「………」
「クク…、そう強張らずとも良い。歓待すると言ったであろう?
あの爆発の中、そなたが生き延びたのはまさに奇跡と言うに相応しい。
…しかしその奇跡はハドラー、バラン、そしてそなたの兄の犠牲の上に成り立ったものというのは余から見てもまこと、悲劇であったな」
「お父さんとお兄ちゃんは無事だもん」
父と兄の生存を確信しているドラはむすっとしながら言い返したが、バーンは首を横に振り聞き流した。
ドラが生き延びたのは父であるバランと兄であるディーノが、何らかの方法で身を挺して爆発から彼女を守ったがためだと思っているからだ。
意識を失って、目覚めたらバーンパレスに一人囚われていた少女が大魔王から父と兄の死を告げられてそれを素直に信じるであろうか。
時間に経つに連れ、惨たらしい現実を目の当たりにするであろう少女の強がりを重ねて否定するほどバーンは狭量ではないと自負している。
よしんば命があったとてあの爆発だ、いかに
「此度、余からそなたへせめてもの労いと褒美を与えようと思うてささやかながら饗膳を用意した。
話を進めたいところではあるが、空腹を抱えたままでは落ち着いて聞く事もままならぬであろう?
口に合うと良いのだが…」
そう言ってバーンが手を叩くと部屋の隅に控えていた給仕役らしき魔族の青年が椅子を引いてドラに座るよう促した。
椅子を引いた魔族とは別の給仕がテーブルに置かれたグラスに優美な仕草で飲み物を注いでいく。
鮮やかな赤色の見た目から葡萄酒か何かかと思ったが、漂ってくる薫りから察するに
ドラは言われて初めて自身が空腹な事に気がついた。目の前のテーブルに手際よく並べられていくご馳走の数々に引き締めた口から唾液が溢れそうになる。
ドラの表情から心情を読み取ったであろうバーンは老人が空腹の子供に食べ物を与える時のような好々爺然とした笑顔を浮かべ…ているように見せかけてニヤニヤとドラの一挙手一投足を面白がりながら見つめた。
「さて、膳が整ったようだな。
では生きて余のもとにたどり着いた竜騎将バランの娘、勇者ドラの偉業を称えて乾杯といこうか」
「待って! その前に聞きたい事があるの!!」
そう叫んで立ち上がりバーンを睨み付けるドラに大魔王の後ろに控えていたミストバーンとザボエラが殺気立つ。
前に歩み出て勇者に対峙しようとした二人をバーンが手でもって制した。
「ふむ…聞きたい事とは、何かね?」
「お父さん…
「バランを?」
「魔王軍に勧誘をした時ってどんな風に勧誘したの!?
まさか姿を現さないまま誘いをかけてたの!?
どういう状況でお父さんが首を縦に振ったのか教えて!!
教えてくれないと歓待されてあげないんだから!!!」
「「「「………?」」」」
広間にいるドラ以外の全員の頭の上に一瞬、『?』と疑問符が浮かび上がったのを服の中にいるゴメちゃんは感じ取った。
何を聞きたいのかと思えば全人類魔族
そこは目の前に姿を現した老人に対して「本当に大魔王バーンなのか!?」と正体を問いただすとか「なぜ地上に住む人々を苦しめるんだ!?」と正義感をかざして憤慨するとかするものではないのか、普通。
しかも言うに事を欠いて「歓待されてあげない」とはどういう意味だ。
今の自分の立場をわかっているのか、この勇者…本当に勇者か? この勇者は。
「バランを勧誘した時か、そうさな…」
さすが大魔王、頓珍漢なドラの質問に対していち早く反応を返しバランを魔王軍に迎え入れた時の事を語り出した。
「余が直接出向いて誘いをかけたのだが、最初は梨の礫であったな。
数年はかかったか…彼奴も徐々に耳を傾けるようになり、今のこの場のような歓待の席にてようやく色良い返事をしたのだ。
盛大にもてなしたがしかし…奴め、酒にも食事にも、女にも手を付けずに去っていったわ」
「じゃあ、その時お父さんはお前の姿を目にしていたの…?」
「無論だとも。何せバランは余と互角の強さを持った冥竜王ヴェルザーを倒した実力の持ち主だ。
余は強者には最大限の敬意をもって接する。バランに対し姿を隠したまま向き合うでは、あまりにも無礼であろう?」
バーンの言葉を聞いたドラの表情がパアァ…と明るくなった。父親がどこぞの魔王とは別格の待遇を受けていたと知り上機嫌で席につく。
「だよね! お父さんだもんそうなるよね!?
