八幡「恋人のフリ?」 作:ハッサン
八幡の捻くれ具合が甘めかもしれない
時刻は夜7時。
林間学校の一大イベント(笑)の肝試しが開始され、ペアの数字の昇順で続々と実行委員の示す順路へといざなわれている。
そんな状況下で雪ノ下とペアになってしまった俺は、仕方なく彼女と並んで順番を待っている最中である。
「そういや雪ノ下さんの隣にいる奴誰?」
「うわっ、目つき悪」
「つーか誰だよ」
周囲から耳に入ってくる言葉と言えばもっぱらがこれである。大方が男の声であり、そして10割が俺のことを知らなかった。9割とかじゃなくて、マジで10割なのが悲しくもある一方で、目立たずに上手く生活できている自分が誇らしくもある。
ただ一つ言いたい、そんなに俺の目つきって悪いの?
別に無理やり目を細めているわけでもないので周りからの評価とのギャップに少し困惑する。
つーか知らない奴に目つき悪いとか言うのはどうなんだと思う。もし俺がとんでもないヤンキーだったとしたら彼らはどうやって落とし前をつけるのだろうか。
……まあ、舐められてるんだろうな、俺。
「そういえば比企谷君」
そんな矢先、それまで静かに横で他っていた雪ノ下が口を開いたので、どうしたものかと横目で見る。
彼女は俺に目をやることもなくそのまま話を続ける。
「貴方は肝試しの経験はあるかしら」
「一回だけだな」
ふと小学生の頃の思い出が蘇る。俺にはペアがいなかったのに、一組だけ3人のグループがあったな。あれは何だったんだろうね……
なぜが目の前がぼやけ始めたが、たかが肝試しに「経験」なんて仰々しい表現を使う雪ノ下に若干違和感を覚えた。
まあ、コイツの口調が堅苦しいのはいつものことだしどうでもいいか。そう思った途端にとんでもないことを言い始めた。
「経験者がいるのは助かるわね。さあ、どうやったら優勝できるのか作戦を立てましょうか」
「……何を勘違いしてるのか知らんが、肝試しは他人と競う物じゃないぞ」
「……あら、そうだったのね」
こいつはバトルジャンキーか何かか。
やがて俺たちの番がやって来て、懐中電灯を渡されて順路へと誘導される。実行委員の奴らが俺のことを妙にチラチラ見てきたが、そんなに俺のことが気になっちゃうのかね。モテ期到来か?
そしてその視線の中に、この事態を引き起こした諸悪の根源・葉山隼人を発見した。
「お前後で覚えとけよ」と睨むと、「気にするな、比企谷」と勘違いも甚だしい爽やかスマイルを向けてきた。これがパーフェクトコミュニケーションですか……。
仕方なく覚悟を決めて俺は片手をポケットに突っ込んで懐中電灯の電源を入れる。
配布された地図には、大まかな道筋と、チェックポイントの位置が記されている。道も、本来一般の登山客のために用意されているもので、獣道のようなものは無いので迷うこともないだろう。
しかし経験則からして、雪ノ下を先導させると道に迷うこと間違いなしなので、俺が先を歩いて前を照らす。
「……」
「……」
暫く重くるしい雰囲気と無言が続く。夜の森は随分と静かで、少しは他の生徒の声でも聞こえるかと思っていたが、それも全く無かった。雪ノ下と俺の今の状況とは裏腹に、頬を掠める夜風は心地よく、森の香りは爽やかだった。この意味不明のギャップに脳内の俺は笑いをこらえて居るが、現実の俺はそれどころでは無かった。
よく考えたら、コイツと肝試しとか超怖いし。さっきも何かの勝負と勘違いしてたし、甘く青春めいた雰囲気とか一切感じないし。
思い返せば、彼女のことを初対面から今まで深く意識したことはなかったような気がする。正確には、初対面ではかわいいとは一瞬思ったけれども、それからは一切そんな感情を抱かなかったと思う。いや、そうに違いない。
「……へ?」
あれこれ思案しながら歩いていると、不意に右の袖が引っ張られる。ほんの小さな力であったが、それでも俺は驚いて思わず振り向いてしまった。
