ドラの大冒険〜魔法特化の竜の騎士〜   作:紅玉林檎

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102_ないものねだり

「………」

「………」

 

庵の中に沈黙が落ちる。

マトリフは上体だけを起こしてベッドに座り、夜半に急に押しかけてきた不肖の弟子をじっと見つめた。

ポップは椅子にも座らず床にへたり込んだまま、持ち前の明るさが逃げ出し途方に暮れた様子で項垂れ続けている。

 

生来、あまり気が長いほうではないマトリフが「何か言いたい事があるならとっとと吐き出せ」と促しても、ポップの口から漏れ出るのは「ああ…」とか「うぅ…」という嗚咽に近い呻き声のみ。どうやらポップ自身、心の内に渦巻いている濃い(もや)をどこから晴らしてゆけば良いのか、掴みどころの無いそれをどう言い表せば良いのかわからず困惑しているらしい。

 

(若いねぇ。感情のまま突っ走ってとりあえず俺のとこまで来たって感じか…

ったく、あれほど『魔法使いは常に冷静でいろ』って叩き込んだはずなんだがなぁ。

 

…まあ、追い詰められて逃げ出した先が(オレ)ってのは存外悪い気分ではねぇな)

 

魔法使いとして老熟した身から見ればひよっ子も同然。目の前の弟子が見せた可愛げに気を良くしたマトリフは、もう少しだけ付き合ってやるか…と、落ち込んだ様子のポップを見守った。

やがて徐々に落ち着きを取り戻したポップがぼそぼそと自分の気持ちを吐露し出す。

 

「すまねぇ師匠…俺、いきなり押しかけちまって…

師匠に相談したってどうしようもねえ事なのは頭ではわかってんだ…自分でどうにかしなきゃってのは…

…けど、けどよぉ…

お、俺だけ違うって、俺だけがみんなと違うんだって現実を突きつけられたらすげぇ怖くなっちまってよ…!

俺の悩みとか、弱さとかさ、言ったらみんなに否定されるかもしれないって考えたら足がすくんであそこにいられなくなっちまってさ…

それで師匠のとこに…

本当にすまねぇ…

 

…って、なんでそんなにニマニマ笑ってんだよ師匠」

 

人がこんなに悩んでるってのによ…!

 

ふと顔を上げれば師であるマトリフは腕組みをしながら嬉しそうな、それでいて意地の悪そうな笑みを浮かべてポップを見下ろしていた。

 

「いやぁ~、出会った頃は弱すぎてすぐに死ぬと思ってたバカ弟子がここまで成長したかと思ったらなんだかむずがゆくなってな…!

鼻タレだったおめぇがとうとうそんな次元まで辿り着いたなんて、喜ばしい事じゃねぇか。

もともと戦いに関しちゃあお前のセンスはズバ抜けてたけどよぉ、心の成長は己以外にゃどうにも出来ねぇからな。

きちんと自分で向き合うしかねぇんだって事を理解してるだけでもお前は大したもんよ。

俺に〝マトリフのしるし〟なんてもんがあったらとっくにくれてやってるところだ…!

ダハハハハッ…!!」

「師匠…」

 

かつて己の心の弱さに向き合う事が出来ずに姿を眩ませてしまった弟弟子を思いだしながらマトリフはカラカラと笑った。

てっきり「情けない」「それでも俺の弟子か」と怒鳴られて蹴り出されるのを覚悟していたポップは予想外の師の反応に幾分安堵し胸を撫で下ろした。

しかし安心した反面、やはりこれは自分自身で解決しなければならない問題だという現実を突きつけられてぎゅっと唇を噛み締め膝の上に置いた拳を握り込む。

 

「すまなかった師匠…、甘ったれちまって…!!

自分でなんとかするよ…」

 

「待ちな」

 

立ち上がって庵を出て行こうとするポップにマトリフが待ったをかける。

 

「そのまま聞け。

これが…俺からの最後のアドバイスだ…

 

 

惚れた女にはとっとと想いを告げな」

 

「はっ…!? はああああ~~~~っ!!?」

 

庵を出て行こうとしたポップが勢いよく振り返りマトリフに詰め寄った。

 

「なっ、なんっで今の会話の流れでそうなるんだよ!!?

