伝説の大破邪呪文、
大魔王の邪悪な魔力に打ち勝つためには聖なる魂で五芒星を作り破邪の力を最大限高めなけらばならない。
それすなわちアバンの使徒が自身の魂を輝かせねばならないという事である。
だというのに…
「ど、どうしよう…どうして…なんで光らないの!?」
「落ち着いてマァム…大丈夫よ、昨日はちゃんと光ったんでしょう?
落ち着いて、もう一度トライすればきっと…」
「やってるわよ! さっきから何度も…!」
「マァム…」
「………」
なぜ一度は光ったはずのアバンのしるしが光らなくなってしまったのか…
マァムの魂の力の根源は『愛』だ。
しるしが光らなくなったというのはつまりマァムの魂に迷いが生じているに他ならない。
しかしマァムの持つ『愛』…すなわち『他者を慈しむ心』が揺らぐようなことがあるのだろうか…?
それがレオナには信じられず、ただただ困惑し心当たりがあるポップは沈黙してしまった。
「マァム」
「ヒュンケル…」
動揺しているマァムにヒュンケルがそっと語りかける。
「かつて敵だった俺が仲間に加わった時、お前は何のわだかまりも持たずに接してくれたな…
その優しさに俺は何度も救われた。
俺だけじゃない。お前が守った村や町の人々、クロコダインやチウ…
傷ついた者はもちろん、たとえ一度悪に染まった者達…それが人間であろうとなかろうと。
お前のその優しさによって救われた者が大勢いる。
分け隔てのない深い慈愛の心…
迷う事など何もない! 自分の魂を信じるんだ、マァム!」
「分け隔てのない…」
ヒュンケルだけではない…きっとマァムと接したことのある者なら誰しもが必ず、彼と同じように思うだろう。
老若男女、どんな出自や種族であってもマァムは真っ直ぐに相手と向き合ってきた。
そこに驕りや利己心といった雑念は一片も含まれていない。
ヒュンケルが言ったマァムの『分け隔てのない深い慈愛の心』を否定する人間などいるはずもない。
…だというのにマァムの表情は曇ったままだ。
マァムがぽつりと、レオナとドラに向けて呟く。
「ねえ、レオナ…ドラ…」
「なに? マァム」
「………」
「『愛』ってなんなのかしら…?」
「へ? あ、愛??」
「愛!?? マァム今『愛』って言った!? それとも『恋』って言った!??
詳しく聞かせて!!!」
「いってぇ!! おいドラ!?」
マァムの持つしるしが光らないという非常事態にショックを受け地面に倒れ込んでいたドラ。
しかしマァムの口から出た『愛』という言葉の中に何やら甘酸っぱい要素が含まれている事を嗅ぎ取るや、光の速さで起き上がり前のめりにマァムに詰め寄った。
心配そうにマァムを見つめていたポップを押し退け、レオナとマァムの肩をがっしりと掴み女三人で無理やり円陣を組む。
「…愛が何かって、どういう意味?
どうしちゃったのよマァム? いきなり何の話!?」
困惑するレオナをよそにドラはなおもマァムに詰め寄った。
「今防音の結界張ったから! 大丈夫、ポップとヒュンケルには聞こえてないから!!
愛でも恋でも何でも相談して!!
私たち、仲間だけど同時に女友達でしょう!?」
『だからほら! 早く私に恋バナプリーズ!!!』
と、爛々と瞳を輝かせ頬を紅潮させたドラの背後にデカデカと浮かび上がる文字を見たレオナは若干引いた。
(防音呪文なんて聞いた事も無い高等呪文を瞬時に発動させてまで強引にマァムの気持ちを曝け出させようなんてドラちゃんあなた…
そんな…そんなこと…
なんて面白い展開なの!? 大決戦を前にして胸が高鳴るこの急展開…ッ!
燃えるわ…!!!)
訂正、引いたと思ったら押し寄せてきた。
ドラ12歳、父と母のような大恋愛に憧れ恋に恋するお年頃。
レオナ14歳、現在ディーノ君という年下の男の子に淡い初恋真っ只中。
世界の危機よりも友人の恋愛相談を優先させるのは思春期の女の子にとっては当然の事なのだ。
「で、愛が何かって?
と、いうかマァム。
あなた、そもそも『愛』をどういうものだと思ってるの?」
「…相手を大切だと思う気持ちでしょう? 守ってあげたくなったり、幸せでいてほしいと願ったり…
その人の笑顔を見たら心が温かくなる…それが愛よね…?
私はそう信じてたの…」
「…それで合っているんじゃないの?」
「うん、それでいいと思う」
違うの?とレオナとドラが聞き返す。
「わからないのよ…私、ヒュンケルとポップの事が好きよ。
大切な仲間ですもの…! それに二人の事、とても尊敬しているの。
二人とも、戦うための強さもだけどそれだけじゃなくてとっても強い心を持ってる…
でも私、私が二人へ感じている気持ちってそれだけじゃない気がして…
これって何なの?
