フレイズさんにファルゼンさんの正体を知ったことを伝えた後。
鍛錬をする為にメイメイさんの店に入った所、そこで難しそうな表情を見せるメイメイさんの姿を見つけた。
「どうしたんですか? メイメイさん」
「……あぁ少年。ちょ~っと予定が狂っちゃってねぇ」
「予定?」
「思った以上に早かったな、っていうお話」
「……?」
何が何だかさっぱりわからない。
わかったのは、メイメイさんが立てていた何らかの予定が狂った、ということぐらいか。
「貴方の鍛錬にも関わることよ」
と、いうと予定とは僕の鍛錬の予定のことだったのだろうか。
「メイメイさんとしては、もうちょっと時間に余裕があると思ってたんだけどねー。
そうも言ってられなくなっちゃったみたい。性急に鍛錬を積む必要性が出てきちゃったわ」
「それって、前に言ってた
「ズバリその通り。本当なら、時間をかけてゆっくりと鍛錬を積ませて上げたかったけど……。
けれどもう、悠長に時間をかけている余裕がないから、奥の手を使うわ」
酷く嫌な予感がする。
「ついて来なさい」
そうしてメイメイさんの後をついて行くと、島の中央にある集いの泉にたどり着いた。
目的地はどうやらここらしい。
とはいえ、既に何度か来たことのある場所だ。特別、今までと変わりがあるようには見えない。
「ゼラムにある至源の泉には及ばないものの、この集いの泉もまた、エルゴの王の遺産の一つ。
四界の魔力が集まるこの場所は丁度良いのよ」
四界。魔力。……まさか。
「だからやり方さえ知っていれば、こういったことも出来ちゃう訳」
次の瞬間、メイメイさんの体から魔力が迸る。
泉に、劇的な変化が起きていた。
何もなかった泉の中央に、突如門が出現したのだ。
僕はその門を知っている。
「……無限、界廊」
「正解」
無限界廊。
世界の狭間にある特別な空間に繋がった場所。
その空間では、四界を巡って様々な戦いを試練として受けることが出来る。
僕が知識として知っているのはその程度のことだ。
「ただし、今回繋げたのは言わば裏・無限界廊と呼べる場所よ」
「裏?」
「そう。通常の無限界廊と違って、こちらは時間の流れが早いのよ。
当然、その分早く歳をとるということになる。
そういった意味も含めて奥の手、ということ。本当なら使いたくない手なのよ」
寿命を使って修行するようなものか。
「単純計算で外での一分が中での一日になるわ。
相手の強さはこちらの方で貴方に合わせて調節するから、今から五時間、この中で過ごしなさい。
勿論、食料や回復手段もこちらで用意するわ。それと、これを」
渡されたのは幾つかの契約済みのサモナイト石と、未契約のサモナイト石。
「攻撃・回復・補助と用途に合わせて一通り揃えてあるわ。上手く活用なさい」
それら全てをしっかりと受け取る。
拒否権がないことはわかっていたし、時間がないというのもメイメイさんの焦った様子から理解出来た。
この手段は、本当に奥の手。最後の手段だったのだろう。
「持てる技能の全てを駆使して、必ず生き残りなさい。
生き残りさえすれば、結果として十分以上に経験を積むことが出来るから」
◇◇◇◇
「クラウン、サーチャー散布」
《エリアサーチ》
魔法の発動によって朔夜を中心に魔力流が奔る。
それは敵が出て来る前に戦場の把握をしておくべき、という判断からくる行動だった。
サーチを利用して地形の確認。障害物の位置や狙撃に有効な場所の割り出し。
マルチタスクを活用しつつ、その全てを迅速に把握する。
「サーチャーは魔力が許す限りその場で待機。
僕の記憶に間違いがなければ、恐らく一戦ごとに地形が変わる筈」
《仰せのままに》
「それからカートリッジシステムのプロテクトを解除。いつでも使用可能な状態にしておいて」
《ですが今のマスターには負担が大きすぎます》
「けれど、命には変えられない」
《……》
「乱発はなるべく控えるから」
《……仰せの、ままに》
「ありがとう」
朔夜はクラウンのコアを優しく撫でた。
「使用したカートリッジの薬莢は可能なら回収したい。
ここでは補充の当てがないから、再利用出来るなら再利用するべきだからね」
《カートリッジにマーカーを付けました。転移を利用して回収可能です》
「宜しく頼むね」
次の瞬間、準備が終わるのを見計らったかのように敵が姿を現した。
その数四。全て人間の姿をとっている。まずは肩慣らし、ということだろう。
朔夜は相手は恐らく自分と同等以上の力を持っている、と予測を付けた。
何せメイメイは生き残れと言ったのだ。ならば相手が弱い筈もない。
「加速ッ!」
《ファストムーブ》
先手は朔夜が取った。
否。取らざるを得なかった、と言うべきか。
四つの人影の内の一つが、弓を装備していたからだ。
対して朔夜は一人なのだ。遠距離攻撃が出来る相手は先に潰すべきだと判断した。
加速魔法を使用して敵の前衛に突っ込みつつ、次の一手の為に仕掛けを施す。
それによって何もない空間が一瞬煌めくも、敵がそれに気付くことはなかった。
まずは一つの賭けに勝ったと言える。
《ショートジャンプ》
当然朔夜も、無傷で前衛を突破出来るとは思っていない。
そこで彼はあらかじめ散布しおいたサーチャーの魔力を、マーカーの代わりとして利用することで転移する。その結果、四人の兵士は朔夜の姿を見失う。
そしてそれは十分な隙だった。
「雷光閃」
