いつか、おはようのキスを君に   作:アトリエおにぎり

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I wanna be your Special one

 『永遠の蜃気楼』が消失してから、現実時間で1週間ほどが経った。あれだけ多くのプレイヤーが注目していたはずなのに、いつしか誰も、その話題には触れなくなっていた。

 複数の有力なギルドが協力して、ようやく攻略したという話を耳にした。かつて【ラウンドテーブル】というギルドで名を馳せたプロゲーマーが、ソロで突破したのだという話も聞いた。チートによって未実装のアバターデータを入手したプレイヤーが、ダンジョンそのものを破壊してしまったという話も。

 

 それらも全て、情報の荒波に呑まれ、いつしかどこかに消えていった。

 

 おれのアバターの首に提げられた、緑色の石が填められたペンダント。あのダンジョンで手に入れた使い道の不明な石(よりが全力で調べたらしいが、本当に何も分からなかった)を、アクセサリーにしたものだ。身に着けることによる特殊効果は、何もない。

 見せびらかすようなことはせず、慣れない装飾品として、このペンダントを着けてアストルムを遊んでいた。それを気に掛けるものは、もちろん誰ひとりとしていなかった。

 

 

 学校からの帰り道、何となく、いつもと違う道に入った。夕暮れ時の街は、仕事から帰宅する人々や、部活終わりの学生が多く行き交っている。そんな大通りも、奥へ2、3本入れば、喧騒から切り離された、閑静な住宅街が広がる。少し入り組んだ路地の先で、今まで知らずにいた小さな店を見つけた。

 

「パワーストーン……?」

 

 普段なら、特に気にすることなく通り過ぎてしまうような文句だった。スピリチュアル的なものに対する興味はないはずなのだが、この時だけは、吸い寄せられるように、店に入った。

 薄暗い店内は、色とりどりの石や怪しげなアイテムが所狭しと並べられている。まるで、アストルムにある雑貨屋のようだった。その中で、ある品に目を奪われた。緑色の、小さくも、美しい石のペンダント。おれがアストルムで唯一持っているアクセサリーと、見た目が酷似していたということもある。けれど、それだけではない、心に訴えかけるような何かを、感じていた。

 

「その石に、惹かれましたか?」

 

 いつの間にか隣に立っていた、店主らしい女性に声をかけられた。

 

「はい……とても、綺麗です」

 

 そう答えると、彼女は嬉しそうな顔をして、「それはペリドットといいます」と言った。そして、この石――ペリドットについて、説明してくれた。

 古代エジプトでは、太陽を象徴する宝石として大切にされていたこと。心身ともに、前向きに生きられるように。そんな願いが込められていること。そして、「暗闇に光をもたらす神秘の石」とも云われていること。余談として、トパーズという宝石の語源になった島では、実はペリドットが産出されていたこと。

 

「すごい……石なんですね」

 

 そんな感想にも満たない思いが、口から漏れ出る。

 聞くところによると、すべての宝石に、様々な意味や願いが込められているらしい。例えば、ルビーは「勝利を呼ぶ石」、サファイアは「聖人の石」、エメラルドは「愛の石」など。

 

「このペンダント、あなたに差し上げますよ」

 

 突然に、その女性から、そんなことを言われた。

 

「えっ、いや待ってください。これ、売り物……ですよね? そもそも立ち寄っただけなのに、悪いですよ」

「私はあなたのような人に出逢うために、こういう場を作っているのですから。ぜひ、受け取ってください。あなた自身が身に着けるのもよいですし、大切な方に贈るのもまた、よいと思いますよ」

 

 しばらくして、店を出るおれの手には、ペリドットのペンダントが入った袋があった。先のようなやり取りがあり、そうして店主から受け取ったものだ。一銭もお金を払わずに譲り受けるのも申し訳なく思い、小さなペリドットがあしらわれたネクタイピンをひとつ、あわせて購入した。

 花言葉のように、宝石にも、宝石言葉というものがあるという、「運命の絆」。それが、いくつもあるペリドットの宝石言葉の中で、おれに合っているものだと、彼女は教えてくれた。その言葉を受けて、おれの脳裏には、よりの顔が浮かんでいた。

 

