【本編完結】コントラクト・スプラウト ~ おじさんでしたが実在合法美少女エルフになったので配信者やりながら世界救うことにしました ~   作:縁樹

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211【祝日騒乱】掴んだシッポ

 

 動きがあったのは……それからしばらく後のことだ。

 

 どうやら練習と片付けが終わり、主将とおぼしき高校生の号令で解散していく野球部員たち……その中の数人、つい先ほど黙々と(を装いながらチラチラと女の子の様子を窺いつつ)グランド整備に取り掛かっていた、野球部員の何人か。

 練習着から着替えるべく更衣室へ向かおうと、部員たちの最後尾を歩いていた彼らに……くだんの女の子が突然、接触を図ったのだ。

 

 

 

「…………まさか、とは思うけど」

 

「ハズレならそれでいい。【浮遊(シュイルベ)】」

 

 

 ふつうに……極めて常識的に考えれば、仲の良いお兄ちゃんが部活動を終えるのを待っていた妹、といったところだろう。状況的にも特に違和感があるとは思えない……が。

 

 で、あれば。

 仮に『仲良しの兄妹』なのであれば。

 野球部員三人が練習着のまま、更衣室とは逆方向へ……人けの少ない防災倉庫群の方へと向かう理由が、考えられない。

 

 

 確証は無い。推測でしかない。頼みの綱の『羅針盤』が沈黙している以上、こちらには確たる根拠がない。

 だが……それでも、なにか()()()()がするのは確かなのだ。

 

 広い野球場を飛び越え、ネットフェンスを飛び越え、繁茂する木々を飛び越え……見下ろす下方。

 ……間違いない。ここからでもわかる程に愛らしい容姿と淫靡な雰囲気を纏う少女のほうから、明らかに肉体的に迫っている様子が見て取れる。

 

 

(…………おっけー。ちょっとボクが()()掛けてみるよ)

 

(お願い。……このままだとただのデバガメで終わっちゃう)

 

(良いものが見れればそれでも良いかもだけど……そうも言ってられないからね)

 

 

 今まさに全年齢じゃないことが始まろうとしている、その上空にて……ラニの【蔵】の扉が音もなく開かれ、そこから()()()()が姿を現す。

 

 それは……一言で言い表すのなら、どこか鉱石じみた質感をもった全身鎧。

 金属のものとは異なる艶やかな光沢を湛え……沈み行く夕陽に照らし出される、白磁のような美しい輝き。随所に施された金装飾(エングレービング)と白金に煌めく鎖装飾、背と腰回りに施された白地の布飾りが、ことさらに優美な雰囲気を醸し出している。

 

 

()()()()()、のは初めてだからね。ちゃんと援護してよね…………相棒』

 

「……わかった、任せて。…………惚れ直したぜ、相棒」

 

 

 入り口がわりの面頬(バイザー)が下ろされ、小さく愛らしい相棒は姿を消し……彼女の代わりに現れたのは、身の丈では一七〇(170)センチ程の白亜の騎士。

 人体の身体機能を忠実に再現し、自身の身体を拡張する【義肢(プロティーサ)】……両手両足のみならず()()の再現に成功した『勇者』は、その荘厳な鎧を我が身のように操ってのける。

 

 

 

「うわぁぁぁぁぁ!?」

 

「な、何だ!? 何だよ!?」

 

「ま、待って! 待っ……!」

 

 

 公園の木々よりも更に高い位置からの自由落下……あの鎧の重量がどの程度かはわからないが、野球部員たちは着地の衝撃だけで、見事に腰を抜かしてしまった。

 平和な国NIPPONの住宅地、日常の象徴である学校に、突如として出現した物々しい全身鎧。()()()()()()()()()()()()()()であれば……彼らのように驚き、戸惑い、あるいは逃げようとすることだろう。

 

 

 この『非日常』を前にしてなお、平然としているのは。

 

 戸惑うどころかその眉を吊り上げ、敵愾心も露に睨み付ける余力さえあるのは。

 

 

 自身もまた……『非日常』に属する存在だからに、他ならないのだろう。

 

 

 

「ッ、最悪だわ! よりによって『勇者サマ』が……あたしの『食事』ジャマしに来るなんて!」

 

『…………成程ね。アレが君の『食事』……君の願い、か』

 

「……何よ。……何を願おうとあたしの勝手でしょ? ……ジャマしないで欲しいんだけど」

 

『誰にも迷惑掛けず、法も犯さずに居たのなら……あるいは、様子見だけに留めて見過ごしたかもしれないけどね』

 

「…………チッ!」

 

 

 ……どうやら、ビンゴ。

 あの魅惑のピンク色は、いわゆる『撒き餌』なのだろう。……それに興味を示した獲物を彼女自らの手で釣り上げ、補食するための。

 

 健全な男子高校生複数人を襲い、ときには病院送りにし、一軒の食材全てを奪い去った『強盗傷害事件』の容疑者が……彼女。

 

 

『一応訊いておくね、可愛らしいお嬢さん。……大人しくお縄につく気は?』

 