紫電を纏い、加速した一撃が弓兵を襲う。
狙うのは首。一刀の元に断ち切る。
通常なら不可能なソレを、纏った紫電と速度が可能とした。
「
飛んだ首をサーチャーで確認しつつ召喚術を行使。
誓約により縛るのではなく、嘆願によって助力を請う。
「ドリルブロー」
ドリトルが召喚され、そのドリルを剣士の一人に直撃させる。
正面からドリルの強烈な一撃を受けた剣士の体が吹き飛ぶ。
同時に左右に気配。
朔夜は、残った二人の剣士が左右から同時に向かって来ているのを、サーチャーによって既に把握していた。当然こう来るだろうと予測し、既に進路上には仕掛けを施してある。
《捕縛完了》
設置型捕獲魔法・ライトニングバインド。朔夜が優先して覚えた補助系の魔法の一つだ。
それは朔夜が前衛に突進する際、同時に発動させておいた物だった。
攻撃を加えようとした二人があらかじめ設置されていたバインドによって捕縛され、動きを封じられる。
ここまでくれば最早勝敗は決まったも同然だった。
「プラズマウェイブ!」
朔夜を中心に雷光が迸る。
強力な電撃属性による攻撃が、捕縛され防御すら取れない二人に襲いかかった。
ライトニングバインドの効果によって大幅に威力を増したその一撃は、殺傷設定になっていることもあわせて剣士の意識を容易に刈り取った。
「リングバインド」
二人共辛うじて息はあるようだが、麻痺の追加効果によって暫く動くことは出来ないだろう。
そう判断しつつも、念の為に気絶している二人の剣士を二重三重に捕縛しておく。
その間、サーチャーによって吹き飛んだ方の剣士の状態を把握することも忘れない。
どうやらそちらは体勢を立て直した所のようだ。
《ウィザードフォルム》
朔夜の意思を受け取り、クラウンが形態を変化させる。
変化するのは最近追加した杖を使う形態、ウィザードフォルム。
目的としては召喚術を使う際に使用する為に作ったものだが、近距離より中距離に対してリソースを割くことによって、リッターフォルムより射程距離を確保することに成功した形態だ。
当初作成した近・中距離用のガンナーフォルムよりは使い勝手が良かったこともあり、朔夜はこれを、召喚術を使わない場合でも中距離射撃用のフォルムとして活用していた。
「転移」
《ショートジャンプ》
後方に配置されていたサーチャーを利用して距離を取る。
捕縛した二人と体勢を整えた剣士を一度に撃破する為だ。
朔夜の意思に沿い、足元にミッドチルダ式の魔法陣が広がる。
「纏めて押し流す! ――――アクア、バスタァァァァァァァァァァッ!」
敵に向けられた杖の先に円環魔法陣が出現。光が収束し、その直後、水による砲撃が発射される。
進行方向にいる拘束された二人を巻き込みながら砲撃は直進するも、どうやら最後の一人は剣を盾に持ち堪えているようだ。
「それなら駄目押しの一撃!」
《エンチャント・サンダー》
使用するのはその名のごとく、単に電撃属性を付与するだけの魔法。
しかし朔夜のような電気の魔力変換資質を持つ者が使う場合においては、非常に強力な効果を発揮する。特に同じ魔力波長を持つ攻撃に付与する場合はそれが顕著だ。
今回の場合は同じ魔力波長を持つ水に触れているので、ほぼ十割の伝達率で電気が通ることになる。
◇◇◇◇
十秒、二十秒。そして一分。
砲撃が直撃した場所から敵が出てくる様子はない。
けれど油断は出来なかった。
緊張感を保ったまま時間だけが過ぎていく。
《反応消滅を確認しました》
相手の数を確認するのは戦闘における基本。
戦闘開始時に把握出来た相手には、あらかじめ識別マーカーをつけるように指示を出していた。
その反応が消えた、ということはとりあえず最初に見つけた敵は倒したということ。
けれどそれでも尚、油断は出来ない。
「……魔力の無駄遣いは出来ないけど、念の為にもう一度サーチするよ」
《仰せのままに。――――エリアサーチ》
結果をマルチタスクで処理しつつ、周辺の警戒は怠らない。
何て言っても、それで一度失敗して痛い目を見ているからね。
いくらなんでも同じ失敗を繰り返す訳にはいかないだろう。
《完了。反応なし》
「……ふぅ」
そこでようやく、一息つくことが出来た。
だが今のは単なる小手調べ。その証拠に、相手の強さを感じる間もなく戦闘が終了した。
戦闘準備をしっかりした状態で戦闘がはじまったから有利を保てたに過ぎない。
今後はそんな簡単にはいかないだろう。僕としては気が気じゃない。
メイメイさんは優しいけどスパルタだからなぁ。
きっと、本当にこちらが死ぬギリギリのレベルの難易度で敵をけしかけてくる筈。
この調子でバカスカ魔力を使っていけば、いずれこちらが息切れする。
ここから出るまでに効率的な魔力の使い方と、魔力を使用しない戦い方を確立させない限り、僕が生きてここを出ることは難しいかもしれない。
後悔しかけるも、同時に受け取った才能の凄さを実感する。
何せまだ実戦経験の少ない僕が、十分に準備をしたといってもこれだけの結果を出せたのだ。
「でも、だからこそ気を引き締めなきゃいけないな」
天狗になって痛い目を見てからでは遅い。その代価が自分の命でない保証はないのだ。
これまで以上に気を引き締めてかからないと。
「とりあえず、魔力をもっと効率的に扱うことからはじめようか」
新しいお客さんも来たことだし、ね。
「行くよクラウン」
《はい。何処までも共に》