いつか、おはようのキスを君に   作:アトリエおにぎり

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Dive to the Astorum -2

 そこには、一面の廃墟が広がっていた。先ほど調べたマップ上では、確かに街を表すアイコンが表示されていたはずなのに。

 

「なに、これ……」

 

 辺りを見回して、ヨリが呟く。残骸は、瓦礫となって辺り一帯を埋め尽くしている。建物と思しき土台だけがかろうじて形を残していて、それが余計に気味の悪さを強める。

 破壊されてから、あまり時間が経っていないように見える。魔物の群れにでも、襲われたのだろうか。それにしては、被害が酷すぎる気もする。ひとつの街が再起不能になるような事象は、少なくとも、おれがアストルムをプレイしている間は、聞いたことがない。

 

「とりあえず、行くか」

「そうね……何があったのか、気になるけど」

 

 2人揃って歩き出す。マップを確認する限り、ここから徒歩で1時間ほどの場所に目的地はあるようだ。

 

「なあ、ヨリ」

「どうしたの?」

「さっきの廃墟、仮に、魔物に襲われたとしてさ。『永遠の蜃気楼』にいる奴だったりしないかな」

「ちょ、ちょっと、急に変なこと言うの、やめてよ」

 

 ヨリの声が、かすかに震えている。冗談ではなく、本気で怖がっているようだった。

 

「悪い。ただ、特殊なダンジョンだとしたら、そういうヤバいのが棲み着いてる可能性もあると思ってさ。何もない、って風評が流れたのも、他のプレイヤーを近づけさせないためのものかもしれない」

「それは……あり得ない話じゃ、ないわね」

「ま、そういう時のために星空の水晶(あれ)を持ってきたんだ。大丈夫だよ。たぶんな」

 

 沈黙が流れる。おれたちは、黙々と歩みを進めた。

 

 しばらくして、荒廃した街道が途切れる。その先に広がる光景を見て、思わず息を飲んだ。深い森と靄に囲まれた、巨大な建造物があった。先端部のみが、雲からわずかに伺える。離れていても感じる、異様な存在感を放っているあれこそが、『永遠の蜃気楼』なのだろう。

 

「いよいよだな」

「……うん」

 

 隣に立つヨリは、緊張している様子だった。無理もない。ほとんど未知のダンジョンに、挑もうとしているのだ。おれだって、不安を感じていないと言えば嘘になる。しかし、立ち止まっていても仕方がない。

 

「行こう」

 

 おれが促すと、ヨリは無言で首肯した。

 

 『永遠の蜃気楼』へと続く道を、言葉を交わすこともなく、進んでいく。不思議なことに、あれだけ不気味な雰囲気を感じさせるにもかかわらず、途中、魔物の類に遭遇することはなかった。

 そして、ついに辿り着く。見上げれば、遥か天空へ伸びる塔が、低い鈍色の雲に突き刺さる。

 意を決して、足を踏み入れた。内部は暗く、視界の確保が難しい。明かりとして機能し得るものは見当たらず、無闇に動くのは危険だ。狭い入口から微かに光が差し込んでいることだけが、救いだった。右手を開き、力を籠める。光の粒が渦を巻き、やがてひとつの球となった。それを宙に浮かべると、周囲を強く照らし出す。天井は、自分の背丈の倍以上はあるだろうか。奥の方には、上階へ向かう階段が見える。第一階層(仮称)は、それだけであった。

 

 ゆっくりと歩を進めていく。いくつかの階段を上り、いくつかの部屋を抜け。しばらく歩くが、一向に変化が見られない。敵の姿はおろか、アイテムのひとつさえ見つからないのだ。本当に、ここに多くのプレイヤーを駆り立てる、特別な何かがあるのだろうか。疑念を抱き始めた頃、唐突にそれは現れた。

 目の前に、大きな扉があった。この塔を探険し、初めて見つけた扉である。鍵穴のようなものは見当たらず、何か条件を満たして開くのだとしても、それを伺わせるものは、ここまでひとつもなかった。

 力任せに押し開けようとするが、びくともしない。ヨリに目配せをして、彼女がそれから離れたことを確認してから、いくつかの光球を撃ち込む。が、傷ひとつ付かなかった。

 

「アンタの攻撃でダメなら無理なんじゃ……いや、待って。もしかしたら」

 

 ヨリはそう言いながら、槍を構えた。穂先に、淡い青色の光が灯る。彼女が水属性の魔法を放つと、あれだけ動きもしなかった扉は、轟音とともに弾け飛んだ。呆気にとられていると、彼女はこちらを振り返り、得意げに微笑んだ。

 

「アンタの魔法だけ、効かないようになってたのかもね」

 

 粉塵の中を、ヨリはとことこと進んでいく。彼女の後を追って踏み入れた先は、大きな広間になっていた。上層へ続く道はなく、扉のあった場所を除く三方は、いずれもこれまでの道と同じような材質の壁に囲まれている。