「無いわ。……あたしだってまだまだ、やりたいことが……やらなきゃいけないことがあるんだから!」

 

『……そっか。……可愛い子に手荒な真似は嫌なんだけどなぁ』

 

「紳士的なのね。それならそのまま…………見逃して欲しいんだけ、どッ!!」

 

 

 勢いよく地面を踏みしめる彼女の周囲……突如ざわざわと地面が波打ち、赤黒い若芽が伸び始める。

 上空から俯瞰するおれの眼下、その『芽生え』はものすごい勢いで広がっていき……彼女とラニを中心とした周囲一帯、できそこないの人形(ひとがた)に縒り集まった赤黒い植物塊『葉』が、次から次へと姿を現していく。

 

 

 

(ちょっとちょっとちょっとウソでしょ!? おれ今弓持ってないんだけど!?)

 

(だから護身用の武器持ちなって言ったじゃん! ノワのおばか!!)

 

(だってそんな……さすがにこんなん予想外ですやん!!)

 

(だよねえ……! 仕方ない、いま【蔵】開けるから、弓を)

 

(ラニ! 前!!)

 

 

 

 おれに武器を提供しようと注意を上空に向けた、その隙をついて……容疑者の美少女から、明らかな()()()()が放たれる。

 腰に帯びていた剣を抜き払い攻撃魔法を両断するも……ラニの左右に分断された攻撃魔法は防災倉庫を直撃し、それぞれ小さくない爆発を生じさせる。

 

 

(ラニ! ラニ!? 無事!?)

 

(こっちは問題ない。弓と杖は取れた?)

 

(う、うん……おかげさまで)

 

(じゃあノワはそのまま、『葉』の駆除をお願い。ボクはあの子を追う)

 

(……! でっ、でも……)

 

(まだ学生さんがいっぱい居るんでしょ? 彼らの安全を確保できるのはキミだけだ)

 

(…………ッ、危なくなったらすぐ呼んでね!!)

 

(勿論。……頼りにしてるよ、相棒)

 

 

 

 なるべく手早く意思の疎通を終わらせ、それぞれの役割分担のもとで行動を開始する。

 明らかな『魔法』を行使し、意のままに『葉』を呼び出すあの子の正体が気にならないと言えば……ラニのことが心配じゃないと言えば嘘になるが、今おれがやらなきゃいけないことも、相棒に言われるまでもなく理解している。

 

 ラニから借りられたのは、武器が二つ。顔と姿を隠す外套を取り出す暇がなかったので、自分の魔法【陽炎(ミルエルジュ)】を忘れず纏って姿を隠さなければならない。

 それさえ忘れなければ……いくら数が多いとて、駆除は時間の問題だ。その一方で学生や周辺住民への被害を防がなければならないので、のんびりしている暇はない。

 

 

「うわああ!!! …………えっ?」

 

「離れて! 野球場から遠くに!」

 

「はっ、ハイッ!!」

 

 

 制服姿の男子生徒に掴み掛かろうとしていた『葉』に、上空から飛び蹴りを食らわせ頭部(のような塊)を吹き飛ばす。尻餅をついた彼を叱咤して逃がし、その周囲に散らばる『葉』を視界に入った端から射抜いていく。

 今しがたの彼以外『葉』に近づかれている生徒は居なかったので、誤射を恐れず一方的に射掛けることが出来る。混戦状態でもない状況であれば、弾数無制限かつほぼ一撃で仕留められる『聖命樹の(リグナムバイタ)霊象弓(ショートボウ)』は非常に有用だ。エルフであるおれとの相性も非常に良い。

 

 この一帯を殲滅し終え、再び地を蹴って宙へ身を踊らせる。急上昇して周囲を索敵、次の目標地点へ向かいながら進路上の『葉』を上空から撃ち抜き、最大効率で蹴散らし続ける。

 一度にいっぱい『葉』が沸いたので非常にびっくりしたが……あの子は正直、あの『魔王』メイルスほどの威圧感は感じなかった。現状あらたな『葉』の出現も止んでいるようだし、際限なく『葉』を生み出し続けることは不可能なのだろう。……そう思いたい。

 

 

 ……なんていう考え事をしていながらも、手と足は当然休めたりしない。人々に『葉』が接触しそうな部分を優先して殲滅したので、逃げ遅れた人は居なさそうだ。幸いなことに『葉』の足は非常に遅いので、人的被害が出る可能性は大きく下がったといえるだろう。

 とりあえずの危機は去った。あとは残敵を掃討し、ラニの援護に向かえば良い。

 

 

 

(…………あの子……『苗』が生えてなかった。…………どういうこと、なんだろう)

 

 

 自らの欲にその身を委ね、それでいて『苗』にその身と思考を支配されず、この世の常識が当て嵌まらない『異能』を行使する……そんな存在。

 

 それらの情報が指し示すものを、少なくとも今は考えないようにぶんぶんと頭を振り……一刻も早く相棒のもとへ駆けつけられるよう、おれは弓を握る手に力を込めた。

 

 

 





※このお話は大してシリアスにはなりません

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