いつか、おはようのキスを君に   作:アトリエおにぎり

7 / 16
Captivated Princess -2

 「レジェンドオブアストルムにログインしていたプレイヤー全てが、目を覚まさない」。遠く離れた場所で仕事をしている両親に、そんな大事件が起きたこと、よりとあかりがそれに巻き込まれてしまったことを連絡すると、まずおれが無事であることを驚かれた。それから、世界的にも、自分が想像しているより遥かに大きな影響があったようで、「しばらくは家に帰れないかなぁ」などと言っていた。

 

【幼馴染みがアストルムから帰ってこない。ウケる】

 

 眠ったままのよりに口付けをして、学校へ向かう途中。おれは震える指で、その一言だけを電子の海に放流した。

 

 1週間経っても、1ヶ月経っても、状況は全く変わらなかった。テレビでは連日、特番を組んで、『ミネルヴァの懲役』に関する報道をしていた。大抵は、有識者と名乗る見知らぬ誰かが、知った顔をして、レジェンドオブアストルムや、ミネルヴァを生み出したウィズダムをこき下ろすようなものでしかなかった。SNSでは様々な放言が飛び交い、身内が『ミネルヴァの懲役』に巻き込まれたという人に、「こんなゲームをしてるバカなんだから当然の結果」なんてリプライがぶら下がっていたりした。

 アストルムに囚われたプレイヤーを収容する施設が全国にいくつか急造され、よりとあかりは、そのひとつに運び込まれていた。おれは、学校がある日も、ない日も、ひどい天候の日も、毎日そこに足を運んだ。収容施設は、病院のような場所だった。だが、ベッドの上には患者ではなく、昏睡状態のプレイヤーが横たわり、複数の医療機器に繋がれている。よりは、気持ちよく眠っているように見えた。身体からはいくつものケーブルが延び、心拍を表す電子音と、mimiのランプだけが、彼女が生きていることを示す。あかりもまた、同様に眠り続けている。今日も、朝から面会に赴いては、手を握っていた。たとえそうしていても、おれは彼女たちの傍に居ることすらできなかった。

 昼食を取ろうと、施設を出て最寄りの駅に向かう。少し怖くなってしまうほどに、世界は、何一つ不自由なく回っていた。鉄道は時刻表の通りに走っているし、コンビニの品揃えも変わらない。学校は、相変わらず人が少ないだけで。大きく変わったことといえば、mimiを着用することに対する禁止令が出たくらいだ。レジェンドオブアストルムに繋がることはないとはいえ、“起こりうるかもしれない脅威”から、生徒を遠ざけたいのだろう。そういえば友人が、「のぞみん(彼が推している同年代のアイドルらしい)がミネルヴァの懲役に巻き込まれた」なんて嘆いていた。ただ、言ってしまえば、その程度だった。全世界でブームを巻き起こしたVRMMORPGとはいえ、所詮は星の数ほどあるゲームのひとつに過ぎない。「レジェンドオブアストルム」が、現実と見紛うほどのクオリティのバーチャルリアリティーをプレイヤーに体験させるmimiを活用したゲームで、サービスを開始したその日に『ミネルヴァの目覚め』なんて騒動を起こして。それでも、アストルムはただのゲームでしかなく、この国に生きる全ての人が、それをやっていたわけではないのだから。

 

 道端のベンチに腰掛ける。溜息をついて、地面に映る影へ視線を落とす。おれは、大切な人のところに行くための、ありもしない方法を探していた。過去の同様な事件について調べてみたり。毎日mimiを起動しては、アストルムへログインできないかを試してみたり。彼女のことを思い続ければ、夢の中で会えるかもしれないなんて、mimiを着けっぱなしにして眠ってみたり。インターネットで、同じような悩みを持つプレイヤーと、情報交換をしたりもした。結局、全ては徒労だった。どうしたって、おれには何もできることはない。そんなのは分かりきっているのに、諦めたくなかった。何もできない自分が、ただ、悔しかった。

 周囲に人影がなくなるのを待って、ポケットに忍ばせていたmimiを取り出す。電源を入れて、耳に装着する。CNCT@LKには、よりとあかりに送った、既読すら付いていないメッセージが残っていた。大切な人との繋がりを失って、おれの時間は、あの瞬間から止まっていた。アストルムでも、現実でも。心にぽっかりと穴が開いて、何をあてがっても埋められず、何もかもがそこに落ち込んでいく。