な〜んだ、バーン結構わかってるじゃん!
じゃあ歓待されてあげるね!
はい、乾ぱ〜い!!
…ッ!! このジュース美味しい!!」
勝手に乾杯の音頭をとって食事を取り始めたドラをザボエラは垂れる鼻水を拭うのも忘れて驚愕の表情で凝視した。
「美味しい〜♡」などと言いながら並べられた料理を次々と口に放り込み舌鼓を打っているが、毒が盛られているとは考えないのだろうか。
実はミストバーンが勇者を捕らえたと知った時に、食事に一服盛るべきだとザボエラは提案していたのだが大魔王バーンに「無粋だ」と素気無く却下されてしまったのだ。
ザボエラも連行されてきた勇者が素直に食事を口にする可能性があまり高くないという算段もありあっさりと引き下がったのだが…
「ドラ様、こちらのフルーツとともに飾り付けました愛らしい花は私めからの気持ちです。どうぞ受け取ってください」
「失礼、その美しい御髪に見合う真珠の髪飾りをご用意いたしました。お食事の邪魔にならぬよう、髪を整えさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「勇ましくも美しい方、何かご用命あらば是非とも私めに申し付けください」
「え〜美しい方だなんて…照れるぅ〜♡」
目の前で美男揃いの魔族の給仕に侍られながら次々と皿の上に美しく料理を盛り付けられ、果実水のおかわりを注がれているドラを見て
(やはり秘密裏にでも毒を盛っておけば良かった…! 簡単に勇者を葬れる機会を逃してしまったではないか…!!)
と、顔を歪ませてドラを睨みつけた。
憎々しげな視線に気がついたドラがザボエラに向かってグラスを少し持ち上げてニッコリと笑顔を投げ放つ。
その満面の笑みにはしっかりと「毒殺失敗しちゃったね、ざまぁ(笑)」と書かれていて顔色を読み取ったザボエラは普段は土気色の顔を真っ赤に染め上げてわなわなと震えた。
そんなザボエラの様子にキルバーンは嘲笑に肩を震わせ、ピロロは笑い転げてその肩から落ちた。
しばらく食事風景を黙って眺めていたバーンだが、ドラの腹がくちくなってきたであろう頃におもむろに口を開いた。
「口に合ったようで何よりだ。さて、それだけ食せば腹も満たされたであろう。
そなたに話があるのだが…」
「そう言えばそんな事言ってたね。なあに、話って?」
果実水ではなく食後に出された温かい紅茶を一口啜ったドラが微笑みながらカップをテーブルに置いた。
「単刀直入に言おう。
そなた、余の部下とならぬか?」
「ならないよ」
話ってそれだけ?
極めて端的に返したドラが再び紅茶を口にする。
「それは人間を滅さんとしている余が憎いという理由からか?」
「う〜ん…ざっくり言うとそうなるかな?
好きな人を傷つけられるのは嫌。だから戦うの」
「好きな人…ククッ…! なんとも単純で稚拙な理由が出たものよ」
何がおかしいのかバーンはしばしの間、肩を震わせていたがやがて微笑を浮かべてドラにある提案をしてきた。
「ならばこういうのはどうだ?
そなたが部下になる事を了承するならば、そなたの望む者の命は奪わないと約束しよう。
何人、何百人でも良い。
それが、魔王軍を裏切ったクロコダインやヒュンケルであってもだ。
そなたを新たな超竜軍団軍団長として任命し、その配下としても良い。
そうして余に忠誠を誓った暁には人間どもには決して作り出せぬ贅の限りをそなたに与えようぞ。
金襴緞子、美酒美食、美男美女を取り揃えてやろう。
どうだ、悪い話ではなかろう?
