八幡「恋人のフリ?」   作:ハッサン

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葉山隼人は思案する

 スポルトップで昼飯用のパンを流し込む。最近は少しづつ日中も長くなっていって、すっかり春は終わってしまったようだ。その分、不意に吹く風が心地いい。 

 

 

「…やっぱりここは落ち着くわな」

 

 現在の俺は、雪ノ下雪乃の彼氏だという噂の元、好奇の目線に晒されている。ここまで他者からの視線を感じたのは、中学時代に告って振られたことを言い触らされたとき以来である。

 同じ轍は二度と踏むまいと決心していた俺からすれば、まさに空前絶後だ。

 

 そんなわけで、いつも通りテニスコートの傍の日陰で昼食を採っているのである。

 

 雪ノ下とはあれから会っていない。余計な火種を生みたくないというのもそうだが、会ってもどんな顔をすれば良いのか、今の俺には分からなかった。

 

 あの時の雪ノ下は迷っていた。自分がどうすべきなのか分からず、焦っているようにも見えた。

 完璧主義の嫌いがあるとは思っていたが、それ故に突然の事態への対処にも慣れていないのだろう。

 

 …だからといって交友関係の狭い俺に何ができるのか。

 俺にとっても今の事態は空前絶後なのは変わらないし、このまま沈静化を待つぐらいしか手立ては考えられなかった。

 俺もあいつも、持ち得る手段が少なすぎる。

 

「どうしたもんかね……」

 

 昼食のお供に買っておいたコーヒーを片手に一人ごちる。

 昼間の微風が頬を掠める。

 テニスコートには誰もいない。

 自然と木々が葉を鳴らす音が聞こえてくる。

 

 

 やはり、落ち着いて考えてみると、全ての原因は林間学校なのではないか。

 由比ヶ浜から噂話を聞かされたのも、雪ノ下と肝試しのペアを組まされたのも、遭難しかけたのも全部林間学校だ。

 

『私、貴方の顔、結構好きだったりするのよ』

『だから、別に悪い気はしてないわ』

 

 …俺が最近心を乱されている原因も、林間学校だろう。

 

「……もうこのまま帰っちゃおうかな」

 

「なんだ、体調でも悪いのか?」

 

「いや、なんつーか、精神的なストレスが……」

 

 会話ができていることに奇妙さ感じて顔を上げると、茶髪の爽やかイケメンが直ぐ側に立っていた。

 

 葉山隼人である。

 

「なんでここにお前がいるんだ」

 

「学校の敷地内なら何処にいても不思議じゃないだろ?」

 

 嘘つけ、例えば男が女子トイレにいたら大問題だろ。

 思わずツッコミたくなったが、もはやそんな気力も湧いてこなかった。

 

「で、なんか用?今昼食中で忙しいんですけど」

 

「全部食べ終わってるみたいじゃないか。それとも、そこら辺の雑草でもこれから食べるのかい?」

 

「……はぁ」

 

 意地の悪そうなことを言われてしまっては、返す言葉もない。

 追い払えそうにないと悟り、コーヒーを置いて目線を葉山に向けた。

 

「例の噂のことだけど……」

 

「まあ、お前の望み通りになって良かったんじゃねぇの。噂になるぐらいには俺たちの仲も進展したってことだろ、知らんけど」

 

 自分で言ってて虚しくなってくる。別に仲なんて進展してないし、俺も雪ノ下もお互いそんなことは望んじゃいない。

 だが葉山が俺たちの事情を詳しく知らない手前、こう言うしかない。

 

「いや…ああいうのは、俺の望んでいることじゃないんだ」

 

「……そうか」

 

 ああいうの、というのは、噂のされ方のことだろうか。

 いつの間にか件の噂は、『雪ノ下雪乃には交際相手がいるが、彼氏の趣味が悪い』というものに変わってしまっていた。

 

 由比ヶ浜から最初に聞かされた噂話の時点で、悪意のあるものではあったのだが、そこかは更に改悪されているのである。

 

 噂するものは皆、『雪ノ下雪乃に彼氏がいる』としか口にしないが、その裏には常に『雪ノ下雪乃は男の趣味が悪い』という悪意が隠れているのだ。悲しいかな、俺は趣味の悪い人間だそうです。

 

 この前は冗談で彼女に噂を許容するようなことを言ってしまったが、今の状況では到底あり得ない発言だった。そのことを弁明する機会は無かったが。

 

 過去に同じような目に遭った俺としては、気分のいい話ではない。

 

そして、葉山隼人もその悪意を許容できる人間では無かったようだ。

 

「じゃあ、噂消すのを手伝ってくれるのか?」

 

「ああ。

 ただ、俺も雪ノ下さんとは校内で関わることが無いから、出来ることが中々無くてね。色々やってはみているんだが、せいぜい話題に出たらそれとなく否定するぐらいしか出来ていないんだ」

 

「…まあ、総武であいつと関わりがあるやつの方が少ないからな」

 

 彼女は俺と違ってコミュ障というわけでもないのだろうが、積極的に友人を作りに行くタイプでもない。俺は友人を作ろうとして失敗するタイプなので非常に羨ましい。

 

 

「だから、雪ノ下さん本人の口からハッキリ否定させるしかないと思う」

 

「…それはもうやってるんじゃないのか。雪ノ下もクラスメイトから噂について聞かれたと言ってたぞ」

 

 そう言うと、葉山は首を横に降って話を続ける。

 

「いや、否定すべきなのは裏に隠れる悪意のほうじゃないのか?はっきり言って、君にとっても今の状況は望ましくないはずだよ」

 

「…それはかえって逆効果だろ。俺が雪ノ下を洗脳してるみたいになるじゃねぇか」

 

 清楚な委員長系女子がチョイ悪ヤンキーと付き合うみたいな絵面にしかみえない。

 …まあ、俺はチョイ悪でもヤンキーでもない只のボッチなんだがな。

 

「…やっぱ、噂の出処を叩くしかないな

 俺一人の交友関係じゃ到底不可能だと思ってたが、葉山も協力してくれるとなれば話は別だ。」

 

「なんだって?」

 

 俺からの視線に戸惑いを見せる葉山。それを見て思わずニヒルな笑みが顔に浮かんでしまう。

 

「これは勘なんだが、噂の出処は林間学校の実行委員の誰かだと思っている」

 

「…それは本当に勘なのか?

