お読みの際はS・Aお好きな方からで問題ありません。
この島に召喚されてはや三週間。今日からはユクレス村に滞在する予定だ。
帰る方法はわかったものの、やっぱり一筋縄ではいかないらしい。
というのも単純に僕の練度が足らないのだ。
帰る為には送還術と転移魔法を同時に使う必要があるのだけれど、今の僕にはどちらか一方なら兎も角、それを同時に行うことが出来ない。
メイメイさんは経験と効率の問題だと言っていたので、今は送還術に慣れて術を行使するのに必要な時間を短縮出来ないか、色々と試行錯誤している最中だ。
後は、ここから帰った時にあっちの世界の時間がどうなるか気になったけど、メイメイさん曰く、この島の中は外界と時間の流れが違うらしいので、地球との時間の流れも違うことを祈るばかりだ。
◇◇◇◇
「さて、まずはヤッファさんに挨拶かな……?」
マルルゥという子が案内につくという話だったけど、それらしき姿は見えない。
ここで待っていても埒があかないので、とりあえず先にヤッファさんの家に行くことにした。
怠け者の庵に向かう傍ら、改めて集落の様子を観察する。
ここ、ユクレス村は他の集落に比べて自然が多い。
元々メイトルパは自然に溢れた世界らしいし、メイトルパの住人のいる集落の自然が多いのも当然か。
少し歩くと果樹園や畑などが遠くに見えてくる。
流石にそこまで入る訳にはいかないので遠目に見るだけだけど、ここからでもよく手入れされているのがわかる。さて、そろそろ怠け者の庵に行くとしようか。
「よく来たな」
怠け者の庵に入ってすぐ、ヤッファさんが迎えてくれた。
手招きする彼の勧めに従い正面に腰を下ろす。
「俺から言うべきことは前回言った。
後はしっかり注意事項さえ守ってくれりゃ、俺の方からは何もねぇ」
ヤッファさんから、ここの果樹園で取れたであろう果実で作ったジュースを受け取る。
一口飲んで見ると非常に口当たりのいい味が広がった。
「結局滞在がはじまる今日まで、時間が取れなかったみてぇだからな。
前回出来なかった案内は今日済ませちまおうと思って、マルルゥを呼んである。
そろそろ来ると思うんだが……」
ヤッファさんがそうぼやくと、外がにわかに騒がしくなった。
暫くすると、出入り口からひょっこりと小さな少女が姿を見せた。
「これは確かに、一目でわかりますね」
それもその筈。何と彼女の体は
流石にこの展開は予想していなかった。
「シマシマさん、呼びましたかぁ~?」
「おせぇぞマルルゥ。お前の会いたがっていた奴だ。ほら、挨拶しろ」
「あや?」
そこで僕の存在に気付いたのか、こちらの方に寄って来る。
妖精というのは皆このサイズなのだろうか?
「はじめましてー、マルルゥといいます」
「はじめまして、桜満 朔夜です。朔夜で良いよ」
「ゴメンなさいです。マルルゥ、名前を覚えるの苦手なんです。だから人間さんって呼んで良いですか?」
眉をハの字にしてマルルゥが言う。
とはいえ、人間さんだと他の人間と区別がつかないからなぁ……。
「ゲンジさんのことは何て呼んでるのかな?」
「お爺さんのことですか?」
あぁ、そういう呼び方になるのか。
うーん、でもなぁ。このままだと彼女の為にもならないだろうし。
「他に人間が召喚されないとも限らないし僕の名前を覚えるまで、っていうのはどうかな?