 どうやら、ここが最後の部屋らしい。前もって聞いてはいたが、本当に何もないとは恐れ入った。分岐どころか寄り道できそうな小部屋もなく、最後は少し手間取ったが、それでも、ほとんど何の障害もなく、終点まで辿り着いてしまった。

 

「この塔って、こんなに低かったかしら」

 

 部屋の中を歩きながら、ヨリが首を傾げる。

 

「今まで通った部屋の高さと、上ってきた階段の数。外見と比べて、低すぎる気がするのよね」

「見た目と中身が全然違うのは、RPGならよくあることじゃないのか」

「でも、あれだけ『いかにも何かあります!』みたいな感じで何もないのって、逆に不自然じゃない?」

「まぁ、それは、確かに。……隠し部屋とか?」

「隠し部屋……それよ!」

 

 ぽん、と手を打ってから、ヨリは辺りをぐるりと見回す。もちろん、そんなものが分かりやすく見つかるはずもなく。

 

「ここまで一本道で、小部屋も何もなかったじゃない? つまり、何かあるならここなのよ。……ダンジョンを作った人が捻くれてなければ、だけど」

「案外、壁をぶち抜いたら先があったりしてな。やってみてもいいか?」

「いいけど、ダンジョンを壊さないでよ」

 

 分かってる、と生返事を返して、壁面に向かい右の手をかざす。掌に力を込めると、光の粒が集まり、輝きを強めていく。

 

「穿てッ!」

 

 その言葉と共に、文字通りの光速で放たれた、一条の光。それは壁に当たると、炸裂して激しい土煙が上がった。

 煙が晴れる。そこでは、罅だらけになった壁が、ひとりでに傷を直していた。

 

「……は?」

 

 思わず、気の抜けた声が漏れた。

 その様子を見たヨリは、口元に手を当てながら考え込んでいた。その姿は、さながら鍵となる痕跡を見つけた探偵のようで。

 

「この部屋に何かあるのは間違いない。むしろ何もないと考える方が不自然ね。そもそもハルトの軽い攻撃でこんな風になるなら、他のパーティが気付かないのもおかしな話よ。これまでここに来たプレイヤーは、たぶん隠された何かがある、ってことまでは突き止めたはず。その上で何もないと嘘をついた。いや、他のパーティに先を越されないために、自分たちが得た情報を隠した……?」

 

 思考の海に潜った彼女は、しばらく帰ってこなかった。

 

 やがて、ヨリの口から飛び出したのは、何とも力業といった方策。

 

「この部屋の中、全部攻撃してみてくれない? できる限り、全力で。他のパーティもやってるとは思うんだけど、アンタの光は、“普通の魔法”とは違うから。もしかしたら、何か起こるんじゃないかな、ってね。私が状況を見てるから、どーんとやっちゃっていいわ」

「……了解。危ないから、離れるなよ」

 

 インベントリから、星空の水晶をひとつ取り出す。ヨリと2人ではどうしようもない魔物と会敵した時のために持ち込んだものだが、その用途で使う可能性はほぼなくなった。握りつぶすと、ぱりん、と軽い音がして、淡い光が揺らめく。ステータスの上昇を確認して、再び掌に力を込めた。

 

 光の球を無数に浮かべ、自身とヨリを囲むように配置する。球が輝きを強めると共に、エネルギーの高まりを感じる。そして、力を全身から放出するようなイメージで、両腕を広げた。全方位へ、一斉に、光の弾丸が機関銃のように放たれる。時間にして、およそ数十秒。撃ち続けた光弾は、きっと五桁に届いていた。それは壁を傷付けるだけで、傷はすぐに修復されてしまう。

 散った光を呼び戻し、再度の攻撃を準備する。周囲に浮かぶ光球から感じる熱が、肌に残る。ヨリが安全な場所に居ることを確認してから、改めて光弾を乱射した。威力を増した弾丸は、先程よりも強く壁を抉る。だが相変わらず、傷跡は溶けるように消える。これでも無理か、と軽く落胆したその時。あっ、と、ヨリが天井の一部を指差して叫んだ。

 

「あそこだけ、直るのが少し早かったの。もしかしたら、何かあるかも。見間違いだったら……ごめん」

 

 彼女はそう言うが、おれには、ひとつの違いも分からない。信じられるのは、ヨリの観察眼のみだった。

 天井へ光弾をいくつか撃ちながら、ヨリが異変に気付いた場所を確かめる。

 

「この辺りか?」

「もう少し右……うん、そこ!」

 

 指先を伸ばし、彼女が示した場所をしっかりと捉える。光球を自らの前方に集束させ、いくつかの大きな球を生み出す。

 

「何があるのか、見せてくれよ!」

 

