海神さんが第四次聖杯戦争に参戦するようですよ? 作:ぴんころ
草木も眠る丑三つ時。殺人鬼に誘拐されたことによる精神的な疲労と、生まれて初めての魔力消費による肉体的な疲労によって少年が類を見ないほどに深い眠りについている頃。
サーヴァント、アルターエゴが己のマスターの拠点の敷地内を歩いているのは、そんな通常行動による魔力消費と睡眠による魔力の回復でわずかながら後者に傾いているタイミングだった。
「霊地としての格は……そう期待はできませんか」
そうして供給される魔力と彼女自身がストックしている魔力。その二つを用いてバゼットが行なっているのは拠点の”工房”化。
土地を流れる魔力を利用して作り上げる魔術師の城塞。けれど優秀な霊地に居を構えるのは歴史ある魔術師ばかり。
所詮は一般人の住まいとしては上々、という程度の霊地。霊格はそれなりだが、探せば複数見つかるような、替えのきく場所。
工房をこんな場所に作るという事態がまず少ないが、出来上がった工房の格もたかが知れるような場所ではあるのだが。
「ですが、『海神のルーン』があれば」
けれど、魔術師でもあった神性、マナナン・マク・リール。そして、当然神性には及ばずとも、依り代は現代においてはルーン魔術の大家と言われるフラガ家の人間。
彼女が『海神のルーン』による底上げを行えば、その工房は現代の魔術師から見れば破格なほどの代物になるのは当然だった。
アルターエゴが工房に求めるのは、防衛拠点としての機能ではない。
依代、バゼットは封印指定執行者と呼ばれる存在であり、魔術師の工房に踏み入り、魔術師ごと砕くことにも経験がある。
絶対の拠点がない以上、『ただの一般邸宅』という魔術師視点での隠蔽性を投げ捨てるような真似は必要ない。
特に、マスターに関しては一般人。サーヴァント戦闘にバゼットが出ている間に魔術師が工房に踏み入るようなことがあれば、抵抗の余地なく殺される未来は明らかだった。
「気休め程度ではありますが。それでもないよりはマシでしょう」
求めたのは、十全の戦闘行為を行う上での支援。
つまりは、マスターからの魔力供給の問題を解決するための機能。
霊地の格もあるため、本当に彼女の言う通り気休め以上の価値はないが、マスターの魔力回復促進に特化させた工房。
魔術師の工房として見ればゼロ点で、聖杯戦争のマスターとしては状況による、それが彼女たちの拠点だった。
聖杯戦争への参戦経緯は最悪としか言いようがない代物だったが、少年とアルターエゴの状況は非常に幸運だった。
本来ならば殺人鬼による四度目の儀式殺人時に召喚されるべき七騎目のサーヴァントだったが、この世界においては召喚されたのは三度目のタイミング。
結果出来上がったのは、七騎のサーヴァントはすでに召喚されているのに、その内の一枠を埋める聖杯戦争の御三家の一つ、アインツベルンが冬木に来日していない、という状況。
揃ったのだから聖杯戦争が始まってもおかしくはないのに、揃っていないから聖杯戦争が始まらない。
あるいは、サーヴァント同士が出会うことがあれば偶発的な戦闘にはなり得るのかもしれないが、あくまで個人間の因縁で済むような時期。
それは時間にすれば一日でしかなかったが、二人が今の状況を最低限確認するには十分な時間だった。
「マスターはどうやら、初代にしては魔術回路は非常に優秀のようですね。これなら、工房の魔力回復促進と合わせて私の全力戦闘にも追いつくのではないでしょうか」
「なら、それは早いタイミングで試しておきたいな。アサシンのサーヴァントがこっちを捕捉してからだと動きづらくなるし」
今の彼らの利点は大きく二つ。
一つは工房の秘匿性。一般人がマスターになり、その延長で一般邸宅を拠点として使用している以上、戦闘が発生しようとバゼットが帰還の際に霊体化を用いれば、バレる可能性は低いと言っても過言ではない。
二つ目は、少年の状況。家にあるのは家族の血痕。故に、彼が姿を隠しておけば誰もが死んでいると誤認してくれる。あとは引きこもってしまえばマスターの候補として上がることはなく、マスターを殺害する面々の目に止まる可能性は低いだろう。
