いつか、おはようのキスを君に   作:アトリエおにぎり

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Re:Dive to the "Elysium" -2

 よりと、あかりと、多数のプレイヤーが、「アストルム」から戻ってこれなくなった翌日。彼女たちのもとへ向かう糸口を探るため、学校の授業もそっちのけで、かつて発生した同様の事件について調べていた。そんな折、おれが産まれるよりも昔の創作作品で、ゲーム内に多くのプレイヤーが閉じ込められた事件を描いたものがあることを知った。

 世界初のフルダイブVRMMORPGで、サービス開始後にプレイヤーがログアウトできなくなる、まさに『ミネルヴァの懲役』を予言したような物語。ゲーム内で体力が尽きた場合、現実でも死んでしまう、いわゆる「デスゲーム」を描いたその作品は、アニメ化や映画化までされるなど、かなりの人気を集めていたらしい。そのシリーズの始まりとなる話は、ゲームの管理者が全てを仕組んだ黒幕であり、めちゃくちゃに強い主人公がそのゲームのクリア条件を満たし、生存していたプレイヤーが現実世界で目覚めるという結末だった。

 これと似たようなことが起きるのではないか、と危惧していた人は、存外に多くいたらしい。彼らは創作物と現実の区別ができていないと、散々に叩かれていた。そうしてリリースされたmimi、そしてレジェンドオブアストルム。結果として、その予想は当たってしまった。見方によっては、もっとひどい状況で。

 

 

ʚ ɞ‬

 

 

 傍から見れば滑稽に思えるほどに、腕をぶんぶんと振る。現在地の情報――出ない。自分のステータス――さっきも試したがやっぱりだめ。そこで寝ている少女の情報――もちろん出てこない。そういえば、と思い返す。先ほど、サイクロプスを消し飛ばした時、「どのくらいのダメージが与えられたか」が分からなかった。それだけでなく、命中している間は多段ヒットする攻撃を当てたのに、コンボ数の表示すらもなかったのだ。ゲームを成り立たせる情報が、全くと言っていいほどに欠如していた。

 仮想現実を舞台にしたゲームから、ゲームという要素が取り除かれたなら。そんなの、現実みたいなものじゃないか。“力”はおれの思った通りに使えていた。こんな“力”が、現実であるはずはない。よりの手を握りながら、仮想世界へ飛び込んだ記憶は確かだ。けれど「アストルム」は、おれの記憶にあるものから変わっていた。魔物から逃げようとする者。確認できないデータ。怪我は分かるが、流血表現なんてあっただろうか? 指先に感じる感触は、紛れもなく現実のものだった。それはそうだ。ほとんど現実と同じ仮想現実体験が、mimiの売りなのだから。自分の頬を思いっきりつねってみる。痛かった。当たり前だ。この程度の痛覚が遮断されるはずもない。なら、この声は? この喉の渇きは? よりのことを想う、この気持ちは? おかしくなったのは、「アストルム」か、それともおれの方か。ふいに湧き上がった不安を抑え込むように、両手で顔を覆う。

 

「……う、ん」

 

 聞こえてきた声にびくりとして、手を外す。ゆっくりと目を開ける獣人族の少女。彼女は起き上がると周囲を見渡し、それからこちらを見た。

 

「ここは……?」

「あ、よかった。生きてたか」

「……質問に答えなさいよ。ここはどこなの?」

 

 少女の声には怒りが感じられた。どうやら警戒されているらしい。無理もない。目覚めて何故か横にいる男が、わけの分からないことを宣っているのだから。

 

「えっと……宿屋? どこの街かは分からない」

「何よそれ。というか、あんた誰? なんで私をここに連れ込んだの? 変なことをしたらぶっ殺すわよ?」

 

 矢継ぎ早に繰り出される質問と脅迫に、少し圧倒されてしまう。助けたのは偶然だし、おれ自身、どうしてこんな場所にいるのかもよく分かっていないからだ。とりあえず、名前ぐらいは名乗るべきだろう。

 

「おれは、ハルト。君を助けたのは……そうだな。魔物が来たぞ! なんて叫び声が聞こえて、何事かと思ったら、急に君がぶっ飛んできてさ。そしたらサイクロプスが街に近付いてきてて、それを倒して……って感じ。まあまあな怪我してたし、放っとくわけにもいかないだろ」

「サイクロプス? あ、あー、あれねー……倒してくれたんだ。ありがと。――って、あんた今ハルトって言った?」

 

 おれの名前をきいて、彼女の顔色が変わった。魔物を倒したことへの礼もそこそこに、若干喜びを含んだような表情で、ぐい、と顔を近づけてくる。

 

「あ、あぁ、言ったよ」

「緑色の石のペンダントを持ってたりしない?」

「ペンダント? 持ってるけど、これのことかな」

「ちょっと見せて!」

 

 首元に手を入れ、チェーンを引っ張り出す。そこに下がった緑の石を見せると、少女はそれを手に取った。そしてまじまじと見つめると、大きく息をつく。

 