 放たれる、幾重にも重なる光の砲撃。そして、すぐに感じた違和感。眩しすぎる光の所為で視認が難しいが、壊れかけた壁の向こう、そのすぐ先で、光は、何物かに遮られていた。

 

 攻撃を止め、思わず、嘆息。

 音もなく修復される壁を見遣り、半ばヤケになりつつ、持ってきた星空の水晶を、全て砕いた。もちろん、こんな使い方をするアイテムではないことは、自分がよく知っていた。目の奥で火花が散り、身体を貫くような激痛を覚える──激痛を覚える?──ほどの強化に、思わず顔が歪む。

 

「そんな一気に使って大丈夫なの?」

「へーきへーき。効果量はヤバいけど、ただのバフだし。ってか、重ね掛けできたんだな、これ」

 

 心配してくれるヨリに少し強がりながら、改めて意識を集中する。攻撃力を示すパラメータは、これまで見たことのない数値になっていた。力の高まりに応じて、周囲に浮かぶ、脈動する光の球が、強く、青白く輝く。感じる。自らの生命までも燃やしているような、熱い、激しい力を。

 ただ、これだけでは難しいと思っていた。どんなに強化を重ねたところで、きっと、おれの力だけでは限界があった。ここには、ヨリがいる。おれの大切な、パートナーがいる。

 

「ヨリ。ユニオンバースト、いける?」

「え、あれって、プリンセスバトル専用のスキルだったと思うんだけど……」

 

 ヨリにそう言われて、そんな仕様だったか、と思い返す。『プリンセスバトル』に、傭兵としてよく参加していたのは、もう過去の話。彼女と共に戦い、名を馳せていたのもずいぶん前になる。

 一応確認してみる、とスキル画面を開いたヨリは、それを見て、当惑した表情を浮かべた。

 

「使えるようになってる……どうして?」

「仕様が変わったんじゃないか? 或いは、このダンジョンが、そもそもユニオンバーストが必要な設定、だったり」

「……もし、そうだとしたら。クリアできるのは、“プリンセスナイト”か……」

「おれたちくらい、だな」

 

 ヨリは頷き、真剣な顔で槍を掲げる。

 

「ハルト! 私が合図したら、全力でぶち込んでちょうだい!」

 

 槍の先が、一際強く輝く。

 

「いくわよ! 超・必殺!!」

 

 彼女が振り回す槍から、桜色の光が放たれた。それは天井に当たると炸裂し、大輪の花を咲かせる。

 

「今よ!」

「分かった! 全力全開、撃てぇ!!」

 

 今にも張り裂けそうな、幾つもの光球から放たれる、光の奔流。世界を純白に塗り潰す光は、舞う花弁を呑み込み、ヨリが咲かせた花へと殺到した。

 初めのうちは、攻撃が弾かれているようなエフェクトが生じていた。やがてそれが砕け散ると、コンボ数を示す数字が現れ、読み取れないほどの速さで増えていく。

 レジェンドオブアストルムは、攻撃のコンボが繋がるたび、与えるダメージ倍率にプラス補正がかかる仕様になっている。攻撃のコンボ数を増加させる、ヨリの“ユニオンバースト”「超・必殺より式無限コンボ」と、対象に当たっている間、常に多段ヒットし続けるおれの光撃。この2つが組み合わさると、通常では起こり得ないような速さで、コンボを稼ぐことができる。そして対象に与えられるダメージは、それが倒れない限り、際限なく上昇していく。

 

「これが、おれたちの力だ! すべてを、ブチ抜けえッ!!」

 

 そんなことを叫ぶくらいには、昂っていた。プリンセスバトルでこれを決めた時には、どんなに防御力を強化した相手であっても、せいぜい数百ヒット程度で倒れてしまうのだ。今はどうだろう。コンボ数の値は6桁に届き、それでもなお増加する。

 やがて、世界を揺らす轟音が途切れ途切れになったのち、何かが弾けるような音がして、眩しすぎる光は、解けるように消えていった。

 

 砕かれた壁の向こうには、文字通りの無が広がっていた。真っ暗な空間が広がっているだけで、何もない。思わず、ヨリと顔を見合わせる。声にこそ出さないが、困惑を隠せずにいた。さて、どうしたものか。そう思案していた最中。ひとつの光輝く何かが、ゆっくりと落ちてきた。

 ヨリが、その光に手を伸ばす。それに触れた刹那、彼女は、忽然と消えた。

 

「ヨリ……? どこ行ったんだよ、ヨリっ!」

 

 慌てて周囲を見回すが、ヨリの姿はどこにも見当たらない。ただ、おれの声だけが、虚空に響く。

 

 宙に浮かび続ける、輝点。ワープクリスタルに似た、どこかへ転移させるものなのだろうか。そうだとして、どこに飛ばされるかなど分かったものではない。最悪、触れれば即ゲームオーバー、ということも考えられる。

 それでも、その先に、ヨリがいると信じて。意を決して、小さな輝きを握りしめた。

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