ViVid Strike! バトローグ 作:紅乃 晴@小説アカ
宿泊施設の隣にある中型のホール。小規模なトレーニングルームと併設される形で、ストライクアーツ用のリングがそこにあった。
促されるままアップを終えたメンバーはコーチたちに連れられてリングのあるホールへと入る。
「ミーシャ、準備はできてる?」
リングの上、そこにはすでに一人の選手が立っていた。体に馴染むインナーの上から緩やかなトレーニング用シャツを身につけ、両手、両足にはスパーリング用のサポーターが備わっている。
「えぇ、コーチ。いつでも構わないわ」
片腕を二の腕から抱えるように肩甲骨の筋を伸ばすストレッチをしながら、ルイズの問いに答えた彼女。その顔を見て、ユミナやリオが「あっ」と声を上げた。
「あ、あの人!ミーシャ・アウトランダー選手じゃない!?」
「ホントだ!」
二人がそう言うと、コロナやヴィヴィオも凛々しい表情でリングに立つスパーリングパートナーを見てはしゃいでいた。アウトランダー?聞き覚えのない選手のことに盛り上がるリンネに、フーカはおずおずと言った風に問いかける。
「あの、その人はいったい……」
「ミーシャ・アウトランダー。アンダー18……アインハルトさんが王座に着く次の年齢層の王者で、来年からプロのストライクアーツ選手としてデビューする予定の選手だよ、フーカちゃん」
U18。いわゆる18歳までの制限が設けられたクラスの俗称。U16の絶対王者として君臨するアインハルト。年齢制限が一つ上のクラスの王者が、リングの上に立つミーシャ・アウトランダーだった。
彼女はクラッシュエミュレートの端末を起動するとリングのロープにもたれかかり、グローブを備えた手でフーカたちを手招きした。
「あんた達がコーチの言ってた期待のアマチュア選手達ね。揉んであげるからリングに上がってきなさい」
明らかな挑発だった。彼女は大体の内容を専属コーチであるルイズから聞いている。アマチュア、しかもミッドチルダで上位ランカーを張るナカジマジムの選手たちの相手をしてほしい。それもU18王者であるミーシャに対して。
つまりはそういうことだ。手加減は無用だし、仲良しこよしでやるつもりは毛頭ない。最初から挑発もするし、全力でいく。
真っ先に挑発に乗ったのはヴィヴィオだった。グローブを身につけてリングの上に上がる。
「いっけー!ヴィヴィオー!」
「高速カウンターでやっつけちゃえー!」
リオとコロナの声援を受けて、ヴィヴィオはクラッシュエミュレートを起動する。この端末を身につけておけば、体へのリアルダメージは防ぐことができる。その分、仮想……フィクションダメージを認識することで、擬似的な打撲や捻挫、骨折などのダメージを再現することが可能となっているのだ。
リアルでのダメージがないと調子に乗れば酷い目に遭う。現にフーカが最初にヴィヴィオたちとスパーリングをやったときは酷い目にあったのだから。
「よろしくお願いしますっ!」
元気いっぱいに挨拶をすると、ヴィヴィオはオーソドックスなファイティングポーズから一気にミーシャの懐へと踏み込む。軽快なステップで距離を詰めるのが得意なスタイル。
インファイトもお手のもので、迎撃でミーシャが放った左ジャブをヘッドスリップとスウェーで躱して、お返しと言わんばかりに右のフックをガードに叩き込む。
(なるほど、いい反応。ミッドチルダの上位ランカーにいるのも伊達じゃないわね)
右から襲い掛かるフックをそのまま受け流す。受け止めてしまえば更にヴィヴィオのエンジンが掛かると予測したミーシャは、ガードするのではなく受け流す方向へと切り替えた。
ガードと受け流しは防除というカテゴリーではあるが、その目的は根本的に異なる。
ガードとは受け。相手の攻撃を受け止めて反撃を狙う技。
そして受け流しは相手の威力を流すこと。殴るという一方向からのパワーを他所へと流すことで相手のエネルギー消耗を狙う技でもある。
事実、猛攻を仕掛けているというのに息が上がり、苦しげな表情をしているのはヴィヴィオだった。
(攻め続けたらいたずらに体力を消耗するだけ……だったら!)
