【本編完結】コントラクト・スプラウト ~ おじさんでしたが実在合法美少女エルフになったので配信者やりながら世界救うことにしました ~   作:縁樹

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105【報告配信】蛍の光

 

 

 ここ日本国においては、小中高問わず卒業式で歌われる……いわゆる『定番卒業ソング』としての認識が強い民謡曲、『蛍の光』。

 実際にテーマパークやショッピングセンターが閉店間際になると流れ始めたり、しかもどこか寂寥感漂うアレンジで流されたり……どちらかというと『悲しい』という印象のほうが強いのではないか。

 

 実際のところ……卒業式で歌わされたり、学校の音楽科授業で履修するのは、この『蛍の光』の第一節・第二節部分に当たる。

 原曲はスコットランドの民謡であり、数年前の欧州のほうの国際情勢云々に関係あるのもスコットランド民謡のほうなのだが……とりあえずは馴染みの深い日本語での『蛍の光』を、第四節まで歌い上げる。

 

 

 

 蛍の光 窓の雪

 (ふみ)読む月日 重ねつつ

 いつしか年の すぎの戸を

 開けてぞ今朝は 別れ行く

 

 止まるも行くも 限りとて

 (かたみ)に思う 千万(ちよろず)

 心の端を 一言(ひとこと)

 (さき)くと(ばか)り (うと)うなり

 

 

 この部分だけを抜粋すると、なるほど確かに『別れの曲』というイメージも強いのだろうが……原曲であるスコットランドの民謡、ならびに『蛍の光』日本語歌詞として存在する第三節・第四節をふまえると、その印象は変わってくる。

 

 本当はとても……とても切なく、暖かな歌なのだ。

 

 

 

「日本での曲名にもなっている『蛍の光』と、それに続く『窓の雪』……これらは二つとも、ここでは夜間の灯りの代用品として用いられています。蛍のおしりの光と、窓の向こうの雪に反射してくる光……要するに『夜の灯りさえ不自由する環境』だったということですね。そんな環境で『(ふみ)読む月日』を『重ね』てきた……つまりは、必死に勉学に勤しんでいたわけですね。このあたりは中国故事の『蛍雪の功』に由来するとも言われています」

 

「そして『いつしか年のすぎの戸を』ですが……ここがまた深いんですよ。字面だけ(さら)うと『年が過ぎた』のかなぁって思われるかもしれませんが……いやぁ日本語って深いです。この一文、じつは掛詞(かけことば)になってるんですね。次の句の『開けて』まで繋がって『年が過ぎていった』『年が明けた』といった意味にもなるのですが……ちょっと前の日本国において、おうちの戸が『杉』の板っていうのは……あんまり裕福とは言いがたい環境だったんですね。和歌とか俳句の世界では常套句のようです。…………そう、『杉の戸』です」

 

「……もう一度振り返ってみましょう。『いつしか年のすぎの戸を、開けてぞ今朝は別れ行く』。つまりこの節の中には、『貧しい家で必死に勉学に打ち込んできた二人に別れの(とき)が訪れ、新たな環境への()を開けて別々の道を歩み始める』という……極力簡潔に纏めてコレですからね? 前半部分と併せてたかだか五十文字程度の歌詞に、よくぞここまでの情景を盛り込んだなっていうか…………稲垣千穎(ちかい)さん半端無いです。メチャクチャ頭良かったんでしょうね……」

 

 

「気を取り直して、第二節いきましょう。『止まるも行くも限りとて』……『止まる』『行く』というのは、ここではそれぞれ『学舎に留まる』『学舎から巣立つ』という意味ですね。そのつぎの『限り』というのは、今日限り……つまりは、今生の離別をも見据えた決意であると伺えます」

 

