玉座に座した大魔王バーンは手にした盃をゆったりとした仕草で傾け、漂ってくる薫りを深く吸い込んでから美酒を楽しんだ。
「大魔王様、どういうおつもりで?」
「思っていたよりも早く帰ってきたではないか、死神」
突然現れたキルバーンからの不躾な質問に気を悪くした様子もなく大魔王バーンはククッ…と喉で笑い、また一口酒を呑んで愉快そうな笑みを浮かべた。
軽く肩を竦めたキルバーンが再度問いただす。
「仕事はスマートにこなすのがボクのスタイルなもので…あんな泥臭い場所に長居するのはゴメンですよ。
で? なぜミストが来たんです?
あの場はハドラー君に任せるはずでは?」
キルバーンはドラが作り出した結界の破壊を大魔王バーンに命じられてあの場に押し入った。
ついでに以前命じられていたバラン暗殺の任務も遂行してしまおうかと思ったのだが、ハドラーがバランを討ち取る気満々であるのを見て功を譲ったのだ。
ならば勇者とバランの他、その場にいた将来大化けしそうな
勇者が巻き起こした風のせいで服に付いた埃を払いながら視線で返答を促す。
大魔王バーンが思い出し笑いをしながら答える。
閉じられた結界の中で起きていた事をミストバーンから報告され、ミストバーンではなくキルバーンに戦闘への介入を命じた。
しかしその直後に大魔王バーンは長い時を共にした腹心の部下の、未だかつて見た事のない姿を目の当たりにする。それは長い間空っぽだと思っていた宝箱の中から、世に二つとない宝物を偶然に開いた隠し底から発見したかのような気分だった。
「フハハ…! あやつめ、勇者がお前に襲いかかったのを見て「罰なら後ほど如何様にも」と言い残して飛び出していきおった!
余の窮地以外に血相を変えて駆けつけるなど…
あやつにそんな可愛げがあったとはな…! 知らぬうちに随分と情深くなったものよ!」
フッフフ、クククク…
至極上機嫌に肩を振わせる大魔王バーンとは対照的に、何がそんなに面白いのかいまいち理解出来ない
「いいんですか? そんなに悠長に構えてて。
勇者の小娘、ハドラー君の中にある黒の
あの場にミストがいたら万が一勇者がハドラー君を道連れに爆発を引き起こしたら巻き込まれちゃいませんかね」
「黒の
盃に入った酒を最後の一滴まで飲み干した大魔王はキルバーンにしがみついてぶるぶると震えるピロロに向けて口を開いた。
「案ずるでない、このバーンパレスは余の魔力によって守られておる。
ハドラーの中にある大きさほどの黒の
無論、ミストバーンもそのくらいは理解している…
今のハドラーが勇者どもと戦えば黒の
余も考えつかなんだぞ。
土壇場でそれを思いつく頭脳と実行する度胸、あの娘を魔王軍に引き込めなんだのは実に惜しい。
…それが余に歯向かってくるとなれば実に厄介だ。
勇者とバランが手を組めば配下の竜騎衆とアバンの使徒どもも結束するであろうからな。
ミストバーンが飛び出していったのは早計ではあるが、悪手ではない。
ハドラーの中にある黒の
上機嫌だった大魔王バーンの声が沈んでいき、また底冷えした嗄れ声に戻る。
それは自分で始めた
「…左様で。勇者の小娘には随分手こずりましたが、幕切はなんともあっけないカンジですねぇ」
「勇者もハドラーもバランも、まとめてジ・エ~ンド!」
空になった盃を大魔王バーンが無言で空中へ放り投げる。
豪奢な意匠を凝らした逸品であったが、見飽きたそれで酒を楽しめるはずもなし。
空中で塵となって消えていった盃を大魔王バーンが思い出す事は二度とない。
大魔王バーンにとって『物』とはそういうものだ。
「大魔王バーン様の命だ…貴様は今、ここで死ね」
ミストバーンの言葉を聞いたドラはバランとディーノの支えを振り切り全力疾走した。
空中に浮かぶミストバーンが闇の衣を脱ぎ捨てるために襟に手をかけ両側に大きく開いていく。
「バーン様…よろしいですね…?」
大魔王の許可を得るために言葉を発したミストバーンから眩い閃光が迸る。
(間に合え…ッ!!)
「おおッ…!!!」
放たれた光が収まっていき、姿を現したのは細面の青年だった。
ミストバーンの素顔を見たハドラーの目が驚愕に見開かれていく。
「「ディーナッ!!」」
ミストバーンの正体にほんの一瞬だけ気を取られていたバランとディーノだったが、掛けていた手を振り払って全力で走るドラを追いかけた。
と、その時である。
「ドラ!! 大丈夫か!?」
「ピィィッ!」
「ご無事ですか!? バラン様!! ディーノ様!!」
「ハドラー様! 一体何が…ッ!?」
ドラが作り出した結界がキルバーンによって壊され、先に進めるようになったアバンの使徒、といつの間にかついてきていたゴメちゃん、ラーハルト、ハドラー親衛騎団がなだれ込んできたのだ。
続々と駆けつけた仲間達だが、即座に戦況を飲み込む事は出来なかった。
ハドラーに向かって猛走するドラ
それを追いかけるバランとディーノ
空中に浮かぶ、ミストバーンの衣を纏った青年らしき者の後ろ姿…
「リュミベルッ!! あとはお願いッ!!!」
そう叫んだドラがハドラーに抱きついた。
「はあああ…ッ!!!!」
守るようにしてドラに抱きつけれたハドラーに向けて、ミストバーンがその手から『大魔王バーンの魔力』を黒の
身の内を焼き尽くす熱にハドラーが悲鳴をあげる。
「がああああッ…!!!!!」
「
「ピィィィィ〜〜〜ッ!!!」
カッ…!!!!
