俺の判断は間違っていなかったはずだ。
黒死牟戦は最善を尽くした。
結果的に俺は雷の呼吸で一番重要な足を失ってしまうものの死人を出さずに守り抜いた。
……だがこの先俺は何をすれば良いのだろう。
病室でぼーっと考えて時間が過ぎるだけで何も結論に至れない。
引退せざるを得ない、それはわかっているのにどこか納得ができない。
「……カナエか?」
「……すいません、邪魔をするつもりはなかったのですが」
気配を感じて名前を呼ぶとカナエがお盆を持って入ってきた。
おそらく俺のために持ってきてくれたのだろう。
別に気にしなくていいのに……いや、一人にしてくれと言ったのは俺だったな。
「お白湯、ここに置きますね。冷めないうちに」
そう言ってカナエは持ってきたお盆を机に置くと、出ていこうとする。
「カナエ」
「……なんですか?」
俺は気がついたら呼び止めていた。
カナエは名前を呼ばれた瞬間ピクッと肩が少し上がる。
「少しいてほしい」
一人でいてもこれからどうすれば良いのか答えを導き出せない。それにカナエの目元は少し赤くなっていた。
一人で泣いていたのかもしれない。
悪いことをした。そもそもカナエの早期決断がなければ悪化していたかもしれないのだ。
カナエは俺のベッド近くの椅子に腰を下ろした。
「……俺はこれからどうすればいいのだろう」
自問自答してもわからなかった。カナエに答えを求めるのは酷いことかもしれない。それでもこの人の意見を聞きたかった。
「それはあなたが決めることですよ」
「……え?」
「良し悪しを私に聞かれても、わかりません」
カナエは真剣な表情でそう返答した。
今の俺はどうかしている。こう言われるのはわかっているのに。
それでも話を続けてくれるらしく、カナエは「……でも」と言葉を続けた。
「少なくともあなたの行動で芽吹き始めたものもあるのは確かです」
「芽吹き始めた?」
「はい。炭治郎くんたちはより一層任務と訓練に励むようになりました。もうすぐ私の実力を越えてしまうかもしれません」
苦笑いしながらカナエは言った。
後輩の成長が嬉しい反面、元柱という立場からなんとも言えないといった感じだ。
まぁ、カナエの心理はわからないが。
「あなたの行動にどれほど、鬼殺隊に多大な影響を与えているか、わかっていますか?」
「……考えたことなかった」
「そうですね。順に挙げていくなら、柱の方々の基礎能力向上、お館様に珠世さんと愈史郎さんの仲介、上弦に効果のある毒や解毒薬の生成」
「あはは……確かに結構貢献しているな」
「他にも鬼殺隊の被害を最小限に上弦を2体撃破に貢献、2体の情報を得ています……上げたらキリがないですよ」
カナエの言葉に思わず苦笑いしてしまう。
確かに俺は鬼殺隊に多大なる貢献をしている。
「獪岳さんのおかげで救われた人が大勢います……私もその多くの人の一人ですし」
「……カナエ?」
カナエは涙を流していた。
だが、悲しむそぶりは見せず真剣な眼差しで見つめてくる。
「これを言うのは卑怯かもしれません。それを言う権利は私にないのも重々承知してます」
そう前置きを言われ少し戸惑ってしまう。
カナエは俺に微笑みながら言葉を紡ぐ。
「……これから先……ご自身のために人生を歩まれてはいかがですか?」
……思わず息が詰まる。
カナエは俺がこれから先、義足を履いてでも鬼殺隊を続けると危惧しているのかもしれない。
俺もそれを否定できない。
「一番辛いのは獪岳さんだということはわかってます」
「……カナエ」
「私はあなたを守るために鬼殺に戻りました……ですが、守るどころか足手纏いになってしまった。幸い死人は出ませんでしたが、私の実力不足でどなたかが死んでいてもおかしくない状況でした」
確かに今回はギリギリだった。
天元が毒に侵されていたら。
伊黒が来なかったら。
カナエがいなかったら。
炭治郎たちが最後に天元たちを助け、隙を作らなかったら全滅していた。
「ですので私はお役に立てることはありません。今後は前線を退き、鬼殺隊を支えることに尽力したいと思います。育手として、蝶屋敷の者として鬼殺隊を支えていきます」
「……俺としてもそうして欲しいと思う。……黒死牟と戦っていてやはり不安だった」
力不足を実感したカナエ。いや、完全に心が折れてしまっている。
こうなっては再び刀を持つことは無理だろう。
俺もそのほうが安心する。
沈黙が俺とカナエを支配する。
それから10秒ほど続いた。
俺は何を言えば良いのかわからずにいた。目線も合わせることが出来ず。
その沈黙を破ってくれたのはカナエであった。
「ごめんなさい……今からいうことは私の一生に一度の我儘です。……戯言と思い聞き流してもらって構いませんが聞いてください」
「……いいよ。なんでも言って」
突然の前置き、正直どんなことを言われるかわからない。
だが、一生に一度、今でもカナエが言ったことのない言葉に驚くも聞き手に徹する。
「カナエ?」
カナエに優しく抱擁される。
だが、鼓動が早くなっていて相当緊張している。その緊迫した空気はいつしか俺にも伝わってきた。
「これ以上私は……あなたが傷つく姿を見たくありません」
震えるような声……それは心からの叫びであった。
鼻のすする音。ここまでカナエが泣くのは初めてだ。
俺はズキリと心が痛む。
ああ……俺はなんと馬鹿なのだろう。
何回大切な人を泣かせればいいのだ。
転生直後は始めは自分のために頑張ってきた。
だが、いろんな人と関わりを持つことで人のために努力をするようになった。
守るべき人ができた。
先生、弟弟子、蝶屋敷のみんな。
人を幸せにするため、守るために研鑽を続けてきた。
だが、その行動はこの世界で一番大切な人を悲しませてしまっていた。
今思えばカナエが訓練を始めたのは猗窩座との戦闘が終わってからだ。
一度引退したはずなのに、俺を心配してか無理して戦場へ赴いたのかもしれない。
俺が死んだら心中すると言う約束まで取り付けたのも、全て俺を心配したから。
「……もう疲れたよ」
その結論に達したとき、自然と涙が溢れたのだった。
今までは他人のために努力した。強くなるために研鑽した。
だが、今彼女の本音を聞いて……これからは彼女のために人生を捧げたいと。
カナエと話したこの日……俺、胡蝶獪岳は引退を決意し、お館様に一報した。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
追記です。
あと数話あります。