「……ここから先、一息に行っちゃいますね。『(かたみ)に思う千万(ちよろず)の心の端を一言に』……ちょっと長いですが、纏めてお話しさせてください。……字面でなんとなく意味はおわかりになるかもしれませんが、おおむねその通りです。別れ行く二人が、お互いのことを思う気持ち……百万やら千万やら、まだまだ話したい言葉・伝えたい言葉も際限無く浮かんでくるでしょうけど……それを、たったの一言に。万感の思いを込めた、たったの一言に」

 

「『(さき)くと(ばか)り歌うなり』。……ただ一言、『(さき)く』。君に幸あれ。どうか無事で。……そんな切なる願いが籠められた歌なんですね」

 

 

 卒業ソングの定番である『蛍の光』……なるほど読み解けば読み解くほど、卒業式にぴったりの歌詞であろう。

 貧しいながらも勉学に打ち込んだ二人。あるいは学友も含め、それぞれの行く先に幸あれと送り出す……切なくも暖かい離別の歌だ。

 

 ここまでは、恐らく多くの視聴者さんの知るところだっただろう。

 だがそれ以降、第三・第四節部分に関しては……()()()により小学校では教わらず『初めて聞いた』といった視聴者さんが、少なからず見受けられた。それが良い・悪いとかはおれは怖いので何も言わない。触れない。

 

 

 筑紫(つくし)の極み (みち)の奥

 海山遠く (へだ)つとも

 その眞心(まごころ)は 隔て無く

 一つに尽くせ 國の為

 

 千島の奥も 沖縄も

 八洲(やしま)の内の (まも)りなり

 至らん國に (いさお)しく

 努めよ我が() 恙無(つつがな)

 

 

「第三節、見ていきましょうね。『筑紫(つくし)の極み』『(みち)の奥』、これはそれぞれ『九州の極み(最端)』と『東北の奥(最端)』……筑紫は九州地方の伝統的な呼び方ですし、陸奥はリンゴの品種でも有名ですね。みちのく、東北地方の呼び方です。『海山遠く隔つとも』、これはわかりやすいです。海とか山とか険しい土地をこれでもかと隔てようとも。所在は遠く離れていても。……直前の句と併せて捉えると、『九州から東北までどれだけ離れていようとも』といった感じでしょうか」

 

「そうきてからの、これです。『その眞心(まごころ)は隔て無く』『一つに尽くせ国の為』……その眞心(まごころ)(=思い)はみんな隔て無く(=変わらず)。日本国が発展していくよう、力を尽くしていきましょう。……つまりこの第三節、纏めると『この広い日本国土、皆が行く先は遠く離れ離れになろうとも、それぞれがこの(日本)の発展の力となるよう、同じ目標のために頑張っていきましょう』……といったところですかね? 字面からもだいぶ読み取りやすい部分だと思います」

 

「それでは最後、第四節……ここも全体の構造としては同じようなイメージです。『千島の奥』、これは千島列島の最奥。北側の領土問題のところですね……あまり深くは触れません。こわいので。一方の沖縄、これはそのまま沖縄県ですね。南と西の端です。そのつぎの『八洲(やしま)』ですが……これだけだと『何だ?』って思う視聴者さんもいるかもしれませんね。八重洲口か? 東京駅か? みたいな。……えっと、この八洲(やしま)……『八島』って書いたりもするんですが、ずばりこの国『日本』のことです」

 

「お話はちょっとズレますが……この八洲(やしま)について少しだけ。本州・九州・四国・淡路・壱岐・対馬・隠岐・佐渡、これら()つの()(の集まり)で構成される国……という意味かと思いきや、実はそれだけじゃないんですね。日本国の神話では『八』の数字は聖数として扱われ、末広がりで縁起が良いことに加えて『とにかく多い』という意味で用いられることが多々あるそうです。『八つ』としてではなく『メニーメニー』な感じで。八重桜とか、八雲とか、八坂とか……八百万(やおよろず)とかはわかりやすくメニーメニーな感じですね。なので八洲(やしま)というのはつまり『めっちゃ島が多い国』という意味でもあるそうです(※諸説あります)」