 

「……会いたいよ、より」

 

 誰にも届くことのない儚い願いは、虚ろな空に溶けて消えた。

 

――ピロン。

 

 不意に、通知音が鳴る。

 

『メッセージを受信しました』

 

 目の前に浮かぶ文字を見て、自分の目を疑った。通知を発信していたアプリケーションは、レジェンドオブアストルム。プレイヤー間の通信機能は、あの日以来生きていないはずだった。はやる気持ちを抑え、アストルムを開く。表示されたのは、もう見慣れてしまった、ログインができないことを伝えるポップアップ。それを閉じると、続けて表れる、運営サイドからプレイヤーへの連絡があることを示す通知。そこから画面を遷移させていくと、イベントやメンテナンスの案内が並ぶ一番上に、見るからに怪しい、意味不明な英数字が並んでいるものがあった。明らかに不審なメッセージ。そうは思いつつも、実は有用な知らせかもしれないと、その文字の羅列に触れた。

 

1110011110111001100111011110111110111101101010011110011110111001100111011110011010000010101101101100111010011100111001111011100110011101111011111011110110111100111001111011100110011101111001101010011110101101111000111000000110000110111001111011100110100111111011111011110110101000111001111011100110011101111011111011110110110011111001111011100110100111111011111011110110111000111001111011100110100111111011111011110110100111111001111011100110011101111011111011110110101011111001111011100110100111111001011000110010111011111011111011110110001010111001111011100010111010111001101011101010011000111011111011110110010011

 

 瞬間、脳内を埋め尽くす01の濁流。いくつもの画面が、浮かんでは消えていく感覚。心の底から恐怖を覚え、叫びそうになる。思わずmimiを掴み取り、耳から引き剝がしていた。乱暴に握られたmimiは、緑色のランプを点滅させている。どうやら、通信を行っているようだ。しかし、どこと? 何を? アストルムへは、繋がることができないというのに。乱れた呼吸を落ち着かせながら、考える。コンピュータウイルスでも踏んでしまったのだろうか。世間であれだけ悪しきように言われているのだから、こういうことを考える者がいないとも限らない――もしそうだとしたら、悪質極まりない。時間にしておよそ数分。おれはただ、点滅し続けるLEDを、見つめていた。

 

 やがて、右手の中でmimiは静かになった。恐る恐る、再びそれを装着する。もしかしたら、壊れてしまったかもしれないが……右目に映し出されたのは、レジェンドオブアストルムを起動したときに映る画面。そして、さも当然のようにそこにある、“STAND BY”の文字。これが表示されているということは、「ダイブアストルム」と唱えさえすれば、ファンタジックな世界へ飛び込むことができる。意味が分からなかった。アストルムは、ログインもログアウトもできなくなってしまったから、こんな騒動になっているというのに。まさか、『懲役』が終わったのだろうか。とは思ったが、プレイヤーがゲーム内に閉じ込められてしまう深刻な障害が起きたのだから、仮にそうであればサービスをいったん止めるのが当然というものだ。ならば、この状況は一体? 怪しく思う気持ちとは裏腹に、口を突いたのは、もはや呪いにも似た言の葉。

 

「ダイブ――」

 

 少し言いかけて、ここが屋外であることを思い出し、口を閉じた。通常時でさえ眠っているのと同じ状態になるのに、何が起きるか分からない今、屋外でmimiに全てを委ねるのは自殺行為に等しい。……そもそもこんな状態のアストルムへダイブしようと考えること自体が、自殺行為だろうか。

 画面の隅に、「02:32:37」の表示を見つけた。36、35、34……と減っていく右の数字は、00に到達すると、「02:31:59」となり、カウントダウンを繰り返す。意味合いとしては、あと2時間半。状況から察するに、恐らくはアストルムにログイン可能な時間。おれが決断するために設けられた時間だろう。

 おれの答えは、とうに決まっていた。けれど、誰にも言わずにアストルムへ飛び込むのも気が引けて、父親宛に、短いメールを送った。

 

