「ごめんなさい、だらしないところ見せちゃって……」
『呵ッ々!! 良い土産話に成ったではないか! 大神の臍を拝んだ人の子なぞ然う然う居るまいよ』
「もぉ、布都ちゃん。……ごめんなさいね、せっかく来てくれたのに失礼な格好を……」
「「「いえいえいえ……!!」」」
「まぁ実際オレ見れてな痛ァ!!」
ほんわかした穏やかな笑みを浮かべ、目の前でお上品にほほえむ、神官のような特徴的な衣服に身を包んだ女性。
……いや、なんていうか……もう色々とツッコミどころ満載なんですけど……とりあえず、こちらの『少女』にしか見えないお方こそ、この『囘珠宮』の主であるモタマさまその神であるらしい。
正式なお名前は『鼎恵百霊世廻尊』。大願成就や商売繁盛や五穀豊穣などなど……恵みをもたらす系のご利益があるといわれている、万人に人気の神様だ。
神様という存在の実力と横柄さを身をもって経験していたおれは、てっきりこちらの神様もそういう感じかと半ば諦めの姿勢だったのだが……急遽お目通しが叶ったモタマさまは、とても穏やかで優しげなお方だった。
金鶏さんのセールストークも、あれ本当のことだったんだな。ほんの少しお言葉を頂戴した限りだが……なるほど確かに、半端ない包容力を感じてしまう。……見た目は霧衣ちゃんくらいの少女なのに。
「……百霊様は、普段は『神域』深層にて、我らの身を案じて下さっております。こちらのような幾柱もの写身に別れ、首都圏各地の結界起点を守り、人知れず我らの生活をお守り下さって居られるのです」
「う……写身、なんですか?」
「ぇえ……この密度で……?」
『写身が増えれば、本神への負担も増える。其故に百霊は神界へと引籠り、情報収集や指示の殆どを『勾玉』で行っている訳だ。吾も其を借りられれば……声だけ届けば、事は足りたのだがな』
な、なるほど。普段はこの世に身体をもっていないから、姿を現したときには『すっぽんぽん』だった、と。
普段であれば声のやり取りのみでコトは足りるし、わざわざこの世向けに身体を構築する必要もない。今回もそのつもりでフツノさまや金鶏さんは『勾玉』での通話を試みたが、盛り上がったモタマさまが(てっきり身内と友人だけの場かと思い)姿を現してみれば……おれたちがいた、と。
そこであわてて――正式な場よりは幾分ラフな格好だとはいえ――お召し物を繕い……『変なもの見せちゃって、ごめんなさいね』などとしょんぼりしているわけだ。
ちょっとかわいすぎやしませんか、囘珠の神様。ちょっとお近づきになりたくなってきたのですが、やっぱ入信……あの、えっと、すみませんフツノさまその目をやめていただけますか口は笑ってても目は笑ってないですごめんなさい大丈夫ですわたしはこれからも浪越の民です。信じていただけますか。ありがとうございます。ありがとうございます。フツノさまは寛大で寛容で頼りになる偉大な神様です。
「だ、だってぇ! 布都ちゃんが囘珠に来るなんて珍しいし…………よっぽどのことなのかなぁ、って」
『呵ッ々! 相変わらず察しが良い神よな、話が早い。……飛びきりの『土産話』を持って来たぞ、百霊……否、大神『鼎恵百霊世廻尊』よ。面白い話と……面白くない話だ』
「あらあら。それじゃあ……面白くないほうから聞かせてもらえるかしら?」
そう言うと……この国において屈指の信仰を集める、二柱の神様は。
方や『にやにや』、方や『にこにこ』と……それぞれの神性がよくわかる表情で、おれへと視線を寄越したのだった。
『呵ァッ々ッ々!! 『龍を随え夢幻を力の源とする童女』と来たか!! 何処かで見覚えのある話よなぁ大神よ! 此は傑作も傑作、御誂え向きと云わざるを得まいて!!』