僕にとって人間っていうのは種族名だからね。
あんまり自分が呼ばれている気がしないんだ。マルルゥだって妖精さんって呼ばれるのは嫌だろう?」
「はいです」
「うん、良い子だ。すぐには無理だろうけど、ちょっとずつ覚えていこう?」
マルルゥの頭を撫でる。
くすぐったそうにしてはいるけど、嫌がってはいないみたいだ。
「マルルゥのことはそれぐらいにして、そろそろ集落を回ってきたらどうだ?」
ヤッファさんが苦笑しながらそう言った。
確かに結構話し込んでしまった。
「良し、それじゃあ案内頼めるかな?」
「喜んで~!」
指を掴んで引っ張るマルルゥに大人しくついて行く。
何だか懐かれてしまったようだ。
ヤッファさんに頭を下げ、怠け者の庵を後にする。
向かう先はどうやらあの大木のようだ。集落の名前にもなっている、ユクレスという名前の木らしい。
◇◇◇◇
「だいたいわかった。案内ありがとう、マルルゥ」
「どういたしましてー」
あの後一周しながら簡単な説明を受け、今は最初に回ったユクレスの木の下に戻って来ていた。
途中、滞在中に使う予定の空家にも案内して貰い、荷物を置いてきた。
空家という割には掃除もしっかりしてあったので、必要以上に時間を使うこともなく、すぐにでも使えそうだったのはありがたい。
「おーい、マルルゥ!」
マルルゥと休憩がてら会話をしていると、遠くの方からマルルゥを呼ぶ声が聞こえて来た。
「ヤンチャさん」
「あれ、兄ちゃんも一緒だったのか?」
こちらに走り寄ってきたのは鬼の少年、スバル。ミスミ様の実子だ。
その後ろには初めて見る獣人の子が居る。
「ス、スバル。このヒト、知り合いなの?」
「おう! 朔夜兄ちゃんはゲンジの爺ちゃんと同じ、名も無き世界の人間なんだぜ」
「それじゃあ、この前言っていた一週間郷にいた人って」
「兄ちゃんのことだな」
「……あ、あの。僕パナシェって言います」
どうやら人見知り、というよりも人間が苦手なのだろう。
パナシェと名乗った少年は少しビクついた様子で話しかけてきた。
とはいえ、スバルからいくらか話を聞いていたようで、これでもまだマシな反応なのがうかがえる。
「はじめまして、僕は朔夜。宜しくね?」
目線を合わせながらそう言う。
こういう人が苦手な子に対して行き成り頭を撫でたり、あるいは近づこうとすれば必要以上に警戒心を煽ってしまう。
この場合は目線を合わせるだけの方が良いことを、僕は経験上良く知っていた。
「う、うん」
「そう言えばスバルはマルルゥに何か用事?」
「あぁ、マルルゥが何時まで経っても来ないから、オイラたち探してたんだ」
どうやら今日は午後から遊ぶ約束をしていたらしい。
元々僕の案内は午前で終わる予定だったのだけど、僕が必要以上に質問を重ねたのが原因だろう。悪いことをしたな。
「ヤンチャさんとの約束を忘れてたマルルゥが悪いのです」
「いや、マルルゥは悪くないよ。ごめんな、スバル。色々聞きたいことがあって、僕が引き止めてたんだ」
「それなら兄ちゃんも一緒に遊ぼうぜ!」
「誘ってくれて嬉しいけど、ちょっとこの後メイメイさんと会う約束をしてるんだ。また今度、誘って欲しいな」
「ちぇっ。そういうことなら仕方ないや。約束だかんな!」
「うん、約束。マルルゥも練習のこと、忘れないようにね」
「はいです!」
「それじゃあまた明日」
手を振って三人と別れる。
さて、一旦家に帰って
◇◇◇◇
「さて、まずは復習からね」
「はい」
メイメイさんの言葉に頷き、精神を集中する。
「良い感じよ~。そのまま、今度は体内の魔力を動かして」
指示に従い、魔力を操作して循環させる。これがなかなか難しい。
「宜しい。魔力操作に関しては及第点ね」
「ありがとうございます」
魔力操作を中止して息をつく。
想像していた以上に神経を使う作業だから細心の注意が必要なのだ。
助かるのは、体内の魔力を操作するだけなので、操作に失敗しても直接的な被害はなく、精神的に非常に疲れるだけですむ、という点だろう。
「この技術をうまく扱えれば送還術を円滑に行使出来るようになるから、訓練は可能な限り続けること。
慣れてくればそれこそ呼吸をするかのごとく、自然と出来るようになるから当面の目標はそこになるわね」
