ドラの大冒険〜魔法特化の竜の騎士〜   作:紅玉林檎

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107_メルルの覚悟

太陽も月も出ていないのに見渡す景色は明るく、空からは神々しい黄金色の光が降り注いでいる。

足元には雲なのか霞なのか、至極濃い霧が立ち込めていて確かに立って歩いているのに足裏には感触が無かった。

自分が何を踏み締めているのかすらよくわからない、一歩一歩歩くたびにふわふわとまるで飛んでいるような感覚に陥る。

不思議な空間に静かに座している、白銀に輝くドラゴン…

 

(ああ…ここが神々の御わします天上の世界…)

 

メルルは故郷テランに古くから謳われる竜の神を目の前にして畏れ多さと押し寄せてくる感動に身を震わせた。

 

「竜の神よ、私は…」

「いやいやいやあぁぁぁ~~~~ッ!!!

もう帰るッ!!! 自分の肉体に戻るから魂帰してよおぉぉッ!!!!

私全然平気だもん! どこも痛くないもん!!

お姉ちゃんと一緒に帰るから早くエネルギー置いて帰ってよぉぉーーーっ!

うっ、うっ、ひっく、う…うああぁん…」

「よしよし…良い子だからちょっと落ち着きましょうドラ、ね?

泣きながら極大消滅呪文(メドローア)打とうとしちゃダメよ。

ドラ、極大消滅呪文(メドローア)苦手なんだから怪我しちゃうわよ。

めっ!」

「え~ん…お姉ちゃん~~~!」

 

流れていた静謐な空気はドラのつん裂くような泣き声によって吹き飛んだ。ついでにメルルの感動も吹き飛んだ。

聖母竜(マザードラゴン)との対話を試みたメルルがなんとも言えない表情で視線をドラに移す。

ハイライトが入っていない、黒目がちの大きな瞳で足をばたつかせながら駄々を捏ねるドラを無言で見下ろした。

じたばたと暴れながら顔を真っ赤にして、垂れる鼻水も拭わず号泣するドラ…美少女が台無しの有様である。

 

駄々を捏ねながら両手に火炎呪文(メラ)氷結呪文(ヒャド)を発動させて隙あらば極大消滅呪文(メドローア)を打とうとするドラをお姉ちゃんが幾度も諫める。

それが妙に手慣れていて二人の縁を知るメルルはドラから聞いた「おじいちゃんとお姉ちゃんに育てられた」という言葉を実感した。

まるで本当の姉妹のようだ。

 

「ずず…あれ? メルルちゃん…?」

 

なんでここにメルルちゃんが?と、だいぶ長いこと癇癪を起こしていたドラが落ち着きを取り戻し、ようやっとメルルの存在に気づいた。

お姉ちゃんに鼻水を拭ってもらいながら頭にクエスチョンマークを浮かべている。

 

「ドラさん…私、ドラさんを迎えに来たんです。

さ、私と一緒に戻りましょう!

皆さんとても心配してます」

「うん、帰る!」

 

大変良い返事でメルルが差し出した手をドラは躊躇なく掴もうとした。

しかし…

 

「あっ、あれ!?」

「そんな…」

 

ドラの手が、メルルの手を素通りしたのだ。

ドラもメルルも自分で自分の体を触ってみる。きちんと実体があり、透けてもいない。

何度もお互いの手を掴もうと試みるが、スカッ…スカッ…と何の感触も得られず顔を見合わせて困惑した。

その様子を見ていた聖母竜(マザードラゴン)が静かにメルルに語りかける。

 

 千里眼の瞳を持つ者…あなたはまだ生きています、こちらの世界の住人ではありません。

 あなたがここに存在しているのは(ドラゴン)の騎士の魂を追ってきたが故のこと…

 疾く、来た道を辿り己の肉体へと引き返しなさい。

 ここは神々の住まう天上の世界と現世(うつしよ)の境目…

 長く居ればあなたの魂は戻れなくなってしまいます。

 

暗に「すぐに戻らなければ死ぬ」と告げられたメルルの顔からサッと血の気が引く。

…だが顔色を悪くしながらも決意を固めたメルルは聖母竜(マザードラゴン)を真っ直ぐに見上げて強い拒絶を表した。

 

「いいえ! ドラさんを連れ戻せないなら私も戻りません!

お願いです、竜の神よ!

私はどうなっても構いません!

どうかドラさんの魂を元の肉体へとお戻しください!!

 

……無理だと言われてもドラさんを連れて帰ります、絶対…!!

それで地獄に落とされても私、後悔はありませんわ…!」

 

「メルル…あなた」

「メルルちゃん…」

 

臆病なメルルから出たとはとても思えない並々ならぬ覚悟に、正直な話、失礼だとわかっていながらも「なぜそこまで…」という台詞が二人の頭を掠めてしまった。

そんな二人を見てメルルが悲しそうにくすりと笑う。

察しの良い彼女には自分が、たとえ世界の危機であっても命を賭してまで勇者を助けるような勇気が無いと思われている事。自分自身もそう思っている自覚があるから、二人が何を言いたいのか、顔を見てわかってしまったのだろう。

 

「お二人の言いたいこと、わかります…

私らしくないですもの…。

 

言い訳はしません。

竜の神の前で嘘をつくつもりもございません。

ごめんなさい、ドラさん…

あなたのためじゃないんです…私がここに来たのは…

世界のためでも、ドラさんのためでもありません…

ポップさんのため…

 

……いいえ、自分のためです!