っていうか俺にマ…惚れたおっ、女がいるってなんで師匠がそんな事知って…!!」

「あ? 俺の弟子なんだ、今ぶち当たってる壁を乗り越えられねぇはずがねぇだろうが。

それよりもお前マァムに惚れてんだろ?

いつ死んでもおかしくねぇんだからよ、でかい戦いの前に未練なんて残しておくもんじゃねぇぞ。

人生の大先輩からのありがた~いアドバイスだ。下手な励ましよりも有用だろうが。

 

ホレ、わかったらとっとと戻ってマァムに一発アタックしてこい」

 

「………ッ!!!」

 

顔を真っ赤にしてはくはくと口を動かすポップにマトリフは「男見せてきな。可愛い弟子だ、告白した後散った骨は拾ってやるからよ」などと小指で鼻をほじくりながら玉砕が決定しているかのような口ぶりで畳み掛けた。

 

恋愛脳(ドラ)か!? ドラの影響かこのクソジジイ!!」

「てめえ師匠の胸ぐら掴んでクソジジイとはどういう了見だ! 破門すんぞ!?

てめえが今悩んでる事の中には確実に下心も入ってんだろうが!

ったく、ロカの時と言いパーティの中の色恋沙汰はこれだから…!

そういう戦いに差し障るようなごたごたはとっととくっつくなりフラれるなりしてスッキリしちまえこのバカ弟子が!!」

 

言い当てられてポップはブルブルと震え羞恥で赤かった顔をさらに赤く染めた。

先ほどと同じように俯きながら、

 

「だってよ…あいつはヒュンケルのことが…」

 

とか

 

「俺なんて眼中にも…」

 

などと小さな声で繰り返している。

もじもじと言い訳を繰り返して一向に庵を出て行こうとしない弟子に痺れを切らしたマトリフが、老体に鞭打ちベッドから飛び出してポップを蹴り出そうとしたその時だった。

 

「ガルルゥ~!」

 

「「!?」」

 

怪物(モンスター)の鳴き声に驚いた二人が慌てて外に出て行くと、空から大きなガルーダが一羽舞い降りてきた。

 

「げ」

 

思わず漏れた声の後、ポップが盛大に顔を歪める。

 

(よりにもよって、今一番顔を見たくねぇヤツ…)

 

ガルーダの背から飛び降りたヒュンケルがポップの姿を認めるなり早足で駆け寄った。

 

「ポップ!」

「ヒュンケル…」

 

眉間に皺を寄せて険しい表情をしたヒュンケルがポップの手を取り問答無用でガルーダに向けて踵を返した。

 

「突然飛び出すから心配したぞ…!」

「いてて! 何すんだよ離せよ!!」

「今がどういう時かわかっているのか!? 話は砦に戻ってからだ」

 

怒っているようにしか見えないがこれはヒュンケルなりに弟弟子を心配しての行動だとポップにはわかった。

不器用な兄弟子は感情表現がそれはそれは下手くそで皮肉だったり拳だったりでしか愛情を示せないのだ。

それがわかる程度には同じ時間を過ごせてきたしお互いについて理解している自負がある。

 

しかし今はヒュンケルから注がれる愛情こそが最も受けたくないものだった。

 

「離せってんだよッ!!!」

 

馬鹿力で掴まれた腕を思いっきり振り払ってポップが叫んだ。

 

「ポップ…」

 

ただならぬ様子のポップにヒュンケルが困惑する。

マトリフは兄弟弟子の諍いを止める事もなく、近くの岩場に腰を下ろして二人を静観していた。

再びポップの腕を掴もうとヒュンケルが手を向けた時だった。

バシッ!!っと音が出るほど勢いよくポップがヒュンケルの腕をはたき落として怒鳴り声をあげた。

 

「お前に心配なんかされたくねぇんだよッ!!

いつまで経っても俺の事弱虫扱いしやがって!!!

ああそうだよ、お前に比べたら全っ然弱ぇよ俺は!!

