竈に宿るヴィータ ~女神様に二重人格で忠誠を捧ぐのは間違っているわけがない~ 作:でうす
僕が、あの人に会ったこと。その時のことは今でも鮮明に思い出せます。大人びた、でも子供っぽかったような、アツく冷めた……あぁもう言い表せない、でも楽しい人。そんな人との出会いは忘れられない。
「神様もそう思いますよね?」
僕は、そう問いかけた。
神様は、ふふっと笑って。
「そうだね。まあボクは君ほど鮮烈な出会いというわけでもなかったけど……それでも覚えてる、からなぁ……強いて言うなら、クセがすごい?」
「それかもしれません。……よくわからないどころの次元ではないですし、クセって呼ぶのがいいですかね?」
そんな歓談を僕と神様で続ける。扉が、いつものように開かれるときまで。
そしてその時が来れば、僕たちはいつものように迎える。
「おかえりなさい、ヴィータさん」
「えぇ。出迎え感謝します」
この丁寧な言葉遣いの人。この人が、ヴィータさん。僕……ベル・クラネルより少し後に【ヘスティア・ファミリア】に入団し、多くの艱難辛苦を乗り越えた、僕らの頼れる副団長。
この人と出会ったのは、確か……。
僕は、命の危機から逃れるためにその足を回していた。迷宮、上層。まだ駆け出しの多いその地に、今日はイレギュラーが起こっていた。それは。
「どうしてこんな階層にミノタウロスがいるんですかぁ!!」
「ブモォォォォォォォオ!!!!」
中層に存在するはずのモンスター、ミノタウロスの上層進出事案。しかも、最悪なことに。
「ブモ……ブルォォォォォオ!!!!」
「2っ……!?」
しれっと、二匹いた。あぁ、これは助からないなぁ……なんて、そう心が折れかけて、でも神様の元に帰るんだって必死に走る僕。
「ォォオ!!!」
「うわぁぁぁあっ!!」
咄嗟にスライディング。前に回り込んでいたのだろうか、現れたミノタウロスの姿に声をあげつつ、脳と身体が導く最適解……すなわち、スライディングを実行して、潜り抜ける。
人間、極限状態に置かれれば極限の絶技すら容易に行えるものであるというが、ベルはそれをその身で感じていた。
しかし、そんな繰り返しには限界がある。現在挟み撃ちを回避すること4度。ついにベルの行く手が壁に塞がれる。行き止まり、そんな言葉が脳裏を過った。
「うぁ……うわぁぁぁっっ!!」
「オオオッッッッ!!」
手に握ったちっぽけに見える刃を振るう、そんな蛮勇の覚悟を笑うように、天然の武器たる丸太が豪腕で振り下ろされ、思わず目を閉じて……衝撃が、来ない。
「おい! 白髪の!! 生きてるか!!」
「っ!!?」
「生きてるようだな! よし、ちぃと見てなよォ!」
スーツをラフに着こなした男性が、僕の前に立っていた。足を振りきった姿勢で。その先に振り下ろされたはずの丸太が転がっていた。
男は、見てろ、と一声かけるとミノタウロスの方に向かって走り出して。
「クソッたれな牛どもがァ……エサを勘違いすんなってンだ! さぁ、後悔の時間は終わりだぜ!」
そのあとの一言を、僕は今でもよく覚えています。
「ARE YOU READY? LET'S LOCK!!」
その言葉と同時、暗い光が身体を駆け上がるのが見えたんです。
そうして、その人が力強く踏み出して、反対の足で蹴りあげた、瞬間。
「モォォォォォッッッッ!!!!?」
ミノタウロスが、天井に、突き刺さったんです。冗談のような光景で、絶句する僕の前で、もう一匹が逃げ出そうとして、バラバラに切り裂かれて絶命して。
「おう、助けかよ。助かるぜ……ロキのとこのガキだろ?」
「……あなたは、一体?」
「気にすんな。俺はな……アイツだ、アイツ。巻き込まれたのはむしろアイツだ」
とてもキレイな、女の人がレイピアを納刀してこちらへ歩いて。
「怪我は、ない?」
「……!! う、う……!」
「おい白髪の、深呼吸しろ」
思わずオーバーヒートしそうになった頭を深呼吸で抑えて、言葉を紡ぐ。
「だ、大丈夫、です……!」
「よかった……私は、アイズ」
「……【ロキ・ファミリア】のアイズ・ヴァレンシュタインか? 大物だな……なんでこいつを追った?」
男が追及していこうとすると、アイズさんはマイペースにこう返した。
「まず、そっちも名乗って欲しいな」
「ふゥーん……良いだろう。『代われ』、出番だぞ」
その言葉に居合わせた残り二人が首を傾げると同時。
「まったく……自己紹介をしましょう。私はヴィータ。都市の外にある小さな名前のない谷の村に住まう風司る神アイオリア様より寵愛を受け、アイオリア様の言葉に従ってこの地に導かれた者」
「つまり、未所属……?」
「そういうことです。あの牛を倒したのは……まぁ、特殊な手の内があるというだけです」
アイズさんは一瞬で丁重になった男の言葉に傾聴していたが、僕はそんなこと無理だ。アレは、無理。変わりすぎ。そう、心からツッコミたくなって、でもツッコンだ瞬間あのぶっきらぼうな方に戻るんだろうかと気になって、とにかく気になって話が聞けない……!
