グルル… キィ、キィ…
ウォォン…
「ん…む?」
耳に様々な
どれほど気を失っていたのか、意識を取り戻したバランがすぐさま体を起こしてあたりを見回した。
起き上がったバランに驚いたのか、周囲を取り囲んでいた大勢の
どうやら敵意は無いらしく、遠巻きにこちらを伺ってはいるが襲いかかってくる様子はない。
「うぅ…」
自分の真横で倒れ伏していた我が子の存在に気が付いたバランは、その小さな体をすぐさま抱き起こして必死に名を呼んだ。
「ディーノ! しっかりしろディーノ! 大丈夫か!?」
「と、父さん…?
ここは…どこ…? ディーナは…?」
「わからぬ…私も今しがた目覚めたばかりだ」
意識を取り戻したディーノが起き上がってバランと同様あたりを見回した。
死の大地とは似ても似つかない、一面に広がる白い砂浜と青い海。頬に感じる風は暖かく、穏やかな波が寄せては返すを繰り返し砂浜を濡らしている。
「爆発の瞬間にディーナの杖が凄まじい魔力を放つのを感じた。
おそらく、爆発から身を守るためにディーナが咄嗟に我々を
ここが何処かはわからぬが、急いで戻らねば…!
ディーナ…無事であってくれ…!!」
「うん! 早くディーナを助けに…」
そう言って飛び立とうとする父の後を追おうとしたディーノだったが、言い終える前に意識が遠のき膝をついて倒れ込んでしまった。
「ディーノ!!」
「あれ…? おかしいな…別にどこも怪我してないのに…」
「あれだけ激しい戦闘だったのだ。戦い慣れしていないお前は体力を消耗しきってしまったのだろう…少し休んで体力を回復させねばなるまい」
「そんな…平気だよ、俺。早くディーナを助けに行かなくちゃ…!」
「ならぬ。助けに向かおうというならば尚更体力を回復させねば…今は聞き分けよ」
「うぅ…!」
唇を噛み締めてポロポロと悔し涙を流す息子の肩にバランがそっと手を置く。
自分に対する不甲斐なさに打ちのめされそうになっている我が子に、バランはなんと声をかけていいのかわからなかった。
なぜなら彼もまた、今すぐ娘のもとに駆けつけられない己の無力さを呪い心が千々に引き裂かれそうになっていたからだ。
足元の砂を濡らすのは波ではなく、涙。しゃくりあげるディーノの泣き声が痛いほどバランの耳に突き刺さる。
そうして泣き続ける我が子に寄り添っていたバランはこちらに近づいてくる気配を敏感に感じ取った。
複数の
感じ取った気配から察するに敵意こそ持っていないようだが、それでも万が一という事もある。バランが不足の事態に備え真魔剛竜剣の柄に手を置いた。
そしてバランが警戒する中、海岸とは反対側に生い茂った木々をかき分けて飛び出してきたのは一体の鬼面道士だった。
「おお…! 皆が騒ぐので何かと思いましたが…
ドラの親御さんであるバラン殿と、お兄さんのディーノ君ではないですかな!?」
「!! 俺達を知ってるの!?」
「貴殿は、もしや…」
「おっと、先に名前も名乗らずに失敬しましたわい。
ワシの名はブラス。この島の長役といったところでしょうか。
ドラ…あ、いや、本当の名前はディーナでしたかの。
昔この島に流れ着いた赤ん坊を拾って育てた者ですじゃ」
にっかりと笑う鬼面道士に
『ほらこれ! 私を育ててくれた人!
ブラスおじいちゃんって言うの!』
と言いながら写真を見せてくれた、かつて一緒に暮らした時の娘の声が耳に木霊する。
「私の娘を救ってくださったのは貴殿か…!」
「そんな、救ったなどと言われるとお恥ずかしいですわい。
むしろ救われたのはワシやゴメ、それにこの島に住む連中でして…
ややっ、ディーノ君の顔色が優れんようですな!?
ここで立ち話もなんです、ワシとドラが住まう家にご案内しますですじゃ!」
そうして案内された小ぶりな住居にて薬湯を処方されたディーノはやっと気分が落ち着いたようだった。
住居の中と、家の周りに生えている南国の植物、それに心配そうな顔で覗き込んでくる大勢の
そんなディーノを目を細めて眺めていたブラスがふと気がついたように口を開いた。
「ところでなぜあなた方は突然この島に…?
ドラの姿が見えませんが、ご一緒ではないのですかな?」
「………」
「…あの、ディーナは」
「待て、ディーノ。…私が説明しよう」
ドラの所在を聞かれてしばし沈黙していたバランが重い口を開いた。
二人がなぜこの島に着いたのか…そこに至るまでに何があったのかをブラスに説明する。
「な…なんと…!!