「はい」
「ではでは、お次は送還術に関してのおさらいね~」
現在リィンバウムで使われている
その大元の術式は既に失われており、現在は召喚術の術式に使われている必要最低限の術式が残っているのみである。
「その二つの術式の違いは?」
「前者が自分が召喚した対象以外にも効果を発揮するのに対し、後者は自分が召喚した対象以外には効果がない点です」
「良く出来ました~」
「茶化さないで下さい」
頭をぐしゃぐしゃと撫でるメイメイさんを睨みつける。
この人は僕が見た目通りの子供ではないことを知っている。
褒めるまでもなく、答えられて当然なのだ。
それがわかっている上での反応だからタチが悪い。
「まぁこれは豆知識だけど、召喚術の方の術式を拡大解釈して応用することにより、擬似的に送還術を再現することは可能なのよ」
「え、そうなんですか?」
「えぇ。もっとも、この場合でも元来の送還術のように強力な物にはならないわ」
でも考えてみれば当然か。
必要最低限とはいえ、術式そのものは残っているんだから応用次第ではどうとでもなるのか。
「その応用にしたって相当な才能と実力が必要になるから、今は頭の片隅にでも入れておけば問題ないわね~」
「わかりました」
「……さて、と」
雰囲気の変わったメイメイさんのその言葉に、居住まいを正す。
「想像はついていると思うけど、そろそろ本格的な修練を始めようと思うわ」
「はい」
「召喚術に関しては、もう護人たちから使用許可が降りた?」
「いいえ。まだユクレス村に滞在しはじめたばかりなので。審議は、それが終わってからになります」
「そうなると少し厳しいか……。
召喚術にある程度慣れてから、と思っていたけど、ちょ~っと時間が足らないわねぇ」
そう言ってメイメイさんは思案顔になる。
「順番が前後するけど、はじめますか。
……良し! 少し予定を変更して実戦訓練に入りましょう」
「実戦、ですか」
訓練自体は既にはじめていたし覚悟もしていたけど、改めてその言葉を聞くと緊張と恐怖で手が震える。
何せ元々命のやり取りとは無縁の場所に居た人間だ。
これからそんな殺伐とした場所に身を置かねばならないと考えると、それだけで体が硬直してしまう。
「まずは実戦で剣を使うことに慣れましょうか。とりあえず今回はそのデバイスの使用を許可するわ」
「魔法の方は」
「今回はOK。ただし戦闘に慣れてきたら使用頻度を落とすように。それと、武器の形状は剣固定で」
「わかりました」
「まずはこの辺りでも特に弱い召喚獣が相手だから、過度に緊張する必要はないわ」
メイメイさんはそう苦笑するが、それは無理な相談というものだ。
「さて、実戦に移る前に一つ。
――――非殺傷設定を解除なさい」
「ッ!?」
「実戦未経験者のあなたでは、手加減をしながら勝てる相手はいないわ。まずはそのことを理解しなさい」
理屈としては理解できる。
そして同時に、相手を殺せと言っている訳ではないということも。
要するに相手に対して物理的に効果を発揮するようにし、それをもって追い返せば良いのだ。
相手はこちらの事情などお構いなしに命を狙ってくる。
敵を気絶させる程度でどうにか出来るほど現実は甘くない。
「……命を奪うことに禁忌感を持つ、貴方のその反応は正しいわ」
震える僕の手を、メイメイさんが握る。
そうだ。僕が怖いのは、一つの命を奪うことが出来る
命を奪われることも勿論怖いが、同じくらい命を奪うことが怖い。
「その気持ちを忘れない限り、貴方が自分の力の使い方を誤ることはない筈よ」
《微力ながら私もお力添えさせて頂きます、マスター》
「はい。クラウンも、ありがとう」
《いいえ、マスターのサポートが私の存在意義。当然のことです》
その言葉に答えるように、僕はデバイスコアを撫でた。
「クラウン、非殺傷設定を解除」
《仰せのままに》
「準備はいいかしら?」
「はい」
「とりあえず今日は私もついて行くけど、基本的には一人で訓練して貰うことになるわ。
はぐれ召喚獣の数が少ない場所を幾つか教えるから、今後はそこで訓練して頂戴。
戦闘に慣れて来たら私の方で特別な訓練場を提供してあげる。
