ようこそ日和見主義の教室へ 作:えいぼん
一つ、質問をしよう。
目の前で老婆を困らせている第三者がいたら、あなたは声を出して止めることができるだろうか。
彼を止めれば、誰かは救われる
彼を非難すれば、彼はその行動を止める
彼を叱責すれば、彼は真人間に生まれ変わる
しかし、それはあくまでも仮定の話であってどれだけ確率が高くとも『かもしれない』にとどまる。
だからこそ、私はこうも考える。
彼を止めれば、逆ギレした彼はこちらにその矛先を向ける
彼を非難すれば、もしかすると彼に社会的に殺される
彼を叱責すれば、彼からの恨みを買ってしまい後悔することになる
どれほど確率が低い出来事も起こりうるのだ。これらのことが起こらないとも限らない。
…しかし、私自身もわかっているがそれらはきっと言い訳なのだろう。それでも私は怖いのだ。
結果として彼に優先席を譲るように指示した彼女は何ら実害を受けていない…
「何故この私が、老婆に席を譲らなければならないんだい? どこにも理由はないが」
「君が座ってる席は優先席よ。お年寄りに席を譲るのは当然でしょう?」
「理解できないね。優先席はあくまで優先席であって法的な義務はどこにも存在しない。この席を譲るか否か。それは今現在この席を有している私が判断することなのだよ。若者だから席を譲る? ははは、実にナンセンスな考え方だ」
いや、前言撤回。ヤバそうな奴と関わってしまったのはきっと災難に違いない。
その女性が予想の斜め上の地雷を踏んでしまったのを冷ややかに見つめる私だが、実は私も同じこと。
この問答を行っている歩く傲岸不遜のような男は、私がこれから通う学校の制服を着ているのだ。
その学校が全寮制である以上、この男も新入生なのは確実。
…これからの学校生活も前途多難そうだ。日和見主義を自認する私はひそかにため息をつくしかない。
だが、それでも癒しはあるようだ。
「皆さん、少しだけ私の話を聞いてください。どなたかこのお婆さんに席を譲っていただけないでしょうか? 誰でもいいんです、お願いします」
同じ学校の生徒が、こんなにも慈愛を満ちた行動を取ってくれたのだ。
この学校の生徒も捨てたもんじゃない。そう思いながら、私はうっすらと開いていた眼を閉じる。
何が悲しくてこの満員の車内で立たなきゃならんのだ。そんな面倒は誰かに擦り付けるに限る。
そして、私はうつらうつらと舟をこぐ。全寮制の学校ということで、いろいろ整理していたせいかどうも朝から疲れがたまっている。バスの中で少し眠っておいたほうがいいだろう。そんなことを考えつつ私は仮眠をとるのだった。
…こんな行動をとれた彼女を少しだけ、ほんの少しだけ羨ましいと思いながら。
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「…ふわぁ。もう着いたの?」
バスが停車したのは、これから通う『高度育成高等学校』なる学校前のバス停だ。
希望する進学、就職先にほぼ100%応えるなどという謳い文句の学校だ。諸事情により勉学に集中していなかった身としては合格できたのは奇跡といっても過言ではない。
そんな幸運を今更ながら感じながら、私は学校の校門をくぐる。
(監視カメラが多いなぁ…)
最初に出てくる感想は先ほどの『幸運』だったが、次に出てくる感想は『不審』の一言に尽きる。
私個人としては監視カメラのような監視機器はあってほしいと思っていたが、ここまで多いと嫌気がさす。
早急に監視機器の設置されていない箇所の把握をしておいたほうがいいだろう。
…いや、別に監視機器に記録されていることが万が一にも必要になるようなことはそう早くに起こるようなものでもない。焦る必要は無いか…
「監視カメラが気になるのか?」
「ひゃいっ!」
突然後ろから声をかけられたから変な声が出たじゃないか!
そう非難の目を後ろに向けると、そこにいたのは無気力そうな男子生徒。
死んだ魚みたいな目をしている彼は、きょろきょろしながら監視カメラばっかりみている私が気になったようだ。
「え…?あ!違う違う!きれいな学校だなぁって思ってさ!…よく見れば監視カメラもいっぱいあるね。そんなにいらないと思うのに。」
まぁ、もちろん監視カメラが気になっていたなんてことはおくびにも出さない。
私は日和見主義者なのだ。だからそんな不審な目で見られるのは好みではないし、それにこの学校の生徒の人間関係がよっぽどドロドロでない限りは監視機器も必要ない…はず。
「…」
「え~っと…ていうか君誰?」
話しかけてきたんだったら黙り込まないでよ!なんか私までコミュ障な気分になりそうじゃん!
というような気まずい彼との間の沈黙を破るべく、名前をひとまず聞いてみる。
コミュニケーションの始まりは自己紹介からなのだ。
「あぁ、綾小路清隆って名前だ。よろしく……?でいいのか?」
やばい。この学校の新入生で見たやつが歩く傲岸不遜と優しい女子生徒とコミュ障っぽい男子生徒しかいない。三分の二が大丈夫じゃなさそうな人間とか前途が多難すぎ…?
「私の名前はオチアイチカ。落ちるに合唱の合、数字の千で歌って書いて落合千歌。よろしくね!」
そう!まず自己紹介から人付き合いは始まるのだ!第一印象が良ければそんなに警戒されることもないはず!
…ま、この時の私は知らなかったが彼にはすでに警戒心を植え付けていたようだ。
第一印象って大事だよね…
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高度育成高等学校学生データベース
氏名 落合千歌(おちあい ちか)
クラス 1年D組
学力 C
知性 B-
判断力 B
身体能力 C
協調性 B
面接官のコメント:
ごく一般的な生徒だが、試験においての学力と面接での対応などにおける知力が乖離しているように見受けられる。これに関しては別記資料に記載している家庭問題が原因であると思われるが、それに関連して精神面にも注意が必要である。