ではドラは
おっ…おおお…!!」
ブラスが両の目から大粒の涙を流して悲痛な叫び声をあげた。
「ごめんなさいブラスさん…!
俺が弱かったからいけないんだ!
俺がもっと強ければディーナを守れたのに…!!
ほ、本当に…ごめんなさい…ッ!!!」
「ディーノ…」
ブラスに続いて、今度はディーノが大粒の涙を流す。
その涙を見たブラスは自分が子供の前で情けない姿を晒してしまった事に気付き、短い手でぐしぐしと涙を拭ってから居住まいを正してディーノに向かった。
「うぅ…申し訳ない。ワシとした事が取り乱しましたわい…
ディーノ君、自分を責めちゃいかん。
ドラならきっと無事じゃ。あの子はそりゃあ強い子じゃからの。
今はこの島でしっかりと心と体を休めていきなされ。
ドラがこの島にお二人を送ったというなら、きっとそうしてほしいと願っての事に違いありませぬ」
「ブラス殿…かたじけない」
「…ありがとうございます」
ひとまずはディーノの体力が回復するまで。
のんびりとはしていられないが、焦ってどうこうなるものでもない。
ディーノに寄り添うバランとブラスは互いに礼を述べ合い、ブラスはこの島でドラがどんな風に生活していたか、実の家族と再会したドラがどれほど嬉しそうだったかを語って聞かせた。
しばし穏やかに会話をしていた二人だったが、その会話に冷や水を浴びせるように突然声がかけられた。
「おい! 一体なんだと言うのだ!!
寄って集って服を引っ張りおってこの下等生物どもが!!
鬼面道士! 貴様の差し金か!?」
ギャオギャオ、ウォンウォン、と
「一体どういうつもりだ…超竜軍団長バラン!??
なぜ貴様がここに…ッ!?」
「おや、ザムザ殿。どうかしましたかな?」
「ザムザ…? ………もしやザボエラに付き従っていた魔族か?」
突然の来訪者の顔をどこかで見た事がある気がしたバランが頭の中からザムザに関する記憶を引っ張り出す。
(確かザボエラに常に付き従っていた魔族で、小間使いのような扱いを受けていた従者だったか)
悲しいかな、バランがザボエラに興味が無いという事もあるが他者から見たザムザの扱いは『息子』ではなく『召使い』に対するそれであった。
なぜこの島にザボエラの従者がいるのかはわからないが、ブラスの様子から見るに敵対はしていないのだろう。
ならば斬り伏せなくて正解か、とザムザの侵入と同時に立ち上がっていたバランが再び腰を下ろす。
超魔生物となり鋭い野生のカンが備わったザムザはバランの静かな殺気に顔を青くした。
住居に入ってきた時の威勢はどこへやら、萎縮した態度でブラスにバランの詳細を尋ねる。
「おい…どういう事だ、これは…
なぜここに竜騎将バランがいるのだ…?!
俺を呼び出して一体どうするつもりだ貴様…!」
「はて、呼び出した…?」
首を傾げるブラスに窓の外から
ギャッギャッ!(ドラが大変だっていうからボクらで連れてきたんだ!)
キィキィ!(ザムザ、とっても強いじゃない!)
クオォン!(ドラを助けに行ってよ! 友達だろ!)
「おお…お前達。ドラを助けようとお前達なりに考えてくれたんじゃな…!
ザムザ殿、是非お力をお貸しくだされ!
実は今ドラが
「何!? ハドラー様と!??」
ドラを思う
一方のザムザは敬愛する上司の名が出てきた事で一気に話を聞く気になったようだった。
しかしブラスの説明が進むに連れて、どんどんと眉間の皺が深くなっていく。
「待て…待て待て、待て。
ハドラー様が超魔生物になっただと…!?」
「そうだ。しかも奴の中には大魔王の手によって『黒の
そのせいで奴を倒す事がままならぬ」
「ハァッ!? 『黒の
古い文献で得た知識だが『黒の
そんな危険物がハドラーの体内に埋め込まれている事も驚天動地の事実だが、それよりもザムザが引っかかったのはハドラーが超魔生物と化していたという事だった。
(超魔生物についての研究は父上の発案があっての事…!
俺はずっと父上が超魔生物へと進化したいがために言い出した事だと思っていたがまさか自分のためではなく他人に…
それもハドラー様を超魔生物に変えてしまわれるとは…!!
超魔生物に体を作り替えるにはまず体の構造を細かに調べねばならん。
無論、父上はハドラー様の中にあるという黒の
だというのになぜ…?!!)
