まぁ、単に『囘珠宮』とは言いましても……その敷地内には本宮をはじめとする社殿のほかに、各種ホールや文化施設や複合スポーツ施設などなど様々な公共施設が含まれており、要するに非常に広大だ。
その敷地面積は、なんとじつに七十万平米にも及ぶという。
それはわれらが浪越市鶴城神宮のおよそ三倍……驚くべきことに、千葉県にあって東京の名を冠するあの某有名テーマパークよりも広大なのだという。
ふわふわの神使たちに連れられ、おれたちが通されたのは……なんというか『神宮』っぽい区画ではなく、件の文化施設のほう。
図書館に併設された管理棟のような、鉄筋コンクリート造のひどく近代的なオフィスエリアの一角に……『囘珠神域廻り方』と記されたプレートが掲げられた一室が、あまりにも堂々と存在していたのだ。
……まぁ、当然関係者以外立ち入り禁止区画なわけだけど。あたりまえだけど。
『……して、金鶏。此の『吾』が態々訪ねたと云うに、『百霊』めは何故顔を出さぬ』
「知りませんよそんなの。私達だって大変なんですから。予約も無しにいきなり凸して歓迎して貰えると思ってるんですか?」
『呵ッ々! ……まァ、思わぬな! あの引籠娘めの事だ、相も変わらず微睡観の真最中で在ろう。他神の務めを好んで邪魔する程、厄に此の身を染めては居らぬよ』
「よーく解ってんじゃないですか。貴方様と違って、百霊様は大変ご多忙であらせられます。……面会はちゃーんと予約取ってからにして下さい、此方も相応の準備をせねばなりませんので」
おれたち……小さなラニちゃんを含めた総勢六名は、現在その『囘珠神域廻り方』オフィスの応接室へと通されている。
現在はテーブルを挟んで二人の人物が言葉の応酬を繰り広げているのだが……先程から女性がわの声色がなんというか、剣呑っていうか遠慮がないっていうか。
『……否、込み入った『準備』など不要よ。略式も略式、『音』のみで構わぬ。……済まぬが『火急』故な。無礼無理無茶承知の上、然して引き下がる訳には往かぬ』
「っ!! ……ああもう、わかった……わかりました。……棗、第零会議室の利用申請。『勾玉』の準備を」
『――――御意に』
「樅と椎、あと楡は……腹ぁ括りなさい。働いて貰うわよ」
『其には及ばぬ。『勾玉』さえ借受けられれば事は足りる。吾が縁者が力となろう』
「…………へぇ? 貴女が?」
「……?? ……………………おれ!!?」
目まぐるしく進展する展開に、棒立ち状態で目を白黒させていたおれは。
突如こっちに飛んできた『パス』を受け止め損ね、初対面の方々の前で大変恥ずかしい思いをする羽目になったのだが……
『呵ッ々! 何を隠そう、此奴は吾に連なる一族を縁者に迎えし『現つ柱』よ! 神器とはいえ模造格程度、扱えぬ筈は在るまい。……なぁ!』
「あのおそれながら大変申し訳ございませんフツノさま! わかりやすくご説明をお願いしとう存じます!!」
……いったい、何がそんなに楽しいというのだろうか。
ラニが預かり持ち込んだという、所持がバレれば一発逮捕間違いなしの日本刀……神器【浪断】(の模造格)を依代として、半透明の――いわく『霊体』としての――姿で顕現した、鶴城神宮主神『佐比布都天禍尊』……の、写身のひとつ。
神格は薄れても、存在感と笑い声の大きさは据え置きのわれらが神様は……それはそれは楽しそうに笑うのだった。
「さて。……騒々しいカミサマのせいで有耶無耶になってたけど、改めて自己紹介しとこうかしら」
おれたちをここへと連れてきた猫の神使――たしか『ナツメ』と呼ばれていた子――が退出して、しばし。