「えっ!? これじゃない!? えっと、あの……フツノさま!? 『おもしろくないほう』って『魔王』ネタじゃないの!!?」
『くくっ……否、合っておるよ。……っ、く呵々々! あの『王』を名乗りし不届き者め、姿を眩ませたかと思えば……吾の許を離れ、斯様に愉快な事態を企てて居ったとは!』
「……えっと、その……意外でした。てっきりフツノさまは……あの『魔王』たちの動向、全部把握できちゃってるのかな、って」
『呵ッ々ッ々! 知らぬ知らぬ! 吾とて所詮は『浪越』の神よ! 神々視の『闚魔』でも在るまいに、他神の治界総てを観る事など出来ようか!』
そういえば……あたりまえだが、神社にはそれぞれ祀られている神様がいる。
鶴城神宮のようにフツノさまを……『佐比布都天禍尊』を祀っている神社もあれば、この囘珠宮の『鼎恵百霊世廻尊』のような神様をお祀りしている神社も、当然あるわけだ。
なんていったって……そこは日本、八百万の神々が住まう国である。日本全国津々浦々、その土地土地に根差した神様の治める領地は、さすがにその神様たちのものだ。
以前聞かせてもらった限りでは、神様は基本的に『自前の神社の敷地から(本体は)出ることができない』らしいので、つまり『ご自身が治めている領地の外では、振るえる力が限られる』のだと予測できる。
よその神様の領地の中を覗き見たり、よその土地で暴れたり……なんかは出来ないわけだ。
「うふふ。私達ってねぇ、いうほど全知全能じゃないのよねぇ。……そりゃあ、私は治める土地と影響力は大きいほうだけど……数多の神々のひと柱でしか無いわけだし」
『呵々! 佳く云うわ『大神』めが。貴様一柱で何柱分の務めを果たして居る。……呑気に無駄話に興じる余裕なぞ在るのか? 早々に切り上げ、『微睡観』に移るべきでは無いのか?』
「やぁよ。せっかく金鶏ちゃんがお茶会開いてくれたんだもの。私だって混ざりたいし……『面白い話』まだ聞いてないもの」
「えっ!? あの、でもまだ『魔王』の……面白くない話のほうが……」
「布都ちゃんが応援してるんでしょう? なら私ももちろん協力するわ。何でも言って頂戴な。金鶏ちゃん、お願いね」
「は、はいっ! 承知致しました!」
げに凄まじきは、圧倒的な『コネ』のちから。モタマさまと旧知の間柄であるフツノさまのお陰で、囘珠宮の協力を取り付けることに……ほんの数分で成功してしまった。
今後この東京で『苗』の被害があった際は、この囘珠宮がおれたちのフォローを請け負ってくれるらしい。
具体的には……隠蔽工作や、報道規制や、超法規的措置などなど。
率直にいって……あのテのワイドショーのコメンテーターには辟易していたので、そのあたりもフォローしてくれるというのならとてもありがたい。
『後は……件の『龍擬』だがな。……百霊よ、貴様の下で【隔世】の代演が叶う者は?』
「んーっと……金鶏ちゃんと、棗ちゃんと、若竹ちゃんと、鳳ちゃんと……あと末広ちゃんと蓬莱ちゃんね」
『吾が鶴城に於いては、吾を除けば龍影しか居らぬ。故に、恥を偲んで問おう。……彼の者らの中で『囘珠』の運営に直接絡んで居ない者は?』
「んー…………棗ちゃんね」
『!!?』
『……単刀直入に問おう。其の者を、此処な『現つ柱』へと預ける心算は?』
「うぅん…………力を貸してあげたいのは山々なんだけど……この子と縁が切れちゃうのは、ねぇ」
「……っとお困りの、そこの神様!!」
「えっ?」『呵々!』
「そのお悩み……この【天幻】の万能アシスタントが、解決してみせます!」
………………えっ!!?