 随分と自信があるみたいだけど」

 

 普段のにこやかな表情とは打って変わって、葉山は目を細めてこちらを伺っている。

 

「葉山、お前が初めて雪ノ下の噂を聞いたのはいつだ?」

 

「…丁度林間学校が始まる前ぐらいからかな」

 

 考える素振りを見せてから葉山は答えた。

 だからなんなのだとこちらに問いかけるように頭を傾けている。

 

「だろうな。でもって葉山、お前は林間学校の肝試しでしおりに細工したよな?」

 

「やっぱり気づかれてたか」

 

 悪びれもないそう言われてしまっては、俺も返す言葉が悪い。まあ、確かに悪意を持ってやったわけじゃないのは俺もわかっている。

 だが、葉山隼人は分かっていないのだ。

 

「この前俺に手渡しでしおりを持ってきたってことは、雪ノ下の所にも直接持っていったのか?」

 

「ああ、でも彼女はクラスが違ったから、他の委員の子に任せたよ」

 

 細工にも苦労したのだと言わんばかりの言い草だ。正確になんと言い訳したのかは分からないが、まあ、碌なもんじゃないだろう。

 

「その委員、女子だろ」

 

「国際教養科の子だから、女子だったとは思うけど……。いや、まさかな……」

 

 言葉の途中でハッとしたように葉山は黙りこくった。顔をしかめて、自分の行動を顧みているようだった。

 

 

「そのまさかだと思うぞ、葉山。

 今回の噂の出どころは、その国際科の女子だろう」

 

「……」

 

「やっぱり、心当たりあるだろ、お前」

 

 俺の考えはこうだ。

 

 その国際教養科の女子は、葉山に少なからず好意を持っていた。

 実行委員になった理由もどうせ葉山がいたからなのだろう。

 

 しかし、目当ての葉山は一向に自分に振り向きはしない。

 それどころか雪ノ下雪乃のことを気にかけるような素振りを見せたのである。

 

 そのことが、その女子の嫉妬を買ったのだ。

 

「だが、そんな程度のことでここまでのことをするのか?

 俺にはにわかに信じがたいんだが……」

 

「知らん。そもそも可能性の一つでしかないし、本当にそいつが犯人かは、本人に直接聞かん限り分からんだろ。そもそも、やってることもたかが噂を流す程度だしな」

 

 ただ、現状考えられる選択肢はこの位しかない。

 噂の内容が、雪ノ下を貶めるものである以上、彼女に対して反感を抱いてる人間の犯行だと考えるのが自然だ。

 

 俺の言葉に、葉山は少しの間考える素振りをしたが、自分の中で合点がいったのか、一息ついてこちらに視線を寄こしてきた。

 

「……いや、甘えたことを言っている場合ではないな。俺も君の言う通りだと思う。

 ……こういうことには気をつけていたつもりだったんだけどな」

 

「……」

 

 葉山は苦虫を噛み潰したような顔で俯く。

 過去に何があったかは分からないが、同じような過ちをしたことがあったのだろうか。

 

 表面上では彼のことを知っていても、その内実はなにも知らない。それは雪ノ下も同じだ。

 

 ただ、俺がこれ以上踏み込む必要はないし、馴れ合う気もさらさらない。

 今やるべきなのは、雪ノ下への悪意ある噂を解決することだ。

 俺と葉山がただの顔見知りだとしても、目的は一致している。

 

 

 暫く俺たちの間には沈黙が続いていたが、昼休みの終わりを告げる予鈴が校舎に響いた。

 

 

「この件に関しては、また追って話し合わせてくれないか

 ……このままにはしておけないんだ」

 

「…なら、ほらよ」

 

「!?」

 

 ポケットから取り出した携帯を葉山に投げ渡した。突然のことに驚いた様子だったが、難なくキャッチされてしまった。

 

「どうしたんだ、急に」

 

「話し合うにしても、連絡取れた方がいいだろ。

 俺、お前の連絡先知らんし、それに登録しといてくれ」

 

「それにしても、よく他人に携帯を投げ渡せるな……

 ロックもかかってないじゃないか」

 

 葉山は困惑した様子で携帯を操作している。

 しょうがない。だって文字打つの苦手なんだもん。ネットサーフィンもパソコンでできるし。

 

「見られて困る物もないからな。

 仮にあったとしても、お前ならわざわざ見ないだろ」

 

 葉山のことを横目に見ながら昼食で出たゴミを片付ける。

 

 彼の校内での評判を聞いていれば、小悪党のようなムーブはしないだろうという確信を持てる。

 まあ、俺ならバレない様にこっそり見るけどね。

 

 

 ゴミを袋にまとめ終わったので教室に戻ろうと腰を上げると、連絡先の登録が終わったのか、葉山は携帯を差し出してきた。

 

 

 軽く感謝を伝えつつ、この場を離れようと踵を返したところで、葉山が独り言ちるのが聞こえてきた。

 

「……俺は、君の思ってるような人間じゃないさ」

 

 

 

 違う、俺は自分に都合のいいように勝手にレッテルを貼ってるだけだ。

 それはきっと、雪ノ下に対しても。

 

 

 

 

 

 

 




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