ニヤニヤ顔を崩そうとしないフツノ様(霊体)に埒が明かないと判断したのか……眼前の少女はおれたちに着席を促すと、盛大な溜め息の後そう口を開いた。
……そう、少女。例によって見た目通りではないと思うのだが……『女性』と呼ぶにはいささか抵抗がある程度の年代の、女性。
ぴしっとした黒のスーツと、正直動きづらそうなタイトスカート。バリバリのキャリアウーマンって感じの服装に身を包んでいるが、タイツで包まれたおみあしはほっそりとしていて……全体的に華奢な印象を受ける。
明るいブラウンの髪はツヤッツヤでサラッサラで、後頭部高めの位置でひとつに結んで纏められている。お手本のようなポニテだ。
「私は……この囘珠の宮の神域奉行……って言って通じるわよね? 金色の鶏って書いて『金鶏』よ。……お会いできて光栄だわ、将来有望な『現つ柱』ちゃん」
「き、恐縮です!! 自分は『木乃若芽』と申します!」
「ハイハイ! フツノ様の栄えあるメッセンジャーを務めました、異世界出身妖精のラニです! よろしくね、キンケーちゃん!」
「……なぁーるほど? ……あぁ、残念だわ。本当残念。……私達の氏子に居てくれたなら速攻で抱き込みに行ったのに」
『呵ッ々ッ々! そうであろうそうであろう!』
「そうでしょうそうでしょう! さっすがキンケーちゃん、見る目があるね!」
「……うちの神様は良いわよ? 無茶振りしない、無理強いしない、笑い声も五月蝿くないし、包容力も抜群。……乗り換えない?」
「かっ、……考えておきましゅ」
えーっと……聞いた情報を整理すると、こちらの少女もとい女性が『神域奉行』の『金鶏』さん。鶴城さんでいうところの龍影さんに相当する地位の御方らしい。
そういえばリョウエイさんのお名前、龍の影って書いて『龍影』なんだって。やべーよ名は体をナントヤラっていうしあの人の正体やっぱ東洋龍なんじゃねーの。
まぁ、龍影さんのことは一旦置いておいて……こちらの金鶏さん、現代ルックな見た目と相まって、正直ちょっと『軽い』印象を受けてしまう。
比較対象の龍影さんが、神様に対し非常に低姿勢だったからなのかもしれないが……さっきから写身とはいえ神様相手に『笑い声がうるさい』とか『あなたと違ってうちの神様はお忙しい』とか、ともするとご機嫌を害されそうな言葉を口にしてしまっている気がするのだが……
……言われた側のフツノさまは気にしてなさそうだし、まぁいいのか。
「……私達の上司は、あくまで百霊様ですから。布都様の神格も位もその実力も承知してますが、とはいっても別の社の……同業他社のトップですからね。一応表面上は敬意を表してますが、心からの崇拝は向けませんよ」
「えっと、いや、その……表面上でも敬意が現れてないように見えちゃうっていうか……」
『其んなものだ。気にする程の些事でも在るまい。吾の敵で無いのならば其で良い』
「は、はぁ……そういうものですか」
ほかならぬ本神が納得してるなら、べつにとやかくいうつもりはない。触らぬ神になんとやら、とか言われるくらいだし。
それからしばらくの間、カッチコチに固まる霧衣ちゃんとモリアキとミルさんをなかば放置しながら、あたりさわりのない日常会話に興じる上位存在お二方。ラニは興味深そうに『ふんふん』と聞き耳を立てているが、その度胸は本当にすごいとおもう。きっと心臓に毛が生えてると思うので、今度おむねをじっくり観察する必要があるかもしれない。
おれはというと、そんななんとも言いがたい現実風景から目を背けるように……応接室内のあちこちで思うがままにリラックスしている神使の方々の勤務風景を、心のファインダーにしっかりと刻み込んでいたのだった。
あっ、あくびした。かわいい。