八幡「恋人のフリ?」 作:ハッサン
林間学校なんてものはボッチの晒し上げ以外の何物でもないと思う。
クラスメイトと班を組み、それぞれに課された課題を協力してこなす。そんなことが果たしてボッチに出来るだろうか、いやできない。ボッチ以外の人間同士でまとまるのがオチだ。まるで水に馴染めない油のような存在…、それが俺、比企谷八幡なのである。
「…はぁ」
辺りを見回せば、和気藹々とクラスメイト(多分)同士で盛り上がっているのが見えた。思わずため息が出る。
なんでこんなに感傷的になってしまっているのかと言えば、戸塚と離れ離れになってしまったことが原因である。
というのも、俺と戸塚は同じ班ではないのだ。そもそも林間学校の班決めは、俺の入院中に行われていたらしく、俺は人数の足りない班に自動的に組み込まれてしまっていたのだ。
更に言えば俺はそのことを直前まで知らされておらず、林間学校のしおりが配られて初めて認知したのだった。報連相って大事だよね…。
自己紹介から盛大に滑った俺がクラスに馴染めている訳もなく、同じ班の奴らからは初めに「えっと…ヒキタニ君?よろしく」と言われて以降何の関わりも持っていない。
そんな感じで絶賛意気消沈中であったが、何やら甲高いサイレン音が鳴り周りが静かになった。
前方のテントの方を見ると、メガホンを持った見覚えのある先生の姿があった
「それでは只今より、生徒指導の私から注意事項を言い渡そう」
確か、平塚先生だったか。流石の俺も生徒指導室には未だに足を踏み入れていないので、そこまでの関わりは無いが、一応うちのクラスの現代文の教師である。クラスメイトの名前は全然覚えられないが、先生の名前は割と覚えられるもんだなあ…
とどこか上の空になりつつ、先生の話を聞いていた。
◇ ◇
「…骨が折れるな」
現在我らが総武校生はコテージの近くにある調理場で昼食のカレー作りに勤しんでいる。高校生にもなってなんでカレーなんだよと思わなくもなかったが、そもそも林間学校自体高校生の行事とは思えない。
勿論、カレー作りは班ごとに取り組む仕事である。お前はハブられてるんじゃないのかと疑問に思った方もいるだろうが、仕事はしっかりと割り振られてしまった。なんでそこはきっちりしているのか…。仕事だけじゃなくて会話も割り振ってくれないんですかねえ…。
そんなことを思いながら右手の団扇を動かす。
俺の仕事は何故か火おこしとなったのだ。まあ、他の仕事はテーブルで出来るものなので、俺をのけ者にするには丁度いい割り振りだったんだろうけどさあ…。
とは言いつつも、別に俺も班の連中と関わりたいわけでもないのだ。どうせ名前もおぼえてないしね!
今はただ、無心になって団扇を仰いでいればいい。
煩悩退散、煩悩退散…。
「あれ、ヒッキーじゃん」
「あ…?」
そんな俺に横やりを入れるかの如く声が掛けられる。
思わず振り向くと、そこには由比ヶ浜がいた。最近徐々に分かってきたが、コイツは結構急に話しかけてくるタイプだ。せめて姿を先に確認させてくれないだろうか…。猫とかには急に背後から声を掛けちゃいけないって知らないのだろうか。
「ヒッキーも火おこし係?」
「ってことは由比ヶ浜もか」
「うん!なんかみんなに凄いお願いされちゃってさー。『これは結衣ちゃんにしかできないよ!!調理は私たちに任せて!』なんて言われちゃったんだよー」
「そ、そうか…」
まさかとは思うが、コイツ料理下手なんじゃなかろうか…。そこまで必死になって調理の場から離したいってことは相当な気がするぞ。だがしかし、ここは黙っておこう。
そんな思いはいざ知らず、彼女は頬に垂れる汗を拭って言う。
「火おこしって意外と大変だね~、全然火が大きくなんないや」
「こういうのは苦労するからいいんだぞ」
「んー?どういうこと?」
「そもそもカレーなんて野菜切ってテキトーに煮込めば家で簡単に出来るもんだろ。わざわざ林間学校で作るほどのものでもない」
「え、カレーってそんなに簡単に作れんの?」
「なんでそんな驚いてんだよ…」
由比ヶ浜は、信じられないといった表情で戦慄している。やっぱり料理できないじゃんか…。
「とにかくだ、あくまで家にあるような台所があればカレーなんて大した労力にならない。だからこうやって野外でわざわざ火を起こして作らせてんだよ。苦労して作った飯の方が旨いからな」
「へぇ~、ヒッキー物知りだね!」
「まあ、全部俺の想像だから知らんけど」
「全部出任せだったの!?」
この火おこしというクソみたいな作業にそんなに深い意味はきっとないだろう。イメージに引っ張られてるだけだろどーせ。そんな風に毒づく俺を見て、彼女は苦笑いしていた。
ため息を吐きつつ、再度団扇を仰ぎ始める。さっさとしないと同じ班の奴らが鍋をもってこっちに来てしまうだろうし、早急にここから退散したい。
「あのさ」
「…今度はなんだよ」
再び無心になろうとしたが、今度もまた由比ヶ浜によって遮られてしまった。さっきまでとは違い声のトーンが妙に落ち着いていて不思議だった。なにか重大な話でもするのかと少し身構えてしまう。
