「先生、先生は修行をしにどこへ向かわれるんですか?」
「今は言えません。ただ死ぬ危険がある場所とだけ」
「そんな…」
「ドラさん、まずはロモス王国にある『ネイルの村』に向かってください。
そこにあなたの姉弟子がいます。きっと旅の力になってくれるはずです」
「『ネイルの村』…わかりました、先生」
「私がいない間はポップがあなたの師と思ってください。
少し頼りない兄弟子ですが、なに、あれも大変才能豊かな私の自慢の弟子です」
「はい、知っています」
満足げに頷くとアバンはさくさくと海岸を歩いていった。
その後ろ姿を見つめながら、一緒に見送りをしていたブラス老が
「ポップ君は大丈夫かのう…」
と心配していた。
「ドラももうじき旅立つのじゃろ…?」
「うん、おじいちゃん」
なんとも言えない寂寥感が漂う。
「ピィ~…」
〜side ポップ〜
ポップは何の変哲も無い、村で唯一の武器屋の息子に生まれた。
家には武器がたくさん並び店の客や父親の知り合いの職人たちなど、屈強な男たちがたくさん身近にいたがポップ自身は武器や戦士になどまったく興味が湧かず魔法にばかり夢中な少年だった。
父親はもともとポップには武器職人など向いてないと感じていたのか、息子が武器に興味を示さずとも何も言わなかったが、だからと言って魔法に夢中な息子を歓迎しているかというとそうでもなかった。
母親も夫に倣い息子の関心が魔法にばかり向くのを「仕方ないわねえ…」と諦めに似た心境で見ていたように思う。
反対されていたわけではないが期待されていたわけでもない。
自分を応援してくれない両親を、まあいいさと頭のすみに放って蓋をしたポップは村の数少ない魔法使いや旅人、時には店に来るお客さんなどを無理やり捕まえては魔法について教えてもらった。
自分には才能がある。
独学でいくつかの魔法を身に着けたポップはそう思うようになっていた。
ある時村に訪れたアバンという男の話を聞き、さっそく会いに行ったポップはアバンに「魔法について何か知っているか」という質問をした。
今思うとなんとも要領を得ない聞き方だが、アバンという男はポップを邪険にはせずいくつか質問を返して魔法についての知識を披露してくれた。
すごい、すごい…!
アバンは人に物を教えるのがとても上手でポップは砂が水を吸うかのように魔法の知識を吸収した。
実際に魔法を使うところも見せてもらって、その魔法の見事さに感動してアバンを尊敬するようになったが聞けばアバンは魔法使いではないという。
こんなに凄い魔法が使えるのにそれでも魔法使いではないなんて…!
アバンという男の素晴らしさに感動して、宿屋の主人から早朝村を発ったと聞くや両親の反対を押し切り気がつけば故郷を飛び出してしまった。
そのまま無理やり弟子入りして一年以上…
素晴らしい師からの導きによってグングンと才能を開花させていく自分。
それは自尊心と矜持を満たし、かつ彼の譲れない誇りであった。
しかし、アバンとともに訪れた南海の孤島で彼は信じられないものを見る。
(なんだよあの魔法の威力…あの年で、あんな魔法が使えるなんて…)
訪れた島で会った少女ドラ。
はじめて見た時はちょっとドキリとした。
だって村でも旅の途中に立ち寄った町でも見たことがないくらい可愛い顔立ちをした華奢な女の子だったのだ。
それなのにあんな凄い魔法を使えて、魔王を退けてしまうくらい強い女の子がいるなんて…
アバン先生からも自分のかわりに魔王を倒してくれと言われて頼りにされていた。
一年以上も一緒に旅をして教えを受けてきた自分よりも師はドラに期待を寄せたのだ。
その時ポップが抱いていた自尊心と矜持と誇りは、一度粉々に砕けてしまった。
ドラとの出会い、ドラが放った魔法の見事さ、泣きながら修行に耐える姿、魔王ハドラーの襲来と撃退、修行の中断、ドラに託された打倒魔王の使命、ドラにだけ向けられた師の期待…
短期間でとてつもない事態が次々と襲い掛かり頭がパンクして、気がつけば差し伸ばされた師の手を振り払い森の奥まで来てしまっていた。
―ポップ、あなたは兄弟子なのですからいろいろとドラさんの面倒を見てあげなくてはダメですよ―
アバンの言葉が頭の中で反芻する。
わけがわからない感情をどうにも出来ず、走りついた先でそのまま蹲る。
どれだけ時間が経ったかわからなかったが、気がつけばすぐそばまで師が来ていた。
「ここにいましたか、ポップ」
「先生…」
ポップの隣にアバンが腰を下ろす。
「ポップ、まずは謝らせてください。びっくりしたでしょう」
すみませんでした。
そう言って頭を下げるアバン
「やめてください! 先生は何も悪くない!