   何でか知らないけど、アストルムにログインできるみたい

   よりのところに行ってきます

 

 その返信は、すぐに届いた。

 

   家の電気のブレーカーは落として、水道とガスの元栓は閉めて行けよ

 

「……何だよそれ。旅行に行くんじゃないのに」

 

 父親からの短い文を見て、急いで立ち上がり、最寄り駅へ向かって駆け出す。家に帰り着くと、言われた通りに、電化製品のコンセントを全て抜き、ガスと水道の元栓を締める。冷蔵庫の中身だけが心配だったが、食べかけの惣菜くらいしか入っていなかった。昼食代わりにそれを腹に収めてから、分電盤のアンペアブレーカーを落として外に出る。そして、玄関の鍵をしっかりと掛けた。がちゃり、という音が、いつにも増して胸に響く。おれの浅薄な予想が当たっていれば、アストルムへダイブして、次に現実世界へ戻ってこれるのがいつかは分からない。もしかしたら、もう戻ってこれないかもしれない。

 よりの隣に居られれば、それでいいと思っていた。大好きな人と一緒の時間を過ごせるのは、何よりも幸せだったから。でも、おれはよりに、ほとんど何もしてあげられていなかった。よりと、今度はちゃんと恋人同士として、ドリームパークに行きたい。そこ以外にも、よりと一緒に行きたい場所が、たくさんある。今までおれが独りで見てきた様々な物事を、共有したい。よりの好きなゲームを、彼女の色んな表情を見ながら、楽しくプレイしたい。もう一度、いや何度でも、よりの本当の温もりを、この腕で抱きしめたい。だから。

 

「よりと一緒に、必ず現実(ここ)に帰ってくる」

 

 決意を口にして、帰るべき場所に背を向けた。

 

 

 アストルムへ飛び込むことは決めた。問題は、ダイブする場所。ちゃんとした布団のある自室から行ってもよいが、アストルムに閉じ込められたプレイヤーの収容が終わって久しい今、自宅からダイブしたなら孤独死まっしぐらだ。では、どこからダイブするか。選択肢など、そうあるはずもなかった。よりとあかりが眠っている施設。そこならば、おれが倒れていても、それなりの処置はしてくれるだろう。

 

 休日の昼間。椿ヶ丘駅は、いつも通り混雑していた。ちょうど到着した電車に乗り込む。電車を乗り継ぎ、2時間ほど前に来た施設へ、再び戻ってきた。その扉は、異世界への入口にも思えた。受付を済ませ、よりとあかりが眠るベッドのもとへ。ただ、今回は彼女たちの見舞いに来たのではない。おれが、彼女たちの所に行くのだ。

 誰も居ないことを確認して、ポケットに忍ばせていたmimiを取り出す。右耳に装着してから、レジェンドオブアストルムを探して、起動する。画面に映るSTAND BYの文字が、おれを誘う。隅にあるタイマーは、残りの猶予が30分足らずであることを示していた。

 息を吐き、心を落ち着かせる。友人にも、学校にも、このことは伝えていなかった。伝えたところで制止を食らうのが目に見えているし、何より、よりを助けたいということに比べたら、些細なことだと思った。

 ベッドに備え付けの椅子に座って、よりの頭を撫でる。それから、頬を撫でて、手を握る。暖かくて、柔らかい。おれの、誰よりも、何よりも大切な人。――今、会いに行くよ。

 

「ダイブ、アストルムッ!」

 

 この世界のすべてに響くような声で、叫んだ。視界が暗転し、身体から力が抜けていく。看護師が部屋に駆け込んでくるのが、薄らと見える。最後におれの世界に残ったのは、よりの寝顔だった。

 

《認証完了。アストルム、起動。起動中は莉ョ逵?迥カ諷九↓縺ェ繧九◆繧√?郢晏干ホ樒ケァ?、霑コ?ー陟?竊鍋クコ?ッ邵コ鬆托スー蜉ア?堤クコ?、邵コ蜿ー?ク荵晢シ?クコ》




“アストルム”を遊ぶたびに思っていた。
まるで、ゲームではないみたいだと。

“アストルム”は、変わっていた。
まるで、ゲームではないみたいに。

次回 第2章「ビタースイートな白昼夢」
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。