思っていたよりもすぐそばまで彼女の体が迫っていたので、少し体を後ろに倒す。
「貴方、進むのが少し早いわ」
「お、お前が遅すぎるんじゃねぇの」
事実、俺は別に早歩きをしていたわけではないからだ。
自分には非は無いと遠回しに言ってやったが、彼女はそれでは引かなかった。
「あ、貴方が前を照らしているせいで、自分の足元が良く見えないのよ……」
「そ、そうか。悪い」
控えめながらも真っ当な指摘に、反射的に謝ってしまった。断じて彼女の仕草に動揺したからではない。
懐中電灯はペアで一つであったことを、妙なことを考えていたせいで忘れていたのだ。だから、断じて照れ隠しとかそんなものではない。
「そもそも、何故私の前を歩くのかしら」
「そりゃ、どっかの雪ノ下なんとかさんが方向音痴だからでしょーが」
「なっ……」
彼女はさっきから俺の袖をつまんだままで、俺はついつい照れ隠しのようにぶっきらぼうに答えてしまった。
別に彼女が俺に何か特別な感情を持っているからこうしているわけではないと分かっているのに、何故か緊張してしまう。
さっきまであれこれと考えていたことがアホらしい。
結局のところ俺はただ単に女子とのコミュニケーションに慣れてないだけなんだろう。……滅茶苦茶ダッセぇな。
平静を取り戻して、俺は彼女から一歩後ずさる。
「いいか、夜の森で方向音痴なんて発揮したら普通に遭難するんだ。俺はそのリスクを事前に回避しようと努めていたわけで、寧ろ褒められることだろ」
「……別に私は方向音痴では無いのだけれど」
「前に家に来た時のことを忘れたとは言わせんぞ」
「……」
俺が駅まで案内してなければ、今頃彼女はここにはいなかったと言っても過言ではないレベルだったぞアレは。
流石の彼女もバツが悪くなったのか、反論するのを辞めたようだ。
それを見て引き続き先導を任されようと俺が歩き始めた途端、雪ノ下が俺の横に並び立った。
「よく考えたら、わざわざ貴方の後ろに着いていくのも変な話ね」
突然の行動に思わず隣を見てしまった。すると彼女は少し悪戯気に笑って言った。
「だって隣で歩けば何も問題無いもの」
「……そうだな」
彼女の提案に、俺は確かにそうだという他無かった。その思考に俺は何故至らなかったのか。
……やっぱり、俺が女子に慣れてないだけだったな。
そして再び無言が訪れる。
只々目的地へと進んで行く途中で、もはや肝試しって何なんだろうと考え始めた。だってさっきから全然俺の肝っ玉を試せてないし。脅かす役とかいるのかと思いきや、人の気配さえも感じないのだ。
今歩いているところは崖であるとは言え、普通の登山路で道も整備されている。大雨が降っているわけでもないから土砂崩れすることもない。
このままだとただのハイキングになってしまうと、そう思った矢先のことだった。
「なんだ今の音……?」
静かだった森の中で、不意に枝が折れる音がした。
「音?」
「いや、気のせいか……」
雪ノ下は気づいていなかったようで、俺の発言に訝し気にこたえる。
思い違いかと、ホッとして一息ついたその時だった。
メキメキメキ……と音を立てて、崖側の木がこちらに倒れ掛かっているのが見えたのだ。
「なっ!?」
「おい、走るぞ!」
今度は雪ノ下もしっかりと気が付いていたようで、慌てて二人して走る。
後ろを振り返りつつ走っていると、どうやら折れた木が山の上の方から転がって落ちてきたのか、先程まで俺たちのいた場所に砂埃が舞っていた。
危なかったと胸を撫で下ろし、再び歩き出して、これは流石に肝が冷えたなと、雪ノ下に口を開こうとした。
「ハァ……まあちょっとは驚いたよな……雪ノ下?」
だが、辺りを見回しても彼女は何処にも居なかった。
どこまで走っていきやがったんだと、文句の一つでも言ってやろうと仕方なく追いかけようとしたその時だった。
「……マジか」
先程まで落下防止の柵があったはずの場所が、不自然に折れて歪んでいた。
肝試しはもうちょい続くよ