「ヒッキーはさ、…その…」
「?」
いつの間にか由比ヶ浜の手は止まっていて、何か言いづらそうに顔を俯かせていた。一体どんなことを打ち明けようとしているのだろうか。そもそもこの話の流れで、しかも林間学校というシチュエーションにおいて深刻な話などするだろうか、いやしない。
多分適度に言い出しづらいことなんだろう。俺の鼻毛が出てるとかそのぐらいのレベルだろう。
そう自分を落ち着かせて由比ヶ浜の次なる言葉を待つ。
しかし、彼女から放たれた言葉は俺の予想の範疇外だった。
「ゆきのんと付き合ってるの…?」
「…は?」
一瞬由比ヶ浜が何を言っているのか良く分からなかったが、すぐに偽恋人関係のことが脳裏に浮かんだ。だが、俺が学校内で雪ノ下と目立った接触を図ったことなどあっただろうか。由比ヶ浜に疑われるような余地を残していた記憶が無い。思わず素っ頓狂な声が出てしまった。
とにかくまずはその結論に至った理由を聞かなければならない。俺は一呼吸置いてから由比ヶ浜に尋ねた。
「何でそう思ったんだ?」
そう言うと彼女は俯きがちに話す。
「なんか今一年生の間で噂になってるんだ。ゆきのんに彼氏がいるって」
「そ、そうなのか」
今の由比ヶ浜の話を聞いて、俺は最近戸塚に疑われたことを思い出した。あの時は確か雪ノ下がわざわざクラスまで俺を呼びに来たから、あらぬ誤解を受けたんだったか。
しかしあの程度で噂にまでなるとも思えないが。普通に委員会とか何か事務的な用の可能性だってあるだろう。
それに由比ヶ浜は雪ノ下とある程度仲はいい筈だ。俺が入院している間、彼女らがどのような交流をしていたかは詳細までは知らないが、学内で既に孤高のイメージが付いている雪ノ下が唯一まともに話している相手だと思う。
そんな由比ヶ浜だからこそ、雪ノ下がわざわざ恋人なんぞ作るような性質では無いというのは分かっていると思っていたのだが。
「雪ノ下には聞いたのか、それ」
「ううん…まだだよ」
「なんでだ、お前雪ノ下と仲いいんじゃねえのか」
何故雪ノ下より先にわざわざ尋ねてきたのだろうか。正直言って由比ヶ浜とはクラスも違うのでそこまでの交流はないのだ。メールこそ時々するが、実際に顔を合わせる回数なら彼女にとっては雪ノ下の方が圧倒的に多い筈である。
「だって、あくまで噂だし…ゆきのんそういうの嫌いそうだったから…」
「ほーん、まあ確かにそんな感じはするな」
由比ヶ浜は意外と他人に気を遣えるタイプの子なのかもしれんな。よく考えれば俺の見舞いにわざわざ来てくれるような人間だしな。
それはさておき、由比ヶ浜の言う噂というのはある意味間違ってはいないが間違っている。まあ実際には付き合ってないのだからここは否定してもいいだろう。
「まあ結論から言えば、その噂は全くのデタラメだ」
「そ、そうなんだ…………良かった」
俺の言葉を聞いてなんだか安心した風に胸を撫でおろす由比ヶ浜。なんで安心しているのかは良く分からないが、思わず視線が撫でおろされたモノにに向いてしまっていたのに気づき、誤魔化すように咳払いする。
「んんん゛っ…、それでその噂ってのは誰から聞いたんだ?」
「えーっとね、クラスの子からだったかな?」
「クラスの子ねぇ…」
取り敢えず、俺の知らない奴だというのは良く分かった。…あれ、よく考えると俺はその子に知られているって事か?そもそも噂になっているということは、俺の存在が学年中に知れ渡っているってことじゃないのか?
その割には未だにクラスの奴から大して名前を覚えられていないような…
そんな風に疑問に思っていると、それにこたえるかの如く由比ヶ浜が言う。
「あ、あとゲンミツ?にはゆきのんの彼氏がヒッキーだって言われてるわけじゃ無くて、彼氏の目が凄いやばいって言われてただけなんだけどね~」
「やばい…ね…」
何故目が凄いやばいという話から彼女は俺と決めつけたのだろうか…。まあ、俺の目が死んだ魚みたいなのは自覚してますけどね?だけど心のどこかで傷ついている俺ガイル。
「もしかしたら別の人かもしれんぞ」
決めつけられたことが少し気に食わないので一応反論してみる。
すると、彼女は当たり前のようにこう言い放った。
「それは無いよー、ゆきのんがヒッキー以外の男子と仲良くしてるところ、見たことないもん」
「…別に仲良くはねえだろ」
「そうかなー?」
彼女からは、俺と雪ノ下は仲良しに見えているのだろうか。俺としては全くそうは思わないが。周りからそう見えているなら、恋人らしく振舞えるようにもなれるかもしれない。
夏休みまでそんなに時間があるわけでもないので、果たして雪ノ下母との対面に間に合うのだろうか。
それから何往復かの会話を交わしているうちに、由比ヶ浜が班の人間から呼ばれて去っていった。
ふと竈を見ると、さっきまで燃えていたはずの炎が消えていた。
…また手を止めちまったのかよ。
今の話の季節は6月上旬末ぐらいです。
具体的に言えばガハマさんの誕生日よりは前です。
ゆきのんは次回から出てきます、多分