。イリヤに聞けば分かるだろうか。この城の『封印の棺』に眠っていたという“伝説の吸血鬼”。おれたちのようなプレイヤーとは異なる存在で、何かを知っているかもしれない。

 それに、期待もある。もしここに、アイテムやプレイヤーの扱う使うスキル(例えば魔法など)について書かれたものがあるなら。おれが持つペンダントや、覇瞳皇帝が狙う力のことも掴めるかもしれない。

 

 イリヤが倒してしまった書架に入っていた本は、全て戻し終えた。おれの求める情報を探すのは、またの機会にしよう。遅くなると、彼女に怒られてしまう。

 書庫の重い扉を閉め、皆の待つ大広間に向かった。

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