 

自分のためにあなたを連れ戻しに来たんです、私っ!!

ドラさんの体に縋りついて泣きそうな顔をしていたポップさんのために何かお役に立てないかと…!

死んでもいい…

それでポップさんの心にずっと残っていられるなら、私…死んだって構いません!!

 

ドラさんの魂が肉体に戻れなかったら私、きっとポップさんの心に残れません…

私にとっては世界が滅ぶよりも、地獄に落とされるよりも、好きな人の役に立てないことが何より辛い…!

お願いです竜の神よ!! 我儘なのは重々承知です!!

 

私の魂と引き換えにドラさんの魂をお返しください!!!」

 

「こんな浅ましい思いで私…なんて情けない…! かわりにどんな罰を受けても構いませんわ…」と言って泣き崩れてしまったメルルをドラとお姉ちゃんが優しく撫でる。

 

「メルルちゃん、大丈夫よ。

私メルルちゃんのこと、軽蔑したりしないよ。

理由がどうあれ迎えに来てくれて嬉しかったもん。

メルルちゃんの恋、応援してる。

だから泣かないで、一緒にポップのとこに帰ろう? ね?」

 

「そうよ、女の子なら誰だって同じように思うわよ。

世界の危機より好きな人のほうが重要なのは当然じゃない、全然浅ましくなんてないわよ。

だからほら、泣きやんでちょうだいな。

好きな人と明るい未来を築くためにも、あなたも一緒に地上に戻りましょう!」

 

「お二人とも…」

 

慰められたメルルが顔をあげる。

しかしその表情から悲しい色が抜けることはなかった。

 

「いいんです…私なんて…

好きな人の、ポップさんの未来に私はきっといません…うっ、うぅっ…

このままここに残ってポップさんの心に永遠に残れたら…

それが一番良いんです、私…」

「そんなっ!! そんなことないよメルルちゃん!

まだチャンスはあるってば!

確かにポップはマァムのこと好きだけど、肝心のマァムがポップのこと何とも…」

「…いいえ、ドラさん。

ポップさん、マァムさんに想いを告げたんです…!

マァムさん、困ってらしたけどポップさんのこと意識しているご様子でした…

お二人の間に私が入る余地なんてありません…!

今私がポップさんに告白したって、無理に決まっています…!!」

 

ビシリッ!!

 

比喩ではなく、神々しく輝く不思議な空間のそこかしこから、ヒビが入り割れる音が響いた。

 

何事かと聖母竜(マザードラゴン)があたりを見回す。

ここは聖母竜(マザードラゴン)が作り出した魂を天上へと上げるための停泊所のような場所だ。

神々の住まう国へと続いてはいるが、厳密に言うと天上界ではない、魂の仮留場…

その仮留場の空や地面、至る所に大きなヒビが入っている。

 

 いったい何が…!?

 

聖母竜(マザードラゴン)が不測の事態に慌てふためいている間にもドラとメルルの会話は進んでいく。

 

「メルルちゃん、一体私がいない間に何があったの…?

詳しく教えて……?!」

「実は…」

 

メルルがドラがいない間に起こった事を話し進めるにつれ、ドラの顔から表情が抜け落ちていった。

話に相槌を打ちつつも目から光が消え口元は笑っているはずなのに到底微笑んでいるようには見えず、体からは暗黒闘気…ではなかった、ドラの魂色のオーラがずずず…と無数の蛇花火のようにうねうねと不気味な動きで這い出てきている。

歴代の(ドラゴン)の騎士の魂とはかけ離れたその魂の色と形に、聖母竜(マザードラゴン)は後退りお姉ちゃんは「あちゃー」と額を軽く手で抑えて天を仰いだ。

 

ポップがマァムに、エイミがヒュンケルに告白した一部始終を語り終えると、悲観モードで周囲の異変に気が付いていないメルルはこう続けた。

 

「…でも、ポップさんに告白出来なくて良かったのかもしれません、私。

好きな人に振られるのも、今の関係が壊れてしまうのも恐ろしくてたまらない…

このまま生まれ変わって、新しい生を手に入れることが出来たら…

 

その時は私…もう少し勇気のある人間になりたいです」

 

「………」

 

「ド、ドラ…?」

 

お姉ちゃんの呼びかけにも無言のドラ。

そのまま誰も一言も発さず、恐ろしいまでの沈黙がその場に落ちた。

メルルがその時になってようやく空間の異変に気づき、ヒビ割れた空や地面を見ておろおろと聖母竜(マザードラゴン)を仰ぎ見る。

しかしその聖母竜(マザードラゴン)でさえも、長い歴史の中でこのような異変は経験したことが無くどう対処したら良いのか思いあぐねている様子だ。

 

「リュ…」

 

「「「りゅ?」」」

 

「リュミベーーーーーーールッッッ!!!!!」

 

バッリイイィィィィィンッ…!!!

 

空間を破り突如飛来した白銀の杖。

長らく主人の手を離れていた『ドラの杖』ことリュミベル。

ガラガラと崩れていく天を吹き飛ばして、光り輝くリュミベルが高く掲げられたドラの手にバシリと勢いよく収まった。

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