 風宮よりに、恋をしていた。家が隣同士ということもあり、幼い頃から一緒にいたから、いつからそんな感情を抱くようになったのかは憶えていない。格闘ゲームで難しいコンボを決めて、得意げな顔。カードゲームで初歩的なプレイミスをして、落ち込んでいる顔。アストルムで肩を並べて戦った時の、自信に満ちた顔。あかりにからかわれた時の、慌てたような、恥ずかしいような顔。ころころと変わる表情を、ずっと傍で見ていたくて。そして、時折見せる“女の子”な仕草を、いつしか意識してしまうようになって。幼馴染みという関係性を超えて、自分だけを見てほしいなんて、思うようになって。

 だからこそ、一線を引こうとしていた。幼馴染みに恋心を抱く物語はいくつか知っているが、自分がその当事者となると、どうしてよいか分からなくなる。自らが変に働きかけてしまって、今あるこの日常を、壊したくなかった。

 先日の『永遠の蜃気楼』の一件は、よりとおれとの関係を、どういう形にせよ、変えてしまうものだった。彼女に抱いた想いを、どうにか今まで隠そうとして、押し殺して、生きてきた。でも、もう、抑えきれそうにない。およそ1週間の間、答えの解りきった問いを、考え続けていた。さっきの店のように、これまで行ったことのない場所へ寄り道をしてみたり。アストルムにログインして、ソロプレイで高難度クエストをめちゃくちゃにしてみたり。それでも、あの時に抱きしめてしまった彼女の温もりは、すべてを決壊させるには、十分すぎた。

 都合の良い(あるいは、悪い)ことに、明日、よりと出かける予定があった。大切な人に贈るのもよい、と。そんなことを、あの店主は言っていた。タイミングがあれば、この首飾りを、よりに渡そう。おれが、最も大切にしたい人に。そして伝えよう。おれの、想いを。それが、今のおれにできる精一杯なのだ。

 

 

ʚ ɞ‬

 

 

 翌日、午前10時前に風宮家のインターフォンを鳴らすと、珍しくパーカーを着込んだよりが、少し落ち着かなさそうに出てきた。

 

「おはよ、より」

「お、おはよう、ございます」

 

 いつもよりぎこちない挨拶を交わした後、どちらからともなく歩き出す。今日は、あかりが所属している吹奏楽部が、マーチングバンドとして出演する。それを観るために、会場であるドリームパークへ、よりと向かうことになった。どこかに出掛ける時、大抵は、あかりや、どちらかの(主に風宮家の)親が居た。よりと2人きりで、というのは、17年生きていて、初めてのことだった。

 椿ヶ丘駅から、ドリームパーク直行のバスに乗り込む。自然と、おれたちは並んで座席に着く。休日ということもあり、車内は立ち客が出る程度には混んでいた。

 

「楽しみだな、あかりの演奏」

「う、うん」

「……」

「……」

 

 会話が続かない。何か話さないと、とは思うのだが、言葉が出てこない。きっとそれは、よりも同じだろう。普段は饒舌な彼女が、今は借りてきた猫のようだ。いつもと違う様子のよりを見ていると、こちらまで緊張してくる。

 

「…………あー、あのさ」

 

 沈黙に耐えきれず、口を開く。

 

「どうしたの?」

「えっと……その、なんだ。2人で出掛けるのも、いいなって思って」

「……そういえば、あんたと2人でどこかに行くの、初めてよね。……楽しみ、だったわ」

 

 ちょっとだけ緊張が緩んだような、ふわりとした笑みを浮かべて、よりは答える。その笑顔を見た瞬間、顔が熱くなるのを感じた。目が合ってしまい、慌てて視線を外す。心臓が、早鐘を打つ。何気なく放った言葉だが、彼女も似た心持ちだったことに、嬉しさを覚える。それと同時に、この先を想像して、不安になる。

 おれは、よりが好きだ。だが、彼女はそれを受け入れてくれるだろうか。――想いを伝えれば、おれたちの関係は、変化する。彼女との繋がり自体を、失うことだってあり得る。決意は、少しだけ、揺らいでいた。

 

 バスは、ドリームパーク最寄りのバス停で止まる。乗車していた人々が降りていき、余裕が生まれたあたりで席を立つ。隣のよりに目を向けると、彼女もまた、おれを見ていて。一瞬視線が絡み合い、お互いに目を逸らす。そのままバスを降りて、無言で歩みを進めた。目的地はすぐ近くにあるはずなのに、道程が長く感じる。

 