父のためとずっと心身を犠牲にしてきたザムザの心にとてつもない不信感が湧き上がる。
わなわなと震えるザムザを心配したブラスがたまらず声をかけた。
「ザムザ殿…どうなされた?
嫌ならば無理にとは言いませぬじゃ。
今の話はなかった事に…」
「…バラン、この島を出る時に俺も連れて行け」
「…!」
「ザ、ザムザ殿…! バラン殿と一緒にドラを助けに行ってくださるか…!!」
「抜かせ、小娘を助けに行くのではないわ。
超魔生物は俺が心血を注いだ研究の末の成果だ。
俺の研究のせいでハドラー様の御身に異変があったとなればそれは俺の責任に他ならん。
俺は俺の不始末を片付けるために行くだけだ」
「ザムザ殿…!」
理屈はどうであれ、バランと共にドラのもとに駆けつけると言ってくれたザムザに感激してまたもブラスの目から涙が溢れる。
大人達のやりとりを横になって聞いていたディーノがおもむろに口を開いた。
「ザムザさん、ありがとう。
俺、すぐに回復するから少しだけ待ってて…」
「ふん、良い機会だ。
自然治癒の過程を調べたいから無理に回復させようとするな。
余計な事をすると測定に支障が出るからな」
息子を実験動物にするかのような物言いにバランは内心腹を立てたが、慣れた様子のブラスは生温かい目でザムザを見つめた。
外で様子を伺っていた
あらためて横になったディーノがゆっくりと休息を取り始める。しかし気が昂って眠れないのか、ふと思い出した疑問を口にした。
「そういえば…ブラスさん、よく一目で俺達がディーナの家族だってわかったね?
ディーナから俺達の事聞いてたから?」
「ああ、それでしたらな…」
ブラスがとことこと歩いて奥まった場所にある部屋へと移動する。
部屋の入り口にかけられている小さな貝殻を連ねて作ったカーテンをしゃらりと開けると、そこはドラの私室だった。
「ほれ、この通り。お二人の顔写真がたくさん飾られておりましてな…」
「ヒッ…!?」
「………ッ!!」
小ぢんまりとしたドラの部屋には壁一面に大小様々なバランとディーノ、ラーハルトの写真が飾られていた。
壁に取り付けられた棚には三人を模した小さなぬいぐるみ、床にはでかでかと顔を写したクッションが並べられ蔦で編まれた手提げ籠にさえもびっしりと丸い形の顔写真が連なっている。
極め付けは寝床にある等身大のバランの姿が写されている座布団だ。
異様なオーラを放つ部屋を見たディーノは回復して赤みが戻ってきた顔色を一気に青褪めさせて後退った。
バランでさえも。
娘の自分に対する感情が盛大に拗れている事を感じ取って少しばかり危機感を募らせる。
そんな二人の様子などお構いなしにブラスは「いやあ、あの子は手先が器用でしてなぁ。全部ドラが自分で作ったのですじゃ」などとニコニコしながら自慢げに話し続けた。
「…俺が言う事でもないがな。
あの娘には一度『節度』と『常識』をきっちり教えたほうが良いと思うぞ」
すでにドラの私室を見た事のあるザムザがぽつりとそう呟いたが、その言葉は絶句するバランとディーノの耳には届いていない様子であった。
ドラの部屋
愛情深さに定評のあるバランがちょっと引く程度のレベル。
長い間推しの供給が無くて行き先の無い愛情をこれでもかと詰め込んだ結果、盛大に拗らせた推し部屋になっていった。
バランぬいや推しグッズを作る過程で裁縫スキルや手先の器用さがガンガンに上がった。
ディーノ
純粋で愛情深いが執着心や独占欲がほぼ無い。
愛情の深さと執着心が比例しているドラのクソデカ感情の一端を垣間見てドン引きした。
バラン
娘の家族に対する愛情が思ったよりも重くややこしい事態になっていて少し驚いた。
自分の姿を写した等身大抱き枕を見てどういう反応をすれば良いかわからず固まるしかなかった。
ブラス
じじばか。楽しそうに推しグッズを作るドラを微笑ましく見守る。
元魔王軍。呪いの祭壇じみた写真の並べ方にもなんら違和感を持たなかった。
ザムザ
魔王軍で常識的な人は?と聞かれたらぶっちぎりで彼。次点でクロコダイン。
最初にドラの部屋を見た時は呪いの儀式か何かかと思った。
その後ドラから説明を受けた時も
「ほお…そういう感情の発露の仕方があるのか…」
と、引くよりも感心が先に来た。学者肌。
それはそれとしてあの部屋は無いな、とは思ってる。