「今度こそ、今度こそは大丈夫よ。だって、あのサイクロプスを倒したんだから。きっと陛下が探してる人に間違いない……!」

 

 そんな独り言を呟く彼女の額には、わずかに汗が浮かんでいた。

 

「へいか?」

「え? あ、えっと……ユースティアナさま。ランドソル王国の、王女様よ。私は陛下の命で、緑色の石のペンダントを持った『ハルト』って人を探してたの」

 

 彼女の「ランドソル王国」という言葉に、引っかかりを感じた。 確かにランドソルは、様々なプレイヤーが集う場所だった。だが、それがひとつの国家にまでなっていた憶えはない。

 閉ざされた世界で、それでも必死に生き伸びようと、そのような統治組織が作られたのだろうか。そう考えれば、その長たる存在が、あり得ないはずのログインを果たした者、つまりおれを探しているというのも納得ができる。その割には、使者が来るのが早すぎる気もするけれど。

 

「……なるほど。その王女様が、おれに会いたいと」

「ええ。ちなみに、断っても無理やり連れていくわよ?」

「ランドソルには行こうと思ってたんだ。正直ここがどこかも分からないし、連れていってくれるなら、断る理由はないよ」

「それじゃあ、決まりね」

 

 少女はにこりと微笑むと、ベッドから立ち上がる。彼女のものであろうを杖を手渡すと、それが折れたりしていないかを確かめていた。

 

「――うん、大丈夫そう。あ、自己紹介がまだだったわね。私はキャル。短い間だと思うけど、よろしく」

「ああ、よろしく。身体の具合はどうなんだ? 凄い勢いで建物にぶつかってたけど」

「そんなに酷くないわ。ちゃんと動くしね。ぎりぎりで防御魔法が間に合ってたみたい」

「そっか。よかった」

 

 そんな話をしていると、不意にキャルの猫耳が震えた。

 

「あんまり無駄話してる時間もなさそうね。ハルト、ここの真ん中あたりを片付けてくれない? 転移魔法を使うのに、少し場所が要るの」

「外でやればいいんじゃないのか?」

「ちょっと事情があって。あんまり人に見せたくないのよ。ほら早く」

 

 急かされるままに、室内に散らかる備品らしきものを脇へどけていく。

 

「こんなもんでいいか?」

「うん、そのくらいで大丈夫ね。それじゃあ、いくわよ!」

 

 部屋の中心で彼女が杖を床に突き立てると、それを中心に魔法陣が広がる。そして、それから発せられた強い光が、おれとキャルを呑み込む。ワープクリスタルを使った時と似た感覚に包まれ、次に気付いた時には、そこはほんの数秒前までいた場所ではなかった。

 

 

 見渡す限りに広がる、頑丈そうな壁。そして内部に通じると思しき、衛兵が脇を固める大きな門。振り返れば、幅は広いが、両側を木々に挟まれた一本道があり、その先もまた、石積の高い壁に囲まれている。見上げると、クリスタルのような何かに覆われた、半球状の構造物が浮いている。

 

「ソルの塔……」

 

 思わず、その名を呟いた。この世界において、あんな見た目の構造物はひとつしか知らない。そして、これが直上に浮かんでいるということは、ここがランドソルの中心に位置する城であることを意味していた。

 

「なによ、知ってんの? ほら行くわよ。陛下を待たせるわけにはいかないもの」

 

 そう言うキャルの後を追い、人ひとりが通れる程度に開かれた門へ入る。似たような一本道が伸びており、その続く先に、巨大な城が鎮座していた。キャルはランドソル王国と言っていたから、今のあれは王宮にでもなるのだろうか。道中で、すれ違う騎士や衛士たちが、彼女に対して頭を下げていく。キャルはそんな彼らに視線を向けようともせず、さも当然のように歩いていた。どうやら彼女は、おれが思っていた以上に高い身分にあるようだ。

 細い道を抜けて、広場を抜けて、この国の中枢へ足を踏み入れる。一切の人気を感じない回廊を進む途中、キャルがこちらを見ずに話しかけてきた。

 

「ねぇあんた、さっき私のこと、変な目で見てなかった?」

「え? 見てないよ。ただ、みんな頭を下げっぱなしだったからさ。すげーな……って」

「私、陛下に仕えてて、一応、爵位は持ってるからね。貴族さまってわけ。あんたも敬いなさいよ」

「それなら、キャルさま、って呼んだ方がいいかな?」

「……なんか落ち着かないわね」

「キャルさん?」

「あーもう、キャルでいいわよ。敬えって言ったのは冗談。所詮この地位も、陛下から与えられた薄っぺらいものだし」

 

 自嘲のような思いを感じる彼女の言葉に、返事が詰まった。

 会話が途切れてしまう前に、アストルムへダイブしてからずっと持ち続けていた疑問を、キャルに投げかける。

 

