八幡「恋人のフリ?」   作:ハッサン

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人の噂は永遠に続く

 人の噂も七十五日という言葉がある。どんなに一時期大変に持て囃された噂だとしても、時間が経てば会話の中から次第に消えていくという。

 しかし、それは人々が噂を忘れるという意味ではない。単に語るまでもなく当然のこととなっただけなのだ。

 つまり、噂になるような事はしでかさないのが一番である。これが齢15年を生きてきた俺、比企谷八幡の教訓だ。

 ただ、どんなに気をつけていていたとしても、間違いは起こるものだ。

 

「ねぇねぇ、あの噂って本当なの?」

 

「…は?」

 

 授業のペアワークでさえも対して話したことのない隣の席の女子が、突然話しかけてきた。空前絶後すぎて少しどもってしまった気がしたが、いたって冷静な風を装って顔だけ振り向いた。……やべえ、誰だよこの人。まさかとは思うが、俺に話しかけてきていたわけではないとか言うオチじゃないよね?

 

 

「君が比企谷君でしょ」

 

「え、そうだけど」

 

 どうやら話しかけられているのは俺で間違いなかったようだ。危うく黒歴史を増やすところだったぜ。

 だが、安堵しているのも束の間、その女子はこう言い放った。

 

 

「ほら、雪ノ下さんと付き合ってるんでしょ?」

 

「……はい?」

 つい最近どこかで聞いた文言が、俺の耳に入って来たのだった。

 そして、それはどこか悪意を持っているようにも感じた。

 

 

 

◇ ◇

 

 あの肝試しの後、林間学校は無事に終了した。いや、俺自身は別に無事ではなかったし、なんなら未だに掌の擦りむいた所が痛むのだけれども。

 とはいえ、肝試し中のあの事件については特に誰かに知られることもなかったし、完全に俺と雪ノ下の間で完結したことだった。

 だというのに、林間学校明け早々から我らが総武高にはとんでもない噂が流れ始めたのだ。

 

「あれ本当なのかよ」「知らんけど、皆そう言ってるぜ?」

 

 こうして校舎裏へと向かう俺の耳にはちらほらとその噂が聞こえてくる。俺は普段から聞き耳立てているので、どんな小言でも逃さない、陰口アサシンなのである。(意味深)

 

「つーか比企谷八幡って知ってたか?」「知り合いが同じクラスだって言ってたわ」「どこにいんの?」

 

煩わしい喧噪を閉じ込めるようにして校舎を出る。流石に校舎裏にまできて噂話をする人間はいないようだった。うーむ、やはりこの位の静けさがボッチの俺にはあってるな。

 誰もいないのを確認してから、すぐ傍にあった階段に腰かけた。

 ……改めて状況を整理してみるか。

 

 

 元々、雪ノ下には恋人がいるという噂はあったし、俺もそれは由比ヶ浜から聞いていたので認知していた。

 だが何故、その恋人とやらがこの俺だと特定されているのかが問題なのである。

 俺の認知度なんぞそこらへんの蟻以下だったはずだし、クラスメイトの中でも俺の名前と顔が一致しているやつは殆どいないはずだ。

 となると、一体噂の出所はどこなのか。普通に考えれば俺のことを知っている人間の犯行であるのは間違いないが、となると戸塚や由比ヶ浜ぐらいしかこの学校にはいない。

 いや待て、そもそも何故雪ノ下に彼氏がいるとかいう噂が流れ始めたのだろうか?人間強度バリカタで近寄りがたい雰囲気をまとっているあの雪ノ下と、そういう関係だと第三者に思わせることの出来る人物がいた、ということではなかろうか。

 

「……いや、ないだろ」

 そういうことが想像できなかったのか、それともしたくなかっただけなのか。良く分からないが、これ以上は考えないことにした。

 

 

「あら、先にいたのね」

 そんな矢先、いつの間にか黒髪を靡かせながら雪ノ下雪乃がやってきていた。まあ俺が呼んだんだけどね。

 

「わざわざ呼び出して悪いな」

「いえ、大体何の用事かは分かっているもの」

 当然のように言い放つ彼女を見て、それなら話が早いと返す。相変わらず毅然としていて、とくに焦っている様子はない。一方の俺は噂のことで頭がいっぱいなんですけども。流石雪ノ下さんだぜ、そこに痺れるけど憧れはしない。

 

「登校して早々から自分の噂話ばかり聞かされる身にもなって欲しいわ」

 ため息をそっとつきながら頭を抱えているあたり、意外と堪えているのかもしれない。まあ見るからに人間に囲まれるの嫌いそうだもんね!