「では、今日にでも?」
「いや、それをしたら確実に目立つことになると思う。だから先に、聖杯戦争の期間を引きこもれる程度の用意をしてからにしたい、かな。……この方針であってる?」
所詮は戦いを知らぬ少年の戯言。よって、その選択が間違っていないと言い切ることはできず、彼の表情には彼なんかよりもよっぽど偉大な戦士にして神を伺うような色がある。
自分の方針が間違っていないと肯定して欲しいという浅ましい感情。間違っているのなら任せてしまいたいという感情。
バゼットとしてはそこまではわからず、けれどその内にあるマナナンとしてはそれを見抜いている。
「方針自体には間違いなどというものはありません。聖杯戦争において間違いがあるとするならば、それはサーヴァントの敗退に直結する手を打った場合だけでしょう。とはいえ、勝利に繋がるものが全て正解であるわけでもありませんが」
例えば、サーヴァントの真名がバレるということは、その正体から弱点なども把握されてしまうということ。
それは一見ミスにも思えるだろうが、バゼットの宝具”
では正解なのかというと、宝具を使わねば勝てない相手に使用条件がバレていては勝てない可能性が高くなるだろう。
あらゆる選択肢にメリットがあって、デメリットがあって、完全無欠の正解なんてきっとない。
「ですので、貴方のいうマスターが姿を見せないということも間違いではないでしょう。大量の食材の購入と考えると目立つのは仕方のないことですが、それでも一度も戦闘行動を行なっていないタイミングであれば、まだ多少は悪目立ちも抑えられるでしょうし」
「……そっ、か。うん、それなら今のうちに籠る準備をしよう。バゼットさん、買い出しを任せてもいい? 確か新都には業務用スーパーもあったはずだし」
「私が、ですか?」
一瞬、少年が気づかないほどに小さく顔をしかめたのは、バゼットという人間の持つマスター論には反する命令だったから。
サーヴァントに求めるのは有事の際の戦闘能力。であれば、買い出しなどの家事手伝いはサーヴァントの領分ではない。
そういう思考は彼女の中にあるが、とはいえ今回のマスターにまでそれを求めるのは酷というものだろう。
サーヴァントを狙って召喚したわけではなく、家族に関してもつい先日殺され一人で生きていくことを強制された幼い少年。
さらにそこに、家族が殺され本人も行方不明になったと思われている状況。であれば少年が出歩かない方がいいというのは事実であり、もしも仮に業務用スーパーに彼の家族の知り合いがいた場合に騒ぎになるのは間違いないだろう。
その点、バゼット一人であれば依代が現代人ということもあって他のサーヴァントに比べれば溶け込むことはそう難しくはない。
己のサーヴァントがそんな理論武装によって買い出しに出ることを是としていることなど露知らず、少年が向かったのは父の部屋。
(ごめん、父さん。使わせてもらうね)
引き出しの中から引っ張り出したのは父の財布。使うことに罪悪感がないわけではないが、それでも彼にとっては命の方が大事。
手に取る際に父へと謝罪の念を抱き、部屋を出てバゼットの待つリビングへと足早に戻った。
「バゼットさん、とりあえず資金としてはこれでお願い。あ、あと財布はちゃんと返してね。父さんのだから」
その言葉に何かを言おうとしたバゼットだったが、少年の顔を見て口から出そうになった言葉を止める。
「……いいでしょう、ではこれがまず最初の仕事ですね」
代わりにそう口にして、差し出された財布を手に取れば、その財布は軽いはずなのに、どこか重たく感じてしまう。
大事な物を仕舞うようにそれを召喚時から身につけている男性物のスーツのポケットへと入れて、彼女は玄関へと向かうのだった。
とりあえずやりたいことはあるので、そこまではちゃんと書きたいわね
そこからは……まあ、うん……臨機応変に柔軟な対応を心がけていきたい