受け流し直後のミーシャの迎撃。それを読んだヴィヴィオは後ろへステップアウト。放たれたミーシャの左拳にカウンターを合わせた。
ヴィヴィオの十八番であるカウンター技。アインハルトやフーカを沈めてきた鋭い切り返しだが、それを見てミーシャはニヤリと笑った。
(けど、こう言った真似はどう?)
パンっと音が響く。顔が横からカチ上げられた。視界が一気に吹っ飛び、リングの外を見ている。
(あ……れ……私……なんでリングの外を見てるの……?)
そこで千切れかけた意識が再生した。本能的に足が後ろへ下がる。鉄槌で顔を横から殴られた気分だ。痛みで視界がチカチカと霞む。それでもヴィヴィオはファイティングポーズを構えていた。
カウンターを狙ったはずなのに、吹き飛ばされたのはヴィヴィオだった。
「カウンターにカウンターを合わせた!?」
リング外にいるリオの驚きの声で、ヴィヴィオは自分が遭った目にようやく気がついた。
ステップアウトで距離をとって放ったカウンターパンチに、ミーシャは更にカウンターを重ねたのだ。トリプルクロス……そんな話をノーヴェから聞いたことがある。ストライクアーツでも、格闘技でも中々目にかかれない高等技術のひとつ。
ヴィヴィオがカウンターを合わせた攻撃はフェイントで、噛み合わさったと油断させたところでガラ空きの顔に更にカウンターを叩き込む。理屈はわかるけれど、それを受けるとでは話は全く別物だ。
何食わぬ顔で攻勢に出たミーシャの拳を受けながら、ヴィヴィオは困惑する思考を落ち着けさせることだけで必死だった。
「カウンターにカウンター。それだけでヴィヴィオの思考を混乱させるには充分か」
外から見ていたノーヴェも、ミーシャの技術力の高さに舌を巻いた。トリプルクロスなど、実戦……しかもはじめてのスパーリング相手にできるようなことではない。加えて、相手の技術力も相当高くなければ成り立たない技でもある。
ヴィヴィオのカウンターがU18クラスでも通用することが証明された訳でもあるが、それを甘く利用されては大損だ。
悔しげに顔を顰めるノーヴェとは裏腹に、落ち着きを取り戻したヴィヴィオの心中は歓喜に満ち溢れていた。
(すごい……凄い凄い!どうやって打たれたのか分からなかった……!)
アインハルトとの全力全開バトルで、やっと開いたレベル。そんな未知の領域をこんなにあっさりと超えてくるなんて、今自分の相手は遥か先の次元にいるのが肌でわかってしまった。
普通なら心が折れたり、ネカマティブな思考に陥るところだが、ヴィヴィオはそんな負の感覚を上回る楽しさを感じていた。
もっと見たい。もっと知りたい。強さの先、強さの飢え。それを手に入れられる場所に相手はいる。それを手に入れられる方法を知っている。
ならやることは一つだ。
体を素早く入れ替えて、防御一辺倒だったヴィヴィオは反撃を開始した。左拳を抱える形で構えるポーズ、ボクシングでいうフリッカーの構えに近いそれは、火の出るような素早いジャブを放った。
リンネや他の選手を大いに苦しめた鋭い攻撃。それをミーシャはステップを軽やかに刻んで避ける、避ける、避ける。
近距離と中距離の間合いを行き来することでヴィヴィオの鋭いジャブのタイミングを少しずつ狂わせてゆくのだ。
「ほう、体の出し入れが上手いな」
「彼女は元々アウトレンジからリズミカルに相手を翻弄するスピードタイプ。けど、一時期インファイターにがっちりマークされて、リズムを作る前に惨敗した経験があるのよ」
ザフィーラの呟きに、ミーシャの専属コーチであるルイズがそう答えた。ワールドチャンピオンまであと一試合というとこらで、ミーシャはインファイトを解くとする選手に惨敗したのだ。
それから、彼女はアウトレンジとリズムという組み合わせを捨てて、インファイトの戦い方を学んだ。
それこそ、血の滲むような努力を重ねて。
「その翌年の地区予選。同じインファイターに何もさせずに1ラウンドKO勝ちを掴んだわ」
「インファイトとアウトレンジを巧みに使い分ける選手か……こいつは攻略が難しいぞ」
事実、ヴィヴィオはとてつもないやりづらさを覚えていた。フリッカージャブで捕まえられなかった選手はいない。数発に一度は芯をとらえた手応えを感じられたというのに、ミーシャには擦りもしない。
焦りが心の中に巣喰い始め、段々と後がないような緊迫感が襲いかかってくる。
(ぜんぜん気持ちよく打たせてもらえない。下手に立ち回ろうとすれば絡め取られて後手に回る。なら、先手必勝あるのみ!)