ポップが最初に感じたのは凄まじい衝撃、次いで振動、そして最後に轟音だった。
とてつもないエネルギーのうねりが肌を突き刺して体を通り抜けていく。
(あ…これ、俺死んだわ…)
諦めの境地に至ると人間は逆に冷静になるらしい。
もはや虹の橋を渡って雲の上から見守る心地で、満足に動かない五体に神経を張り巡らせながら周囲の状況を伺った。
光の一切刺さない視界、肌に響いてくる振動、ガラガラと崩れ落ちていく岩石の音、手に当たる柔らかくて温かい感触…
(ん? 柔らかい?
手が動く…柔らかくてあったけぇ…このいつまでも揉んでいたくなる感触は一体…?)
体には何かが重く伸し掛かり、手首から先しか動かす事が出来ない。
仕方なくそのまま動かせる手と指先だけで掴んだ物体がなんなのか形を確かめていたのだが…
「………こっちも身動き取れないのをいい事にッ!
い、い、いつまで人の胸揉んでんのよこのバカ~~~ッ!!!」
バッチィィーーーンッ!!!
「いってえぇぇぇぇーーーーーッ!!!?」
渾身の力で頬を引っ叩かれたポップが叫び声をあげる。
その叫び声が呼水になったのか、グルルルゥ…と獣の唸り声のような音が下から響いてきてガラガラと岩を押し退けた。
「お前達…無事か!?」
「無事じゃないでぇ~す…」
「自業自得よ!」
「クロコダイン、マァム、大丈夫か? 俺は大事ない…それより、何が起こった!?」
叫び声で目を覚ましたクロコダインと、ポップの上に倒れ込んでいたヒュンケルが瓦礫を押し退けてポップとマァムを地面から引き起こす。
「ラーハルト、無事か?」
「すまんボラホーン、助かった」
「間に合って良かったぜぇ。ルードにも後で礼を言いな。
爆風から俺達を守ってくれたんだからよぉ!」
すぐそばでこれまた瓦礫に埋まっていたラーハルト達竜騎衆が瓦礫の中から這い上がってきた。
どうやらスカイドラゴンの巨体で襲い掛かる瓦礫から身を守ったらしい。強烈なブレスで巻き起こる砂塵を溶かし、全員が無傷で済んだようだ。
しかしラーハルトは自身や仲間の身がどうなったかよりも主君の安否の方が気になるらしい。
周囲を見渡すが、バランとディーノの姿が見えないどころか気配も感じられない事に焦りを募らせている様子だった。
「ここは…何処だ…!?
バラン様とディーノ様…それにディーナ様のお姿が見えない…!
我々がいた場所とは違う場所ではないか!?」
「んん!? あれ!? マジじゃねぇか!
ここ、死の大地じゃねぇぞ!
…あ! みんなあそこ見ろ!!
死の大地はあっちだぜ!!」
距離から見てサババ付近の浜辺に全員吹き飛ばされたらしい。
ポップの指差す方向を見れば確かに…死の『大地』は見当たらなかったが、見覚えのある暗雲が立ち込めている様子は確かに自分達が今までいた場所に他ならないと見てとれた。
しかし…
「なんだ…あの巨大な物体は…!?」
「…!? あれ…ッ、ドラが言っていた『バーンパレス』…!!」
「あれが…!?」
海の上に浮かぶ巨大な要塞…
下から見ればなるほど、ドラが説明していたように巨大な鳥の形を模している。
白い怪鳥は立ち込める雲をかき分けて見る見る上空へと高度を上げていく。
逃してはなるものかと、ポップが
「うわわっ…!?」
「クワァッ!??」
バーンパレスは何か見えない力に覆われていて、突入しようとしたポップとガルダンディーを容易に跳ね除ける。
何度やっても、何処から攻めても、ポップが
そうして戻った地上にて二人は考えなしに単騎で突入した迂闊さを仲間からさんざ責められる羽目になったのだが、ドラやバラン、ディーノの安否を確かめるのが先とお咎めが少なく済んだのは二人にとって不幸中の幸いだった。
ミストバーンは地上に戻っていくアバンの使徒の一人と竜騎衆の一員をバーンパレスから見下ろす。
あの爆発の中で何故奴らが生きているかは疑問だが、爆発の直前に勇者の小娘が何か呪文を唱えていた。
そのおかげで奇跡的に生き延びる事が出来たのだろう。
周囲を見渡し気配を探るが、ハドラー、バラン、それにバランの倅の生命反応は見当たらない。
その三人さえ亡き者に出来たのであれば何も問題は無い。
このバーンパレスに自力で辿り着く事さえ出来ない雑魚など構う必要はどこにもない。
そう結論づけたミストバーンは崇拝する主、大魔王バーンのもとへと戻っていった。
その手に爆風を浴び負傷し気絶して、しかしなお息絶えていなかった勇者ドラを携えて…
再登場、ドラのオリジナル魔法。
文字通り魔力をゼロにする。
しかし成功率がかなり低く、使い勝手が悪い。
戦士の魔力をゼロにしてもあまり意味が無いし、魔法使いの魔力をゼロにしようとしても密着できるほど接近出来てるなら普通に攻撃した方がよほど効率的、と本当に使い所がない。
体から吸い出した魔力は空中に拡散して消えていく。