 

「さて、『蛍の光』に戻ってきましょうね。『至らん國に(いさお)しく』……この『至らん』っていうのはべつに『なさけねぇな!』って意味ではなくてですね、『國の至るところで』という意味になります。なので『この日本全国各地で(いさお)しく(=勇ましく)』となりまして……そして最後、『努めよ我が()恙無(つつがな)く』。ここの『()』はですね、(あに)だけじゃなくて夫とか弟とか……あとは友人とかも含みますね。代名詞です。そして『恙無(つつがな)く』は、(つつ)(=災いや病気・災難)が無い、つまりは息災であるように。……まぁいわゆる『ご安全に!』ってやつですね」

 

 

 

「つまるところ、この第四節……『千島列島の端も沖縄の端も、どこも変わらぬ日本の地である。この広い日本の至るところに散った友よ、どうか息災であれ』と言ったところでしょうか。やれ『國のため』とか『尽くせ』とかあるので勘違いしがちですが、べつにそこまで過激なことは何も歌われていませんよ。わたしも含め皆さんが普通に生きて、普通に働いて、普通に税金を納めていくことも、いうなれば国のために尽くしてるわけですからね。『遠く離れていても、同じ国で生活する友である。どうか息災であれ』。……それだけのことなんですよね」

 

「政治問題とかそういう難しいのは、わたしは別の世界出身なのでよくわかりません。エルフなので。……ですが、こうして良いこと歌っている曲の歌詞を皆さんにお伝えするくらいは……べつに問題ないですよね?」

 

 

 

 なんだかんだで投影魔法での板書も駆使して、定番卒業ソング『蛍の光』について語ってしまった。投稿時期がもう一ヶ月くらい早ければ、タイミング的にちょうど良かったのかもしれないけど……そればっかりは仕方ないな。まぁ何のことかはわからないけど!

 ()()は幸いというか音楽科の恩師が話のわかる人だったので、一節から四節まで彼女の思いも込めて講義を受けることができた。……まあ()()()はエルフなんだけど。

 しかし実際には第二節までしか教わっていない人が多くいるとのことで、せっかくだし語り始めたら……メチャクチャ長くなってしまった。ちょっと民謡を歌ってクロージングするつもりが、どうしてこうなった。

 

 しかしまぁ……コメント欄の反応も上々。かしこい若芽ちゃんアピールもできたし、良いとしよう。

 音楽教師わかめちゃん……ありかもしれない。

 

 

「えーっと……白谷さん? 大丈夫? こんな感じでいい? そろそろ(しめ)るよ」

 

「……………………はっ!? お、おっけー。……じゃあ、そういうわけで。そろそろお別れの時間が近づいてきました。ぶっちゃけかなり押してしまいました」

 

「『おうたほしい』とか言うからじゃん……」

 

「でも後悔はしていない! ……それでは視聴者の皆様も、長々とお付き合いありがとうございました」

 

「今日がっつり増やしていただけましたが……初めましてな視聴者さん、チャンネル登録のほうも宜しければぜひお願いしますね。……それでは……『NOWA(えぬおーだぶるえー)IT(あいてぃー)NOWA(えぬおーだぶるえー)IT(あいてぃー)、こちらはインターネット放送局『のわめでぃあ』です。以上で今回の放送を終了いたします』、っと。ではまた! ヴィーャ(ばいばい)!」

 

ヴィーャ(ばいばーい)!」

 

 

 

 

 ………………

 

 …………………………

 

 カメラ入力オフよーし。

 

 マイクスイッチオフよーし。

 

 BGM入力レベルよーし。

 

 配信ページ確認よーし。

 

 

 

「おわったあああああああああ」

 

「お疲れええええええええええ」

 

 

 

 …………脱力、ヨシ!!

 

 恙無く(ご安全に)!!

 

 

 

 

 





このお話はフィクションです。

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