何だか私、自分が今まで愛だと信じてた気持ちが本当に愛だったのか自信が無くなっちゃって…
私…自分の心に自信が持てなくなってしまったの…!!
昨日からまともにポップとヒュンケルの顔が見れなくなってしまって…
なぜ顔を逸らしたくなるのか自分でもわからないの。
二人の事、尊敬しているはずなのに…
私、二人の事をもしかして…
嫌いになっちゃったのかしら…」
弱音を全て吐き出したマァムは途方に暮れ、顔を覆って泣き出してしまった。
レオナとドラは顔を見合わせる。
(本気で言ってるこの子?)
(本気だと思う…)
(恋愛音痴もここまで来ると重症ね)
(マァム、本当に今まで性別意識したことなかったんだね…ピュ、ピュア~~~…)
(要するにポップ君とヒュンケルの事、ここに来て初めて『異性』として意識し出したってとこかしら…青春ね!)
(きゅ、急展開~!! 急展開だけどどうしようこれ~?!
っていうか、なんでいきなり…? 私がいない間に何かあったの???)
(詳しいことは私にもよく…何かあったとは思うんだけど…)
マァムはある意味で箱入り娘であった。
村の人口が少なく全員が顔見知り。おまけにマァムと同年代、あるいは互いに意識するような年頃の異性はおらず村人皆家族という感覚。
多くの人が幼少期に体験する「わたし(ぼく)○○が好き」とか「○○の前だとなんか照れちゃう」とか「○○ってタイプじゃないわ」という性差を意識するという通過儀礼を経ずに成長してしまった。
家族愛と異性愛と自己愛、その他もろもろ…に枝分かれしていなかったマァムの『愛』がここに来ていきなり分化し出したのだ。
心が成長したのは大変喜ばしい。
喜ばしいがタイミングが悪すぎる。
俯くマァム、こそこそと耳打ちし合うレオナとドラ、少し離れて見守るポップとヒュンケル、さらに離れたところからハラハラと見守るメルル…
彷徨う鎧達は駆逐し、ザボエラは離脱、ミストバーンは遠く離れた場所でバランとロン・ベルクの猛攻を受けている。
油断していないつもりが、警戒が少し緩んでいたと言わざるを得ない。針の先ほどに僅かな綻びだったが、その隙を見逃すザボエラではなかった。
(キィ~~~ッヒッヒッヒッ…)
「ッ!??」
「ドラちゃん!!!」
「「ドラ!?」」
「ドラ…! おい、しっかりしろドラ…ッ!!」
突如怪しい煙がドラを包み込んだかと思うと、その煙からぬるりと出てきた皺だらけの手がドラの口に何やら怪しい丸薬を放り込んだ。
口を塞がれ無理やり丸薬を飲み込まされたドラは一瞬で意識を失いその場に崩れ落ちる。
駆け寄った仲間達がドラに呼びかけるが反応が無い。
あたりを見回したポップがその場を離れ、するすると流れていこうとしている怪しい煙に向けてブラックロッドを投げつけた。
そこから姿を現したのは…
「てめぇ、ザボエラ…!!
逃げ出したんじゃなかったのかよ!!」
「キィ~~~ッヒッヒッヒッ…!!
逃げたとは人聞きが悪いのぅ…
あれはじゃな小僧、『戦略的撤退』と言うんじゃ!
機を見るためにあえてその場を離れ、敵が隙を見せる瞬間を逃さず勝利を手にする…
実に高度な戦略じゃ。勉強になったじゃろう?
キィ~~~ッヒヒヒッ!!!」
「チクショウ…ッ!! 一体ドラに何飲ませやがったッ!??」
ドラが苦しんでいる様子は無い。
しかしどれだけ
「冥土の土産に教えてやろう。
その娘に飲ませたのは『暗黒闘気の結晶』じゃ。
肉体や精神ではなく、直接魂を破壊する…!!
どんな呪文や道具を用いても回復させる事など不可能…ッ!!!
魔軍司令補佐でありミストバーン様の右腕となったワシお手製の傑作アイテムじゃ!!
その娘が目覚める事はもう二度とあるまい…!!」
「な…ッ!?」
「そんな…」
「ドラちゃん! ねぇドラちゃん目を覚まして!!
お願いよドラちゃんッ!!!」
呼びかけも虚しくドラの呼吸が徐々に弱くなっていく。
そしてそれを裏付けるように、遠い空の彼方から一頭の巨大な
その姿を見たバランの背筋が凍りつく。
「なッ…あれは…!?
魂を破壊され、今まさにその生涯を終えようとしている