「じゃあ……キャル。ひとつ聞きたいことがあるんだ。『レジェンドオブアストルム』からプレイヤーがログアウトできなくなって、現実時間でもう1ヶ月が経ってる。憶えていればでいいんだけど、こちら側で、その原因みたいな、おかしなことはあったかな」

「レジェンド……ろぐあうと? 急に変なこと言わないでよね。おかしなことなんて、何も起きていないわ」

 

 彼女の答えは、おれの抱く違和感をさらに強めるだけだった。脳裏を掠める、嫌な予感。まるで、ここがレジェンドオブアストルムというゲームではないような――――。

 そんなやり取りをしているうちに、ひとつの扉の前に辿り着く。

 

「いい? ここは王宮の玉座の間。くれぐれも失礼のないようにね」

 

 キャルにそう言われて、思わず背筋が伸びる。

 

「分かってる」

「じゃあ入るわよ」

 

 ノックをしたキャルは、「失礼します」と一声かけてから、扉に手をかける。そして、中へと入っていった。彼女に続いて入ると、そこは建物の中とは思えない、広すぎる場所だった。玉座を見上げる階段の下で立ち止まる。

 玉座には、一人の女性が腰掛けていた。アバターは、白狐がモチーフらしい、これまで見たことのないものだった。キャルの言っていた、ランドソル王国を統べる存在、王女ユースティアナ。その顔立ちは美しく整っており、凛とした表情からは気品が感じられる。だがそれ以上に、圧倒的な存在感と威圧感に、彩られていた。一瞥されただけで、全てを見透かされているような気さえした。

 

「遅かったわね、キャル」

「す、すいません、陛下。少々手間取ってしまいまして」

「まあいいわ。それで、あなたが“ハルト”ね?」

 

 値踏みするような視線に晒されながら、頭の中で思考を巡らせる。それを遮ったのは、何か硬いものが、かつん、と床を叩いた音だった。

 

「私からの質問はひとつ。それを、知っているかしら?」

 

 おれの足元に、小さな光り輝くものが投げられていた。それを手に取って見ると、おれが首に提げているものと酷似した、緑色の綺麗な石が嵌められたペンダントだった。見覚えがある、なんて一言で済む代物ではなかった。よりとドリームパークへ行き、観覧車の中で、おれの想いと共に、彼女へ贈ったもの。アストルムでも、現実でも、ずっとよりの首元で輝いていたペンダント。それが今、目の前にあった。

 

「……はい、よく知っています」

「そう。なら、話は早いわ。あなたにお願いがあるの」

「その前に、ひとつ聞いてもいいですか」

 

 よりがこの世界にいる証を握りしめ、ユースティアナを見上げる。どうしてこれが、こんなところにあるのか。おれには、どうしても聞かなければならないことがあった。

 

「何かしら?」

「……このペンダントを、持っていた女の子は?」

「ああ、その子なら殺したわよ」

 

 がらんどうの空間に響く、感情を全く含まない一言。思うよりも先に、足が、手が、動いていた。キャルの制止も置き去りにして、幾つもの階段を駆け抜けて、ユースティアナの白磁のような顔に、やり場のない感情と光を纏った拳が届く寸前。途轍もない力に、上から押し潰された。床に叩きつけられて、呼吸が一瞬止まる。全身の力を振り絞って起き上がろうとするが、更なる圧力がおれを縛る。

 

「お手柄よキャル。私が捜していた男に間違いないわ。あとで褒めてあげる」

 

 頭上を滑る声。

 

「私は彼と2人でおしゃべりしたいから、ちょっと外してもらえるかしら?」

「で、ですが陛下、そいつは陛下に――」

「キャル」

「……分かりました」

 

 足音がひとつ、遠ざかっていく。扉を開け閉めする音が聞こえ、やがて無音になった。

 

 おれを床へと押さえつける力が緩んだかと思うと、今度は視界が反転し、吹き飛ばされた。離れていくユースティアナの姿が、スローモーションのように視界に映る。重力に引かれる身体は、階段に二度、三度と打ち付けられる。そうして床を転がって、ようやく停止した。全身に、衝撃と激痛が走る。ゲームでなければ、打ち所次第で死んでいた。

 

「あら、まだ生きてるの。頑丈ね、あなた」

 

 声のした方へ目をやると、ユースティアナが玉座から立ち上がり、こちらへ向かってくるのが見えた。一歩ずつ、確実に。その姿は、まるで死神のようだった。

 

「ず、随分、乱暴なんだな。ランドソルの……王女サマは」

「ひどい言われようね。私はただ、降りかかる火の粉を払っただけだというのに。もっとも、火の粉ですらなかったけれど」

 

 おれの傍で立ち止まった彼女は、おれを見下すように見下ろして、口を開いた。

 

「さて、それじゃあお話しましょうか。()() ()()()()

 

 この世界に来て一度も名乗ったことのないはずの、おれの「現実のフルネーム」を添えて。




プリコネフェス2023は両日とも仕事でした。
対あり。
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