俺が…俺が弱くて意気地なしだから…先生は…」
「弱くて意気地なしなのはあなただけではありません…
私もね、今のあなたとまったく同じ気持ちですよ、ポップ」
思わぬ師の告白に俯いていた顔を上げる。
「魔王と戦わなければいけないのは私だったのに、あんなに小さい女の子が魔王へ立ち向かうのをただ見ているだけしか出来ませんでした。
勇者育成のエキスパート、かつての勇者が聞いて呆れる…!
弱くて意気地なしの自分が、私はどうしても許せません。
このままではあなたたちを教え導く資格など、私に有りはしないのです」
悔しそうに自分を責め立てるアバン。
そんな師の姿など、一年以上の時間を共にして初めて見た。
「ですからね、ポップ。
弱くて意気地なしで、自分を許せない私の代わりに、ドラさんの魔王討伐の旅に力を貸してあげてくれませんか?
あなたにしか頼めないんです。不肖の師からのお願いです」
思いもせぬ師からの懇願に、なぜかその場ですぐに「はい」とは言えなかった。
しかしアバンは気を悪くした様子もなく「どうするか決めるのは君次第ですが」と前置いた上で
「やっぱり修行で得た力というのは
その後間もなくしてアバンが旅立ち、しばらくはいじけていたがドラが旅立つ日になって慌てて自分も旅支度を整えて外へと飛び出した。
自分のことなのにどんな心境の変化が起きたのか、理由はわからない。
故郷を飛び出した時と同じく、本能が「この機会を逃してはダメだ!」と告げていた。
「行くのか…ドラや…」
「うん、おじいちゃん」
「すまん、ワシも力になりたいがこの島を一歩でも出たらどうなってしまうのかわからぬ…」
「大丈夫だよおじいちゃん! おじいちゃんから教えてもらった魔法で、私頑張るから!」
「うぅ…ドラ…」
目に涙を浮かべるブラスをぎゅっと抱きしめる。
抱擁を終え、名残惜しそうにドラを見つめるブラスはこぼれ落ちる涙をごまかすようにここにはいない人間のことを口にした。
「結局、ポップ君は来ないのかのぉ…」
「うん…」
『アバンのしるし』を授けようとしたアバンの手を振り払って走り出したポップ。
あの後アバンがポップを追いかけて何か話をしたらしい。
戻ってきたアバンからは「ポップも一緒に行きます。ドラさんの力になってくれるでしょう!」と言われたが、当のポップはふさぎ込んで家から出て来ない、旅の支度を始めたドラを見ても変わらぬ様子だった。
こればかりは仕方ない。
まだ15歳の少年に、死ぬ可能性のほうが高い旅に同行しろと言うほうが無茶なのだ。
なまじこれからの戦いの過酷さを知っているドラだからこそ、一緒に行こうよとも、力を合わせて戦おうとも言えなかった。
…1人での旅は、ちょっと、いや、かなり寂しいけれど。
「ピピィッ」
「ゴメちゃん、ゴメちゃんも一緒に来るの?」
「ピッ!」
「ありがとうゴメちゃん…」
「ピィ~」
寂しがりのドラを心配してだろう。
ポップが行かないならボクが行く!とばかりにドラの頰にプルプルとしたボディを押し付けながら旅の同行を申し出る。
「でも島の外に出てちょっとでも異変を感じたら
「ピッ!」
大丈夫!と言うように胸?を張るゴメちゃん。
大丈夫なのを確信しているので笑って同行を許すドラ。
ひとまず目指すのはロモス王国にあるネイルの村だ。
「ドラ〜〜〜〜〜!」
「…ポップ!?」
今にも
旅支度を整えたポップが息を切らせてドラの元へと走り寄ってきた。
「ぜぇぜぇ…ゲホッ…! お前、ふざけるなよ…!
俺に一言もなしに旅立とうとしやがって…!!
か、勘違いするなよ!
別に魔王軍と戦いに行くわけじゃねえからな!
先生にお前のこと、よろしく頼むって言われたから行くんだ!
俺は兄弟子なんだからな! お前みたいな危なっかしい妹弟子の世話、先生からちゃんと面倒見るように言われたんだ!
旅の間、俺が先生の教えをちゃ~んと伝授してやるからな!」
「………ポップ~~~! うぅ~~~」
「ぶはっ! お前、ほんとすぐ泣くよな!」
「だって~~~…」
ぐずぐずと泣き出す妹弟子を仕方ないやつだな〜と心の中で呟いて思う。
そうだ、自分は兄弟子なのだ。
凄い魔法使いで、信じられないくらい強いドラ。
だけど甘えん坊で、すぐ無茶をして、泣き虫で、危なっかしくて見てられない。
兄弟子の自分が先生の代わりに守ってやるんだ。
ふつふつと湧き上がる、今までとはまったく違う使命感と誇りを心に芽吹かせて
魔法使いポップは妹弟子との生涯忘れられない旅に出たのだった。
・アバン先生に夢見てる作者
・人生の分岐点にあたる大事な時に機を逃さないのがポップ君の強運の証明
・ドラちゃんは感情の切り替えスイッチがころころ変わるので外から見ると軸がブレてるように見えますが芯は強いので軸はブレません。
表面はザ・女の子ですけど根っこは戦闘民族です。