でも俺だって…俺だってなぁ…!!

 

お前みたいに顔にも体格にも才能にも恵まれててアバン先生の一番弟子っていう立場にも恵まれてる奴に俺の気持ちなんかわかってたまるかよッ!!!!」

 

自分に無い物をたくさん持っている兄弟子に対する八つ当たりだ。

当人にその自覚があるかないかは別にして。

 

(あのバカ弟子、『惚れた女が惚れてる野郎』に対して嫉妬剥き出しにしやがって…

かぁ〜! 情けねぇ!!)

 

自分の事を棚に上げたマトリフが内心でヤジを飛ばす。

一方、嫉妬を向けられたヒュンケルはますます困惑した。

 

「俺のどこが恵まれているというんだ…」

 

自分が恵まれているというのなら目の前にいる弟弟子はなんだと言うのだ。

温かい家庭で愛情を注がれて育ち、アバンと出会い穏やかな心で教えを受けて師を尊敬し、なんの後ろめたさもなく仲間に囲まれて笑っていられるポップがヒュンケルは眩しくてたまらなかった。

その上で魔法の才に溢れドラから全幅の信頼を置かれて懐かれているのだ。ポップは。

自分よりもよほど恵まれた立場にいるではないか。

 

(出来る事ならお前になりたいくらいだ、俺は…!)

 

実の両親の顔も知らず育ての親を突然亡くし、復讐心のみを心の支えとして生きてきたヒュンケルは困惑が徐々に怒りに変わっていくのを感じた。

もう過去は取り戻せない。

血塗られた手をいくら濯いでも彼の体には今まで屠ってきた者達の夥しい血の匂いが染み付いている。

 

(戦うしかないんだ。どう足掻いても俺の一生は戦場で始まり戦場で終わると決まっている…)

 

人一倍情に篤く純粋なヒュンケルにとって、『ポップ』という人間の人生は憧れるのも烏滸がましいほどに光り輝いて見える。

 

ガッ!!

 

「ぐぁッ…!!」

 

気がついたら自分の拳を腹に受けたポップがその場に蹲っていた。

 

「て…テメェ…やりやがったなぁ…!!」

「ポップ…ぐっ…!!」

 

つい頭に血が上って繰り出してしまった拳について謝罪が口から出るより先に、ポップの拳がヒュンケルの頬にめり込んだ。

 

「へっ…! 魔法使いだからって舐めんじゃねぇぞ!

俺だって日々鍛えて成長して…ガハッ!?」

「ふん、そんな細腕が繰り出した攻撃が俺に効くものか。

少し鍛えた程度で俺に勝てるだなどと、調子に乗るのも大概にしろ」

「こんの野郎! 上等だ、やってやるよ!!!」

「やる気か…? いいだろう、格の違いを見せつけてやる…!!」

 

売り拳に買い拳。

手に炎を纏わせたポップに釣られ、ヒュンケルの闘争心にも完全に火が付き腰に下げた魔剣を掲げ「鎧化(アムド)!!」と叫ぶ。

 

そこからはもう。

 

鎧化(アムド)によってほぼ魔法が効かなくなったヒュンケルに遠慮は無用と悟ったのか、ポップが高威力の魔法を連発し出した。

ヒュンケルはヒュンケルで次々と降りかかってくる魔法を魔剣でいなしながらも空中にいるポップをなんとか引きづり降ろそうと、人間に対して放ってはいけない威力の攻撃を堂々と放つ。

ひらりひらりと攻撃を交わしつつ頭に血が上っているポップはそれならばと海に沈めるつもりでヒュンケルの足元目掛けて爆裂系呪文を連発した。

突如始まったド派手な兄弟喧嘩をシラけた表情でマトリフが見守る。

 

戦闘相性が悪すぎる魔法使いと戦士の戦いはまったくもって決着が付かず、結局夜明けまで続いた。

魔力が尽きかけたポップが地上に降り、闘気による攻撃を繰り返し行なったせいで体力が尽きかけているヒュンケルが互いに拳を繰り出してはそのたびに罵声を飛ばす。

 

「テメェ…ぜぇ、ぜぇ、いい加減倒れろよ…!