そこで経験を積んだら、今度は護人たちに協力して貰って連携の訓練ね」
「わかりました」
「さ、こっちよ」
メイメイさんの先導に従って店を出る。
向かった先は砂浜だった。
「ここが現状、一番はぐれ召喚獣の数が少ない場所ね。
集団が出て来ても三匹くらいの小規模なものでしかないから、当分はここを活用することになるわ。
当面の目標はここで実戦経験を積んで、戦闘しながらの送還に慣れること。
無理は禁物。危険だと感じたらすぐに逃げること。その際、これを使うと良いわ」
そう言いながら渡されたのは幾つかの木の実が入った小袋だった。
「この辺りで出て来るはぐれ召喚獣が、主に食べている物よ。
これでいくらか相手の気を引けるでしょうから、これを食べている間に逃げなさい」
「はい」
小袋を受け取り、ズボンのポケットに入れる。
「クラウン、セットアップ」
《セットアップ》
剣になったクラウンを握る。
視線の先にはゼリー状の召喚獣、マリンゼリーの姿があった。その数二。
一体じゃない以上油断は禁物だ。
確か話しではマリンゼリーには遠距離攻撃が出来る個体がいた筈。
なら、
「こちらから仕掛ける!」
《仰せのままに》
「ウインドエッジ!」
キーワードによって魔法が発動。不可視の風の刃が周辺に出現、射出される。
狙いは向かって左側に居るマリンゼリー。
一発は直撃させる軌道で、もう一発は丁度二匹の間に当たる軌道で進む。
僕の方は結果を見ずに次の行動に移る。
「加速!」
《ファストムーブ》
瞬間、僕の足元で魔力が爆発する。
直線にしか進路が取れない、使い勝手の悪い移動魔法だが今の僕が満足に使いこなせるのはこれだけだ。この辺りも今後の課題の一つだな。
「プグルァ!?」
ウインドエッジは二発とも狙った箇所にヒット。
至近距離に当たってびっくりしたのか、もう一体の方は距離をとっている。
「纏え
狙いは勿論、ウインドエッジが直撃した方のマリンゼリーだ。
風を纏って殺傷性を上げたクラウンで切りつける。
《警告。右方より遠距離攻撃来ます》
「――――ッ!」
クラウンの警告に従い、即座に右手をかざす。
《ラウンドシールド》
直後に水流が直撃する。
これがマリンゼリーによる遠距離攻撃か。
「ファストムーブ」
とはいえ、ダメージを与えた方のマリンゼリーがどうなったかも確認出来てない。
即座にこの場を離脱する。
「捕縛する」
《チェーンバインド》
確認してみるとダメージを負ってはいるものの、撤退させるには足らないようだ。
そのまま発生した鎖型のバインドを投げつけ、捕獲する。
「せいっ!」
捕縛したマリンゼリーはそのままに、鎖を振り回す。
マリンゼリーの鳴き声が聞こえてくるけど勿論無視した。
マリンゼリーごともう一体に投げつける。
「プグル、」
《ファストムーブ》
「ハッ!」
斬撃を加える。
「ルァ!?」
一閃。二閃。三閃。
魔力による身体強化にものを言わせた、稚拙な攻撃。
とはいえ、今の僕の魔法を使わない攻撃なんてこの程度でしかない。
「これで、」
クラウンの刀身に電撃が奔る。魔力変換資質によるものだ。
「終わりだッ」
《雷光閃》
直撃。斬撃で吹き飛ばされ、砂煙が舞う。
砂煙が晴れると、電撃によって焼け焦げたマリンゼリーの姿が見えた。
もう一匹はどうやら斬撃で真っ二つになっているようだ。
……人ではないとはいえ、命を二つ奪ったというのに、驚く程何も感じなかった。
そんな自分に嫌悪感を抱く。
「お疲れ様。課題は見えてきたわね」
「……はい」
「命を奪った直後はそんなものよ。罪悪感はね、後から来るの。
今夜は眠れないだろうから、これを持って行きなさい。一種の睡眠薬よ」
「ありがとうございます」
本当に、そうなのだろうか?
実は自分は命を奪っても何とも思わない、そんな薄情な人間なのではないだろうか。
「むぐ」
そんなことを考えていたら、メイメイさんに抱きしめられた。
顔をあげてメイメイさんを見る。
「あのね。命を奪うことに禁忌感を覚えていた人間が、薄情な訳ないでしょう?
今はその衝撃に、心が麻痺しているだけなのよ。しっかりなさい。
今日はここまでにして、ゆっくり休むと良いわ」
その言葉に僕は返事をせず、ただ頷いた。
あとがきはA編で纏めて。