あらためて問う、余の部下となれ…!」
バーンの話が終わる頃には手にしていたカップの中の紅茶は冷めきっていた。
ドラの心も紅茶と同じように冷め切っていてカップを傾け中身を飲み干した後、喉に感じた渋みでさえもドラの気持ちを反映しているようだった。
(
目論見を知っているとバーンがいかに聞こえの良い言葉しか選んでいないかがよくわかる。
命は奪わないが住む土地についての保証を奴は今、一切口にしていない。
魔王軍は壊滅状態なのに『軍団長』などと…人間から見れば脅威に映る役職であっても今の魔王軍にとっては最底辺の地位も良いところだろう、それは。
口約束の儚さを思い出して惨憺たる思いに打ちひしがれているお姉ちゃんの魂の叫びが心の奥底から伝わってきた。
契約は口約束ではなく、契約書に示してお互いの認識をきちんと共有してから! という前世で社会人をしていた経験が無駄にならずに済んだのでお姉ちゃんに感謝を伝えたいのだが…
(…あとで落ち着いたらお礼を言おう)
「部下にはならない。お前を倒す気持ちは揺るがない」
真っ直ぐと大魔王バーンを見据えて言い切った瞬間、部屋の中が殺気に満たされた。
微笑を消して頬杖をついたバーンが「ほう」と短く呟く。
「余にここまで言わせてなおそれを跳ね除けるとは…
さすが勇者、とでも言うべきか…?」
殺気を向けられたドラは涼しい顔でそれを受け流したが、バーンが溜息をひとつ吐いてドラに向けた殺気をフッと緩めた。
「植え付けられた正義感とは恐ろしいものだな。
『勇者』『正義の魔法使い』などと、矮小な人間どもの甘言に踊らされて無謀な負け戦に駆り出されるそなたを余は憐れんでいるのだぞ?
回りくどい言い方はそなたの耳に届かぬらしい。ハッキリと言おう。
人間は最低だぞ、ドラ」
「うん、知ってる」
「…!!」
「その『正義の魔法使い』って…聞くたびに笑い出しそうになっちゃう。
ものすごく都合の良い呼び名だよね、それ。
力の無い人間が誰かに何かをしてほしい時に『正義』っていう曖昧な言葉で全部の責任を押し付けてくるの。
『勇者』もそう。
『勇者』とはこうあるべき、『勇者』なら当然って、偶像を作り出して少しでもそこから外れると途端に非難して排斥する。
人間ってほんと卑怯で汚くて厭らしい生き物だよね」
「…そこまでわかっていて何故、
「言ったでしょ?
好きな人を傷つけられるのは嫌。
卑怯で汚くて厭らしい生き物の中にはね、私の好きな人にとっての『大切な存在』が大勢いるの。
人間に味方する理由をとってもわかりやすく言うと
愛だよ、愛。
それしかないでしょ」
父バランが愛したソアラは人間だ。ラーハルトの父親が愛した人も。
二人のお墓が地上にはある。吹き飛ばされては困る。
(マトリフさんに泣かされた女の人は一人や二人じゃなさそう。出来るなら殺してやりたいって思ってる男の人は軽くその三倍はいそうだ。
ヒュンケルを憎んでる人間はたくさんいるだろうなぁ…
そういえばニセ勇者一行の人たち元気かな? また人を騙すような真似はしてないといいんだけど…)
誰かに憎まれていても、疎まれていても、誰かが命を落とせばどこかで誰かが必ず涙を流す。
(ポップ、マァム、アバン先生、エイミさん、レイラさんに…あと会った事は無いけれどフローラ様も確実に泣いちゃうなぁ)
優しい人が泣く姿など出来うる限り見たくない、防げるものならば防いでみせる。
愛は波及するものなのだ。