いろいろと話していたみたいだけど、まったくわからない間に話は終わっていて、僕はヴィータさんに送られることになっていた。
私は、ヴィータ。俺は、ヴィータ。ヴィータとはすなわち二重人格。【生命】と【戦】を、それぞれ示す言葉に運命付けられて、ヴィータは二つの人格に別れた……あるいは、最初から二つだった。
あの日二重人格ということで忌まれ、崖から突き落とされたその先にあったちっぽけな村の神様がくれた恩恵は、2人に等しく力をもたらした。知識に優れたヴィータと、膂力に優れたヴィータ、どちらも自分で、ヴィータ本人だ。
村暮らしのある日、我らが神様は、こう言った。
「うん。汝ら、良い歳じゃろ……オラリオ、大都会、行かねば花の若さも失われよう。我らとこの谷が鍛えた汝らだ。もう平気じゃろ! どうだ、オラリオに興味はあるかな?」
もちろん、私たちは頷いた。私たちがいつか追放されたあの村と、突き落とされたさきのこの谷があるのは小さな小さな森でしかなくて、森の外には世界が広がっている、と村の老翁たちは言う。興味だらけで、たまらなかった。
脳内の2人の会議は即決全会一致で決議した。
そうして旅立ったヴィータが、都市外からの来訪者としてダンジョンに入った、はじめの日。ノリで進んだ上層後半、その声が聞こえた。
少年の叫ぶ声、牛のような吼声。咄嗟に走り出した。
ミノタウロスとかいうそいつらと、追われてた白髪の男の子……後で聞いた。ベル・クラネルというようだ……を追って、ギリッギリの行き止まりで牛を始末したら、別のやつ……噂に聞く【剣姫】……にもう一匹を食われた。
初日から、なんてハードさだ! と思わず頭脳役を勤めるところのヴィータ……『ライフ』はため息をついた。
初日から、なんてハードさだ! と思わず戦闘を行ったところのヴィータ……『デュエル』はため息をついた。
そして、2人ともどもため息をついて、幸せが2倍逃げ出していった分は、ホームまで送ると約した目の前の白兎が返還してくれる、といいなぁ。そう思っているのは、2人の共通意識であった。
本当に帰ってくるとは、思っていなかったが。
少したって、いくらかの世間話の後についたさびれた教会の前で、ライフはベルを待っていた。彼の主神たる神ヘスティアに面会しようというわけだ。と振り返るうちに、教会の地下から背丈は小さいのにもかかわらず扇情的な格好をした女神が現れる。
「待たせたかな?」
「いいえ……お時間いただき、感謝します」
「いやいや! キミがボクに話があるって子でいいんだよね? なにかな、さっそく本題を聞かせてくれ!」
ヴィータは、というよりライフは回りくどい話を好まない。デュエルに至っては「議論なんてそんな野蛮な……」派なのでヴィータという人間の元の性質は直情的なのだろうか。
ゆえにスパッと話は切り出された。
「神ヘスティア。あなたを私の主神として仰ぎたい、という話を持ち込みに来ました」
「入団希望者か! いいよ、ほら入って入って! ボクらは人不足、いくらだって人手は欲しいんだ!」
「それにあたって、ご承知おきいただきたいことが」
己が、二重人格であること。ライフとデュエルの2人に別れ、今はライフであること。基本ライフでいるつもりだが、デュエルへと替われば粗暴になってしまうだろうこと。
他にもいくつかを話して、可能な限り自分を入れることによって発生するデメリットを伝える。だが、目の前の神は、ふっと微笑みながらこう言った。
「ふふ、それのなにが問題なのかな。ボクはもう、君を家族だと思うつもりでいたんだぜ? 如何なることがあろうとも、ボクはキミを守り続ける」
ライフと、デュエルの共通意識が、同時に神に完全なる忠誠を約した。少なくともライフには、そう思えたから、ライフは片膝をついた。
「この身失せるまで、どうかお見捨てなきように……」
瞬間、脳内に響くもう一人の声。
『替われよ、ライフ。俺もアイサツするくらいはいいだろ?』
『勿論です、デュエル。もう、替わってますよ』
デュエルとなり、立ち上がる。ライフの時の穏和な顔つきから、戦士を感じさせる精悍な顔つきへ。そして目にギラつく闘争の気配にヘスティアも悟る。これがデュエルとやらかと。
デュエルは手を伸ばし、ヘスティアの手を取って額につけた。
「俺ってのはァ粗暴モン、アンタの剣にしかなれねぇ犬っころだ……ライフ共々、存分に使え。抜き身の剣を振るうのは、神の意思だけに委ねるぜ」
言葉に頷き、ヘスティアは微笑みを花のような笑みへ変える。
「うん。2人とも、これからは宜しく。改めて……」
「あ、それは僕にも言わせてください、神様」
「いいよ……せーの」
2人の声が、耳朶を打つ。瞳が、いつぶりかの涙で揺れているのがわかるようだ。
「「ようこそ、【ヘスティア・ファミリア】へ!」」
──―これは、2人で1人の眷属が、英雄を導き神と記す、小さな有り得ざる【眷属の物語】。
ヴィータとは、生命を示す言葉ですが一部の言語では闘争という意味もあります。ちょっとした学びにあたって辞書を引いていたら見つけたこの単語に面白さを感じて始めた小規模連載になります。どうか宜しくお願いします。
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