どんだけ体力あんだよこの筋肉お化けが…!!」

「貴様…回復呪文を自分にかけるのは卑怯だぞ…!!

ハァ、ハァ、…それでも誇り高いアバンの使徒か…ぐっ!!」

「よりによっておめぇがそれを、今、言うんじゃねぇッ!!! ぐぁッ?!!」

「なんなんだポップ!! お前こそなぜ俺にだけそんな意地を張る…つぅッ!!?」

 

朝日が水平線からすっかり顔を出した頃になってようやく倒れ込んだ二人の脳天に、

 

「そこまで。引き分けだこの阿呆ども」

 

というマトリフのチョップが炸裂して兄弟喧嘩は両者痛み分けで終了となった。

 

「ったく、魚がよく漁れる良い海岸だったってのに無茶苦茶にしやがって…!

アバンが戻ったらお前ら弟子どもがやらかした分の始末をしてもらわねぇとな」

 

日頃感じていた嫉妬心を吐き出しきって、師匠に脳天を突かれて正気に戻ったポップがぼんやりと海の上に浮かぶ朝日を眺めた。

 

「なあ、ヒュンケル…お前さ、マァムの事どう思ってんだよ?」

 

「…マァム? なぜマァムの名が今出てくる…?

 

…大切な仲間だ。

それ以外にあるのか?」

 

ヒュンケルの言葉を受けたポップが、大きく息を吸い込んで覚悟を決めた様子で自分の想いを吐き出した。

 

「マァムはさ、お前の事を想ってる。仲間っていう意味じゃなくって、恋愛としてって意味でさ。

あいつ…絶対自分じゃ気づいてねぇけど…

俺…俺はさ…マァムの事が好きだ。

ずっと前から。

悪りぃな、お前にだいぶ八つ当たりしちまったわ。

はぁ〜…情けねぇなぁ俺…」

「ポップ…」

「あ、それ以上は言うなよ?

お前の事だからどうせ「俺には彼女の気持ちに応えることは〜」とかなんとか言ってはぐらかすんだろ?

ハッキリ言うけどな、お前のそういうところが俺ぁ大っ嫌いだね。

お前がどうこうって話じゃなくって気持ちを受け取ってもらえないまま失恋するやつの気持ち、考えたこともねぇんだろ。

これだから顔面に恵まれたやつってのは…!」

 

盛大にため息を吐いたポップが立ち上がってヒュンケルに手を差し伸べた。

 

「帰ろうぜ。みんなのところに一緒にさ。

俺はもう逃げたりしねぇ。

敵からも自分の気持ちからもな。

お前もさ、自分の気持ちに向き合うのもいいけどよ…たまには相手の気持ちにも向き合ってやれよな」

「ポップ…!」

 

「あ〜、すっきりしたらめちゃくちゃ腹減ってきた…!

じゃあな師匠、あとは俺たちに任せてゆっくり休んでてくれよ!」

「てめぇどの口が言いやがる!!」

「たははっ…んじゃ、お邪魔しました〜!」

 

そそくさとガルーダの背に乗り込んだポップはヒュンケルと一緒に砦へと戻っていった。

朝日に照らされてうっすらとしか見えなかったが、ポップの胸元のアバンのしるしが緑色に光っていたのは目の錯覚ではないだろう。

二人が砦に戻る少し前、破邪の洞窟に出向いていたフローラ達一行が先に帰還していた。

 

ダンジョンに潜っていた五人よりも満身創痍となって戻ってきたポップとヒュンケルにマァムとレオナの怒号が飛び、女王フローラの静かな怒りと説教が待ち受けている事など…

ガルーダの背の上で肩を組んで爽やかな朝日を浴びる二人が、待ち構える未来を知るまでにそう時間はかからなかった。

 

 

 




そういえばポップとヒュンケルってガチ喧嘩してそうで案外してないね?
って思って原作読み返したら常にどっちか(だいたいヒュンケル)が死にかけてた。
ゆっくり喧嘩する暇もなかったのによく成立してたなあのパーティ…
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