「そういえば、白星中学校って何時だっけ?」

 

 ふと気になり、よりに訊ねる。彼女はこちらを見ずに、折り畳まれたタイムテーブルをポケットから取り出した。

 

「えっと、11時15分ごろ……って、あと10分もないじゃない! 私、チケットもらってくるわ! あんたは先に入口で待ってて!」

「あ、ちょっと、より!」

 

 引き留める間もなく、よりはチケット売り場の行列に消えていく。仕方なく、言われた通りに、ゲートの近くで待つ。2、3分して、とことこ走ってきた彼女からチケットを受け取り、背中を押されながら入場した。

 園内は、家族連れやカップルなどで賑わっていた。マーチングバンドは、特定のエリアを行進する。園内の一部が簡易的な柵で仕切られており、そこに見物客が人だかりを作っていた。

 

 タイムテーブルの紙に描かれた地図の、「この辺!」とマークされた場所へ到着するとほぼ同時に、白星中学校吹奏楽部の、マーチングユニフォームを身にまとう一団が近付いてきた。先頭は指揮杖を持つドラムメジャー。トロンボーン、ユーフォニアム、ホルンが続く。その後方に、あかりの姿があった。緊張した面持ちのあかりは、よりとおれの方を見て、少しだけ、笑顔になった。そしてすぐに真剣な眼差しで、サックスを構える。

 短くも印象強い、サックスパートの見せ場。他の何にも負けない、華やかなメロディ。サックスを奏でるのが大好きな、彼女の心がこもる演奏。最後まで吹き切ったあかりは、観客からの拍手を浴びながら、おれたちに向かってウィンクをする。よりはそれに手を挙げて応え、おれも小さくサムズアップをした。

 演奏の余韻に浸りつつ、白星中学校の列が通り過ぎるのを見送った後、おれたちは再び歩き出す。マーチングバンドの行進の終点、そこであかりを待って、直接「良かったよ」と伝えるために。普段から、彼女がどれだけ努力をしていたかは、おれも、よりも、分かっていた。家の近所の公園で練習していたのを見かけたことがあったし、よりの話では、自宅でも、寝る前などに練習をしていたらしい。

 タイムテーブルに記された行進ルートの終点。そこで待っていると、風に乗って聞こえる演奏の輪郭が確かになっていく。やがて、マーチングバンドの一団が見えてきた。それは広場に到着すると、演奏を途切れさせることなく、隊形が園内を行進していた時の4列から変形する。幾つかのグループに分かれ、あるいは合流して、個々に行進したり、交差したり。それぞれが揃った動きを見せていた。やがて全てが整列して、最後のファンファーレが鳴り響く。

 

 自然と、拍手をしていた。隣を見ると、よりも同じようにしていて。お互いに笑い合う。あかりは、他のメンバーと一緒に深くお辞儀をしてから、満面の笑みで、おれたちに手を振った。退場していく白星中学校の生徒たち。それを見て一息ついていると、帽子とサックスを置いたあかりが駆け寄ってきて。

 

「お姉ちゃん! お兄ちゃんも、来てくれたんですね!」

 

 そう言って、そのまま勢いよく抱きつかれた。それを見たよりが、慌てたように、おれとあかりの間に割って入る。

 

「ちょ、ちょっと、あかり! 急に何して……!」

「もー、お姉ちゃんが独り占めなんてずるーい」

「独り占め……っていうか、人前でやめなさいよ! みんな見てるから……!」

 

 よりに引き剥がされたあかりは、そのまま連行されていく。何かを言い合っているが、こちらからは窺い知ることは難しい。

 撤収前のわずかな休憩時間だったようで、遠くで、吹奏楽部の部員があかりを呼ぶ声がする。

 

「呼ばれちゃいました……じゃあ、今日は友達と帰りますね。ばいばい、お姉ちゃん、お兄ちゃん!」

 

 笑顔のあかりを見送る。

 あかりに抱きしめられたときの柔らかな感触が、彼女の体温が、残っていた。正直、複雑な気持ちだった。よりも、あかりも、おれの大切な幼馴染みで。昔から、ずっと一緒に遊んでいた仲で。恋、とは異なると思っているが、あかりのことも、好きだった。ただ、おれはよりに対して、その先の感情を抱いてしまった。ほとんど同じ時間を過ごしていたあかりの気持ちなど、分からないままに。

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