 

「噂の出所に心当たりあるか?」

「葉山君だろうと思ったから後で問い詰めようと思っていたけれど」

「……決断が早すぎるだろ」

 犯人が葉山だと断定するのも早い上に、問い詰めようとするのも早い。牛丼屋かお前は。

 

「まあ、アイツではないだろうな」

 俺がそう言うと、雪ノ下は驚いたように目を見開いた。

 

「それはどうしてかしら?」

「葉山の学校での立場考えれば分かるだろ、『葉山隼人』は噂なんか流すようなキャラじゃない」

「へえ、そうなのね。知らなかったわ」

「お前はもうちょっと葉山に興味をもってやれよ……」 

 いや、コイツの場合は葉山に限った話じゃないけどさ。俺はただのコミュ障だからいいけど(よくない)、雪ノ下はただの人間嫌いによるボッチだから、尚更質が悪い。

 

「つまり、犯人はあんまし目立つような奴ではないと思うんだが」

「それなら、比企谷君が犯人?」

「いや、確かに目立たないけどね?」

なんでそんな酷いことををスラリと言えちゃうの?毒舌通り越してただの悪口じゃないんですかね……。

 会話の節々で勝手にダメージを受けている俺を他所に、彼女は何食わぬ顔で考える素振りを見せていた。

 

「それにしても困ったわね、……ここまで大事になるなんて思わなかったわ」

「……いや、お前は別に困らないって言ってなかったか」

「え?」

「この間の肝試しの時、言ってたろ。寧ろ退路を絶てるから好都合だとか」

 あの時言った通りなら、雪ノ下はもう少しこの状況を楽観視していそうだと思っていたが、早急に葉山を問い詰めたりしている辺り、噂を快く思っていないはずだ。つい最近林間学校があってから、三日も経たないうちに考えが変わるなんていうのは不自然だ。

 

「……ああ、まあ流石に俺と、っていうのはキツイか」

 だが、考えてみれば、あの時はまだ俺の名前は出ていなかったし、俺みたいな良く分からん人間と付き合っているなんていう噂が立つのは快くはないだろう。少なくとも、俺が彼女の立場なら迷惑極まりないと思うだろう。

 

「別に……そういうわけでもないけれど」

「……?」

 しかし、それに対する彼女の反応はどこか釈然としない。何か隠しているのか、それとも彼女自身も分かっていないことなのか。まあ、この際どちらでもいいんだけど。

 

「取り敢えず、校内で接触するのはこれまで以上に避けた方がいいだろうな。」

 まあ、元々そんなに関わりないから危惧するようなことでもないかもしれないけどね!

 

「比企谷君は、どう考えているの?」

「…どうって、噂のことか」 

 俺の言葉を聞いていなかったのか返答することは無く、雪ノ下は突然俺に尋ねてきた。彼女の方を見やるが、こちらに目はくれていなかった。

 

「前も言ったが、わざわざ総武でまで恋人のフリをするのは面倒なんだし、噂はさっさと無くした方がいいだろ。あくまでフリはお前の母親に向けてするものだし、そこら辺の一般人にやる必要はない。実際、お前も由比ヶ浜にも何も言ってないだろ?なら必然的に他の奴に言う必要はない」

 葉山や小町には勘違いされっぱなしではあるが、あれは誤解を解くと面倒だからほっといているだけだ。

 

「それは、貴方にとって迷惑だということかしら」

「逆に聞くが、雪ノ下は迷惑じゃないのかよ。付き合ってもいない奴と噂になってんだぞ、今」

 責めるように彼女はこちらに詰め寄ってくる。なんで少しキレ気味になってるんだこの人。なんで俺が推し負けそうになってるんだ。というかこの質問、前にも聞かなかったか?

 

「どうせ高校生の間は恋人で居なければならないもの、関係ないわ」

 やはり、前回と同じ返答が返ってくる。彼女にとって、高校生活中の青春の優先順位はそんなに低いのだろうか。確かに、縁談なんてものは将来を勝手に決められるものだろうが、だからと言って今の自分の自由を制限する必要なんてないのではないか。

 もっと効率よく、事を進められそうだというのに、一体何が、そこまで彼女を突き動かすのだろうか。

 

「だからさっきから、フリなのになんでそこまでしなきゃいけないんだよって言ってんだよ。何にムキになっているのか知らないが、少し冷静になった方が……」

「私は至って冷静だけれど」

「れ、冷静な奴は、こうやって詰め寄ったりしないだろうが」

 そう言うと彼女はハッとしたように身を引いた。

 多分、これ以上話し合っても埒が明かない。雪ノ下が何にこだわっているのか良く分からないが、俺としてはさっさと噂を消したい。それがお互いの為だろう。

 

「ごっ、ごめんなさい」

「…別に謝るほどのことじゃないだろ。まあ、こんだけ噂されれば気持ちも落ち着かないだろうしな。なんなら俺も落ち着かな過ぎて授業の内容が入って来なかったし」

 生憎ボッチの俺は人から視線を浴びるのには慣れていないもので、ずっとそわそわしていたに違いない。なんならキョドってたかもしれない。やだそれ恥ずかしい。

 

「いえ、自分でも分からないのよ、これからどうしたらいいのか。……けれど、少なくとも貴方にとっては迷惑な話なのよね」

「……ゆ、雪ノ下?」

「取り敢えず戻りましょう。もうすぐ昼休みも終わるわ」

 少し茶化したつもりだったのだが、ガン無視された上に、颯爽と踵を返して行ってしまった。残された俺は、ただ茫然と彼女の後姿を見送るしかない。

 

 ただどうやら、俺と彼女との間には問題意識のギャップがあるようだ。

 

 だが、今の俺にはその隙間がどれだけ隔たっているのか、想像することは難しかった。

 

 

 

 





大変お久しぶりです

まだひと悶着ある予定です

モチベ上がり次第、また投稿するカモ
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