その焦りは、ヴィヴィオの闘争本能を刺激した。当たらないなら一撃必殺の技を叩き込むまでだ。フリッカージャブで距離を測り、相手が間合いに踏み込んだ瞬間、一気にステップイン。足から腰にかけて全てを巻き込む体制も整った。
(踏み込み、タイミング完璧!)
下から迫り上げる右拳のアッパーは、踏み込んだミーシャの真下から一気に振り上げられてゆく。
「アクセル……スマッシュッ!」
〝その瞬間を、待ってたよ〟
ぞくりと背筋に冷たい何かが走ったと同時、ヴィヴィオの顔面にミーシャの拳が突き刺さった。
上から振り下ろされた一撃は、アッパーを繰り出そうとしていたヴィヴィオの顔を押し返して、そのままリングへと叩きつける。バンっ!大きな衝撃音とともに糸の切れた人形のようにヴィヴィオの体は倒れてしまった。
「アッパーにカウンターを合わせたぁ!?」
アインハルトを除いたナカジマジム全員から驚愕の声が上がる。声を上げなかったアインハルトの表情も驚きの色に染まっていた。ピクリと動かないヴィヴィオに、すぐにマネージャーでもあるコロナが駆け寄り、クラッシュエミュレートを解除した。
「な、何が起こったの……?」
「お前のアクセルスマッシュに、彼女は完璧にカウンターを合わせてたんだ」
下層ダメージが抜け、目を覚ましたヴィヴィオは力のない声でつぶやき、ノーヴェも信じられないといった表情でその問いかけに答えた。その答えを聞いて、ヴィヴィオは更に信じられないと言った顔になっていた。
「そんな……完全に不意をつけたと思ったのに……」
「ええ、完璧だった。タイミングもフォームも何もかも」
起き上がったヴィヴィオを見下ろす形で、ミーシャはあのアクセルスマッシュの見事さを語った。足の回転をすべてパワーに変える踏み込み、腰の回転、腕の動き。全てがパーフェクトだった。
「だからこそ、狙いがわかった。あの技は一番に持ってきてはいけないことも。腰を落とした曲げた膝をバネに加速した拳で相手を下から突き上げるフォーム。たしかに当たれば大ダメージは必須。動きも早いからカウンターに遭遇するリスクも少ない」
〝けど、合わせられた〟
ミーシャの言葉が全てだった。完璧だったヴィヴィオの動きに合わせられた事実。それがヴィヴィオの一撃必殺という技の負の側面を浮き彫りにしたのだ。
そんな負の側面を目にした上で、ミーシャは「アクセルスマッシュ」の使いどころを個人的な視点で洗い出した。
「あの技は攻撃の最中。相手が安心した瞬間に放つべき一撃ね。警戒してる相手だと、下手をすればさっきみたいにカウンターを貰うことになるわよ」
もし、技が絶好のタイミングでハマれば誰にも避けられない必ず相手を倒す、まさに必殺の技になると付け加えて、ミーシャは他のナカジマジムのメンバーに視線を向けた。
「次、さっさとあがりなさい」
U18の王者のスパーリングは、まだ始まったばかりだ。